四章 海賊の島 (3)
カッシュを出て数日後、エンリルたち一行はフローディスの島影と対面した。
「なんとまあ……見事に絶壁しかないな」
行く手を眺めてカワードが呆れた声を出す。アスラーは不安そうに、先導役の海賊船を見つめていた。とんでもない所に引き込まれて座礁させられるのではないか、と。
「とても港が築ける場所ではないように見えるが」
アーロンもしかめっ面で島影を観察している。イスファンドが後ろから言った。
「恐らく、自然に穿たれた洞窟を利用しているのでしょう。あるいは、崖の亀裂を広げて水路とし、奥に港を築いているかも知れません。いずれにせよ、地理に疎い他所者では見付けられぬ場所でしょうが」
「となると、船を操るのはイシルに頼んだ方がいいかも知れませんね」
カゼスは言って、心持ち自分の腹の辺りを眺める。
〈儂は馬車馬ではないぞ。だがまぁ、確かにあの水路を抜けるとあらば、この図体の船では難しいであろうな。致し方あるまいて〉
呆れたような気配ではあったが、じきにカゼスはイシルが出て行くのを感じた。やがてぐんぐん島の姿が迫ってくると、海賊船は前後に別れてエンリルたちの船を挟み、一列になった。狭い水路を進むのだろう。
どこかに水路があると分かってはいても、崖に向かってまっしぐらというのは、安心して眺めていられる光景ではない。
入り組んだ海岸線の奥へと進み、やがていつの間にか自分たちの姿が外海から隠されていることに気付く。それからやっと、一行は崖の狭間へと滑り込んだ。両側から迫り出してくる岩肌に圧倒されながらしばらく進むと、いきなり開けた場所に出る。崖に周囲を囲まれた、広い入り江だった。
「すごいですね」
思わずカゼスはぽかんと感想をもらした。入り江には、同じような形の船が何十と並んでいたのだ。恐らく島民の漁に使うのだろうと推察される、ずっと小型で帆すらない船も多数まじっている。
竜骨が砂に乗り上げ、やっと陸に降り立つ事になった一同は、ホッと息をついた。
「やれやれ、これで一安心だな」
足元を確かめてエンリルはにこっとした。心持ち、体がフラフラしてはいるようだが。
「少なくとも、髭剃りに失敗して顔を切る心配はなくなったわけだ」
可笑しそうにそんな冗談を飛ばしたエンリルに、思わずカゼスは「えっ」と驚いて振り返ってしまった。
「エンリル様も、髭を剃るんですか」
「……剃らないのか?」
きょとんとした顔で聞き返されて、カゼスは失言に気が付いてうろたえた。
「あ、いえ、その……エンリル様は随分お若いように思っていたもので」
「確かに、毎日剃らねばカワードのようになると言うほどではないがな」
エンリルは明るい笑い声を立てる。引き合いに出されたカワードは複雑な顔をした。
「いや、伸ばしておるのですよ、これは。ただ、その、少々鬱陶しくなって、つい適当に剃ってしまうだけのことでして」
「その面で伸ばしてみろ、水牛と間違われて狩りの的にされるぞ」
フンとアーロンが鼻を鳴らす。言われた当人を除いて、ひとしきり笑いがその場を包んだ。と、早くも崖の方に歩きだしていたクシュナウーズが、遠くから呼ぶのが聞こえた。
「あ、行きましょう、遅れてしまう」
慌ててカゼスは小走りにそちらへ向かう。その姿を見送り、残された三人はふと視線を交わしたのだった。一度も、カゼスが髭を剃るところを見ていないな、と。
〈ヤバいなー、怪しまれちゃったかなー、大丈夫かなー〉
ちらっと後ろを振り返って、カゼスはうめいた。リトルがため息をつく。
〈私に足があれば、あなたの足の甲を思い切り踏ん付けているところですよ。まったく、迂闊にもほどがあるってものでしょうが。ここの所どうも集中力に欠けるようですね、何かあったんですか?〉
〈んー……いや、別に何もないと思うんだけど〉
曖昧な返事をして、カゼスはまた前方に注意を向けた。悪夢、なんて。眠らないリトルヘッドに相談しても意味がないし、自分でも深く考えるのは馬鹿らしく思えたので。
行く手に目を凝らすと、崖の一部に階段があるらしく、人影がちまちまと登って行くのが見える。腿がつりそうだな、などとカゼスは考えて、一人でうえっと顔を歪めた。
