表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

いまどきの座敷童子のいる風景

掲載日:2011/11/30

 ドアを開けたそこに、見覚えのない少女が居た。


「…………!」

 一瞬、思考が停止する。

 何一つ変わらないはずの日常に、突然飛び込んできた異物。

 着物姿の、黒髪の少女。

 深めの水色を基調とした落ち着いた雰囲気を感じさせる着物に、腰までの流れるような黒髪。

 安物のコタツ机の前でスラっと背筋を伸ばし、正座するその姿はどうにもこの六畳間には不釣合に見えた。

「あ……」

 と、少女がようやくこちらに気づいたらしい。正座を崩さぬまま身を固くする。

 こちらを振り向いた顔つきは幼く、そう言えば背丈も然程にないことに気づいた。見た目の歳はせいぜい十二、三と言ったところだろうか。

 しばらくの間、見つめ合う。互いにどうしていいか解らないままに、時間は恐ろしいほどスローモーションで進んでいく。

 その間に、彼女の表情は驚いた顔から、徐々に緊張。そして不安へと変わっていく。

「…………」

「…………」

 そこからさらに数秒。そしてようやく、沈黙に耐えかねた少女が、初めて言葉を発した。

「ひょっとして……見えて、ます?」

 鈴が転がるような、透き通った声。

 わずかに怯えと不安が混じった声に乗せられて放たれた言葉に、

 ……ああ、やっぱり。

 そんな感想を抱きながら、俺は小さくため息をついたのだった。


     *


 時間を少しさかのぼって、今日の昼のこと。

 購買で適当にパンやらサンドイッチを見繕って購入し、春の陽気に誘われるまま外をぶらつき、どこで食べようかなどとぼんやり考えていたその時、

「やぁ、三級くん」

 俺のことを、既に人名でも何でもない呼び名で呼んだのは、この学校で最も俺が会いたくない人間のトップ三に数えられる人間。

 いや、既に人外の域に足を半分突っ込んでいると表現しても何らおかしくはない、軽薄そうな笑みを浮かべたメガネ男。

 名を、上御霊(かみごりょう)(ゆう)()と言う。

「どうしたんですか、うえみたま先輩」

「はっはっは。今日も君は無意味な反骨精神を忘れていないようで結構なことだ三級くん」

「…………」

 無駄に高圧的なこの先輩との縁は、丁度一年前のこと。

 夕方。俗に『逢魔が時』と呼ばれる時間帯に学校に忘れ物を取りに帰ったとき、この人でなしがあろうことかオカ研の部室で悪霊を呼び寄せる儀式をして、それを除霊して部員同士で除霊数のスコアを競うなどというハタ迷惑極まりない暇つぶしを学校で繰り広げてた時に偶然巻き込まれ、さらに運の悪いことに、それをきっかけに俺に霊感があることを知られてしまったのだ。

 それ以来しょっちゅうオカ研の勧誘に来るわ、何かにつけて幽霊談義をしに来るわと事あるごとに絡んでくるのだ。

 三級というのも、彼の基準で俺の霊感は大体三級あたりの能力だからだとか何とか。

「で、今日はなんの用です? 降霊会ですか? サバトですか? まさかまたゴーストバスターの真似事に巻き込む気ですか?」

「あからさまに敵対的だなぁ三級くん。ツンデレを攻略するのは非常にやり甲斐があると言えるが、いい加減デレてくれないと僕のグラスハートが粉々に砕けてしまうよ」

「いっそ砕け散ってください」

「はぁ……相も変わらずツレナイな、君は。でも、今日はそんな君にデレてもらおうと素敵なプレゼントを用意したんだよ」

「プレゼントって……」

 その言葉に一瞬で様々な嫌な経験がフラッシュバックすると同時に、そこから導きだされたありとあらゆる危険予測が俺の脳裏を駆け巡る。

 もう既に背後に何か憑いている・怪しげなアイテムをポケットに入れられている・これから渡される・郵送済み・これから郵送される・既に家に何か憑いている…………瞬時にそれだけの可能性が浮かび、背後は確認、ポケットも瞬時に全て点検したが問題なし。

 ……となると、今手渡されるか、家か。

 ぐるぐるとそんな事を考えながら、場合によっては反転逃走も選択肢に入れつつ上御霊先輩の続く言葉を待つ。

「はははっ。そんな身構えることはないさ。なに、ついこの間、座敷童子を喚び出す儀式を学んでね。それで試しに君の家に座敷童子を一人憑けさせてもらったのさ」

 ……やっぱり家か!

 そしてロクなもんじゃなかった!

