第十五話:期末試験
【前回のあらすじ】
討伐依頼をしました
「帰ってきて早々、期末試験かよー」
廉が机に俯せになりながら、そう言う。
「仕方ないでしょ。まあ、フィアのノートを写して、勉強するしかないでしょ」
「そうだよ。嘆いていても時間の無駄だから、早く勉強しよ?」
朱波と詩音にそう言われ、廉は勉強するために、教科書とノートを取りだした。
☆★☆
季節は梅雨が終わり、本格的に夏になり始めた頃。
無事に合同討伐依頼を終わらせ、いろいろありつつ換金もし、帰還した三人を待っていたのは、期末試験という名の定期試験だった。
「お疲れのところ、申し訳ありませんが、そろそろ期末試験の時期ですので、一応、範囲をお渡ししておきますね」
シルフィアの言葉がスイッチになったのか、無茶したためか、三人はその場に倒れた。
回復するまでやや二日。
三人の面倒を見ていたメイド曰く、驚くぐらいの回復スピードらしい。
これが異世界に来て得られた能力なのかは分からないが、それだけ廉たちの回復力は、世話をしていたメイドを驚かせたのだった。
「そういえばさ」
「ん?」
「何だ?」
朱波がふと呟けば、詩音と廉が顔を上げる。
「期末って、実技試験があったよね」
その言葉に無言になる。
「ちょっ、何か返してくれない?」
オロオロとしだす朱波に、顔は下を向いたままだが、詩音が尋ねる。
「私たちって、苦手属性の対策したことあったっけ?」
再度無言になる。
そしてーー
「無いな」
「無いわね」
「無いでしょ?」
思い出すかのように廉と朱波が言い、詩音がほらね、と言う。
「あの……皆さん?」
そこに新たな声が混じる。
「姫様? どしたの」
朱波が尋ねれば、新たな声の主ーーシルフィアは苦笑いして言う。
「魔法の練習、しましょうか」
その言葉に、三人は無言で手を動かす。
そもそも、魔法の練習が嫌で逃げ出してきたのだ。
その穴埋め程度に、シルフィアからノートを借り、筆記試験対策をしていたのだが……
「いつまで逃げるつもりですか。試験の大半は実技試験で、それに合格しないと補習なんですよ!?」
シルフィアの言う通り、期末試験の結果は、一ヶ月後に控えた夏休みをどう過ごせるのかが掛かっている。
合格なら楽しい夏休みが、不合格なら辛い夏休み……つまり、補習が待っている。
「夏休みにユーリ様たちを捜したいのであれば、きちんと合格してもらわないと私も困ります!」
珍しく厳しい口調のシルフィアに三人はうっ、となる。
だが、まさにその通りなので、反論もできない。
三人は互いに顔を見合わせる。
「……やろっか」
その言葉により、シルフィアに連れられ、三人は外に出た。
☆★☆
場所を移り、魔導科演習場。
「はああああっ!!」
「ふはははは! 全く効かぬぞ。勇者よ」
そう言いあいながら、魔法を打ち合う。
片や光属性の魔法を放ち、片や風属性で防ぐ。
そんな事をしているのは、もちろん廉と朱波である。
「……何やってるんですか」
シルフィアが冷気を纏いながら尋ねる。
「いや、何か、やってみたくなってさ」
そう言えば、シルフィアは目を細める。
「すみません。調子に乗りすぎました」
何となく謝った方がいい気がした二人は、頭を下げる。
「全く……シオン様からも何か言ってくだ……さ……い……」
シルフィアが呆れて詩音を見れば、語尾が徐々に途切れ途切れになる。
だが、肝心の詩音は何かを見上げていた。
「何見てるの?」
「これ」
朱波が尋ねれば、詩音はそれを指差す。
三人はそこに目を向ける。
「何やってるんだよ」
廉が呆れたように言う。
目の前にあるのは、あちらこちらを掘り返したような土の塊。
「何か新しい防御魔法を取得できないかと」
「まぁ、確かにね」
詩音の言葉に、朱波は頷くも、でも、と続ける。
「ノームも一緒にいるんだし、無理に今やる必要なくない?」
「それは、そうなんだけど……」
定期試験で精霊たちの力を借りてはいけないという規則はない。
事実、朱波のように精霊たちとの契約で魔法を使う者もいるのだから。
「でも、どうするんだよ。コレ」
廉が土の塊を指せば、うっ、と詩音は唸る。
「……ちゃんと戻しておきます」
そう言った詩音に、当たり前だ、と返しつつ、各自特訓に戻った。
☆★☆
さて、時間を飛んで期末試験当日。
「やばい。超自信ない」
廉は頭を抱えた。
「そう言っといて、裏切るんだから、天才って奴は……」
やれやれと言いたそうに、朱波が言えば、
「うっせぇ。本物の天才が親友の奴に言われたくない!」
と、廉は反論する。
そんな二人を見つつ、詩音も言う。
「廉。また、前みたいに絡まれたときの対策しといたら?」
「俺が絡まれる前提か? なあ?」
ふざけるな。
廉はそう言いたかった。
ちなみに、三人は現在、教科書やノートとにらめっこしていた。
