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Silver Breaker  作者: イリアス
第五章 犠牲になった者
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第76話 陰謀と願望

 まるで、水中に浮いているようだ。常に辺りを何かが流れ揺蕩う。とても暖かくて、とても優しい世界に浮かんでいる錯覚を微睡ながら感じていると、ふと頬を風が通り抜ける。寒く吹き付ける物ではなく、自分を祝福し受け入れるかの如く柔らかなそれ。辺りを揺蕩っているそれらが風に向かってじゃれ付いているようで、思わず微笑みが漏れる。じゃれ付いているそれらはほんのりと光っていて、暗闇に置かれた蝋燭の灯火に近い。


「あ、笑った」


 ドクンと心臓が跳ねた。突如聞こえた声に本気で驚き思わず目を開けると、自分を年上の少女が覗き込んでいるではないか!


「……ッ!?…………?」


 誰だ!と叫ぼうとして違和感を感じ喉に手を当てた。その手も鉛のように重く動かすのが億劫だが、それを上回る問題が目下存在している。声が、出ない。


「ん?……あぁ成程。副作用が声帯に行ったのか。これじゃ意思の疎通は難しいね。うーん、念話、は今フォー以外の魔力を入れるのが怖いから却下だし、肝心のフォーがダウンしてるからなー」


 キョトリと目を瞬かせた後、合点したようで自分の中だけで整理をつけ一人で頷いている少女に戸惑う。何というか、非常に赤いのだ。ドレス、という物なのだろうか。厚手の生地で作られた上物のドレスの色も赤いが、髪留めも赤ければ首から下げているネックレスも赤い。ネックレスの赤い玉に連結している羽だけが白くて引き立つが、いったい何の鳥の羽なのか。


「取り敢えず、身体は動くんだね?痛い所とかは?」


 本気で心配されているようなのだが、なんだかとても居心地が悪い。こんな貴族然とした少女が自分を心配して来るなんて夢なのかと疑ってしまう。だが、このまま何も伝えないのもどうかと思い、ゆっくりと身体を起こそうと肘をつき、肩を持ち上げようと努力するが、カクリと肘が折れた。予想以上に力が入らない身体に驚きを隠せない。


「ちょ!起き上がろうとしちゃダメ!まだ魔力の流れが安定してないから、生命維持で手一杯なんだからね」


 何やら怖い事を言われた気がした。生命維持で手一杯という割には点滴以外何にも繋がれていないのだがこれはどういう事なのだろうか。訊ねようにも声は出ない。ただ息が漏れる音だけが響く。


「あー……どうしよっかなー……良く考えれば理論分かってるフォーとリトスさんの2人そろってダウンしてる時点で色々詰んでるよこれ。何したらいいのよこういう時。文字―――は、分かる?」


 残念ながら自分に学は無い。両親が流行り病で死に、今時子供を世話できる程の余裕がある親族も無し。村の男衆と混じって仕事をしてどうにか食い繋いでいたのだ。勉強する時間がある筈が無い。のろのろと首を振って否定すると、だよねぇ、と少し残念そうに呟かれた。そもそもこのご時世、真っ当な勉強を出来る者は魔力が余程強い者か貴族、少数の有力商人の家位ではないだろうか。


「取り敢えず、色々説明だけするね。ボクはフィリア・小鳥遊。ここ、ローゼンフォール家が子息リーンフォース様就きの従者兼小鳥遊公爵家が―――今だと当主かな、です。で、さっきも言ったけどここはローゼンフォール領本邸ね。君が寝てる間に医療設備とか実験の秘匿とかの関係で移させてもらったよ。因みに君が蘇生し直してから丸一日経ってるから」


 どこから突っ込めばいい!!

 確かに何らかの実験により死にかけた自分がこうして生きているというのは思いだした。だから秘匿がどうのこうのとかは構わない。村に帰っても親族が居る訳でも無し、そもそも全員が死にかけていた村で子供の一人が居なくなっても何とも思われないだろう。自分以外の子供は既に全員死んでいたし。


 だが、それ以外が全て問題だ。貴族の実験に使われたと思えば普通はスルー出来る。だが、あの(・・)ローゼンフォールという所がまず解せない。確か領地に引き篭もって独自の国家のような政治を行っている、と聞いた気がする。それなのにヴィレットに居た事がビックリだ。そしてそれ以上に‘公爵家当主’が‘侯爵家子息’の従者という点も理解出来ない。普通逆ではないだろうか。


 と、脳内が絶賛大混乱中な所で、ふと外が騒がしい気がした。首を動かす事すら億劫だったので目だけ重厚そうな扉へ向けると、まさかと呟いてフィリアが立ち上がった。そのまま重そうな扉を開けると、隙間から侍女がチラリと見えた。だが、その侍女は下を見て頻りに何かを言っている……?


