第一話:異世界・ウェザリア王国にてⅠ
第一章:異世界召喚、篠原廉編
本編、スタートです
「……っ、」
ゆっくりと体を起こす。
周囲を見回せば、見たことのない服装の人々が目の前に居り、中には剣(のような物)を持っている者も居た。
そんな周囲の人々は、廉たちを見ながら、「成功か?」「いや、三人いるぞ?」と、コソコソと話している。
どうやら、気付いたのは廉だけのようで、一緒にいた二人ーー朱波と詩音は気を失っているらしい。
「朱波! 詩音!」
今居る場所が安全とは言い切れないため、廉は慌てて二人を起こす。
「う……ん……? 何だ、夢か」
「また寝ようとすんな!」
朱波が起き上がるが、周囲を見て、現実逃避するかのように、体を戻そうとする。
そんな彼女に思わずツッコんだ廉だが、次は詩音に目を向ける。
「おい、寝たふりは止めろ。お前ら、少しは身の危険を自覚しろ」
「まあ、それもそうね」
「廉に正論言われるとは思わなかった」
「お前ら……」
注意すれば、あっさりと二人は起き上がる。
それを見て、廉は呆れたような、何とも言えない表情で二人を見る。
「で、何なの。この状況は」
朱波が周囲を見回し、尋ねる。
廉も再度、周囲の様子を見ていれば、一人の少女が前に出てくる。
「それは私からお話し致します」
ーー金髪紺眼。
少女を一言で表すには十分だった。
「貴女は、どちら様ですか?」
そんな彼女を見て、朱波が尋ねれば、剣を持っている者たちから、殺気が放たれる。放たれた空気から察すれば、彼女は彼らの守るべき主であり、上司のような人物らしい。
それを理解してか否か。少女は一度、目を閉じ、息を吐く。
そして、目を開き、告げる。
「単刀直入に申し上げます。私たちを助けてください、勇者様!」
頭を下げた彼女に対し、三人は呆然となった。
「……勇者?」
「えーっと……」
「……」
戸惑うように呟く廉に、困ったように笑う朱波、無言だが、驚いている詩音。
「……あ! 申し遅れました。私の名前はシルフィア・ウェザリア。このウェザリア王国の王女をしています」
慌ててシルフィアと名乗った金髪紺眼の少女は、自己紹介をする。
「良ければ、あなた方のお名前を聞いても構いませんか?」
廉たちは互いに顔を見合わせる。
そして、頷く。
「初めまして、王女様。俺の名前は篠原廉といいます。廉が名前です」
「レン、ですね。分かりました」
廉が自己紹介し、シルフィアは頷く。
「私は東雲朱波。朱波が名前です」
「私は笠鐘詩音。詩音が名前」
二人も続いて自己紹介する。
「アケハにシオン、ですね。」
シルフィアは確認すると、小声で復唱する。
そして、何かに納得したのか、シルフィアは小さく頷き、廉たちを見る。
「では、場所を移りましょうか」
「このままでは、お客様に失礼ですから」とシルフィアは廉たちに立つよう促せば、ずっと座りっぱなしだと気付いた三人は、慌てて立ち上がる。
それを確認し、シルフィアは付いてきて下さい、と案内を始めるのだった。
☆★☆
歩きながら、シルフィアはこの世界について話す。
「この世界は『グラスノース』と呼ばれています」
「グラスノース?」
シルフィアは頷き、説明を続ける。
「はい。誰が名付け、そう呼び出したのかは分かりませんが、その中にある一国が我が国、ウェザリア王国です」
ウェザリア王国は北東西で他国と面している国で、四季が豊かであり、その影響か、多種多様の料理が存在している。
さらに、国の南側は海に面していることもあり、農業や漁業などの産業も盛んである。
また、魔法ほどでは無いが、科学も存在し、日常生活に役立っている。
国民は穏やかで、基本的に差別はしないーーそれでも、例外はいるが。
「あの、王女様? 俺には平和そうに見えるんですが、勇者が必要なんですか?」
廉は尋ねる。
話を聞く限り、勇者が必要には見えないのだが、シルフィアは首を横に振り、否定する。
「必要、かと聞かれれば、それは少し違います」
「違う?」
「はい。貴方がたの召喚は準備のようなものです」
この世界には、魔物と呼ばれる生き物がいる。
以前、確認した時、魔物たちは例年通り、数は一定だった。
だが、ある時を境に、魔物の数が増え始め、魔族の姿の目撃数も増え始めた。