階段の下でクシュナウーズが待ち受けていた。
「そっちの水夫連中は、もうほとんど上に行ってるぜ。あとは肝心の王太子さんぐらいのもんだ。一番乗りするかと思いきや、つくづく呑気な坊やだぜ」
言い得て妙な表現に、カゼスはつい笑ってしまった。クシュナウーズはやれやれと肩を竦める。それから、近くに人がいないことを確かめ、顔を寄せてこそっとささやいた。
「で、本当のところ、おまえは何なんだよ?」
どうやらこの男は、頭からラウシールの存在を信じていないらしい。カゼスは眉を片方上げて、呆れ顔を作った。
「変な人ですね。海の民の間にはラウシールの信仰めいたものがあるって聞いたんですけど、そうでもないんですか?」
「俺は個人的に信仰心が薄くてな。で、どうなんだよ」
カゼスは少しためらったが、どのみち神の使いめいた役割を演じ切る自信はなかったので、ほんの少し肩を竦めてささやいた。
「なりゆきでここにいる、ただの魔術師です」
「なるほど、道理でな」
納得されると、それはそれで、なけなしの自尊心が傷つく。そんなカゼスの複雑な心中はまったく無視して、クシュナウーズは言った。
「せいぜい猫を被っていろよ。だいたい島の連中は信心深いからな、ラウシール様が偽物と分かったら、ただじゃすまされねえぞ」
「ええっ、そんな」
思わずカゼスは悲愴な顔になった。すかさずクシュナウーズがその頬をぺちっと叩く。
「んな顔すんじゃねえよ、ラウシール様が、みっともねえ」
「みっともなくて悪かったですね、この顔は元々ですよ」
ぶすくれて言い返してから、はたとカゼスは先刻のクシュナウーズの言葉に気付いた。
「あれ……てことは、あなたは元々島の人じゃないんですか」
「まあな。比較的新参者なんでね。ほれ、さっさと上がんな。後がつっかえるだろうが。上から落っこちて、ケツで王太子を圧し潰すんじゃねえぞ」
おどけて言い、彼はカゼスの腰の辺りを軽く叩く。反射的にカゼスは相手の手を厳しく打ち払った。眉間に険しい皺を刻み、相手を睨みつける。クシュナウーズは憮然とした。
「んだよ、人をきたねぇもんみたいに扱うこたねえだろ」
「気安く触らないでください」
「へいへい……分かりましたよ、ラウシール様」
肩を竦めてクシュナウーズは言い、「とっとと行きな」と顎をしゃくる。素直に階段を登る気分になれる筈もなく、カゼスはムッとした顔のまま、呪文を唱えた。
ブワッ、といつもより荒っぽい風が起こり、小さな力場にカゼスを包んで上昇する。瞬く間に崖の上まで舞い上がったカゼスは、わざわざクシュナウーズから見える位置にトンと降り立つと、顔の横で両手をひらひらさせて罵りのジェスチャーをしてから、フンと背中を向けた。
そして、そのまま驚いて立ち竦む。
眼前には、予想外の光景がひらけていた。風通しの良さそうな漆喰塗りの建物が、広大な耕作地の向こうに連なっている。それは今までに見た一軒ごとにバラバラの建物ではなく、言うなれば大規模な神殿のような、ひとつながりの建造物だった。
建物自体は垂直方向には高くない。が、斜面や崖のために複雑な構造になっている。ひとつの街と言っても良い規模だ。既に上に着いていた水夫たちが、島民に案内されて建物の一画へ向かっている。案内なのか護送なのかは、判然としないが。
耕作地に出ていた何人かの女や子供が、驚いた顔でこちらを見ていた。たまたま、カゼスが風に乗って飛び上がってくるのを目撃したのだろう。大人気ない真似をしているところを見られたのでは、とカゼスは赤面した。
彼らの視線をそらせようと、崖下を覗く。エンリルたちがあれこれしゃべりながら登ってくるところだ。彼らの後続はほとんどおらず、少し下の方にクシュナウーズの姿もあった。どうやら全員下船したらしい。
「ラウシール様、こちらへ」
呼ばれて振り返ると、アスラーがいた。その後ろにダスターンがいる。
「先に周囲を一通り調べたが、危険はなさそうだ」
ぶっきらぼうにダスターンはそう言ったが、アスラーに睨まれて、実に不本意げながら、ほんの少し頭を下げた。
「非礼はこの通り、お詫び申し上げる。島の者が騒ぎだす前に中へお入りを」