「リーンフォース様!どうか御部屋にお戻り下さい!先程漸く意識を取り戻したばかりなのでは!?」


「やっぱりフォー!ちょ、部屋戻って!魔力まだ回復してないでしょ!?」


 誰か病人?に部屋へ戻れと叫んでいるのは分かるが、当の本人が自分の位置からでは見えない。身長的に子供か―――と、考えたところで隙間からチラリと金の髪の子供が垣間見えた。あれは自分に話しかけて来た子供だ。


(魔力……?そういやオレと契約がどうのとか……)


「そう、だよ。オレ、と、君は、こうして、魔力、で、繋がった」


 考えが読まれたかのように切れ切れと返され、思い切り目を見開く。いや、読まれたのではない。これが、繋がっているのか。子供を見た瞬間から自分のモノでは無い感情が溢れて来る。淋しい、苦しい、痛い、嬉しい、怖い、……愛おしい。あの小さな体にどうやってこんなにも複雑な感情を閉じ込めているのだろうか。出会った時にはまるで気付かなかったが、この子供の心はもう限界だ。


(お、前……ボロボロじゃないか……)


「でも、やらないと。オレしか、出来ない、から」


 青い片目が自分を貫いて離さない。何かを雰囲気で感じ取ったのか、フィリアと侍女は困った様に顔を見合わせ、仕方無さそうに子供を部屋に入れた。少女に抱えられ、用意された安楽椅子に寄りかからされた為かほぅ、と息を吐いて子供は目を瞑った。


(……聴こえるかな。久しぶり、お兄ちゃん。オレはローゼンフォールが子息、リーンフォース・Y・X・ローゼンフォール。君の希望とオレの実験の結果、君はこうして一命をとりとめた……ううん、‘命を無理矢理繋いだ’んだけど、理解出来てるかな?)


(……あぁ分かってる。何というか……心臓が無理矢理動かされてる感覚だ)


(あながち間違いじゃないと思うな、その感想は。詳しい事は専門的だから省くけど、魔力で強制的に意思を留めて、それに合わせて体を動かせるようプログラミングしただけ、みたいなものだから)


 その二つの接続に慣れないと身体動かないと思うよ。という言葉で締めくくられたので、オレは動けと念じて右手を持ち上げる。確かにこの方が動く。


「フォー、何か飲み物要る?軽い食事を用意しても―――」


「……そ、だね。ひさしぶりに、ジュースでも、もらっていい?」


 リーンフォースの要望にフィリアが嬉しそうに頷いて部屋を出て行こうとするが、それを侍女が押しとどめ代わりに出て行った。そりゃ貴族の娘に下働きの仕事させたら問題だよな、と納得して続きの言葉を待つ。


(これからオレと君は一心同体。オレの具合が悪くなれば、そっちにも流れる。君が痛みを感じたら、オレも痛みを感じる。悲しみも、喜びも、怒りも全部流れる。多分慣れれば微調整は出来ると思うけれど、当分は)


(あぁ……だろうな)


(だからこそ、オレは君にもう一度聞く)


 スゥ、と静かに息を吸い、リーンは目を開いた。空の様に青く、海の様に深く、闇の様に昏い、瞳。ゾクリと粟肌がたつ程吸い込まれそうな色だ。


(オレは君の今を縛った。このままだと未来も捧げさせる事になる。オレは‘人であって人じゃない’から、君の全てを翻弄すると思うし、オレが生み出す悲劇にも巻き込む。……それでも……)




 ―――オレと一緒に、生きてくれる?




 心に駆け巡る感情が痛い。願望と孤独感がせめぎ合う。心が削られていく感覚すらある。

 リーンの訊き方はずるい。これだけ強い感情を叩きこんで来て、その上否定させないような訊き方だ。多分他意は無いのだろう。子供故の純真無垢な望み。何がリーンにこれだけの思いを抱かせたかは分からなかったが、どれだけ切望しているかはよく分かる。それに。


(……オレの父親からの最後の言葉がな「生きろ」だったんだ)


 この国では当たり前なほど貧しかった家。それでも、家族全員で住めるというのは今思い返せばとても幸せだった。今は亡き父からの言葉はこうなってしまった現状、とても重い。

 だが、そんな感情を受け取ったのか少し辛そうに、でもとても喜んでリーンは笑った。泣き崩れるような笑みだ。否、一筋涙が頬を伝い落ちる。


(うん……うん。これからよろしく。お兄ちゃん)


(……あぁ、宜しくな、リーン)


 と、そこでリーンが崩れ落ちた。ギョッとして起き上がろうと力を込め、だがフィリアが支えた事で止まった。


「全く……フォーは無茶し過ぎるのが問題だよね。結局何にも口に入れて無いし……」


 ぶつくさ文句を言いながらもその表情は優しい。その表情に何故か安堵してしまう自分が居て、あぁ繋がっているのだなと再認識する。間違いなくリーンの感情が一部移っているのだ。先程の愛しさはフィリアへの愛情だろう。


