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帝国復活  作者: 風羽洸海
第一部 ティリス内乱
24/85

六章 謀略 (4)


 カッシュに辿り着いたゾピュロスとシーリーンは、そこで待ち構えている者を知ると、揃って言葉を失った。

 顧問官の追っ手が先回りしていたというのならばともかく、カッシュの街を占拠しているのは、彼らのよく見知った者達だったのである。

「ゾピュロス様! よくぞご無事で。総督府でマルドニオス殿がお待ちです」

 市壁の門を守っていた顔見知りの兵が、褒められるのを期待している犬のような笑顔で彼らを出迎えた。白昼夢でも見ているのか、とゾピュロスは気味悪く感じながら、案内されるままに総督府へ向かう。

 やはり夢などではなかった。ニーサの守りを任されているはずのマルドニオスが、恭しく歓迎してくれたのだ。

「……これはいったい何の冗談だ?」

 ゾピュロスはしかめっ面になって言った。マルドニオスの方は、なぜ主がそんな反応を見せるのか分からず、きょとんとする。

「は? どういう意味でしょうか」

「確かに、そなたがここにいてくれて助かったと言わざるを得まい。だが、なぜここにいるのだ? 私の行動は顧問官に監視され、伝令を遣わすことも、文を旅の者に託すことさえも出来なんだというのに」

「ああ、ご存じなかったので? イスハーク様ですよ」

 けろりとそう答えたマルドニオスの顔を、ゾピュロスは穴の空くほど見つめてしまった。それは睨んでいるのではなく呆気に取られているのだ、と知っている忠実な部下は軽くうなずいて、求められる前に説明した。

「不穏な噂を伝え聞き、御身の安全に不安を抱いておりましたところ、イスハーク様が王宮の内情を知らせて下さり、監視の厳しいゾピュロス様に代わって救援を頼む、と。それにアラコシア領主アルデュス様からも密書が届きまして、顧問官に敵視されて難儀しているのであれば手を貸そう、と……それゆえ、後背を突かれる懸念もなく、こうして援護に駆けつけられたのでございます」

「アルデュス卿が? 王太子側についたのだな。しかし、なぜ……」

 束の間ゾピュロスは考え込む。事態を理解した途端、彼は愕然と目をみはった。

「やられた……」

 ぽつりとつぶやいたゾピュロスに、マルドニオスが「は?」と怪訝な顔をする。それには構わず、ゾピュロスは怒鳴った。

「ニーサに戻れ! マルドニオス、カッシュを押さえておくに必要な軍勢を残し、すぐに出立の準備をさせろ!」

 突然の命令にマルドニオスは驚いたものの、すぐに言われた通り実行した。

 何をそんなに慌てているのかと訝っていた彼も、大急ぎでニーサまで戻って来た途端、その理由を悟って唖然となった。

「ご苦労だったな、ゾピュロス。よくぞ父上を救い出してくれた」

 領主館で鷹揚に出迎えた人物を前に、ゾピュロスは苦り切った顔をし、マルドニオスは口をぽかんと開けっ放しにしてしまった。

「でっ……で、殿下? なっ、な、なぜ、ここに殿下がおいでなのです」

 つっかえながら、マルドニオスはカッシュで主から受けた質問を繰り返していた。

「占領されたからに決まっておろうが」

 深いため息をついてゾピュロスは唸った。と言っても、街の住民や館の人間の様子はまったく今までと変わりなく、主の椅子に別人が座っているのにも気付いていないかのようだ。留守を預かる家令もまったく悪びれず、帰還した兵士の世話を忙しく指示している。そんな様子を眺め、ゾピュロスはもう一度ため息をついた。

「随分とあくどい手を使われたものですな、殿下」

「そうか? 私としてはごく自然な成り行きに見えると思うが」

 エンリルはとぼけたが、堪えきれずぐふっと失笑する。口元を歪めたままのエンリルを恨めしげに見やり、ゾピュロスはうんざりと頭を振った。

「私自身の目を除けば、確かに自然な成り行きに映りましょうな。アラコシア領主が王太子側についた事を知ったアレイア領主は、前々から仲の悪かった顧問官の手から国王陛下を奪い、逃亡中の王太子を領地に迎え入れた上で、己も馳せ参じた……と。いまさら、私は騙されたのだと言ったところで誰が信じましょう」