カゼスは驚いて目を丸くした。二、三度、瞬きしてから彼はアスラーに問う。
「何か言ったんですか?」
「別に、何も。筋を通しただけでございます」
しれっとアスラーは応じたが、ダスターンが不承不承ながらもカゼスの立場を認めるように、何らかの手を打ったに違いない。カゼスは呆れてしまった。
「うーん……そりゃ、私としても身分や肩書で差別されるのは嫌ですけどね。でも、どこに行っても、どうしても好きになれない人間がいるのは仕方ないですよ。無理に改めさせようなんて、考えなくていいですから」
そう言って、渋い顔のアスラーに対して肩を竦める。
「ま、とにかく中に入った方が良さそうというのには賛成です。どこに行けばいいのか、案内して頂けますか」
アスラーがうなずき、先に立つ。ダスターンはエンリルたちを護衛するのだろう、一礼して階段の方へ走って行った。
建物の中は、白い漆喰のお陰か随分と涼しい。大陸側と違って、建物にカーテン類はほとんどなかった。ティリス人は何部屋かに別れてはいたが、一区画にまとめられていた。敷物も絨毯もない床に座らされ、誰もが不安な表情でざわついている。
カゼスが入ると、ほっとしたような、期待するような目が集まった。その一方で、ラウシール……というささやきが、壁際や出入り口付近で警戒に当たっている島民の口からもれる。遠慮がちに、だが抑えきれない好奇心から頻繁に向けられる視線は、畏怖と警戒とで鋭利な刃物のようだ。
(――畜生)
突然カゼスは、そんな思いに駆られた。
(好きで青い髪なんじゃない。好きでここに来たわけじゃない。好きで魔術師になったのでさえない!)
妙な期待も、警戒も、恐れも――それらを受けるぐらいならば完全に無視された方がよほどいい。少なくとも、無視されるのには慣れている。
だが、ここではたとえ望んでも、贅沢な孤独は手に入らない。痛いほど視線を感じながら、カゼスはアスラーが用意してくれた場所に座った。
早くエンリルが来ればいい。そうすればこの、動物園の檻から解放されるのに。
だが、先にエンリルは島の会議のようなものに引き出される事になったらしい。部屋に入って来たのは、カワードとダスターンだけだった。
「どうしたんです? エンリル様は」
ひそっ、とカゼスが問うと、答えの代わりに、カワードは大声で告げた。
「殿下は既に、島の長たちとの交渉に出向いておられる。結果が出るまで、各々行動は慎重にすること! 格別の必要がない限り、指定された場所から離れてむやみにウロつかぬことだ。分かったな!」
部屋の者が揃って返事をすると、カワードはやれやれといった風情でその場にどかっと座り、ふてくされたように腕組みをした。
「アーロンは?」
別の部屋に行ったのかな、とカゼスはきょろきょろする。ダスターンが屈辱感をにじませた声で応じた。
「殿下の護衛に行かれた。護衛は一人しか認められなんだゆえ、私は外されたのだ」
「あ、なるほど……」
まあ、相手がアーロンでは当然であろう。とは言え護衛が一人だけというのは、いかにも心もとない。まさか、いきなりよってたかって殺そうとしたりはしないだろうが。
カワードも、やはりエンリルの身が案じられるらしい。しきりに窓の方を向いて、通廊の人影を確かめている。
「あのクシュナウーズとかいう野郎、どうも信用できん。胡散臭い」
いまいましげに彼は唸った。カゼスもそれには全面的に同感である。ラウシールを信じないと言うくせに、猫を被れと言う。島の者が信ずるラウシールとは違うと分かっていて、カゼスにそのふりをさせようというのだ。
「どうも、利用されてるんじゃないかって気がするんですよね」
「良くも悪くも、おぬしは目立つからな」
カワードはぼやき、それから頭を掻いてぼそぼそと続けた。
「もっとも、おぬしをラウシールに仕立てて利用しようとした点では、こっちも他人のことは言えんが……しかし、おぬしも少しはマシになって来たな。いちいち倒れたりせんし、ラウシール様になりすますのも、そう難しくなかろう」
「冗談でも止してください」
苦虫を噛み潰してカゼスは応じた。そして、はたと気付く。
(そう言えば、さっき『風乗り』の呪文で……力のレベル、落としたっけ?)