「どうしたね、頭を押さえて悶絶したようなジェスチャーをして」

「あまりに突飛な事態に頭痛がしたんですよ……で、座敷童子って……富を呼び込むけど逃げられたら不幸になるって言う、あの座敷童子ですか?」

「ああ。東北の旧家によく出るという話だが、それを無理やり呼び出す術を家の分家の八代前の当主が見つけていたらしい。この間その分家筋の葬式に呼び出されたんだが、その時にちょいと蔵から書物を拝借してね。読み解いた結果かなり面白いことが書いてあった。座敷童子の術もその一つさ」

「また胡散臭い話を……」

「胡散臭いかね。ちなみにその分家は、今は現在旧財閥系のグループ企業の一つを世襲してる。順調極まりないぞ」

「それはただの偶然じゃ……」

「その家にはちょうど八代前から富が湯水のように舞い込んできたそうだ。それと蔵でその座敷童子にも挨拶してきたぞ。この家は居心地がいいから好きだと言っていた」

「ええええ……」

 アリなのかそんなの。

 人為的に座敷童子を呼んで飼うとか。

「そこで、そんな曰くつきの素敵なものを君にプレゼントしようと思い立ったわけだよ」

「たまたま覚えた危なげな儀式を俺で試そうってだけじゃ……」

「ははは、そんな訳ないじゃないか」

 ……その笑いが胡散臭いんだっつの。

「まぁ、そういう訳でだ。帰ったら座敷童子がいたかどうか、いたらどんな子なのか教えてくれたまえよ、三級くん」

「勝手に人を実験台にした挙句実験レポートまでさせるんですか」

「そう言わずに、頼んだよ」

 そう言うと、はははははははっ、と不気味な笑い声を残して、上御霊先輩は去っていた。

「マジか……」

 そうして残された俺は、がっくりと肩を落とすのだった。


     *


「……と、いうわけなんだが」

 と、俺は今日の昼休みのその一連のやりとりをかいつまんで、その和服少女に話して聞かせた。

 今は、コタツを挟んで向かい合わせ。彼女は律儀にも正座のまま、背筋を伸ばした姿勢だ。

 話を聞き終わった少女は、合点のいったようにふむふむと頷き、

「だから貴方には私が見える……と。やー、びっくりしました。いきなり失敗やらかしたかと思ってひやひやしましたよー」

「覚悟してたとはいえ、俺もビビったけどな」

 朗らかな様子で話す少女。彼女の存在感は、注視しなければ人間のそれとは然程変わりないように見える。

 はっきりした霊に対しては霊視の人間はよくこのような錯覚を起こす。霊か人間かの判別が付かなくなるのだ。

 今回の俺もその錯覚を起こし、一瞬本当に部屋に見知らぬ少女が居座っていたと思ってしまったのだ。

「しかしあのメガネは……ほんとロクな事をしないな」

「怪しげな術が使える先輩さん……ですね」

「ああ。本当にどうしようもない先輩だ……ってかそう言うならそれで呼び出されたお前だって怪しげな存在だろう」

「えっ?」

 不思議そうにこちらを見て数秒。

「……おお、そう言えばそうですね」

「今気づいたのか……」

「やー、いざ自分が怪奇現象になってみると、自分が怪しいだなんてなかなか気づかないものですよね」

 そう言って、やはは、と邪気のない照れ笑いを浮かべる少女。

「いや気づけよ」

 と言うか自覚があってやってるんじゃないのか。こういうのって。

 ……しかし、ずいぶんの調子の狂う奴だ。

 今までこの手の怪奇現象には、どちらかと言うとマイナスな影響しか受けてこなかったこともあって、こんな感じに直ちに害悪をもたらさないタイプの奴にはどう対応したものか、正直なところよく解らないのだ。

 生きている人間、それも無関係な奴に絡んでくるような霊の大体が怨念系だしな。

「……ともかく、こんなチンケな六畳間に突然現れた君は、座敷童子ってことでいいのか」

「そうですねぇ。一応、そのつもりです」

「じゃあ、これからどうするんだ? やっぱりここに居憑くのか?」

「そうですね。やっぱりお仕事に来たわけですから、バッチリ座敷童子をやりますよ」

「……具体的には?」

「えーと、『よくわかる座敷童子の仕事~明日から座敷童子になってもこれで迷わない~』一章にはまず、気の向くままに悪戯をする心を持つこと、とありますね。イタズラ心ですか……」

「おいちょっと待てなんだその胡散臭いマニュアルは。いやその前にマニュアルを読むほどのものなのか」

「ええ、座敷童子と言っても私も派遣の身なので詳しくは把握していなくて……正規のマニュアル本はあるんですが分厚くて堅苦しくて読みにくいんですよねー」

 そう言ってドサっと、どこから出したのかその『正規のマニュアル』が床に置かれる。タイトルには『座敷童子の遂行における注意事項』と書かれた電話帳サイズの分厚い冊子だ。

「いやいやいや座敷童子やるのにそんな分厚いマニュアル要るのかよ!?」

 と言うか派遣って。座敷童子の世界にそんなもんがあんのか。

「ええまぁ……報告書の書式から、各地方別注意事項とか、家主の年齢別に振る舞い方の注意点や、新居に移る際の注意点、災害で家がなくなったときの対処法まで、必要なことが全て載っているので」

「読んでたら頭痛くなってきそうだな……」

「プロの座敷童子さんは全部頭に入ってると思いますよ」

「プロって。座敷童子に?」

「最近は不景気もあって成金さんが減って、従事する霊も縮小中みたいですが」

「日本経済は霊の活動にも影響すんのか」

「ですです。わりと知られてないですが、近年は霊の世界でも、高度経済成長期に事故死したサラリーマンさんなどの方々が精力的に組織改革をしたおかげで割と効率的かつ全国均一的に活動が展開できるようになったんですよ」