「それを聞いたある国の上層部が、魔王の復活の予兆ではないか、と言いだしたのです」
ーー魔王の復活。
新たなキーワードが出た。
「それはすぐに他国に知れ渡りました」
ですが、とシルフィアは続ける。
「魔王直属の配下である者たちが姿を見せないために、その真偽も怪しくなってきたのです」
「だから、準備か」
廉は納得した。
もしもの為の対策。
「本来ならば、異世界の人である貴方がたに押しつけるべきではないのですが、我が国は先代勇者の出身国でもあります。国王陛下を含め、私たち王族と国の上層部は、悩んだ末に異世界から勇者を召喚することになったのです」
これが、召喚までの経緯。
先代勇者の出身国だからと、何もしないわけにはいかなかった。
他国の出方は未だ不明。かといって、下手に手出しをすれば、国民たちに飛び火しかねない。
それだけは防ぎたかった。
「王女様」
「何でしょうか?」
話を黙って聞いていた朱波が話し掛ける。
「私たちを召喚できたということは、この世界には魔法が存在するんですか?」
「確かにありますが……皆さんの世界には無かったのですか?」
朱波の問いに答えつつ、首を傾げ、シルフィアは聞き返す。
「私たちの場合は、魔法は架空の存在でしたから、無いとは言い切れません」
二人の話を聞きながら、廉は頭の中で考える。
自分たちが喚ばれた場所は異世界であり、ウェザリア王国と呼ばれる国で、自分たちが着いた場所は、城からかなり離れた場所。
(勇者を喚ぶのに、王女が来る必要があったのか?)
一国の王女が護衛付きとはいえ、あんな場所に居て良かったのか疑問が浮かぶが、過ぎたことをいつまでも文句を言う気がない廉は、頭を振り、目の前にある城の外壁を眺める。
そんな白亜の城は、廉たちを見下ろしていた。
「デカっ……」
思わず呟けば、ふふっ、とシルフィアが笑う。
「今から、城の中に入りますが、迷わないように、しっかり付いてきて下さいね?」
引率の先生のように告げるシルフィアに、三人は頷く。
大理石のような白石で出来た通路を通り、城の内部に入る。
「凄っ……」
「さすがというか、何というか……」
「凄い……」
あまりの凄さに三人は呟く。
「そんなに凄いですか?」
「凄いも何も、城とか見たの初めてで……」
尋ねるシルフィアに廉は答える。
実際は、洋風の城の中で、だが。
「ねぇ、廉」
「ん? どうした?」
朱波に話しかけられ、廉は返事をする。
「結理たち、一緒じゃなかったの?」
その問いに、廉は固まる。
あの場で最初に起きたのは廉であり、そんな廉なら何か知っているのでは、というのが朱波の考えだった。
「一緒じゃ、なかった」
「そう、やっぱりね」
言い訳しても無駄そうなので、正直に言えば、朱波は納得したように頷く。
その答えに、廉は目を見開いた。
「やっぱり、って……!」
「もしかしたら、同じ場所に居たんじゃないのかと思ったんだけどね」
朱波も「運良く同じ場所に落ちたのでは?」と思っていたらしいが、シルフィアを除く三人で行動していたことで、結理たちがいないのは分かったらしい。
「どうかしましたか?」
少しばかり遅れていたのか、こちらを振り向いたシルフィアが不思議そうに尋ねる。
「何でもないですよ」
そう返し、彼女の元へと駆け寄る。
「そうですか?」
なら、いいのですが、とシルフィアは案内を再開するのだがーー少し歩いたところで、ある部屋の前で止まる。
「申し訳ありません。勇者様はお一人だというご予定でしたので、用意したお部屋が一つしか無いんです。至急用意させますので、少々こちらでお待ち下さい」
中へどうぞ、とシルフィアに促される。
「何となく、予想はしていたが……」
中に入れば、広い部屋に出迎えられた。
一方で、三人が部屋に入ったのを確認すると、シルフィアは二人分の部屋の確保に向かうために、そっと部屋の扉を閉じる。
それに気づかない中の三人は、といえば、風呂や洗面台などを順番に確認していく。
「広い。広すぎる」
「朱波ん所と、どっちが広いかな?」
感覚が麻痺したのか、詩音が尋ねる。
「ちょっ、現実に返ってきてよ。二人とも!」
唯一、広い部屋に慣れていた朱波は、二人の様子に一人、慌てていた。
☆★☆
数分後。
「部屋が用意できました……ので……」
ドアをノックし、中に入ったシルフィアは顔を引きつらせた。