 えっ、とマルドニオスが小さく叫んだ。その証拠がここにも一人、というわけだ。

「まあ、ここまで見事にうまく行くと、いささか面白味がありませんがね」

 意地の悪い声がして、ゾピュロスはその主を振り返り、眉を寄せた。

「やはりおぬしが絡んでいたか。ただの詩人ではなかったのだな。さしずめ、悪賢いことで有名なアラコシア領主の次男であろう」

「ご明察。ヴァラシュと申します、以後お見知りおきを。今日は美しいご息女はこちらにおいでではないのですな」

 残念、とヴァラシュはおどける。ゾピュロスはことさら冷静な声で答えた。

「シーリーンは陛下の看病をしておる。この分では今頃、あのラウシール殿と再会しているところであろうが」

 相手の平静な顔の裏に隠れている表情が見えるのか、ヴァラシュはこの上なく満足げな微笑を浮かべた。もちろん、その笑みは天使のではなく悪魔のものだったが。

 エンリルは、しょうがないなと言うような苦笑を浮かべてヴァラシュを眺め、それからゾピュロスに改めて向き直った。

「ゾピュロス卿、そなたが私や現在私の麾下にある者を快く思っておらぬのは承知している。が、敢えて力を貸してくれるよう頼みたい」

「断り申す」

 にべもない返事だった。まさかこう即答されるとは思わず、エンリルは束の間、言葉に詰まった。主の様子を見ていたマルドニオスも、ぎょっとする。今、この状況で断るなどと言える立場ではなかろうに、と。

 だがゾピュロスは、眉ひとすじ動かさずに繰り返した。

「殿下の願いとあれど、請けることは出来ませぬ。私の主君は国王陛下であり、追放された王太子ではございませんからな。陛下ご自身の命がない限り、私は殿下の為の戦は致しかねます」

 ヴァラシュが皮肉っぽく眉を片方吊り上げ、エンリルは表情をこわばらせる。マルドニオスはハラハラしながら、その場の成り行きを見守っていた。が、

「あ、ここにいらっしゃったんですか、ゾピュロス殿。ご無事で何よりです、お怪我はありませんか?」

 場違いに呑気な声がして、張りつめていた緊張の糸がぷちんと切れてしまった。この声は、とゾピュロスが振り返ると、案の定カゼスがにこにことやって来るところだった。手には何やら薬草らしいものが握られたまま。王太子や万騎長といった面々に拝謁するのだという意識など、かけらもないらしい。

「陛下の容態も随分よくなっていますし、この調子だともう二、三日静養すればベッドから出られますよ。本当言うとあのまま王宮に残しておくのは心配だったんですけど、イスハーク先生はちゃんとして下さったみたいですねぇ」

 やぁ、良かった良かった、とカゼスは上機嫌で言い、それからやっと、その場の面々が複雑な表情で自分を凝視しているのに気付いて「あれ?」と目をしばたたかせた。

「何かまずい事でもあったんですか?」

「いや、別に……」

 曖昧な口調でエンリルがもごもごと答える。白けた沈黙が降り、ゾピュロスのため息が広間に響いた。

「ラウシール殿の見立てが左様でありますれば、陛下が快復されるまでの間、当地にて殿下に待機して頂いても問題はありますまい。では、私は失礼して休ませて頂きます」

 頭を下げると、むっつりしたままゾピュロスは部屋を出て行く。カゼスは、慌てて主を追うマルドニオスを見送り、ことんと首を傾げた。

「なんであの人はいちいちこう、持って回った言い方をするんでしょうねぇ……」

 これには堪らず、エンリルが盛大に笑いだしてしまった。ひとしきり笑ってから、彼は怪訝な顔のカゼスにこそっとささやいた。

「素直なゾピュロスというのも、恐ろしかろう?」

 短い間を挟んでから、カゼスもつい失笑し、無言で小さくうなずく。エンリルはまた少し笑い、ようやっと気を取り直して言った。

「さて、父上が元気になられるまでに、戦術を練っておくとしよう。何も出来ずにただ待っておったなどと知れたら、本当に縁を切られてしまうからな」


 最大の障害であったアレイア領主が実質上エンリル側についたので、残る問題は積極的に敵側に回っている現騎兵団長のナキサーだけになったようなものだった。

 ナキサーは、王都そのものと直轄地とを除くティリス周辺の領地を有しており、王都を奪還するならば、つまり彼の領地を突き進むしかない。彼の手元には、本来国王のものである軍の兵が半分ほどと、自身の領地を守る為の兵が別にある上に、海軍力も侮れないものがある。