 マニュアルの策定もその影響の一つです、と。少女は片手でひょいとマニュアルを持ち上げてみせる。

「なんかこの数分の会話のうちにお前らの世界がなんか妙に身近になった気がするぞ……」

 身近にというか、夢も何もあったものじゃないというか。

 どこの一部上場企業だよ。

「……で、君は派遣ってことは、普段は何をしてる霊って言うか、その……なんだ?」

「私の本業は雪女です。ほら、この着物とかサラサラの長い髪とか、雪女の時の名残です」

「ああ、確かに座敷童子ならおかっぱ頭が普通だよな……雪女なら白装束じゃないのか?」

「そこは今時のおしゃれってやつです。ほら、柄は雪の結晶をモチーフにしてるんですよ。綺麗だと思いません?」

 そう言って少女はすっと立ち上がる。

 着物の袖口を掴んで広げてみせると、水色と白の生地を組み合わせながら雪の結晶をあしらった意匠がよく見て取れた。

「ほらほら、ぐるーん」

 そう言うと少女は、音もなく流れるように一回転。

 同時に漆黒の長髪が、動きに合わせて宙を踊り、雪の模様が少女の動きに合わせて着物の上を舞う。

 一瞬のその光景が、何故かまぶたに焼きつくほどに、

「…………」

 綺麗、だった。

「どうですか?」

「え、ああ……いいと思う。すごく」

 少女の問いに、俺はあわてて我に返って、素直な感想を述べる。

 ってなに素直に言ってんだようわこっぱずかしい……

「ホントですか? えへへ、嬉しいなぁ」

 しかも返してくる笑顔が反則すぎる。なんでそんなに嬉しそうに……あーチクショウ……

「……で、雪女の君が、なんで派遣で座敷童子なんてやってるんだ?」

あまりにモヤモヤするので、とりあえず別の話題に切り替える。

「それは、座敷童子業界は志望者が減ってきていて、需要についてもさっき言ったとおり成金さんの減少で縮小傾向にあるので、かなりカツカツの運営でなんとか持たせていたそうなんです」

「でもそれが……持たなくなった、と?」

「はい。それでここ二、三年は需要が供給を上回っていて、止む無く各所から見た目子供の霊が応援で回されてるそうです」

「見た目が子供……か。そこら辺の融通はきかないのか? 霊なのに」

「どうもそう言うのは苦手な霊のほうが圧倒的に多いらしいです。聞いた話によると姿は心の現れだからとか、生前の写し身だとか……ともかく、そう言った理由で、雪女事務所の中で私が一番ちまっこいからと派遣されてきたわけなのです」