いつもミネルバで使っている呪文を、そのまま唱えたような気がする。あの時は気が立っていて、いちいち呪文を丁寧に組み立てはしなかった。
「…………?」
カゼスは一人難しい顔をして首をひねった。最初はちょっとした術でも失神するほどの痛手を受けていたのに、いったいどうしたことか。
(慣れてきたのかな? いや、慣れでどうにかなる問題じゃないよな。でもどうして?)
テマの総督府で、桁違いの力を受け止めた時から、どうも何かが変化しているような気がする。呪文を組み立てるのも、ずっと自然に行えるようになってきたようだし、いちいち魔術の段階を意識する事が少なくなってきたようにも……。
(ヤバいのかなぁ。無意識に魔術を使ってるって事か?)
「ラウシール様」
突然、可愛らしい声がカゼスの物思いを破った。驚いて顔を上げると、十四歳前後の少女が、それよりも幼い子供たちを引き連れて立っている。少女の背後から興味津々とこちらをうかがっているが、どうやら少女がそれを止めているらしく、近寄ってくる者はいない。カゼスが顔を上げて「はい?」と答えると、少女は頬を上気させて言った。
「あの、三の船長に言われて来たんです。ラウシール様、こちらへおいでください」
「え……私だけ、ですか?」
きょとんとしたものの、カゼスはすぐに立ち上がった。子供相手に疑いの目を向けるのは大人気ないと思われたのだ。
部屋から連れ出され、黒髪の少女に導かれるまま、カゼスは少し離れた一室に入った。室内には机と椅子、鏡と衝立があり、机の上には真っ白な絹の長衣と、その他もろもろの装飾品が用意されている。
「げっ」
思わずカゼスは、喉の奥で声を立てた。これは、もしかして、もしかすると。
「……着替えろ、って事かな?」
ひきつり笑顔で少女に問うと、少女は大きな目をさらに見開いた。
「そんな、お、おこがましい事は……ただ、ラウシール様に着て頂けたらと思って、一番似合いそうな服を選ばせてもらっ、いえ、頂いたんです」
真っ赤になって少女は言う。こんな堅苦しい敬語も、本来なら使う機会はないのだろう。カチカチに緊張しているのが、言葉からも態度からもよく分かる。
服のことはともかく、カゼスは少女の態度が可笑しいやら好ましいやらで、複雑な笑みを浮かべて相手を見下ろした。さすがにこのぐらいの年ならば、海の民の直系らしいと言っても、まだカゼスよりかなり背が低い。
少女は泣き出しそうな顔になって、手をもじもじさせた。
「あ、あの……よ、余計なこと、だったでしょうか。あた、あ、いえ、わたし、ちょっとでもお役に立てたらって思って」
「いえ、そんな事ないですよ」
慌ててカゼスは首を振り、ぽんぽんと少女の頭を撫でた。
「ありがたく使わせて頂きます。ちょっと外で待っててくれますか?」
途端に少女はパッと笑顔になって、元気よく「はいっ!」とうなずいた。
ああも無邪気な子供が相手だと、毒気を抜かれる。
〈共和国にも、あんな子供が多ければいいのにねえ〉
〈そう捨てたものでもないでしょう。あなたが十三、四の頃を思い出してごらんなさい。今思えば、自分でさえ可愛らしい子供に見えるでしょう。愚かでどうしようもなく幼い子供だった、とね〉
〈……まあね。ああ、馬鹿だったのは認めるよ〉
〈カゼス、今の発言、時制に齟齬があるように思われますが〉
〈言い直す。今よりさらに馬鹿だったのは認める。これで満足かい?〉
カゼスは苦笑いした。ラウシール様になろうとなるまいと、リトルの毒舌は変わりそうもない。やれやれと彼は白い長衣を衝立に引っかけ、その陰で着替え始めた。今まで着ていたものとは格段に質が違う。織りも仕立ても素晴らしく、肌触りも良い。