魔法試験の対策後、剣技試験の対策をしていたため、結局、筆記試験の勉強がほとんど出来なかったのだ。
「こういうのを、一瞬で記憶できるやつが羨ましいよなぁ」
机に肘をつき、そう言った廉に、そうよねぇ、と朱波が同意する。
それを聞き、詩音がやや顔を上げ、二人を一瞥する。
普段なら結理たちの名前が出るところだが、その気配が全くなかった。
詩音自身、気のせいかと思い、単語などを覚えるために、教科書に目を戻した。
だが、彼女がこの事を気のせいではないと気づくのは、数時間後のことである。
「よし、全員席に着けー!」
教師が教室に入り、そう告げる。
そして、生徒たちが席に着き、教師が試験の説明をした後、筆記試験は始まった。
☆★☆
さて、無事に筆記試験を終えた生徒たちは、実技試験のために魔導科にある魔導演習場に移動する。
「ふぁぁあ、これから実技か」
伸びをしながら、廉は言う。
ちなみに、剣術の試験は、騎士科で丸々一日使って行われる予定だ。
「うわぁ、随分余裕そう」
朱波が嫌そうな顔をする。
「余裕なんかねーよ」
実技試験とはいえ、剣や魔法の実技試験などやったことなど無いのだ。
余裕を持てという方が無理である。
三人的には、合格点であればいいのであって、夏休みに行動が規制される方が問題なのだ。
夏休みが来るまでは、今まで通りにギルドの依頼をして、情報収集する予定になっている。
そのためにはーー
(目の前の実技試験だ)
両頬を叩き、気合いを入れる。
さて、初の魔法の実技試験はどんなものか。
若干わくわくしながら、三人は試験に挑もうとしていた。
そんな三人の背後から、シルフィアは見ていた。
「全く、気持ちは分からなくはありませんが、油断大敵という言葉を知らないんでしょうかねぇ」
苦笑いして、そう言いながらーー
☆★☆
「…………」
詩音は何とも言えなさそうに、シルフィアは目の前の出来事に、苦笑いしていた。
「な、んでっ、しおっ、へいっ、きな、の」
何で詩音は平気なの。
きっと、そう尋ねたかったのだろう。
息切れしながら尋ねる朱波に詩音は答える。
「最初から飛ばすからでしょ」
『シルフも。分かってたはずでしょ?』
詩音の横から現れたノームも言う。
ううっ、と唸る朱波とシルフに、詩音とシルフィアは廉に目を向けた。
「廉は……大丈夫そうね」
「どこが、だっ」
朱波よりは、という意味だったのだが、恨めしげに言う廉に、詩音は溜め息を吐いた。
「まあ、ゆっくり休みなよ」
じゃあね、と詩音は手を振ると、さっさと戻ってしまった。
そんな詩音をシルフィアは見送った後、廉たちを見て、溜め息を吐いた。
☆★☆
翌日・騎士科演習場。
キンキン、と剣同士がぶつかる度に音が鳴る。
「何か似たような光景を見た覚えがあるんだが」
若干のデジャヴを感じつつ、そう言った廉の言葉に、朱波たちは内心で同意していた。
実技試験・剣技は、ここ騎士科の演習場で行われ、内容は担当試験官により様々である。
魔法を使わずに、ただ純粋に剣技を見るというもの。
魔法を使用し、剣技の応用を見るというもの。
上記のどちらにも当てはまらず、基礎的な剣技を見るというもの。
とまあ、そんなこんなで、三人の番が回ってくる。
三人が当たったのは基礎的な剣技を見るという試験内容だった。
「あんた、強ぇな」
騎士科所属の試験相手である少年、ナイトにそう言われ、廉は苦笑いする。
(まあ、仮にも勇者だしなぁ)
そう思いつつ、廉はナイトの攻撃を避け、隙を見つけるために、彼を観察する。
(さすが、騎士科所属というべきか)
はっきりといえば、中々隙は見つからなかった。
死角を狙うも、やはり理解しているのか、すぐに対処してくる。
「いや、お前の方が強いよ」
騎士団直々に剣技を教えられているとはいえ、こちらに来て、まだ数ヶ月しか経っていない。
そんな廉の言葉を聞いたナイトは、笑みを浮かべた。
「お前とは友人になれそうだ」
「俺もだ」
二人は頷き合った。
なら、お互いが納得できるような終わり方をしよう。
二人の剣は再び交差した。
「って、なんでやねん」
二人のやり取りを見ていた朱波はツッコミを入れた。
(何故、初対面の相手なのに、意気投合しとるのだ)
少なくとも朱波はそう思った。
風属性をメインとするためか、朱波の耳には二人の会話がばっちり聞こえていた。
正直に言えば、風が通る場所なら、朱波はある程度の情報を聞くことが出来るという非常に面倒くさい能力を手に入れていた。
余計なことを聞いて、自身の身が危なくなることを恐れた朱波は、無意識でもいらない情報を聞かずに済むよう、試験期間中をチャンスとばかりに、ひたすら集中していた(廉との勇者魔王ごっこは息抜きのつもりが、いつの間にか本気で遊んでいただけである)。
では、今聞こえてきたのは何なのか。
答えは簡単。単なる興味で、耳を傾けて聞いていたのである。
(いや、初対面だからか?)