 ……ちまっこい、か。

 確かに、雪女のイメージからすると、目の前の彼女はどう見ても『雪少女』である。

 より正確に言うなら『雪童子』か。

 むしろこれで何故雪女をやっているのか。雪ん子とかもう少しらしいモノも居た気がするのだが。

「何か知りませんがすごくバカにされたような気がするのですが気のせいでしょうか」

 気づくと、少女はムスッとした視線をこちらに向けてきていた。

「バカにはしてないぞ。ただ雪女のイメージとは多少の誤差はあるなと」

「はぅ……いいですよー 私はどうせお子様ですから……」

 あ、拗ねた。

「まぁまぁ。でも、君も雪女は現役なんだろ? 仕事……というかそういうのはいいのか?」

「あ、本業の方はついこの間夏季休業に入ったばかりです」

 夏季休業……

 やってることは『春になったら姿が消える』ってだけなのに、言い方を変えただけでなんでこんなに俗っぽくなるんだろうな。

「んじゃあ問題はないのか」

「そうですね。本業の方も閑古鳥が鳴いていますし、しばらくはこちらにお邪魔することになるかと思いますけど……いいんですか?」

「ん?」

「私は地縛霊でも怨霊でもなく、ただの座敷童子です。もし、生活の邪魔になるから出ていって欲しいと言えば、私はすぐにでもここから立ち去りますよ」

 そうだ。座敷童子は、移動は座敷童子自身の意思に基づいて移動する。

 その座敷童子自身が俺の意思を尊重すると言うのだ。

 少しだけ考える。

 少しだけ、迷う。

 受け入れるべきか、断るべきか。

「…………」

 少しだけ……そう、少しだけだった。

「……ま、暇だしな」

「え?」

「いいさ。どうあれ、もう出会っちまったんだ。せいぜい楽しくやろうぜ」

 それが、俺の結論。

 半分は好奇心。

 もう半分は、

「はい!」

 わざわざ訪ねてきたこんな真っ直ぐな瞳をした女の子を、無下に追い返すこともないか、なんて。

 面倒事嫌いな俺が不思議と抱いた、そんな気持ちだった。

「俺は、浅野(あさの)和久(かずひさ)だ」

 そう言って彼女に向かって手を差し出した。

「私は、沙雪(さゆき)といいます」

 対して少女は、少しだけ躊躇ったように手を迷わせ、恐る恐る、俺の手に重ねあわせた。

「よろしくな」

 互いの手は空を切っていたけれど、

「はい」

 差し出した俺の手には、ひんやりとした存在が感じられていた。

「よろしく、お願いします」


 それから二人の奇妙な共同生活が始まった。



 沙雪が家に来た次の日の夕方。

 いつもより長めにストーカーメガネに付きまとわれたおかげで、大分遅くまで学校にいるハメになったが、どうにかこうにか振りほどいて帰ってきた。

「ああ……だりぃ……」

「あ、和久さんお帰りなさい!」

 和装の少女が、玄関先で出迎えてくれた。

 ……いや、昨日うちに来た派遣座敷童子の沙雪なのだが。

 なんだろう。ただ、おかえりと言われただけなのに、それだけで何かとても嬉しくなってしまった。

 久しぶりだったからか、疲れきっていたからか。

 結構、胸に来た。

「ああ……ただいま」

「……どうでしたか? 今日、何かいいことありました?」

「ああ。今あった」

「? ……そうじゃなくて、何か良いものを拾ったり、お金関連で素敵な事はありませんでした?」

 そう聞き返されて、冷静に考え直した途端に自分がとんでもないことをさらりと言ったことに気づく。

 うっわ……

 真面目に受け取られなくてよかった、と安堵しつつ、記憶を探りながら、すぐに思い当たるフシがあったことに気づいた。

「ああ……今日は三枚ほど宝くじ拾ったが」

 今朝方学校を出る前、沙雪に『落ちている金目のものは徹底的に拾ってこい』と言われたので、半信半疑のまま拾ってきたのだ。

 曰く、座敷童子がつけば、拾った貴金属にはことごとく持ち主が現れず、拾った宝くじはとにかく当たるのだとか。

 今朝の言葉通り、沙雪は拾ってきたその宝くじを見て、

「多分、一枚はあたりですよ。これで五万円ほどになるのではないでしょうか」

「……学生にとってはたしかに大金だが、座敷童子としてそれはどうなんだ。いや、素直に喜ぶべきなんだろうが」

「座敷童子は基本的にその人の身の丈に合った幸運にボーナスをつけるようなものです。これでも結構な額だと思いますけど」

 札束で扇子とか想像してた俺が欲深すぎましたすみません。

「確かに、今月分の家賃がまるまる浮いたという点は大助かりだな。こういうのが続けば、少しは楽ができるってことか」

「でも、勤勉努力を怠ったらすぐ出ていくので注意してくださいね。マニュアルにも『家主が富に溺れて堕落したら迷わず見限ること』とありますし」

「マニュアル容赦ねぇ……」

「座敷童子が居つくというのは、勤勉な者へのご褒美、的な側面があるそうですから、努力を続けないものに富は必要ないと」

「ある意味道理だな、確かに」

 せいぜい勤勉努力しておくことにしよう。

「というわけで、和久さんもお金に溺れずがんばってください」

「……善処するよ。ってことで今日の宿題でもするかな」

 そう言いながら玄関で靴を脱ぎ狭い部屋に上がる。

 見ればテレビがつけっぱなしになっていた。

「あれ、つけてったっけか」

「いえ、あまりに暇なので勝手に見てました」

「座敷童子もテレビ見んのか……」

 まぁ今までの話を踏まえればそれくらいはやりかねない気はしたが。

 というか勝手に据え置きゲームを起動されててももう驚かない気がする。

「そういや、今日先輩に話を聞いてきたんだが」

「先輩って、あの鬼畜メガネさんですか?」

「ああ。あのお前を呼び出した元凶の……ってどんな会話だよ」

「かみおれいさん……でしたっけ?」

「『上御霊(かみごりょう)』な。つか会話の中でしか出てないのに何故読みを間違える」

「ちょっとしたユーモアですよ。いっつ・あめりかん・じょーく」

「日本の土着伝説がいけしゃあしゃあとアメリカンを騙るな」

「で、その先輩さんがどうしたんですか?」

「ああ……今日は沙雪のことを徹底的に根掘り葉掘り聞かれたから、こっちも色々聞き返したんだが、座敷童子を家に置き続けるには座敷童子用に玩具を沢山置いた子供部屋を作っておくといい……なんて話を聞いたんだが、あれは本当か?」

「んー、そうされると嬉しい子もいるでしょうね。私は別にテレビが見れれば十分ですが」

「そうなのか」

「精神年齢が低い……五、六歳未満の霊なら効果覿面だと思いますよ。私はご覧の通り見た目も中身も童子と少女の間くらいなので、テレビでいいのですが」

「現代の文明に汚染された子どもがここにまた一人……」

「なにを言いますか。ゲーム脳になってないだけまだ健全な方ですよっ」

「あ、ゲーム脳は嘘だそうだ。最近だとマイナスイオンと並んでニセ科学の代表例に上げられるほどだぞ」

「ええ!? ゲーム脳の話を信じて必死で我慢してたのに……」

「信じてたのかよ……つか霊なんだからもう脳とか関係なくないか?」

「あ…………ああ!!」

「今頃気づいたのか!? というかこんなやりとり最初にもやったような……」

「ゲームしましょう、和久さん! というかやり方教えてください!」

「今から宿題しようとしてる家主を速攻遊びに誘うか座敷童子」

「あう……いいですよー 構ってくれなかったらこんな家、出てっちゃいますから」

「あ、てめ……しゃーないな。というかコントローラー使えるのか? 霊なのに」

「ふっふっふ……そこはご心配なく、です。夜中に廊下をドタドタ走ったり、綺麗に敷いた布団をぐちゃぐちゃにするのが仕事の座敷童子が、まさか物を触れないとでもお思いで?」

