第7話 宵の契約
ここから話が進むため、いつもより長めです。
2012/03/30改訂終了
あの騒ぎが醒めない寮の一室。とりあえず誰が倒したかという対処に追われる先生たち(ゴメンナサイ)から逃走しつつ、無事転移した僕の部屋で髪の長さを戻してから(アルには後で説明すると言っておいた)談話室の方へ向かい、こちらの現状を把握した瞬間に再びアルを連れ、僕の自室―――と言ってもまだ数週間も使ってないが―――に走る。
わざわざダッシュで部屋に逃げ込んだ理由は、少なくとも談話室のあの騒ぎまくってる雰囲気に捕まったら今日一日がパアになるのが目に見えているからだ。
……メイが変なトコで権力使った所為で既に竜が何者かに倒されているという情報は物の数分でリークされていた。恐るべし、侯爵家の情報網……いや、ウチも侯爵家だけどさ……
そして無事?逃げ延びた自室にて。
「はい、紅茶で良ければ。これから嫌と言うほど喋って貰う事があるんだから」
「あ、どうも……まあ、今更隠すような事も特に無いですし、訊かれた事には答えますよ」
ま、答えられないような事を訊くつもりはこちらも無い。頭の中で整理していた訊きたい物を一つ一つ尋ねていく。
「そりゃどーも。じゃ、まずこっちから質問いいかな?」
「ええ。問題無いです」
了承を得たことで、能力や魔法の事について、思いついた事を言っていく。
「なら一つ目。君の能力は『光視土眼』であってる?あと魔力値も魔力BB、技術BBB?」
「え、ええまあ……なんで能力あれしか言ってないのに分かったんですか……てか、ふつー魔力偽装する人なんて居ませんよね」
戸惑ったような顔を浮かべるアルになんとなくイタズラ心が湧いてくる。世間を甘く見ている良い証拠だ。
「んー、それはどうだろうねぇ」
ニヤニヤ笑って眺めていると、流石に思い出したらしい。げ、と言いそうな引き攣った顔で呟いた。
「……そういえば、リーン君がサバ読んでる本人でしたね……」
「うん」
満面の笑みを浮かべて答えてみると、多少顔色を悪くして更に尋ねてくる。
「因みに、魔力総量幾つです……?」
「幾つだと思う?」
「……AA位?」
先ほどSランクの転移魔法を使った時点でそこそこあるのは分かっている筈。あ、あと自分で「今の僕はAA」って言っちゃたか。
まあ、Sランクの術と言ってもSランク以上じゃないと使えないなんて事は無い。ようは、そのランクの人なら楽に使えますよ、という意味であって、多少の無茶をすればAランクの人でも使えたりする。まあ、あの術は魔力よりも技術を要求される物なので尚更その位でもおかしくは無いんだけどさ。
が、残念。本来の僕はそんなちゃちな魔力量じゃないのさ。
「んーん。SSかな」
「ブッッッッッ!!」
アルがカップを口に付けた瞬間に恐らく爆弾発言になる物を言えば、勢いよくお茶を噴射する。勿論目に見えていたので結界張って掛かるの避けましたが何か?確信犯なんて言わないでよ?
「げほっ!げほっ!い、今の聞き間違いですよね!?」
「いや、多分合ってると思うよ?」
しらっとした顔でかえすと、アルは頭痛を抑えるように頭を抱える。
「……確か法律で、Sランク以上の魔力があるものは、軍またはそれに連なる組織に所属することってありますよね?」
「あるね。魔術特別法第57条に」
アルの訊きたいことは分かっているが、あえて焦らす。そのことを分かっているためか、更に眉を寄せながら言葉を続けた。
「……じゃあ、リーン君は軍人ですか?ああ、階位もお願いします」
はぐらかされるのが解っていたのだろう。先に先手を打たれてしまった。
「答えはイエス。階位……は、三等空佐。あと追加で国王補佐とローゼンフォールの次期当主候補なんかもやってるけど」
「ッ後半二つの方が重要じゃないですかッ!!」
そうだろうか?次期当主候補なんてそんな重要とは思えないのだが。
「……自覚が無いようなので言いますが、同級生―――しかも同じ聖痕持ちというアドバンテージ持ってる人がですよ?三等空佐(上から八番目)だの国王補佐(王以外パシリに出来るよ)だの次期当主候補(王様もあんまり逆らえないよ)だのやってたら、誰だって耳を疑いますよ」
……ナルホド。確かに結構スゴイかも……初めて気付いた。
「……リーン君、意外にバカですか?」
「ほほう。学年20位代にバカ扱い出来るとはなかなかだね。学年6位君?」
「止めて下さいその呼び方ッ!」
アルの学力は本気で凄いと思う。が、良く考えればカンニングも楽々出来る能力なんだよな……