 とは言え、ティリス領主の本拠地であるカッシュは既にこちらのものなので、本来の脅威ほどではない。むしろ脅威であるのは、顧問官本人ただ一人とさえ言える。

「顧問官が、父上にしたように人の心を意のままに出来るのであれば、ラームティンとクティルの力添えは望めぬであろうな」

 エンリルが唸ると、ヴァラシュは小さく鼻で笑った。最初から当てになどしていない、と言うのだろう。彼は皮肉っぽく答える。

「正気であっても顧問官の懐にあって牙をむく度胸はありますまい。陛下の快復を待って勅令を出して頂くとしても、署名だけでは不十分。印璽がないことを理由にあれこれ言い掛かりをつけて、根の生えた場所から動こうとはせぬでしょうよ」

「どのみち、我々には魔術に対して打つべき手を持ちませぬ。顧問官の相手はラウシール殿にお任せするより他、ありますまい」

 イスファンドが静かに言い、その場の面々の視線がカゼスに集まる。

 カゼスにとっては不思議なことに、誰も「魔術の使い方を教えろ」とか「弟子にしてくれ」とか、「魔術師で軍団を作れないか」などとは言い出さなかった。もちろん頼まれたところで無理な話であるから、ありがたいのだが。恐らく彼らは、魔術というものが万人に使える技術なのだとは、夢にも思っていないのだろう。

「実際のところ、どうなのだ?」とカワードが口を挟む。「あの女狐にどの程度のことが出来るのか知らぬが、おぬし一人で太刀打ち出来るものなのか」

「相手が味方を引き連れてこない限りは、大丈夫だと思いますけどね。断言は出来ませんよ……彼女と同様に私も、万能じゃないんですから」

 カゼスは肩を竦めた。もしシザエル人が一致団結してカゼスを排除しにかかったら、いかに優秀なリトルヘッドがついていると言っても、勝ち目があるとは思えない。

「私に出来るのは、顧問官の手出しを無効化することだけです。申し訳ありませんが、それ以上の積極的な役割を果たす余裕があるとは思えません」

 実際、能力的にもその程度が限界だと思われたし、それ以上の事などしようものなら、十一条を云々する以前に、リトルにこんがり焼き上げられてしまう。カゼスは膝の上ですましている水晶球を見下ろし、こっそりため息をついた。

 ともかく、自分の役目はそこまでだと決めると、カゼスは作戦会議を適当に聞き流しはじめた。クシュナウーズも、呑気に大きなあくびをしている。おやおやと内心苦笑していると、突然名を呼ばれ、カゼスは驚いて身を竦ませた。

「はいっ、何でしょう」

 直前の会話を聞いていなかったので、授業中の居眠りを発見された時のようにひやりとする。そんな反応に、呼びかけたエンリルがくすくす笑った。

「何も試問しようというのではないぞ、アーロンではあるまいし。そなたか、あるいはイシルでも、天候を操ることは出来るか? いつぞやは顧問官の降らせていた雨を晴らして貰ったが、逆に雨を降らせたり、霧を出したりは?」

「局地的で短時間の操作なら私でも出来ますが……イシル?」

 カゼスが、どことも知れぬ方を向いて問うと、すぐに水竜の声が室内に響いた。

「造作もない事」

 その深く威厳のある声を初めて耳にしたゾピュロスやヴァラシュは、ぎょっとして思わず腰を浮かせた。彼らに説明するのは後回しにして、エンリルは話を進める。

「ではイシル、深い霧で姿を隠した船団を導くことは出来るか」

「それが頼みとあらば、その通りにしよう。しかし、人の思考というのは奇妙な経路を辿るものよな」

 語尾に面白がっているような気配が漂う。エンリルが疑問符の代わりに片眉を少し上げると、イシルの声が続けた。

「汝の敵を渦に呑み込んで、魚の餌にくれてやることも出来ように」

 あっ、と初めて気付いたように一同が目をみはる。自分たちの間抜けさに呆れ、しばし誰もが言葉を失った。ややあってエンリルが苦笑をもらした。

「考えつかなかったのは認める。しかし、先に選択肢に加えていたとしても、その手段は選ばなかっただろう。無用の死者を出すばかりでなく、私はただ運が良いだけにされてしまうか、あるいはそなたやカゼスに代わって神と崇められる憂き目に遭うだろうからな。誰の目にもはっきり、私の……我々の力で王都を奪還したのだと分かるようにしておきたい。ありがたい提案だが、今回は遠慮しておこう」