「ま、まさか……」

「そう……直接は触れないけど、念力的なもので物体には干渉できるのです!」

「ナ、ナンダッテー」

 霊体が直接物質化できないってとこにそこはかとなく悲哀を感じるな……

 そこは、生きている人間と、霊との埋められない差か。

「というわけで、やり方教えてください」

「ん、ああ。いいよ。っつーか一人用のものしかないが」

「大丈夫ですよ。私は一人でゲームしてるので、和久さんは遠慮なく宿題頑張ってください」

「うっわ鬼畜! ってか気ままに遊ぶことで生活の邪魔をするという意味では確かにそれは座敷童子の本分だな……」

「……おお。そうですね! すごいです! 私、今立派に座敷童子の仕事をしてますね!」

「しかも自覚なしか! 余計にタチが悪いな!」

 多少大人びたように見えても、ここらへんはさすがは子供ということなのか。

「ってことでゲームっ♪ ゲームっ♪」

「急かさなくってもやらせてやるっての。RPGとアクションとシュミレーションのどれがいい?」

「……んー、よく解らないので、どれでもいいですよ。和久さんのオススメはどれですか?」

「そうだな……直接手を使えないなら、複雑な操作がいらないRPGかシュミレーションか……」

 さらに心の中で、お子様が楽しめそうな物、と付け加えてソフトを物色する。

「これなんかどうだ。過去の栄光を傘に来て制作会社が名作と言い張る佳作RPG」

「言い方にすっごく悪意が! 全然楽しくなさそうです!」

「そうか? そこそこ面白かったぞ。……ああ、これはどうだ。名作の劣化リメイクだが、これもまぁまぁだったな」

「なんで言い方にいちいち悪意がこもってるんですか! 和久さんが素直に賞賛できるゲームはないんですか……」

「素直に賞賛できるゲームか……」

 そう考えて思い当たる候補をいくつかあげてみる。

「……ダメだな。一般人にはとても理解できるものではない」

「どういう基準で選んでるんですかそれ。というか一体なにを思い浮かべたんですか!」

「世間では分かる人にしか解らないと一定の評価をされつつ全然売れなかったゲームたち」

「……すみませんそういうのは遠慮させていただきたく……」

「だよな。自分でもゲテモノ好きとは自覚してる」

「じゃあ、世間的に評価されたようなゲームは……」

「名作の劣化リメイク」

「せめて言い方をもうちょっとオブラートに包んであげてください……」

「ま、いいか。ここらへんはストーリーもいいしゲームバランスもそこそこだ。腐っても名作のコピーだしな」

「破れてます破れてます。オブラートが破れてますよー まあいいです。とりあえずはそれをやらせてもらいますね」

「ん、了解だ。俺はもうフルコンプしたんでデータはいいや。好きにセーブすればいい」

「ありがとうございます。で、これはどうしたらいいんですか?」

「コントローラのボタンを押して操作するんだ。例えばこのボタンを押すと……」

「ふむふむ……」

 それからひと通り説明書を見せながら基本操作を教えると、すぐに操作を覚えたようで、触れてもいないのに問題なくプレイが出来ていた。

 この順応力の高さは、さすがは子供、ということか。


 ああ、余談だが。

 当然ながら、この直後には俺は気づいていなかったわけなのだが、沙雪は座敷童子であり、霊体であるので、疲れない。

 