ぼんやりする二人に、何故かボロボロの朱波がシルフィアの目の前にいた。
「い、一体、何が……」
シルフィアが呟けば、彼女が来たのに気付いた朱波が顔を上げる。
「王女様、ご苦労様です」
「それより、この状況は……」
ああ、と朱波は答える。
「広い広いって言うから、現実に戻したら、ああなった」
何をやったかはご想像にお任せします、と言うと、朱波は顔を伏せてしまった。
「……ハッ!」
やっと正気に戻ったのか、廉が起きる。
「……あ、王女様」
周囲を見回し、シルフィアがいたことに気付いた廉は声を掛ける。
「ど、どうも」
シルフィアが若干引いているのは、しょうがない。
「あの、お部屋の用意が出来ましたので……」
「ああ……」
廉は思い出したのか頷くと、詩音と朱波を起こす。
「詩音、起きろ。朱波、お前もだ」
先程のーー召喚された時の状況を思い出し、シルフィアはくすり、と笑い、そんな彼女を廉と起き上がった朱波と詩音が不思議そうな顔で見る。
「では、お部屋への案内も兼ねて、昼食に参りましょうか」
それを聞き、一度顔を見合わせ、三人は立ち上がれば、それを見たシルフィアもドアの外に出て、三人が出てくるのを待つ。
「昼食か」
「どんなのが出てくるのか楽しみね」
「……どっちも『昼食』に触れないんだね」
あれこれ話しながら、三人はシルフィアに連れられ、昼食を食べるために、食堂に向かっていた。
「あ、言い忘れてました」
思い出したかのように、シルフィアが立ち止まる。
怪訝そうな顔をする三人に、シルフィアは振り返って告げる。
「明日の朝、お父様ーー国王陛下に面会してもらいます」
三人は固まった。
「い、今、何て……?」
幻聴ではないのなら、「今、国王と会うと言わなかった?」と疑いながら、尋ねる。
「ですから、明日の朝、国王陛下と面会してもらいます」
聞き間違いではなかった。
(マジですか……?)
そう思いながら、廉は肩を落とした。
こんな時に、側にいない幼馴染や親友が恨ましく思えてくる。
「廉、諦めなよ」
「私たちも一緒だから大丈夫」
右肩を朱波が、左肩を詩音がポン、と叩く。
確かに、一人よりはマシだろう。
だが、励まされてる気がしないのは何故だろうか。
「まあ、いざとなったら、任せなさい!」
「何で自信満々か知らんが、期待せずにいるからな」
朱波の気合いが感じ取れそうな言い分に、廉はそう返し、詩音はスルーして、一行は食堂に向かう。
さて、どんな料理が出てくることやら。
☆★☆
率直に言えば、料理は美味しかった。
だがーー
「あれは量ありすぎだろうが!!」
吠える廉に、うるさそうな視線を送る朱波と詩音。
「あのさ。最後はちゃんと片付いたから良かったじゃん。あんまりしつこいと、鋼鉄のハリセンを与えるよ?」
それはある意味、言外に静かにしろ、と言っていた。
「鋼鉄のハリセンだけは止めてくれ」
廉が『鋼鉄のハリセン』と聞いただけで、動きが止まる。
鋼鉄のハリセン。
元々は鷹森結理の所持品で、悪ふざけがすぎると、彼女からよく飛んできた。静かにしろだの、空気読めだの……。
その被害者の筆頭は、主に廉と彼女の双子の兄だった。
「夕食も多分、一緒だと思う」
詩音がそう言うと、二人が振り向く。
「え?」
「理由、聞いてもいい?」
不思議そうにする廉と尋ねてくる朱波に、詩音は溜め息を吐いた。
何故シルフィアが『昼食』と言ったときに、彼女に聞かなかったのかと。
聞かなかった自分も悪かったのだろうが、召喚された帰宅途中の学生であり、異世界だから、と時系列が違ってもおかしくはないが、詩音には違和感しかなかった。
そして、それは慣れるしかないのだ。
少しずつ、少しずつーー
「行けば分かるよ」
今の詩音には、これしか言えない。
☆★☆
そして、夕食の時間。
「ね?」
言ったとおりでしょ、と詩音は首を傾げる。
「恐るべき霊感ね」
「霊感関係ないから」
驚いたように言う朱波に対し、冷静にツッコみつつ、詩音は料理を見渡す。
「これ、余ったらどうなるんだろう」
朱波が呟く。
余ったら、余った分だけ、材料を無駄にしたことになる。
ここは城で、たくさんの人が働いている。
それでも、余ったらーー
「朱波」
「大丈夫」
廉と詩音が朱波の肩をポン、と叩く。