「さて、と……名前訊いて貰い忘れたから君の事は便宜上―――そうだな、髪の色からとって‘ソラ君’って呼ばせて貰うね」


 恐らく水色と灰色の入り混じったこの色を見てなのだろう。本名とは勿論ずれた名前だが、まぁ渾名と取れば良いと思って首肯する。先程よりは簡単に動いた。


「まずはソラ君にお礼を。リーンに此処まで感情出させてくれたなんてボク達から見たら快挙なんだよ。ずっと無理させちゃってたから」


 抱えたリーンを一旦ソファに寝かせ、毛布をしっかりかけてからまた枕元へ戻って来る。琥珀色の瞳が嬉しそうに細まっていて何だかむず痒い気分だ。


「フォーはね、特別な子なの。あんなに頭が回る子供、普通じゃないでしょ?あれは多分聖痕(スティグマ)のお陰。あ、聖痕(スティグマ)っていうのは……そうだな、神様から貰った特別に強い力の事。色々とその恩恵があってこの子はハイスペック通り越して廃スペックなんだけど……だからこそ人と中々交われなくてね」


 学が無いソラでも分かるように噛み砕かれた説明は解りやすい。だが、困ったような笑顔に隠されている何かまではまだ読み取れなかった。


「同い年位の子には精神年齢の問題もあって馴染めない。普通の人には昔能力の事があって迫害されたから怖くて近寄り難い。エンス―――お兄さんみたいな人も居るんだけど、その人に対しては苦労かけたくないって思ってるんだと思う。頼られる事は楽、でも頼るのは居心地が悪い。一人になるのは好き、でも一人にされるのは嫌いっていう風に……甘える事を受け入れられなくなった、歪んじゃった子だからね、フォーは」


 寂しそうにソファに横たわった体を見つめるフィリアにつられ、ソラもそちらへ視線をやった。確かにあの年齢であれだけしっかりした考えを回せるなんて普通では無い。自分よりも下手をすると大人なのでは、とソラは繋がっている魔力越しに薄々感じ取った。


「どうも一年前までは普通に可愛い、ちょっと頭が良いただの子供だったらしいんだけどね。お父さんがフォーの事庇って死んじゃってから、一気に現実知っちゃったみたいで。ボクと会った時から少し冷めてたんだけど、革命の気運が高くなるにつれて、どんどん自分を押し込めちゃって今じゃ心がもう潰れかけてる」


 リーンが革命に向けてやっているのは何も魔術の開発だけではない。聖痕(スティグマ)を利用した避難所作りや市民への配給、子供である事を利用して出来る事は何だってやっている。魔力が圧迫されて苦しい筈なのに誰にも悟らせず、休む間も此方が作らなければ無視する程に我武者羅だ。自分を顧みない、自分が認めた者の為には文字通り何だってする。聞こえはいいが、それは自己を押し殺して自分を否定するただの自殺行為だ。そんな歪んだ子供が国の頂点に属していて良い筈が無い。


「君は聴こえるでしょ?フォーの声。ボクも家柄的に‘そういうの’には敏感な方だから、何となくは感じ取ってる。誰よりも優しくて、誰よりも苛烈で、誰よりも冷たい子って」


 矛盾するような言葉の羅列だが、ソラはすんなりとそれを受け入れた。一度懐に入れれば絶対に裏切らないが、敵と認識すれば何をやってでも排除しようとする。そして敵には死のうと拷問にかけられようと、全く同情はかけない。これを苛烈で冷たいと言わず何と言う。


「間違いなくフォーはこの国の柱になる。国の中枢で人を動かして、人を護って……人を殺す。今のあの子は人を殺す事を‘許されていない’けど、多分このままじゃ避けるのは無理だと思う。でもさ、そんな人が自分すら守れないような人だと、安心して背中も預けられないじゃない?後ろをお願いしたのに、気付いたら後ろで死んでそうだし」


 けど、とフィリアは続けた。


「そんな人にならないようにするには、今から刷り込まないと。自分って大事なんだよって、自分の強さを誇っていいんだよってパブロフの犬並に小っちゃい時から教え込めば何とかなる。‘教育’ってそういうものだからね」


 悪戯っ子の笑い顔で、中々に悪どい事を言う。だが、それもこの国に必要な事の一環なのだろう。腐りきった此処の処置は生半可なモノでは済まなさそうだ。


「でね、ソラ君にはフォーをそうやって導く事をお願いしたいの。多分ボクがそれをやっても、フォーの為にはならないから。ボクはフォーの飴。頑張ったねって励まして、このままずっとそうやって前へ進んで行けば良いんだよって、フォーを迷わせない為の小道具役が丁度いいんだ。だからソラ君」


 琥珀の瞳が夕日に染まり、オレンジや紅へと色を変える。そんな色が真っ直ぐと向けられて、息を呑んだ。

 そしてその瞬間を待ち望んでいたようにフィリアは笑みを深めた。その口からは、一つの命令が下る。


「否、アストロン・エイス。貴方には捻じ曲がった強さ(リーンフォース)を導く、不動の北極星となってほしい」

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