 眠くもならないし、空腹もない。

 なので、そのままぶっ通しでゲームしてたわけだ。

 32時間ほど。


 ええ、まぁ。

 煽りを食って俺は見事に寝不足でございます、はい。


     *


 それから、三ヶ月ほど一緒に過ごし、季節は夏。

ようやく互いの距離感がつかめてきたような、そんな頃。

 実体でもないのに暑さでぐったりしだした元雪女の沙雪のため、クーラーをガンガンに入れっぱなしの夏休みのある日。

「まずいです、和久さん……」

「は?」

 俺が手作りのサラダ(要するに洗って切り分けたりちぎっただけ)を頬張っていた時、沙雪が突然そんな事を口走った。

「確かにこのサラダはそろそろ食べられるかどうかの限界の野菜ばかりを盛ってて半ばアレな味だがそもそもお前は食べてないだろう」

「違います。サラダの話じゃないです。……その、座敷童子の話で」

「座敷童子の……ああそういやお前座敷童子だったっけか」

 あまりに一緒にいるのが自然だったので半ば忘却しかかっていた。

「はい。実は座敷童子だったんですよ……」

 どうも本人も忘却しかかってたらしい。現代文明(ゲーム)恐るべし。

「それで……実は近々監査が入るんです」

「……は? 監査?」

「はい。全国座敷童子協会運営委員会から、マニュアルに(のっと)った正しい座敷童子ライフを送っているかの監査が……」

「マジでか」

 つか全国座敷童子協会運営委員会って。

 いや、もう声を上げてツッコむ気もないけど。

「……で、その『正しい座敷童子ライフ』ってのは具体的にどんなもんなんだ?」

「まず……『家主には滅多に見つかってはならない』」

「いきなりアウトじゃねーか!? 初日から毎日顔つき合わせてくっちゃべってただろ俺ら……」

「はい。……次には、『多種多様なイタズラと、子どもがいる、らしい演出』」

「ゲームしかしてなかったな。見事に」

「ええ。まさか自分もここまでゲームにハマるとは予想外でした」

 ちなみに沙雪のゲームの腕は、今では格ゲーで空中コンボが余裕でできるレベルになっている。

 ついこの間、沙雪の座敷童子効果で増えた収入で二つ目のコントローラーを買って対戦してみたが見事なまでにに叩きのめされた。というかぶっちゃけもう手も足も出なかった。

俺のゲームなのに……

「最後に、『適切な富の供給』……これは辛うじてクリアでしょうか」

「ああ。そこら辺は大分助かってる。ありがとな」

 ここ二ヶ月ほどはクーラー入れっぱなしで電気代と相殺してる感じがするが、まぁ言わぬが花というやつである。

「で、監査ってのは? どうやってこの現状を調べるんだ?」

「まず、こちらから三ヶ月間の活動レポートを提出しまして……その通りの活動が行われているか、本職の座敷童子さんが直接ここを視察しに来ます」

「面倒な……それで? 正しくない座敷童子ライフを送っていた場合は、どうなるんだ?」

「クビですね」

「え……」

 一瞬、頭がその言葉を理解できなかった。

 クビ? ……沙雪が?

「わたしはこの場を解任され、ここには多分新しい座敷童子さんが来ます。私は本業が雪女なので制裁とかは無いはずですが……」

「ちょ……ちょっと待てよ。そんな融通のきかないやり方で、一方的に……座敷童子は、自分の意志で全て決められるんじゃないのかよ!」

「別に、私がいなくなっても、この家に座敷童子は残るじゃないですか」

「――っ!?」

「本来は、出会うどころか会話なんてご法度なんです。こんなケースは、向こうだって想定外でしょう」

「じゃあ、どうするんだよ。このままじゃ……」

「はい。かなりマズイです……ですが、私だってむざむざクビになるつもりはありません」

「え……?」

「こんなんですけど、私、ここの生活が気に入ってるんですよ。それに……」

「それに?」

「今秋発売の新作RPGができなくなるじゃないですか」

 あ、そっちか。

 さすが廃人。新作のチェックまで抜かりなかった。

 こいつにネトゲ与えたら終わりだろうな……

「……ってかまた俺に買わす気か!?」

「私もお金はちゃんと稼いでますよ?」

「いや、そうだけどさ……」

 なんつー図々しい……でも、こいつとのこういうやりとりが楽しいってのもあるんだけど。って何を考えてるんだ俺は。

 軽く深呼吸して。逸れた意識を元に戻す。

「で、新作RPGのために、どうやって監査を乗り切る気だ?」

「はい。まずは報告書には嘘八百を書き倒します」

「基本だな」

 サボり魔のスキルとして、だが。

「そして、その通りに視察に来た座敷童子さんの前で嘘の演技を貫き通せば何とか……」

「視察が来る期間は?」

「一日……正確には一晩です。おおよそ午後七時から、午前四時までといったところでしょうか」

「なるほど。それだけの間、騙し通せれば勝ち、ってわけだな」

「はい。というわけで和久さん。報告書の作成を手伝ってください」

「了解だ。具体的にはどうすればいい?」

「ほとんどは創作になると思うので、単純にアイディア出しを手伝ってもらえれば」

「解った。嘘八百なら任せとけ。夏休みの絵日記から始まって学校の感想文やら小論文でもその手のでっち上げは得意なんだ」

「今は頼りになるんですけど、そこはかとなく嫌な特技ですねそれ……」

 ともあれ、それから二人での、報告書のでっち上げ作業が始まった。

 要求される事項は思った以上に多く、それこそ夏休みの絵日記レベルの、一日単位での記録を要求されていた。

 またチェック項目としても、イタズラの期間は家主の意識に残る程度に、しかし負担にならぬだけの期間を開けているか、タイミングは効果的か、相手の反応は良好かetc...

 それらについて、矛盾がないように、最低限のポイントはクリアしつつ、かつ適度な失敗を織りまぜながら創作する。

「面倒くせぇ……リアルになんか夏休みの絵日記を思い出すんだが」

「負けないでください和久さん。もうちょっとがんばりましょう」

「つか霊はみんなこんな事やってんのか」

「最近はわりとこんな感じですね。私は新米でその前をあまり知らないのでなんとも言えないですけど」

「……死にたくならないか?」

「そうですねぇ。あ、そう言えば最近霊が成仏するサイクルが早いと聞いてましたけど、コレのせいなんですかね?」

「普通にありそうだな、それ」

「私も雪女の報告書書くときはいつも先輩に手伝ってもらってて……」

「ああ、お前一人じゃ書けなさそうだもんな」

 なんて雑談をしながら、一晩。

 二人で顔をつき合わせながら、ああでもないこうでもないと、悩みながら夜は更けていった。


 

