我慢
とぼとぼと歩いていく。
今何時か確かめるために腕時計をみやるとまだ8時前だった。ホームルームは8時半。まだ間に合う。
「…分かってるよ」
そうどこか悲しそうに瞬が言ったあの日。あの日の放課後を思い出す。
まだ部活が正式に始まらない瞬は掃除が終わると私を待っていてくれた。
「帰ろ、歩花」
瞬はいつもの爽やかさが戻ったように見えたので私は安心した…と感じたのだけれど。
「…瞬?」
歩きながら、何か考えている様子の瞬の横顔に私は恐る恐る声をかけてみた。
「あ…うん」
瞬はぎこちなく笑ってそれ以上先を言わない。
校舎を出、校門を出、周りに人がいなくなった頃、やっと瞬が声を出した。
「歩花、ここならいいよね」
「へっ?」
今まで黙っていた瞬が急に話しかけてきたので変に高い返事になってしまった。
と、思っている間に私は引っ張られて瞬にダイブ。
「ほわっ!?」
…ダイブっていうか、瞬に抱きしめられた。ふわっとシャンプーの香りがして、わぁ良い匂いーって思う暇もなく離される。
はい?
「しゅ、ん…!ちょ、なに…」
自分の顔が真っ赤なことが良く分かった。瞬の顔が目の前なのでさらに恥ずかしい。
「歩花、結構我慢してるんだよ…うち」
真剣な目でまっすぐ私を見る瞬。目が回りそうになる。
「急にごめん、でもギュッってしたかった…。それに歩花に大好きって言いたい。愛してるって言いたい。たくさん言いたい」
そう早口で言っている瞬も頬をほんのり紅潮させていた。瞬の顔が赤いのを初めて見た気がする。
「しゅ、」
「な、なんかキモいねうち!今恥ずかしいこと言ったよね」
一呼吸おいて、
「…でも、嘘じゃないから。本当はみんなの前とか気にしたくない…」
それから瞬は消え入りそうなか細い声で言った。
「まぁ、…無理なんだけど、さ」
「それだけ分かっていて欲しいなって。図々しいのは分かってる」
そう瞬が言った時、私達の後ろの方から下校してくる女子達のテンション高い話し声が聞こえてきた。
瞬はそちらをちらっと見て、視線を前に戻した。
「…そういや今日の数学さぁ」
話を変えて再び歩き始めた。
(切り替え早!)
それから何事もなかったように私達は世間話をして帰った。
それでも恥ずかしいもので、私は軽く俯いて赤い顔を見られないように必死だった。
(はあ…)
歩きながらため息をつく。朝も結構瞬と出会うけど、今日は会いそうにない。もう学校は目の前だ。
(はあ…)
下駄箱で、本日2回目のため息をつきながら上履きに履きかえていると、横に背の高いショートヘアの…
「瞬!?」
「おはよ」
胸が高鳴る。「お、おおおはよ…っ」
「な、なんでそんな挙動不審!?」
誰がそうしたと思っているのだろう。
「もうっ」
ポカポカと叩いてやる。瞬の方は嬉しそうに私の頭をポンポンした。
「可愛いなぁ歩花ー。全然きかないよー」
なんだかいつもの調子だ。私もなんだか嬉しくなっときた。
(私も大好きだよ、瞬)