さて、友人というのは、価値観の一致で成り立つ場合がある。
あの二人の場合、互いを強者だと判断したためか、目の前であんなことを繰り広げていたらしい。
「朱波」
「詩音。終わったんだ」
声を掛けられたので朱波が振り向けば、うん、と頷く詩音。
「それで、何これ」
詩音の問いに、朱波は苦笑いして言う。
「何か意気投合したっぽいよ」
それを聞き、何かを考えるような姿勢になった詩音に、朱波は首を傾げた。
そんな二人の後ろから声がする。
「どうかしましたか? お二方」
「……」
首を傾げて尋ねるシルフィアに、二人は思わず無言になる。
「あ、いや、フィアさ」
「はい」
「最近、神出鬼没だよね」
先に我に返った朱波がそう言えば、そうですか? とシルフィアは首を傾げる。
神出鬼没といえば神出鬼没だが、シルフィアとしては、そんなに突如消えたり現れたりしてる? と思うのだが、周りがそう思うのなら、そうなのだろう。
そんな周囲にシルフィアは苦笑いするしかない。
「ところでレン様は……」
きょろきょろと廉を捜すシルフィアに、あそこよ、と朱波は指で示す。
「レン様、勝ってますよね?」
尋ねるシルフィアに、朱波と詩音は廉たちへ視線を向ける。
激しく剣がぶつかり合い、魔法も放たれる。
ちなみに、魔法の撃ち合いは可能であるが、あくまで剣技メインなので、剣技を忘れて魔法ばかり使うと、失格になることもある。
朱波の場合、元々剣道をやっていたためか(それでもお試し程度)、身体が少しでも覚えていたらしく、何とか対応できた。
詩音の場合は、相手に剣が遠くへ飛ばされたりすれば、土で取り、飛ばされた剣を拾える距離まで土で作った剣を代わりに使ったほどだ。
だが、朱波同様、剣道をやっていたが(やはり、お試し程度)、チートなのかなんなのか、やや何とか対応できていた。
さて、シルフィアの問いにどう答えるべきか。
だがこれは、勝負は勝負でも、試験という名の勝負だ。
朱波が唸れば、詩音が口を開く。
「微妙」
「微妙、ですか」
詩音の言葉をシルフィアが復唱すれば、詩音は頷いた。
確かに微妙だ。勝ってるわけでも、負けているわけでもない。
「決着、付くみたいだよ」
朱波の言葉に、二人は廉たちを見る。
そして、ちょうど廉が相手を倒したところだった。
「これで、夏休みは捜索決定ね」
安心したように朱波が言えば、詩音が頷き、そうですね、とシルフィアが同意した。
「さ、合流しますか」
三人は廉たちの方へと足を向けた。
☆★☆
期末試験張り出し当日。
「死にたい。超死にたい……」
結果を見て、廉は肩を落とした。
背後では、完全に面白がっている朱波がいた。
「さっすが天才。期待を見事に裏切らなかったわね」
「虐めか!? 虐めなのか!?」
親指を立てて言う朱波に、半分涙目になりながら廉は反論した。
「嫌ね。結理たちが居なくて、ストレスが溜まってるとか、そう言うのじゃないわよ」
が、まさか、と言いたげに言う朱波に、涙目ではなく、呆れたような目で廉は言う。
「要するに、俺はお前のストレス発散のための標的だと」
やや怒り混じりの廉の言葉に、溜め息混じりに朱波が返す。
「いつから違うと思っていたのよ。結理じゃないだけありがたいと思いなさいよ」
「確かにありがたいが、お前らの場合は精神的に来るんだよ!!」
確かに、手加減せずにツッコんでくる彼女よりはマシかもしれない。
だが、彼女の場合は本当に、後頭部を軽く叩いたり、ハリセン一発ぶつけられる程度なのだが、廉としては先程も言った通り、朱波たちの場合は精神的にダメージが来る。
させなければいいのではないのか、と思うのだろうが、何分ストッパーが不在である。
おそらく、それも原因になっているのではないのかと思われるのだがーー
「じゃあ、物理的が良い?」
「お断りします」
ハリセンを用意して構えた朱波に、ふざけるなという副音声とともに、廉は言った。
「…………」
「…………」
そんなギャアギャア騒ぐ二人を、やや離れたところから見ている影が二つ。
詩音とシルフィアである。