「ねね、アルその力使っカンニングなんてしてないよね?」
「当たり前ですよ……そこまで落ちぶれちゃいません。そもそも覗いたって僕より頭いい人なんてそんなに居ませんし」
おお、何気自慢が入ったぞ。まぁ自覚無しだろうけど。でも良かった良かった。もしやってたら報告書に乱用してるため厳重注意って書かなきゃいけないトコだった。
「ならよし。じゃ、次いくよ」
「はい」
と、頷いた所で、あ、とアルが小さく声を上げる。
「何?」
「いえ……さっきの髪の件、聞いてないんですが」
ああ、あれか。最後に回す気だったのだが、まあ良いだろう。
「じゃあ質問。体の中で魔力の溜まりやすいところは?」
「へ?心臓、脊髄、脳、血液……あ」
思い出したか。
「そーいうこと。髪は魔力が溜まりやすい。しかも、封印具で放出魔力量を減らしてるけど、実際の総魔力量が変わりない僕だったら、髪一束で小規模の術なら行使できる。つまりさ、下手に髪切るだけでけっこー危ないんだよ」
下手に切ったものを溜め込まれて、量が集まったら大規模魔法とかも撃てるようになる可能性がある。それなら切って面倒な処理に回すより、切らずに伸ばすほうが楽だ。
「なるほど……でも学校でわざわざ幻覚?なんて目茶苦茶面倒な術使ってるのは?」
…………………………………。
「あの、リーン君?」
「…………ら」
「はい?」
「女子に見られるから………………………」
「……………。」
ええ、女顔ですがなにか?服に気を付けても「最近は男物着る女の子もいるし、男だと言っても信じてもらえないし、下手に体弱いから病弱美少女キターーーーーーー!とか騒ぎ出す輩がいるし挙句の果てには腐れ貴族共が家の息子と結婚しないかとか頭湧いてるとしか思えない事言ってくるし……」
「リーン君、心の声がダダ漏れですよ。あとなんか体に悪そうな紫のナニカを出さないで下さい」
おっと、不味い。アルの忠告で漸く我に返った。
「……まあ、確かに気持ちはわかりますが……」
ええ、此処に入学した時も「リーちゃん」とか女子に言われましたよ。確かに名前も女に近いけどしょーがないだろ。僕が最初に唯一持ってたペンダントに書いてあったんだから。……って、また思考がずれた。お仕事しないと……
「はあ……ごめん。話戻すよ」
「あー、はい」
無防備なアルには少し悪い質問が待っているのだが、本人はそれに気づいていない。本来は僕もこんな質問などしたく無いのだが、中間管理職の役割である以上訊かない訳にもいかない、か。
「じゃあ担当直入に訊くけど……幾つ目の町、もしくは村まで回った?」
「っ!」
つまり、何回聖痕目的の敵が襲ってきたかということだ。
「ごめん。変な質問して。因みに僕は五回。正確には、五つ目の村から逃げ出して、森の中で死にかけてた所を父さん―――ローゼンフォール前当主に拾われたんだけど」
いつものように村を襲撃されたのは、僕が大体五歳の時。正確な日は覚えていないけれど、今位の季節に僕はあの人と逢った。
「あ……いえ、僕は一回で終わったんです。何度か襲撃は受けたんですけど、いい人達ばかりで長い間居られた村があるので……それにその後直ぐに両親が学園にいれたので……」
「あー、そーいうパターンか。ご両親も頭いいねー。確かにココ、僕等Sランクオーバーによって歴代守られ続けてるし」
そして今代が僕。夏からは一人AAの高校生も入る予定だけど……彼は愛想がないからなぁ。
「まあ今日まで半信半疑でしたけどね。身近に居てビックリです」
「今までがどうだったか知らないけど、僕が来てからは学園を覆う結界張ってるしね。飛んでくる高ランク魔法位なら弾けるヤツ」
魔力が人並外れて多い僕だから出来ることであって、僕が居なくなったら大変なことになりそうだけど。
「……はい?この学園を覆う位大きな……結界?」
「うん。まあほら。某高官曰くバカ魔力だし?まあ充電式のだけど」
実は三日に一回は補給してたりする。気付かれないようにするのが結構大変で……
「よくそれで倒れないですよね……ってアレ?まさか年中無休で……」
サーっと顔色を青くするアルに苦笑いして頷く。
「効果はエリアサーチと魔物侵入不可だけなんだけどね……」
「いえ、十分過ぎると思いますよ?」
そうなのだろうか?今一魔術系の常識は分からん。
――――――――――――――――――――――――――――――
「あ、あと最後に警告」
アルからじっくりと絞った後に、肝心な部分を伝えていく。尤も、唯僕が感じただけなのかもしれない些細な事かもしれないが……
