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むこうがわの礼節  作者: Kずき
第一話 逢魔が時の礼節
3/8

3


 銀色のススキの門をくぐり、頂上までのなだらかな登りを楽しむ。振り返ると、眼下に町が広がる。アミが通う高校も見えた。遥か先には、澄んだ海も見える。


 秋の山は静か。


 アミの一番好きな季節だ。


 登ってきた道を見下ろすと、下のほうでブンが腰を降ろしている。また扇子をだして、ばたばたとやっていた。


「先生ー。もう少しだから、休まないで来てくれません?」


「もう少し、もう少しって、君、さっきからそればっかりやん。もう少し詐欺やで」


「ほんと、もう少しだから。ここまで来たら景色がいいよ」


 ブンは渋々といった態度で立ち上がると、腰に扇子を差し、一歩一歩と重苦しい足取りで登ってくる。そんなブンを眺めながら、アミは先日の話を思い出していた。


「一声で呼ぶのは幽霊の呼び方、この世の者ではない呼び方なんですわ」


 ブンは「一声呼び」と「二声呼び」についての話をしてくれた。


『古くから逢魔が時には魔がでると言われてましてな、まぁ、あんまようない時間でしたんやな。ほれ、丁度西日で誰の顔もようわからんくなるやろ? そういう時に、こっちの者でないものが紛れ込んだりするんですわ。


 何とあうかは地域によって違いますけど、全国津々浦々、逢魔が時には妙なものがでるというのは共通しておりますね。


 さて、ここで大切になってくるのが、この逢魔が時のルールや。さっきも言ったけど、一声で呼ぶのはあかん。必ず二声で呼ばんといかんのですわ。何故かと問われてもはっきりした答えはありませんけど、日本人はどうも二度呼ばれることに安心感を覚えるもんなんですなー。これはノックの際に如実に現われてますわ。皆もノックをするとき、必ずコンコンって二回するやろ? あんなん、本当は一回でもええやん? こっちの存在を知らせるためのことなんやから。一回、コン、と叩いてやったら気づくやろ。でも、やってみたらわかるけど、一回のノックで呼ばれるのってえらい気色の悪いことでして。なに、今の音、なんか変なのおるの? て、びびりますよ。一回、というのはどうも人間の音ではないんですねぇ。


 え? そんなのは僕が勝手に思ってることじゃないかって? 違います。それを証拠に色んな土地の伝承に、一声呼びは人間じゃない、一声で呼ぶのは縁起が悪い、て話が残ってますから。


 例えばここから遠く離れた沖縄なんかにもありまして、

 グソーの声は一声であるから、一声で呼ばれたら返事をしてはいかん。魂をとられる。

 なんて話があるんです。グソーというのはあの世のことですわ。


 他にも西の方では長崎県に「一声おらび」という化物の話が伝わっていて、山を歩いていて「おーい」と一声で呼ばれたならば、それは一声おらびだから返事をしてはいけないとされています。


 北では飛騨のあたりの山で一声呼びは禁忌ですし、夕刻に一声で呼ぶのは狐か狸という話もあります。


 とにかく、一声で呼ぶ者は人間じゃない、どこか違う世界からの呼び声だとされるのが日本全国で共通しているんですわ。


 だから逢魔が時に人とでおうたら、もしもし、とか、○○さん○○さん、と二度呼ばなければならない。そういう決まりがあるんです』


 一声呼びの禁忌。


 それをアミが破ったから、幽霊かなにかと間違われて、お婆さんは振り返ってくれなかったのだとブンは言う。グループの男の子が言っていた「狐か狸に間違われて」というのも強ち間違いではなかったわけだ。


 しかし、そうなると、また疑問がわく。


 狐狸の話がでたときと同じ疑問。


 ――そんなこと、未だに信じている人がいるのかしら? 


 信じていたとしても、それを実生活で実践するだろうか? 「お婆さん」や「あの」なんて、日常で山ほどでてくる呼びかけだろうに。そんなものを片っ端から無視して暮らしているなんてあるのだろうか? 例え夕暮れ時に限ったことにしても……。


「僕もそう思うよ」


 アミが疑問をぶつけると、ブンも頷いてくれた。


「でも、実際にそういうことがおこった。それはどういうことやろな。答えはもうすぐなんやけど。わからん?」


「わかんない。教えてください」


「ふぅん、じゃ、とりあえず、君が迷い込んだっていう集落、僕に教えてくれる? ちょっと確かめたいことあるし、来週、足を運んできますわ。その後で君にも教えてあげるよって」


 それで、今がある。つまり、アミはブンについてきたのだ。あんな言い方されたら気になる。ブンは何を確かめようとしているのだろう?


 聞いてもブンは答えてくれなかった。「じきににわかるよって」と繰り返すばかり。おかげでこの週末まで悶々として過ごしたものだ。


 だからアミも仕返しに意地悪をした。それが、この登山。


「先生、私が案内してあげる。だからちゃんとついてきてね」


 というわけ。


 アミの迷い込んだ集落に行くだけなら、山をわざわざ登る必要はない。明らかに運動が得意ではないブンへの嫌がらせだった。


「もう、ほんま、かんべんして」


 犬のように舌をだして、ひぃひぃ登ってくるブンの姿を見ていると、どうやら自分の思惑は成功したようだとアミは胸のすく思いがした。


「しかし、けっこういい時間になってしもうたなぁ」


 頂上につき、もってきたスポーツウォーターをがぶ飲みしたブンが、時計を見て言う。


「だって先生が遅すぎるのよ。コースタイムよりかかっちゃった。私一人だったら、コースタイムの三分の二でつけるわ」


「これ、帰りも同じくらいかかるの?」


「帰りは旧道を通るから、もう少しかかる。三時間くらいかな」


「三時間……たまらんなぁ。やっぱ山なんて登る必要なかったんとちゃうの?」


「良い運動になったでしょ? ほら、海があんなに綺麗」


「海ねぇ……」


 ブンが、ふん、とため息をつく。あまり興味がないようだ。


「ま、今から降ったら丁度いい時間になりますやろ」


 丁度いい時間。


 今が午後一時だから、三時間後は午後四時。


 この季節なら、山間は夕闇に沈む頃。


 逢魔が時の頃だ。

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