「仲、良いですね。レン様とアケハ様」
笑顔で言うシルフィアを一瞥した詩音は軽く首を傾げ、尋ねる。
「やっぱり、そう見える?」
「え……?」
詩音の言葉に疑問を持ち、シルフィアは詩音を見る。
シルフィアの視線を受け、詩音はその前に、と付け加えて言った。
「あの二人、そろそろマズそうだから、フィアに提案したいことがあるんだけど」
「何ですか?」
シルフィアは軽く首を傾げ、尋ねる。
「騎士団の人に、夏休みが終わるまでに、結理たちを捜すように言っておいて」
「えっと……?」
どういう意味だろうか、とシルフィアは訝る。
「あの二人……特に朱波の方がマズい。結理が居ないだけで、かなりのストレスになってるみたいだから、そのうち王城か王宮の一部を破壊しかねない」
シルフィアの疑問に、詩音は答える。
それを聞いたシルフィアは慌てた。
「そ、それは困ります!」
それを聞き、そうだろうな、と詩音は思う。
反乱などでもない限り、城が崩落するなど冗談ではない。
というか、たとえあったとしても、ストレスで城の一角が壊されては、自分たちの信用度もがた落ちである。
それに、あの三人を捜してもらえなくなる可能性も低くない。
三人の手掛かりがようやく得られたとはいえ、まだ三人を見つけたわけではない。
詩音の言う通り、朱波がマズいのもそうだが、正直にいえば廉もかなりマズかったりする。
だが、ストレス面でいえば、明らかに朱波の方が大きいものの、こちらに召喚され、勇者となった廉のプレッシャー等もそうだが、それを支える朱波や詩音に何の不満もないわけではない。
ーーここでも結理に頼っている。
何だかんだで結局、その考えに辿り着く。
せめて、合流後には結理に頼らないように頼らないように、と思う詩音だが、彼女の力を借りない自分たちが想像できなかった。
廉を相手にするだけでこれなのに、五人を相手にサポートできるのは、大人数の扱いに慣れているためなのか、何なのか。
だから、と詩音は続けた。
「だから、目安として、夏休みの終わるまでに結理たちを無理しない程度で良いから、捜してほしい」
真面目な顔でそう告げる詩音に、シルフィアは不安になりつつ尋ねる。
「シオン様は、どうするんですか?」
「あの二人を止めておくよ。本来の制止役が帰ってくるまで、ね」
「…………」
暴走なんかさせない。
そう告げた詩音に、シルフィアは無言になる。
(それはつまり、シオン様が一番の負担を背負うことになるんですよね)
シルフィアはそう思いながら、二人を宥め、仲裁に行った詩音の後ろ姿を見つめる。
「ほら、二人とも。邪魔になるから、隅に寄った寄った」
「詩音~、廉が虐める~」
「なっ……!」
二人を廊下の隅に追いやる詩音へ泣きつく朱波に、廉は絶句した。
「虐めてるのは朱波でしょ。廉も、結理たちが居なくて寂しいのは分かるけど、朱波に八つ当たりしないの」
それに対し、全く、と溜め息混じりになりながら言えば、廉が明らかに不機嫌そうに言う。
「寂しくねぇし、八つ当たりもしてねぇよ」
「まあ、いいけどね」
あっさり気にしてませんよ、と告げる詩音に、訝る廉。
「……どうかしたのか? 詩音」
そんな彼女に問いかけるが、首を傾げられるだけで、返答はなかった。
なお、詩音が気づいてないだけで、詩音にもそれなりにストレスがあったりする。
特に長いこと一緒にいる廉や朱波だからこそ、彼女の異変に気づけたのだ。
「私、変?」
本気で自覚がないらしいことを理解した二人は溜め息を吐き、少し離れたところでシルフィアが自分たちを見ていたことに気づいた廉は、彼女に声を掛け、こちらに呼ぶ。
「フィアも来いよー」
そんな廉に苦笑いしつつ、シルフィアは廉たちの方へ足を向ける。
(私も、自分のやるべき事をやらなくては)
そう思いながらーー
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
今回は期末試験と三人の異変の話でした
次回は王城というよりシルフィア側です
それでは、また次回