「うー……なんですかぁ?」
ぐったりと机に伏し、疲れましたと言わんばかりに目を上げてくる様子に、どこかゾンビらしきものを感じながらも伝える。ほら、ゾンビってこんな感じに唸るじゃん。
「えーと……前置きとしてなんだけど、確かこの学園はこの国の宝が地下に埋められてるとかいう噂の所為で、トレジャーハンター?とかテロリストとかがわんさか来てるんだけど。あと貴族目的」
「はい?トレジャーハンターは分かりますけど、なんでテロリスト?あ、貴族からですか」
僕も最初はそう思ったけど、全く同じ質問と間違った回答ををされるとなぁ……
「それもあるけど、なんか王族殺しの秘宝とかで、ヴィレット建国した王様が殺された剣だとかがあるんだって」
詳しくは記されてないらしいし、此処とは限らないけど、実在はマジでするらしい。……王様殺し、かぁ……
「なんでそんなモン埋まってる場所に学校建てたんですか!?」
「その資料が出てくる前に建っちゃたみたいだよ?そん時には既に有名校過ぎて、壊すに壊せなかったらしいし」
ま、この学校作った時には出て来なかったんだし、あっても相当深いだろう。
「で話は戻して、そんなだから結構狙われてんだけど、ココ。今回のアレは自然発生?とは思えないし、注意しといて」
「……つまりは?」
「貴族狙うにしては誰襲うか分かんないから非効率的。もしも知ってたとしても、僕等を狙うんだったら生け捕りが普通でしょ?」
指を立てて説明していくが、恐らく自分が生け捕りにされる所を想像したのだろう。顔色が悪くなった。
「怖いこと言わないで下さいよ……でもまぁ、確かにそうですね。リーン君並の力がなければこっちが死にますし……」
頭の中の仮説を並びたててみると、かなりの数になってしまう。
「あ、あと軍が出てくるまでの早さを調べる為とかはどうでしょう?」
「あー、それも有りか。あとは操ってみる事の実験内容だったとかも考えられるんだけど……」
今は何一つ根拠がない……ヘタに一つに絞って考えると後々のロスが大きいし……
「……なんていうか、リーン君こういう時一番頭回りますよね……」
「いやまぁ、それがお仕事だし?」
軍人と言えど書類仕事はわんさかある。文官さん達は粗腐った野郎共だったので大半は六年前に処分させて頂き、今では貴重種(扱いとしてはパンダに近い)状態。結果として自治の範囲外まで僕等の仕事となっているのが現状だ。
そして今回、もし手に入れば半端無く楽が出来そうな存在が一匹―――じゃなくて、一人。それに―――
「ねえアル。ちょっと相談なんだけどさ」
少々逡巡した後、一つの提案を持ちかける。もしかしたらこんなチカラでも誰かの役に立てるかもしれない、そんな希望が持てるかもしれない一つの提案。
「何ですか?」
「……軍に入る気、無い?」
それを聞いた瞬間、アルは僅かに目を見張る。僕はカップの中の冷めた紅茶を眺めながら続けた。
「アルの能力なら、散々誰かを傷つけてきたこんな‘チカラ’でも誰かの役にたてる。勿論上級の特殊能力に分類されてる力だし、階級も下の上位から始められるし、僕みたいに正体隠して学校に通い続けることもできる」
誰かのために。その言葉でアルの瞳が揺れる。それは、誰かを傷付けてきた者には、とても甘美な蜜となる。
「勿論今すぐ返事をしろなんて……」
「いえ、やります」
アルの即答に驚いて顔を上げると、そこには強い意志を持った対の眼。
「この力がそういった事に使えるのは前々から解ってました。ただ、使うにはやはり怖かったんで実行には移せなかったんですけれど……でも、そのチャンスがあって、しかも前例がある。それなら、迷う意味が無いと僕は思うんです。両親も多分……いえ、間違いなく軍だろうがなんだろうが僕がこの力で役立つと聞いたら入れって言います。だから―――僕を推薦して下さい。ローゼンフォール空佐」
一度で言い切ったのは、覚悟の表れ。恐らく何があっても彼の心が変わることは無いだろうと思えるような強い意志。
……いつの間にかこんな真っ直ぐな目をした人が上に立つような時代になっていたらしい。それはとても喜ばしいことであって、あの激動の時代が終わり、変わったことを改めて認識させてくれる。
何時の間にか宵の空になり、西日が差す部屋で僕は手を広げた。
「―――勿論。私達は君を歓迎しよう。アルト=ルーラ君」
そして僕等はお互いに笑い合う。どこかの物語のような気恥しい言葉を誤魔化すように……