袖口と襟には金糸銀糸で刺繍が施されている。紗のサッシュと、螺鈿をあしらった飾り紐で腰を締め、カゼスはついたての陰から出て残りの装飾品を眺めた。金の腕輪と、大粒の真珠の首飾り、それに小粒の真珠をあしらった簪とおぼしきもの。
「これは派手になりそうだなぁ………」
ひとつひとつ手にとって眺めていると、外から待ちきれずに少女が入ってきた。
「髪は、あたしに結わせてください!」
自分の髪が短いからなのか、やけに嬉しそうである。その妙な迫力に押されて、カゼスは曖昧にうなずいた。椅子に座ったカゼスの髪をうきうきと梳かし、少女は緩めの三つ編みを作っていく。カゼスは腕輪の模様を眺めていたが、ふと気が付いて問うた。
「そういえば、さっき三の船長に言われて、って言いましたよね?」
「はい。あ、三の、っていうのはラウシール様を島にお連れした人です。内緒ですけど、船長、すっっごく図々しくて、やらしいんですよっ!」
どうやらクシュナウーズの評判は、島でもあまり良くないらしい。と言うよりは、島の女性の間で、と言うべきか。五隻の船を任されるぐらいなのだから、男たちの間ではある程度の地位を占めているのだろう。
カゼスがそんな事を考えていると、少女は言葉を続けた。
「ラウシール様なら、船長なんか海に沈めてしまえるから平気ですよね。でも、もし失礼なこと言ったら、あたしがやっつけてやります!」
本人はいたって真面目に言っているらしい。カゼスはなんとかふきだすのを堪えた。ぐっと我慢して、こちらも真面目な声を取り繕う。
「ありがとう。ところであなたの名前は?」
「あ、あたしは、フィオっていいます。本当はエスマフィオネっていうんですけど、長くて面倒だから、皆、エスマとかフィオとか呼ぶんです」
仕上げに髪飾りを付けながらフィオは答えた。と同時に、
「おっ、きれいになったじゃねえか」
噂をすれば。クシュナウーズが飄々とした足取りで入って来た。
「三のッ! それ以上近付くんじゃないよっ!」
猫を見付けた犬のように、フィオが吠える。クシュナウーズは口をへの字に曲げた。
「どいつもこいつも、ったく……おいフィオ、俺だってなぁ、ラウシール様にゃ妙な真似はしねえよ」
「どうだか」
カゼスとフィオが同時に言い返す。二人は顔を見合わせ、ぷっと笑いだした。
「結託して俺を攻撃しようってのかよ。フィオ、用が済んだらとっとと出てけ」
面倒臭そうにクシュナウーズが言ったが、フィオはいーっと歯をむいた。
「あんたに言われた用事はすんだけどね、あたしは母さんに言い付かってきたの! 三のがラウシール様に失礼しやしないか、見張っといで、ってね! おあいにくさまー、だ」
堪えきれずにカゼスは声を立てて笑いだす。さすがにフィオも、みっともない真似をしたと恥じ入って赤面した。少女相手に本気で怒るわけにもゆかず、クシュナウーズはしょうがねえなと苦笑する。
「分かった、分かった……けどな、これからちょっと俺ぁラウシール様と大事な話をするんだ。耳塞いでるか、しばらくどっか行ってな」
会議の結果を報告しに来たのだろう。カゼスは内容を察して、まだ疑わしい顔のフィオに、軽くうなずいて見せた。
「大丈夫ですよ。何かあったら、こんなのは海に沈めちゃいますから」
「そうですね。じゃ、ちょっとだけ、あっち行ってます」
聞き分けの良いところを見せようとしてか、フィオはこくんとうなずくと、部屋から出て行った。その姿が見えなくなってから、クシュナウーズは凶悪な笑顔を作って言う。
「言ってくれるじゃねえか」
「言いますとも。あなたみたいな人にも苦手なものがあると分かったらね」
にやっとしてカゼスは言い返す。フィオに対する苦笑に紛れもない温かみがある事を見抜いた後では、凄まれてもまるで恐れを感じない。憮然としたクシュナウーズの顔を見てちょっと笑い、カゼスは「それで」と本題に戻った。
「会議が終わったんですね。どうなりましたか?」




