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むこうがわの礼節  作者: Kずき
第二話 のぞくことの礼節
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2


 ブンがパソコンにむかっている間、アミがコーヒーを注ぐ。この部屋には何度か遊びにきているから、勝手はわかっている。


 放課後、アミがいたのは、通称、ブンの部屋。本来は社会科準備室という窓もない倉庫だが、ブンはそこにデスクやコーヒーメーカー、ポットなどを持ち込んで住み着いている。


「ふーん」


 読み終わったのか、ブンが背もたれに寄りかかる。巨体のブンがのしかかると、椅子が、ギッ、と悲鳴をあげた。


「どう思う? 人の家の庭木を写真に撮るのって、違法?」


 アミがマグカップを渡すと、ブンは「おおきに」と受け取る。


「さぁ。僕、地理の教師で、法律の先生とちゃいますから。なんなら、公民の先生にでも聞いてみたら? 民法とか詳しいのとちゃいます?」


 そこまでしようとは思わない。アミがもっとも気になっているのは、法律のことではないのだ。


「草加真美子さんが日記を更新しました」とSNSサイトからメールが届いたのは昨日のこと。アミはうんざりしながら、携帯でチェックしたものだ。


 アミやその友達、若者の多くがマイページを持っているSNSサイト。フレンド登録している誰かがコメント一つ、写真一枚のせただけで、サイトからメールが送られてきてチェックをうながす。アミは面倒だと思っているのだが、友達付き合いがあるので無視もできない。


「みんな中毒なのよ」


 友達のSNSサイトへの依存ぶりに嫌気がさしているアミは、ブンに文句をたれながら、真美子の日記を見せたのだ。けれど、それはSNSサイトのことで文句を言うためではない。


 日記のなかにでてきたお爺さん。


「何かあったんだと思うの。必死になって写真を取り消させる、止むに止まれぬ理由が、その時、あったのじゃないかしら」


 アミは前回のことを思い出していた。


 前回、アミが出会った奇妙な事件。あれも、時、場所、人、様々な事象が偶然重なり合った結果、生じてしまった怪奇。


 ある意味ではアミの「不作法」が招いてしまった誤解であり、それをブンが解決してくれた。


 今回、友達の真美子におこった出来事も、何か見落としがあるのではないか。真美子は知らず知らずのうちに、「不作法」をして、それがお爺さんの気持ちを掻き乱したのでは?


「ねぇ、先生、どう思う? どうしてお爺さんはそれほどまでに怒って、写真を消そうとしたのかしら?」


 アミの質問にブンはコーヒーを一口すすり、知りません、とにべもなく答えた。


「君、僕のこと便利な探偵と勘違いしてへん? そんなの僕にわかるわけないですやん。この日記だけ見て何もかもわかったら、僕、天才ですわ」


「そりゃそうだけど……でも推察することはできるじゃない? 想像力をはたからせて、何か、考えてみてよ」


「そいなら言わせてもらいますけど、お爺さんは腹がたっただけです。写メって、無断で撮られると、かちん、ときますやん。誰かて携帯むけられて、ぴろりん、とやられたらむかっ腹たちますって。だいたい、なんでもかんでも携帯でパシパシ撮ったらあかんのや。法律いうまえに、人間としてのマナーの問題ですわ」


「それは私も思うわ。きっと、誰だって家の物を勝手に撮られたら面白くないはず。でも、お爺さんの怒り方は普通じゃなかった、と日記には書いてある。怯えていたとも。これって、やっぱり何かあったのよ。絶対」


「何かあってほしいって、顔に書いてありまっせ」


 このゴシップ好きめ、と言われたようで顔が熱くなる。確かに、決めつけてまで探ろうとするのは品がなかったかもしれない。


 アミは気持ちを落ち着けて、コーヒーを一口飲んだ。


「そもそもやね」


 ブンがマグカップをおいて、デスクの上からメモ用紙を取り上げる。メモ用紙は掌サイズの紙切れで、ブンはそれを半分に折ると、何やら工作をはじめる。


「のぞく、という行為は、民俗学的に考えても、もの凄く失礼な行為なんです」


「のぞく? 別に、そんなことはしていないと思うけど。写真を撮っただけで」


 家の中を盗み見たとは書いていない。


 けれど、ブンは「いやいや」と首をふる。その間に、ハサミを取り出して、メモ用紙に細工をはじめた。


「民俗学的にいう、のぞく、という行為は、何かを通して見る、ということなんですわ」


 ブンがハサミをいれたメモ用紙をひろげる。メモ用紙には菱形の穴があいていて、その奥からブンの瞳がこちらをのぞいている。


「どんな気持ちがします?」


 アミには白い穴からのぞく目玉が喋っているように思えた。


「……嫌な気分。凄く、見られてる、て感じがする」


 ブンとの距離が縮まったわけではない。なのに、穴からのぞかれると、ブンからの視線が辛い。先ほどまでは顔をあわせて喋っていられたのに。


「そうでっしゃろ? この、のぞく、という行為にはな、ある〝メッセージ〟が暗喩されているんです。それが、君を居心地悪くさせとるんや」


「メッセージ?」


 ブンは掲げていたメモ用紙をおろし、何やら書き込みはじめる。再びブンが掲げると、穴のまわりに人間の手が書かれていた。


 両手で、指が複雑にからみあっている。


「これ、〝狐の窓〟って言いますの。知ってます?」


 穴の向こうから、ブンの瞳が聞いてくる。


「本当は見えない物をみる、のぞき穴なんですわ」

次回は2013/02/04のUPを予定しています。

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