「うまく逃げましたね、エンリル様」

 冗談めかしてカゼスが非難する。エンリルも悪戯っぽい表情を見せた。

「これも幼少期の環境に培われた才能のひとつ、というわけだ。さて」

 渋面になったアーロンの反撃を制し、彼はすばやく言葉をつなぐ。

「極力短時間でけりをつけるためにも、やはり海から主力を投入する方が良かろう。市街の方から攻め込むと住民に甚大な被害を与えかねない」

「では、船団の方には歩兵を中心に……」

 憮然とした表情のまま、アーロンが地図の上に駒を配置して行く。その様子を眺め、カゼスにもなんとなくエンリルの考えが分かった。

「大体狙いは読めましたけど……うまく行きますかねぇ」

 うーん、とカゼスが唸る。ヴァラシュも首を傾げた。

「ナキサー卿と顧問官をいかに早く押さえるかが要点になりますな。両方一度に始末出来そうな策も、ないわけではないのですがね」

「ねえんだったら正直にそう言えよ。あっても使えねえんじゃ同じこった」

 クシュナウーズがにやにや笑いながら揶揄する。言われたのがカワードやダスターンであれば即刻つかみ合いの喧嘩になっていただろうが、ヴァラシュは男の挑発なぞ耳を貸すにも値せぬわとばかり、平然とそれを無視した。

「陛下と殿下が指示に従って下さるのならば、実行も可能ですが」

 どうします、とヴァラシュは視線で問う。さすがに、その場の面々がぎょっとなった。

 今、この男は何と言ったのだ。誰が、誰に、従うと?

 そんな愕然とした気配を浮かべた武将たちに囲まれ、発言者とその相手だけがまるで頓着していなかった。エンリルは少し困ったような顔で、首を傾げて答える。

「私はそなたの策に興味はあるが、父上はいまだ戦線に立てる状態に無いのだから、危険に晒すような事があってはならぬぞ」

 と、そう言い終えた時だった。

「やれやれ。いつの間にやら余も息子に守られるほど老いたか」

 少しおどけた、だがたしかに喜びと温かみの込もった声と共に、シーリーンに付き添われた国王オローセスが入って来た。反射的にほとんど全員が立ち上がり、ひざまずく。カゼスもつられて、まるで身に馴染まない仕草で彼らにならった。

 エンリルが急いで椅子を空け、シーリーンを手伝って父親を座らせる。オローセスはその場の者に席に着くよう言い、初めて見る顔をも含めてしげしげと彼らを見回した。

「ふむ……おおよその事情はシーリーンから聞いたが、まだ余の知らぬ事があるようだな。エンリル、その異国の者は?」

 自分のことかとカゼスは思ったが、さにあらずクシュナウーズだった。エンリルが説明する前に、作法を無視して本人が答える。

「あちこちふらふらしている内にフローディスにたどり着いて、今は殿下のお墨付き海賊ってなとこですよ、陛下。ま、気にしないで下さい」

 一応敬語らしいものの片鱗は感じられる喋り方だが、それでも国王の耳に入れるには通訳が必要なほどだ。もはや誰も、労力の無駄と悟ってか怒声を張り上げたりしない。諦めたようなため息が、一部で漏れただけ。

「なるほど」とオローセスは不意に笑いをこぼした。「いかにもそなたの部下らしい」

 父親の機嫌を損ねずにすんだことにホッとしたものの、エンリルは複雑な顔になった。揶揄されているのか、それとも皮肉なのだろうか。

 とは言え、オローセスもカワードを取り立てた前科があるのだから、あまり息子のことをとやかく言えた義理ではないだろう。その自覚はあるらしく、オローセスは誰かに指摘されないうちに、話題を変えた。

「ティリスの西半分と南海上はそなたの下についた、と見て良いようだな、この顔触れは。加えて天もそなたに味方するらしい」

 言葉尻で彼は、カゼスの方を向く。天になぞらえられた当人はぎょっとなった。何か言い訳をすべきなのだろうが、今そんな発言をして良いものかどうかも分からず、カゼスはただ困った表情のまま、固まってしまう。

「最後まで我らを見放し給うことなきよう、頼み申す」

 恭しくオローセスが頭を下げた。カゼスはその場から逃げ出したくなったが、代わりに慌てて立ち上がってしまった。

「や、やめて下さい、そんな事! 私はただの魔術師で、神の使いでもなんでもないんですから! 私の方がエンリル様にお世話になってるぐらいで、そんな……ああ、うう」

 オロオロして言い訳していると、突然うつむいたままの国王がふきだした。

 呆気に取られているカゼスの前で、オローセスはくすくす笑いだす。

「いかにも、シーリーンの申した通りだな。そなたほどの実力を備えながら謙虚な者は見たことがない……顧問官の企みを阻み、エンリルのみならず余の命まで救ったのだ、胸を張って誇るが良い」

