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Silver Breaker  作者: イリアス
第五章 犠牲になった者
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第75話 死亡と蘇生

 あぁ、寒いなぁ。フィリアは雲が厚く、しかし意外にも明るい空を見上げて呟いた。降り積もった雪が光を反射していて、外は雨の日よりも余程明るい。明るさは確かに嬉しいのだが、出来れば温かさが欲しかった、とも思うがそれは贅沢だろうか。だが、餓死者を上回る凍死者の数に願わずにはいられない。


「フィリア君、少し宜しいでしょうカ」


 と、そこでテントの中からリトスの呼びかけが聞こえた。焦ったその声は、しかし膨大な魔力を結界へと注ぎ込んでいる為かどこか弱弱しい。


「っはい!」


 急いで今診ていた患者の治療を終わらせ、多少は温かいテントの中へ入ると、簡易ベッドに横になっているリトスが固い表情で此方を見て来た。


「リーン君が今、此方に瀕死の少年を運び込んでイマス。歳は10前後、灰色に青を重ねたような髪色……だと思いますが、薄汚れていて確証は持てまセン」


「それって‘被験者’を!?」


「恐らくハ」


 結界を通じて視ているようで、目を閉じて何かを追っている素振りを見せる。手を目元に当てて、暫くじっとした後、また目を開いた。術式起動の影響で、その目は金に染まっている。


「あと5分程で到着するデショウ。フィリア君、準備ヲ」


「わ……かりました。この部屋を使っても?」


「構いマセン」


 このテント以外は重症患者の保護や配給に使用されてしまっている。此処はウィンザー領内だが、城下では無いのでそこまで大きな町ではないのだ。人手も物資も最低限しか用意出来ていない。

 だが、恐らくこの後やらねばならない事はSSS級の大魔術だ。しかも、一回も、誰も試した事の無い理論だけ組み込まれたソレ。危険だが、やるしか無い。少しでも死ぬ人を減らすためには。


「……フォー、その子を生かして連れて来て」


 フィリアはただ願い続けた。




   ◆   ◆   ◆




「フィリア、この人お願い!」


 リーンがテントに入って来たのはそれからきっかり5分後だった。リーンの隣に立つ下っ端軍人だろうか、まだ若い青年が土と雪で薄汚れている少年を抱えている。


「こっちに寝かせて!誰かこの子に点滴入れてあげて下さい!」


 先に用意しておいた簡易ベッドに少年を横たわらせ、リーンを側に呼び寄せる。そしてリーンは点滴が投与されているのを確認しながら、全封印具(リミッター)を解除した。その様子をボンヤリと見つめていたその少年は、慌ただしいテント内の様子に何を思ったのか、ポツリと呟いた。


「……生きても、いいのか?」


「当たり前!生かしてみせるから、大丈夫。そんな心配はしちゃダメだよ」


 弱気な発言を叱咤するようにフィリアが叫んで手を握った。今まで雪に晒されていた少年の手は氷の様に冷たい。一言で言うなら死にかけている。それにゾッとして急いで火の魔法を発動させテント内の温度を上げた上で、外に居た軍人に声をかけて毛布を運んできてもらった。


「フォー、魔力は大丈夫!?」


「久しぶりに封印解除出来たからね。よゆーよゆー」


 シトロンのように魔力を計れる人で無くても感じる膨大な魔力量で部屋が満たされる。リトスが先程に比べて楽そうなのは、空気中の魔力濃度が高くなった為だろうか。横たわって殆ど動かなかったのに、今では寝返りをうって面白そうに此方を眺めている。


「じゃあそろそろ大丈夫かな。……あとは、本人に本当に覚悟して貰わないと」


 フィリアは再び少年を覗き込んで、少し心配そうな顔で訊ねた。


「あのね、これからやる事はとんでもない大魔術なの。……成功率は、五分五分。後遺症が出るだろうし、暫くは違和感が取れないと思う。成功してもフォー……そこの金髪の子に依存しなきゃいけなくなる。見返りは、恐らく向こう50年以上の寿命とこれから先の生活の安定。どうする?リスクがかなり高いから止めるって君が言ったら、私達は君を此処で看取ってあげる」


 普通に考えたら博打も良い所だ。成功率の低さ、後遺症、その他諸々のリスクが‘生の権利’を霞ませる。それを10に行ったか行っていないか程度の子供に選択させているのは酷く居心地が悪く、心を竦ませた。この術はフィリアの知識が主体だ。責任感がどうしても湧き起こる。


 だが、それも次の言葉で吹っ飛んだ。


「…オレは、生きたいんだ」


 掠れた小さな声。だが、その言葉の何と重い事か。‘生きる事’が虫けらのように扱われ、‘生きるモノ’が雑草のように踏みつぶされるこの国で生まれ育った者の痛切な願いがこの場に居る人全員に突き刺さった。この場に居るのは‘生きる事’を保証された階級の者だけだ。だが、彼等の大半の家族は違う。

