前奏
■陽暦1398年9月23日付
テラ共和国ネットニュース・学術ページに掲載された報告■
第四惑星レントに大規模な文明の遺跡があることは既に知られていたが、今月10日、初めて文書形式の遺物が発見された。
材質は紙と皮革、インクは炭素系の材料による。厳重に布で梱包した上で貴金属の箱に収められており、風化を遅らせる魔術まで施されていた痕跡があるとのこと。
内容は大部分が未解読であるが、専門家によるとどうやら年代記か伝記などの類であると推察される。頻繁に現れる『ラウシール』の語が何を意味するのかは不明。
詳細は第四惑星開発課遺跡調査班まで。
■同年10月29日付の報告■
レントで発見された文書の解読は難航している。恐らく『ラウシール』というのは人名であり、当時活躍した重要な魔術師であると考えられている。発掘の行われている地点の付近がデニスと呼ばれる国家であったことは、まず間違いない。この文書にはその歴史のある時点から以降の経緯が記されているというのが、一致した見解である。
現在ではレント全土が荒廃した無生物の惑星と化しているが、我々の文明がようやく曙光を見ようかという時代、既にこの様な高度な文明を築いていたことは、驚嘆に値する。同時に、先人の辿った道を知ることは、我々にとって大いに有益であろう。全文の解読が待たれる。
*
「また調査班のレポートですか」
水晶球のような物体が、深い海青色の髪をした青年に呆れた風情の合成ボイスで言った。ネットニュースを眺めていた青年は、振り向かずに苦笑する。
「だって気になるじゃないか。あの後デニスがどうなったのか、とか、ラウシール様って結局誰だったのかな、とかさ。もし分かったら、私の経験談も少しは役に立つんじゃないのかな」
「何か勘違いしてませんか、カゼス? 確かにあなたは事故でデニスに落ちました、その上、伝説の魔術師と勘違いされて、あの国の出来事に深くかかわりましたよ。ですがデニスはあなたの箱庭ではありませんからね、自分の国か何かのように馴れ馴れしくするのはどうかと思います。逃避願望のあらわれなんじゃありませんか? そんなだから、いつまで経っても本来のあなたの住処であるこの部屋が熱的死に到達しかけの混沌状態のままなんですよ! 少しは実際的なことをしようって気が起きないんですか」
長々と説教を聞かされ、青年ことカゼスはげっそりした顔をする。相手は機械の一種であるリトルヘッドなのだ。息をつぐ必要がないから、いつまででもその優秀な頭脳を駆使してしゃべり続ける事が出来る。始末に負えない。
「分ぁかったよ……でもとりあえず、今日は天気がいいから庭の手入れでもするよ。それだって大した進歩だろ?」
ぶちぶち言いながらカゼスは重い腰を上げ、うんと伸びをして大あくびをした。長年一緒に生活しているこのリトルヘッドを黙らせるには、何らかの妥協をしなければならないと学習していたので。
部屋の方も大概だが、庭も凄絶なものだ。元々は多分、薬草だの花だの野菜だのを植えてみたりしていたのだろうが、今は雑草の野戦場である。繁殖力が強く生き残った花や薬草もまじっているし、プチトマトがいきなり実っていたりして、なんだかもうわけが分からない。庭だけ見たら廃屋そのもの。
リトルヘッドのマシンガンお小言から逃れようとして庭に出たは良いが、どこから手を付けたものやらさっぱり分からず、カゼスは茫然と立ち尽くしてしまった。
「これはもう、手入れって言うよりは『開墾』ってとこだね……」
さすがに多少の後悔をおぼえ、そんな事を言って頬を掻く。
――と、その時だった。
青天から何の前触れもなく閃いた雷が、庭を直撃した。カゼスの視界は真っ白に焼け、一切の物音が白光に塗り込められる。
……やがて空は雲に覆われ、最初はポツポツと、次第に激しく、雨が降り注ぎ始めた。灼けた土が広がる、無人の庭に。
*
■同年11月2日 全国のネット端末に中央より出された極秘命令■
一日午後、シティ・ミランダの北郊外において落雷発生。民家の庭を直撃したものと見られる。家の所有者は治安局魔術師部門準局員カゼス=ナーラ。落雷の発生直後より当人は行方不明となっている。リトルヘッドともアクセス不能、共に遠距離転移したものと見られる。
少なくとも国外へ、より可能性が高いのは異世界への転移である。全端末はアクセスする者をチェックし、該当する人物ないしリトルヘッドを発見した場合、即時****へ通報すること。
【特徴】
カゼス=ナーラ
海青色の長髪。これは染色でも幻覚術でもない。無性体。
身長168センチ、体格はごく平均的。二十歳、魔術師。
リトルヘッド
直径11センチの球状。外観は半透明化されており、
淡いクォーツグリーンで中心に二楔星形をシグナルとして配する。
コードSO-FNS-DH、呼称『リトル』
なお、この命令は第一級極秘情報を含むため、各端末ユーザーに対しても秘匿される。
※性別の無い主人公に代名詞“彼”を使用していますが、これは男性三人称代名詞(he)ではありません。
単純に“此”に対する“彼”(彼の人、that person)であり、特定の性別を示唆するものではないことを予めご了承下さい。
読まれる方が意識の上でどちらかの性に区分されることを拒むものではありませんが、
「作者は主人公を男性として位置づけていない」ことはご理解賜りますようお願い致します。