「っしゃできたぁ!!」

「出来ましたね、和久さん!!」

朝の日差しが差し込む浅間家の六畳間に、二人分の歓声が響き渡った。俺の目の下には、バッチリ隈ができている。

「ふふふ、我ながら完璧だ……どこからどう見ても完璧な『初めての座敷童子業、戸惑いながらちょっとドジをしながらも懸命に日々仕事をこなしてきました』的な報告書の完成だ……」

 徹夜明けの変なテンションを引きずりながら、我ながら気色の悪い笑みを浮かべながら完成した紙束を見つめる。

 結局あの後、朝を迎え、栄養ドリンクや食料を買い込んで、もう一晩徹夜した結果である。正確な判断能力は既に怪しくなっているが、内容の修正は疲労とは無縁な沙雪が適宜してくれているのであまり心配はしていない。

「助かりました……これで後は、視察に備えるだけですね」

「視察か……俺はどうすればいいんだ?」

「当然演技をしてもらうのですが……そんなにガチガチに決める必要はありません。基本は普段どおり生活してもらえれば。ただ……」

「ただ?」

「最初に言いましたし、既に報告書でも前提となっていますが……和久さんは私が見えないという事に集中してください」

「…………」

 そうだ。

 それが……おそらく、今回の監査に際して並べ立てた嘘の中で最大にして究極のポイント。

 報告書の中での俺は、霊能力のないただの学生なのだ。

「おそらく、和久さんには視察の座敷童子も見えてしまうかもしれませんし、うっかり浮遊霊がこの部屋に迷い込むかもしれません。それでもひたすら耐えて、さもそこには何も居ないように振舞ってください」

 ……沙雪が言うには、その人間に霊感があるかないかは、パッと見では霊の側からは解らないそうだ。

 人間が霊の存在に反応して初めて『ああ、この人間はこちらに干渉できる人間なのだ』と気づくという。

 ならば……俺が知らぬふりを貫き通せば、報告書の通りの状況は視察に来た座敷童子に対して示すことができるのだ。

「了解だ」

「細かい打ち合わせはまた後ほど。今はとりあえず報告書の清書を済ませてしまいますね」

 そう言って沙雪は俺の持っていた紙束を、触れぬまま宙に浮かせ、それから紙束の内容を見ながら宙に指を踊らせる。

 清書作業……彼女が言うには、霊の世界に情報を送るための霊媒体に情報を書き込む行為だ。

 そんな彼女を横目に、俺はそろそろ限界を迎えた身体が強烈に睡眠を欲するのを感じ、そのまま床にへたり込む。

「がんばれよ……俺は、一旦寝るわ」

「はい。おやすみなさいです」

 清書作業を始めた沙雪を横目に、俺は四十二時間ぶりの睡眠に身を委ねたのだった。



 そして、視察当日。

 俺は、机に向かってひたすら問題集を解いている。

 もちろんこれは、この日に突然大量の宿題が出されたわけでもないし、ましてや俺がこの日から突然勉強の楽しさに目覚めたわけでもない。

 これは、今日の視察に備え、二人で予め示し合わせていた演出の一環なのである。

 俺は何かに集中していないと何かボロを出すかもしれないし、かと言って俺がゲームを始めたりしたら視察中に沙雪の気が散るから、という単純な消去法で、俺は視察が来る数分前からこうやって問題集を開いて勉学に励んでいる。

 さらに付け加えるなら、このプランに合わせ、報告書には俺は勤勉な学生で、バイトのない平日は、学校から帰ってくると即勉強机に座り、最低二時間は勉強するという驚くべき真面目学生になっている。

 恐ろしく肩の凝るこの設定は、しかし限り無く正しいものであったと、当時の俺と沙雪を褒めてやりたい。

「ふむ。勤勉なのはいいことでちゅ。それでこそ我々座敷童子が奉仕する価値のある人間だということでちゅな」

 ……背後から聞こえてくる、現代では既に絶滅したとされる超古典的な赤ちゃん語尾。

 おそらく、勉強に集中していなければ、俺はその第一声で吹き出した挙句、その姿をあわせて目撃してしまい、止まらず笑い転げて即バレしていたことだろう。

「冷静であるということは、人の持っている利点を最大限に活かすということである……と」

 英文の和訳を一人読み上げながら必死で理性を保つ。

 今日ほど必死で勉強に集中しようと思った日はひょっとしてないのではないかというほど、意識が勉強に釘付けになっている。

「はい。夏になってからも、貯まったお金を家で勉強するための電気代に回すなど、とても勉強熱心な方で……」

 沙雪の声が聞こえる。その内容もこの間二人ででっち上げた報告書の内容だ。

 知り合いにこんな話をすればまず間違いなく噴飯モノだろうが、一日勝負の視察、しかも相手が座敷童子となればその程度の創作はやってみせるし、演じてみせる。

「ふみゅ。妙にお金の使い道を間違えているような少年でちゅが、そこはいいとするでちゅ。……では、少年が寝静まってから、君がいつもやっているというイタズラを見せてもらうでちゅよ」

「はい」

「endure・耐える、endure・耐える、endure・耐える、endure・耐える、endure・耐える、endure・耐える……」

 大声を上げてツッコミたい衝動を必死で抑えながら目前の英単語をノートに書き留めながら連呼する。

 ……負けるな俺。これさえ乗り切れば!