 この国の志願兵の殆どは国の為なんて考えていない。成り上がって楽をしたい者、家族を養う為の者、高魔力故に迫害され居場所を失った者。誇りある貴族が堕落していった今、真に国を、王を守る者は存在していないのだ。

 そんな中で、この場に集う者は皆堕落した国家によって苦しみ、生を踏みにじられた家族や友を救うために動いている。


「……うん、そうだよね。生きたいよね。苦しかったよね。……分かった、その気持ちを忘れちゃ駄目だよ」


 ふにゃりと泣きそうなのを堪え、フィリアは真っ直ぐな瞳でリーンを見る。それに強く頷いたリーンは少年の側に寄り、椅子の上によじ登って胸元に手を置いた。


「ごめんね、ちょっと辛いかもしれない。けど、がんばって」


 真っ青な少年の顔色。薄く開かれているボンヤリとした瞳。浅く息をする事で上下する胸。冷えた躰。吹き付ける雪の音。どこからともなく聴こえて来る悲鳴と嗚咽。全感覚を研ぎ澄ませ、五感で感じる全てを認識してから、ふ、と目を閉じた。大きく息を吸い込み、小さな声で呪文を唱え始める。


『かけまくもあやにかしこき くにつくりし おおなむちのみこと すくなひこなのみことの うづのおおまえにもうさく』


 ざわり、と空気が揺れた。セレスティア大陸で使われる呪文とは全く別の系統の術なのだろう。全く別の言語が使われている為か、この場に居る殆どが理解出来なかった。


『このごろ よもやものさとさとに ときのけおこりて ひとともさわに やみこやしあるは うせぬるすくなからぬことことをら うれへなげかひ』


 淡々と、意味が解っているのかそうでないのかも不明な程淡々と呪を唱えるリーンの片目は、炯々と光りその尋常では無い魔力の放出を示している。


『かみよのはじめのときに おおかみたち もろもろのやまひを おさむるくすりと まじなひのわざとをおしへやまひて あおひとぐさをすくひたまひ めぐみたまひし』


 リトスがヒュウ、と息を呑んだ。リーンの額には僅かに脂汗が滲み、その大魔術の凄まじさと反動の強さを表している。魔力の奔流がテント内を荒らし、誰もが固唾を呑んで二人の少年を凝視した。

 ―――だが、そんな時間もそう長くは無い。


『ひろきあつきみたまのふゆを とうとびまつり あおぎまつりて けふのいくひのたるひに いやしろのみてくらをささげもちて たたへごと、おへまつらくを たひらけくやすらけく きこしめして ッやまひにおえ、なやめるひとどもを いまもとく、なおしたまひ……たすけ、たまひ……ッ』


 そこでフィリアが気付いた。リーンの小さな指先は震え、魔力の放出量がバラついて来ている。食いしばった歯は完全に限界の近さを物語っていて、それが誰しもを怯えさせた。


 今この場でこれだけの濃度の魔力が暴走したら、ウィンザーは間違いなく消し飛ぶ。


『こののちに、このところに……ッときの、けなからしめ、たまへと』


 残り一文。魔力を注ぎこまれている少年の様子も苦痛に満ちている。身を捩る体力も残されていないのだろうが、滲んだ汗や歪んだ表情がその辛さを示していた。


「二人とも、もうちょっとだから……」


 一歩下がった場所でそれを見届けていたフィリアは、両手を合わせて祈る形をした。最後の一文さえ決まればこの術は完成する。魔力制御は今唱えた文に含まれているので、最後に魔力を注いで完成させれば理論上は成功の筈だ。

 ―――だが理論というのは、必ずしも成功する物ではない。


「かしこ―――ゴホッゴホッ!」


 身体がついて行かなかったのか。リーンが酷く咽始める。慌ててフィリアが背中をさするも、反動の大きさと身体の小ささのバランスが取れて居ない為元のダメージが大きい。ギリギリで魔力の供給を途絶えさせない様に頑張ってはいるが、言葉が紡げず詠唱が進まなかった。


「フォー!あともうちょっとだから!」


 全力を尽くしている二人に‘頑張れ’とはもう言えない。だが、自分が何か支える事も出来ないのが歯痒い。この手の補助・回復系魔法は主に一対一。他者の介入はそれを崩すだけの行動だ。


『ゴホッ……かしこみ……ッかしこみ、もうす!』


 視界が白に染まった。あまりの眩しさに目を瞑り残光に耐える。それも通り過ぎ、漸く瞼を開けれそうになった所でリトスの叫び声が響いた。


「リーン君ッ!!」


 ギョッとして目を開けると、広がったのは赤一色。否、インパクトが強いだけでそれ程では無かった。だが、リーンの吐き出したであろう鮮血が少年の胸元に広がっている状態は恐怖すら与える。


