第一章 国都警備隊『新撰組』 その①
……男たちが集うその部屋は高く広く、そして隅々まで豪奢な雰囲気にあふれていた。
黄金色の唐草模様の彫刻をからませた欄間。
天井から吊された精巧きわめるクリスタル・シャンデリア。
部屋の角に置かれた彫像芸術の巨匠と謳われる彫刻家のブロンズ像。
壁一面に掛けられた画聖と讃えられる画家の油絵。
深紅色のビロード製の壁掛けに床一面に敷かれた緋色の厚毛の絨毯。
さらに部屋の中央には、撞球台と見まごうほどの長大なディナーテーブルが置かれてある。
広々とした室内空間といい、そこを彩る豪奢な調度品類といい、利用する者を選ぶ部屋であることはあきらかであった。
一方で、部屋の照度はなぜか薄暗くおさえられている。
室内の宙空に圧倒的な存在感を見せるクリスタル・シャンデリアには火が灯っておらず、ディナーテーブルの上に置かれた数個の燭台のろうそくが唯一の光源である。
ろうそくの放つ灯火はあまりにも弱々しく、広い室内を完全に照らすにはいたっていない。
それでもテーブルを囲む三十人前後の男たちの若々しい、それでいて奇妙に厳しい表情だけは、薄暗い室内にあってもはっきりと見てとれた。
「憂国の騎士諸君。ついに決行の時がきた」
ふいに低い声が場に流れでると、テーブルを囲む男たちの視線が一方向に固定された。
彼らの視線の先には、発声者とおぼしき若い男の姿がある。
年齢は二十代前半だろうか。
短く刈りそろえられた銀髪の所有者で、藍色の長袖シャツと黒革のズボンにつつまれた身体は若々しく、細身だが高さがある。
彫りの深い、まず端整といっていい顔だちをした青年であるが、青色の双眸にはあまさはなく、むしろ陰気な光すらあった。
「諸君らもすでに承知しているとおり、かねてより進めていた例の計画の準備が整った。そこで今宵、皆に集まってもらったのは、計画の詰めの調整をおこなうためだ」
銀髪の青年は口を閉ざし、テーブルの上に視線を落とした。
ほかの男たちもそれにならい、いっせいに卓上に視線を落とす。
卓上には一枚の地図があった。
ドレンフォーラという都市の中心部を描いた街図で、建物の位置はもとより名称から通りの名、区番までもが詳細に記されてある。
その図上の一点に、銀髪の青年がゆっくりと指先をおいた。
「最初の爆破地点はここ、王宮の南側にある御三家の国都藩邸だ。決行日はこれより二日後の三月十二日、時刻は寅の前刻(午前三時)だ」
男たちは無言でうなずき、青年がさらに語をつなぐ。
「二度目の爆破は一刻後の卯の前刻(午前四時)。目標は街の東側にある中央市場だ。ここには三百を超える商店が密集しており、いったん火がまわれば、その消火は容易ではない。忘れるなよ、アルガド。最初の爆破からきっちり一刻後だぞ」
「わかっています、ジャミルさん」
名を呼ばれた薄茶色の髪の若い男は、黒い影をしめしながらうなずいた。
銀髪の青年もうなずいてみせ、地図に視線を戻してさらに語を続ける。
「三度目の爆破は北側にある北部諸藩の藩邸だ。とくにノースランド藩、バインラント藩、ブランメル藩だけは絶対に仕損じるな。ここはヤーウェイの担当だったな。頼んだぞ」
「わかっている。まかせてくれ、ジャミル」
隣に座るグレー色の髪の青年の返答にジャミルと呼ばれた銀髪の青年は無言で、だが親しみのこもった微笑で応えるとあらためて列席者を見まわした。
「今も説明したように、国都内の三ヶ所に一刻ずつの時間差をおいて爆破工作をしかける。これにより国府軍の注意と武力を分散させ、その機をついて宰相府内に突入し、中にいる国賊どもを捕殺するのだ」
極秘に得た情報では、当日の宰相府には翌日の王宮での御前会議に備えるため、現在の国府を支配する四人の重臣――王国宰相ノルデスハイム侯爵、王国大将軍ランドウェル侯爵、宮廷大臣アイルハートン伯爵、国都守護職ハーン伯爵がそろって滞在するという。
この四人の大貴族たちさえ亡き者にすれば、彼らを後ろ盾に権勢をふるう開国派の人間に打撃をあたえ、ひいては彼らの前に息を殺している国府内の鎖国派勢力が息を吹き返すだろう。
そのときこそこの国はあるべき姿をとりもどす。そう声と表情に自信をこめる銀髪の青年に、テーブルを囲む男たちは一様にうなずいた。
銀髪の青年――ハマード・ジャミルを含めた座の男たちは、自分たちの祖国の現状に底知れない危機感をいだいていた。
四年前の「黒船」の来航以来、「鎖国」という建国以来の国是は歪められ、一方で急進的な「開国」が一部の重臣によって強引に進められている。くわえてそれに異を唱える鎖国派の人々に対する弾圧は日を追うごとに苛烈さを増していた。
その元凶にして独断で開国を強行した先の王国宰相ギュスター侯爵は、先年、王宮の正門外で王国騎士団内に潜在していた鎖国派騎士らの襲撃をうけて暗殺された。
まさに国賊と呼ばれた男にふさわしい最期といえるが、しかし彼の後継者たる四人の貴族たちはというと、前任者の悪行を正すどころか恥じることなく踏襲する愚劣さだ。
あのような愚劣で恥知らずな輩どもにはとうていこの国を、なにより王家をゆだねることなどできない。
異国の傀儡となって王家と祖国を貶める国賊どもは、すべて皆殺しにすべきなのだ……。