 勉強の内容は頭に入ったんだか入ってないんだか、とにかく集中しきった2時間が過ぎ、俺は報告書に書いた通り、『いつも通りの時間に』風呂に入り、『いつも通りの時間』に布団を敷く。

「規則正しい生活でちゅな。ふむ、感心な少年でちゅ」

 ……無心だ無心。無心を心がけろ無心を。無心無心無心……

 グッと堪えながら、布団に入り、うつ伏せに。

 おそらく鬼のような形相になっているであろう顔は隠しながら、そのまま無心に、心を落ち着けるように努力。

 そして、意識は保ったまま、打ち合わせをしていた通り沙雪の次のアクションを待つ。

 だが、いくら待ってもその時は来ない。

「…………」

 ……確かに、俺が寝静まるくらいの時間を開けてから、とは言ったけど。

「(これじゃ、本当に、寝落ち、する、って、の……)」

 さっきからの数時間での精神的な疲労も相まって、本当に意識が飛びかけた、その時。

 ――ドタドタドタ……

 子どもが廊下を駆けまわるような足音。

 ……来たか!

「んん……何だ?」

 寝ぼけた風を装って(というか半分本当に寝ぼけている)、打ち合わせにあった通りのセリフを口にしながら起き上がる。

 そのまま目をこすり、眠そうに足音のあったらしき場所まで歩いて行くが、当然ながらそこには誰もいない。

 ……いや、眼前に必死でポーカーフェイスを保ちながらもメチャクチャ緊張しまくった沙雪がいるけれど、こちらも全力で見えないフリを貫き通す。

 俺は打ち合わせ通り不審そうに首をかしげ、それからまた決めてあったセリフを吐く。

「……何だ、またあの足音か……勘弁してくれっての、ったく……」

 そのまま、俺は寝床に戻り、布団を被って眼を閉じる。

 ……これで、打ち合わせにあった演技は全てやりきった。

 俺はようやく肩の荷が降りた気分になり、今までの疲れがどっと押し寄せてきたのもあってそのまま闇に意識を持っていかれる。

 後はお前次第だ……頑張れよ、沙雪……

 そうして、ほんの数時間だったが、俺と沙雪の緊張の時は、終わりを告げたのだった



 翌朝。

「やりました! クリアですよ! 和久さん!!」

「クリアって…………何が?」

 超ハイテンションの沙雪がなにか叫んでいるのを、寝ぼけた頭は他人事のように見ていた。

 昨日の視察の耐久レースの疲れもあり、十時間寝た今でも頭がはっきりしない。

 というか、いつまで経っても起きない俺に業を煮やした沙雪に無理やり叩き起されたようだった。

「監査の結果がさっき届いたんです! 私の座敷童子としての仕事は及第点だ、って!」

「……………………」

 え、監査の結果って、あれの結果がもう出たのか?

 つまり……どういうことだ。

「私、これからもここで座敷童子を続けてもいいんです!」

 ってことは、だから、

「……やったじゃん」

「う……反応薄いですね。もっと喜んでくれると思ったのに……」

「いや、昨日の今日でもう結果発表ってんだからどうにも現実感が……」

 ついでに寝ぼけた頭がいまいちハッキリしないせいもあるが。

 でも、そうか。

 まだ居られるのか。

「居てくれるん、だよな」

「はい!」

「沙雪と、一緒に……」

「はい」

 言葉で一言一言確かめるうちに、徐々に実感がわいて来る。

「これからも、一緒……」

「……はい」

 なんだろう。

 本当に何気ない始まりだったのに。

 きっかけはすごくどうでもよくて、適当に始まった関係なのに。

「やったな……二人で乗り切ったんだ」

「はい……えへへ。頑張りましたよね、私たち」

 いつしか、こいつと一緒にいることがこの上なく心地よく感じてて、

「ああ。バカみたいな監査相手に、全力で演じ通したな」

「報告書の内容も、私頑張って暗記したんですよ。何聞かれてもいいようにって」

「スラスラ答えてたな。よくもまぁそんな嘘八百を突き通したもんだよ。ニート座敷童子が」

「何ですか、自分だってひきこもり学生のくせにー」

 そう憎まれ口を言い合って、それでも二人は笑顔のままで、

 ……ああそうだ。

 これからも一緒に居られるってだけで、二人ともこんなにもバカみたいに浮かれている。

「大変だったけど、楽しかったな、監査」

「そう言われればそんな気も……たまに仕事やるのも、悪くないかもって思いました」

「俺も昨日はバカみたいに勉強してたからな。問題集が恐ろしいほど進んだぞ」

「いつもそれくらい勉強したらもっと幸運の量が上がるんですけどねぇ」

「俺はこれくらいでいいさ。働きすぎず、サボリすぎずで」

 そして、こんなバカなやりとりをしながら、一つ、確かなことに気づくことができた。

「沙雪」

「はい?」

 それは、こいつと出会えてよかったな、と。

「これからも、よろしくな」

 ――座敷童子の居る生活ってのも。

 意外と、いいもんだな、なんて。

「……はい!」

 俺は心の底から、そう思えていたんだ。


END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