「フォー!しっかりして!」


 思わず揺すろうと手を伸ばして、しかしそこでハッとして気付く。限界を超えた身体を揺らすなどダメージを増やすだけだ。意識を切り替えて今度はフィリアが詠唱体勢に入った。


『我は癒者 我は流れを追う者 我は息災願う者』


 フィリアの様子を見て隣に居た青年が少年を別のベッドへと移し、リーンを少年が寝ていたそこに横たえてくれた。それに目礼を返してから、また詠唱を続ける。


『痛みを外へ 癒しを内へ 我が御手は万物の流れを司る手 我が言霊は万物を流す言葉』


 フィリア自身、先程まで患者を診ていた事もあり魔力はそう多く無い。だが、この場に居る水属性の人の中では誰よりも多いというアドバンテージもあり、リーンの回復に関していえば彼女以外の適任は現状居なかった。


『此の者へ 癒しの雨を希わん 雨癒導(レイン・ヒール)!』


 完成した術を容赦なく叩きこむと、薄青のエフェクト(この世界に置いてエフェクトは‘仕様’ではなく吸収洩れの魔力である)が仄かに光った。予想以上に魔力の吸収がスムーズでホッとする。封印でガチガチにされている普段のリーンは内部からの魔力で手一杯で、この手の術は中々効いてくれないのだ。


「よっし、かかった!誰かすみません!ローゼンフォールと連絡取ってこの子の回収を頼んで下さい!」


「フィリア君、この状況を考えるとそこの‘被験者’の子もローゼンフォールに預かって貰うべきデショウ。ウィンザー城に運び込むのは危険デス」


「分かりました、自分が連絡しましょう」


 先程から細々とした事を引き受けてくれている青年が名乗り出てくれた。こういった人材は実に有り難い。彼が引き受けてくれた事でリーンに集中出来るようになり、フィリアはガンガン術に込める魔力量を増やしていった。その分体力とはまた違う力が物凄い勢いで抜けて行く感覚が残るが、この際人命救助(恐らく死ぬほどのダメージではないが)という事で無視した。

 どれ程の時間続けていただろうか。魔力残量が体感で2割を切った辺りでリーンが目を開いた。


「ふぃ、りあ?」


「具合は!?フォー、意識はっきりしてる?」


「ん……へーきへーき。魔力こかつ気味でダルいけど、痛みは大分引いてるよ」


 顔色が悪いのは失った血の分のようで、エンスから聞いた嘘発見器、痛みを堪える時は左手を握りしめるという癖も出ていないのでホッと一息ついて魔術を止めた。しかし枯渇気味、と言いながらこうやって会話出来る所が流石である。先程の術で文字通り魔力を枯渇させた筈なのに、普通に会話出来る程には既に回復している。驚異的を通り越し『脅威的』な回復速度だ。驚きよりも呆れが勝る。これではアズルが羨ましがる訳だ。


「そっか。すぐにローゼンフォールから迎えが来るから、もうちょっと寝てて大丈夫だよ。あ、あとあの‘被験者’の子もローゼンフォールに運び込むから」


「りょーかい……って、ローゼンフォールからのむかえ?一般人をあんな所に放り込んでダイジョブ?回復しきる前に精神けずられない?」


「…………私が出来るだけついてるようにしていいかな」


 平民暮らしを知っていて、尚且つローゼンフォールで生活をしている二人はあそこのぶっ飛び具合を誰よりも理解している。ローゼンフォール嫡子とされているとある女子(?)は趣味で錠前破りを嗜んでいる位だ。まだ小さいとはいえ淑女(レディ)が教わる物でも無いし、それを許容する親も親である。更に恐ろしい事を言えば、恐らく‘被験者’は彼女と同い年程度だ。


「よろしく。オレの方は普通に侍女(メイド)さんに頼んでくれていいから、何が何でもあの人をローゼンフォールに染めないで」


「了解、全力で挑むから」


 先程までのシリアスを脱ぎ捨て、二人は全力で頷き合った。―――それを生温い目で見ているリトスを無視して。

因みに長文詠唱は実際の祝詞から引用しています。平仮名では分かりにくいと思うので漢字にすると↓


掛巻も綾に畏き国造りし 大巳貴命少彦名命の珍の大前に申く 頃日四方八方の郷々に時疾起て 人達多に病臥し或るは 失ぬる少ぬ事をら愁嘆かひ 神代の初時に大神達諸々の病を患治療る薬と 禁厭の方とを教給ひて 群生を救給ひ恵給ひし 廣き厚き恩頼を貴奉り仰奉りて 今日の生日の足日に禮代の幣帛を捧げ持て 稱辭竟奉らくを平けく安けく所聞食て 病患に痒悩める人達を今も疾く癒給ひ助け給ひ 彌後此虚に時疾令無有給へと 恐み恐みも白す

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