「二人とも……」
感動したのか、涙を浮かべる朱波。
「感動してるとこ悪いけど、早く夕食食べて、明日に備えないとね」
詩音がそう言えば、
「うん」
「ああ」
二人は明日の国王との面会に備え、夕食を食べるために、料理を取りに行く。
「全く、食べ過ぎないようにね」
そう注意しながら、詩音も二人と料理を受け取りに行った。
☆★☆
夕食後。
「あー、食べた食べた」
廉が腹を擦りながら言い、それを朱波と詩音が苦笑いで見ていた。
「廉、たくさん食べてたもんね」
「朝になって、「動けない」とか言わないでよ?」
それを聞いて、廉は「それはねぇよ」と返す。
「ならいいけど」
いくら三人で喚ばれたからって、代表者は廉だ。
彼が不調なら、相手にも悪いし、廉自身にも悪い。
「つか、お前ら。部屋まで来る気か?」
確かに、部屋には向かっていた。
昼食の後、シルフィアに案内されて、朱波と詩音の分の部屋は貰ったし、最初に通された部屋は廉が使用することになり、朱波と詩音の二人は、廉の部屋の隣が朱波、さらにその隣を詩音が使用することになったのだ。
シルフィア曰く、友人なら近い方が良いとのことだったのだが。
「良いじゃん。作戦会議はリーダーの部屋、ってね」
「それに、結理たちが合流すれば、嫌でも使わなくなるよ」
二人の言い分に、廉は黙る。
たとえ廉の部屋に集まったとしても、作戦的なものを考えるのは結理の担当だ。
「ちょっ、何黙ってるの」
返答がない廉に慌てた朱波が尋ねる。
「それに、まだ廉の部屋を使わないと決まったわけじゃないでしょ?」
詩音も言う。
そう、まだ決まったわけではない。
フッ、と笑みを浮かべ、廉は言う。
「まさか。そんなこと気にしてねーよ」
そんな廉の言葉にポカンとした二人は、一言告げる。
「廉」
「何だ?」
「結理たち、早く見つけようね」
「あ、ああ」
二人の変わりように驚いたような反応をした廉だが、
「じゃあ、今日は早く休もう」
と言った詩音に頷き、部屋に入るためにドアを開ける。
朱波たちも、自室となった部屋のドアを開ける。
「じゃあ、次は明日の朝ね」
「ああ」
三人はそれぞれ中に入る。
廉と詩音が入ったのを確認し、朱波も中に入るために、足を踏み出す。
『ーーーー』
「……え?」
何か声らしきものが聞こえ、自然と足が止まる。
「今、何か……」
何か感じたのか、朱波は一度振り返る。
だが、明日の朝は早い。
それほど気にせず、朱波は部屋に入った。
「……」
先に自室となった部屋に入っていた詩音は、ドアに凭れかかり、閉じていた目を開く。
ガチャ、とドアを開け、首だけ部屋の外に出し、確認した後、首を引き、ドアを閉める。
そして、窓へ向かい、空を見上げる。
藍色と紫色に染まった空に、星が輝く。
窓を開ければ、風が部屋に入り込む。
「良い風。これが、異世界の風」
風を感じ、ある程度経ってから、窓を閉める。
「結理たち、探せると良いな」
詩音には不安があった。
ーー結理たち三人が捜せない。
ーー召喚に失敗して、この世界にすらたどり着いてないのではないのか。
そういう不安だ。
「ダメだな。思考が悪い方向に向かってる」
軽く頭を振り、悪い思考を追い出す。
「早く寝よう」
詩音はベッドに入る。
ーーー出来ることなら、幸せな夢が見れますように。
そう祈りながら。
☆★☆
暗い部屋を蝋燭の火が照らす。
その中に影が一つ。
「まだ物語は再生されない、か」
前と同じように、机の上にあった本のタイトルを指でなぞる。
『こうして、勇者は四人の仲間を連れ、魔王を倒した。』
本の一番最後に記された一文。
影の主はそっと目を閉じ、これから起こることを想像する。
目を開き、本をしまう。
「あなたたちに女神たちの加護を」
影の主はそう呟き、部屋を出た。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
にしても、謁見まで行けなかった
予定じゃ、謁見終了で、次回(二話)が説明(掘り下げ?)回なのに
あと食事後に何故かシリアス(?)になるんだよなぁ
ちなみに、主人公組の容姿については次回、分かります。
ついでに残りの三人も
そして、王族の名前が決まってないと
なので、次は時間かかると思います
それでは、また次回