 温かな笑みを向けられ、カゼスは照れ臭そうに苦笑した。謙虚なわけではなく、単に過大評価をされると困るというだけなのだが、デニスの人間にはそうは見えないらしい。

 ともあれ、オローセスはその場で、新たにエンリル側についた者に地位と称号を与えた。国王の言葉ではあるが今は印璽もなく、またここは王都でもないため、仮の処遇ということになるが、やむを得ない。

 元テマ警備隊長のアスラーは近衛隊長に。カゼスには宮廷魔術師という新たな位を設け、クシュナウーズは元来国王が兼任していた海軍司令官の地位を与えられた。騎兵団長の位をナキサーから剥奪し、ゾピュロスにそれが与えられた。そして、空席であった軍事参謀の位にヴァラシュ。これまで参謀的な人間が皆無だったわけではないが、正式にこの地位を与えられた者はいなかったのだ。

 この人事にも、もちろん、二、三の悶着があったことは否めない。

 有名無実化していた海軍司令官の地位はともかく、陸軍司令官たる国王のすぐ下、すなわち実際の戦闘では陸軍の頂点に立つ騎兵団長がゾピュロスというのは、カワードやアーロンにとっては憤懣やる方なかった。

 とは言え、年齢、実力、経験、そして地位のいずれをとってもゾピュロス以上にふさわしい者はいなかった。その事は彼らも承知しているが、これからは自分たちがゾピュロスの直接の配下につかなければならないのが、たまらない。

 結局最終的には、なんとかそれぞれの場所に収まったものの、万騎長および千騎長の仏頂面はしばらく元に戻らなかった。

 彼らの機嫌が直るまでの間に、エンリルがオローセスに作戦の大まかなところを説明する。もはや麻薬の影響もない明晰な頭で、オローセスはすぐにそれを理解した。

「それで……ヴァラシュ、そなたはこの策を基に顧問官とナキサーのいずれかを押さえ損ねることのないよう細工ができる、と言うのだな?」

「必要なものさえ揃いましたら、陛下に楯突く者が何者であろうと、いかようにも料理してご覧に入れまする」

 優雅な、しかし毒牙を内包した笑みを浮かべて、ヴァラシュは慇懃に答える。その場の面々が嫌そうな顔をしたのには構わず、オローセスは先を促した。

「何が必要だ?」

「陛下のご協力はもちろん、今回は特に……殿下の従者を務めるその少年に、役目を果たして頂かなければね」

 ちらりと視線を向けられ、ダスターンがぎょっとなる。

「それから、船の方はイシル殿にお任せするとして、ラウシール殿には別にやって頂きたい事があります」

 まるで料理のレシピでも教えるかのごとく、整然と彼は作戦を話し始める。隙のないようきっちりと組み立てられた、それでいて臨機応変な筋書き。

「おぬし、国王にでもなれるのではないか?」

 感嘆したのと呆れたのとで複雑な顔をしながら、カワードが頭を振ってぼやきのように言う。ヴァラシュは「ご冗談を」と笑い飛ばした。

「陛下の御前にて失礼をお許し頂きたいのですが、国王などになろうものなら人ひとり自由に動かすことも出来ませぬよ。私はごめんですな」

 なまじ権力の座に着けば、それにともなう責任がのしかかる。そんな事になったら、好きなように人を動かすことができない、と言うのだ。

(舞台で言うなら監督、オーケストラで言うなら指揮者、だな)

 カゼスはそんな感想を抱いた。ヴァラシュにとっては国王というものも、舞台における役割のひとつにすぎず、彼自身が舞台に上がるのは、どんなにそれが注目を浴び、表立って称賛されることであっても、冗談じゃない、ということらしい。

 すべての役者、すべての演奏者を駆使して、自分の思い通りにひとつのステージを作り上げる。それが彼の趣味であり本領なのだ。

 良く言えば適材適所の采配上手、悪く言えば人をいいように使う……ということか。

 頼もしいと安心するには、いささか複雑な気分になる。それはカゼスだけではないらしく、場の雰囲気がなんとも言い難いものになった。

 そんな彼らの心情には一向お構いなく、ヴァラシュは実に楽しそうに言った。

「では、役者も揃った事ですし、幕を開けるとしましょう。陛下、よろしいですね?」

 オローセスはエンリルと目を合わせ、にこりと笑みを交わす。それから室内の一同に向かって厳かに告げた。

「これより全軍、カッシュへ進軍を開始する。カッシュ到着後は参謀の作戦に従い、各自の役目を果たすこと」

 武将たちが表情を改め、うなずく。

「解散!」

 エンリルの鋭い号令が飛び、それぞれが務めを果たすべく動き始めた。


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