第73話 痛手な足枷
キィンッ!キィンッ!
金属同士がぶつかる澄んだ音がローゼンフォール別邸に響く。訓練場で一心不乱に剣を振り回すリーンと、愉快気にその相手をするエンスを眺めながらフィリアは呟いた。
「最近の子供ってハイスペックだなぁ」
「お前も十分最近の子供なんだがな」
「はぁ……あんなに魔力垂れ流しで戦えるなんて羨ましい……」
その本音に苦笑して答えたコウと、その横で苦々しげに観戦するアズル。似ていない兄弟は意見も似ていなかった。魔力がここ数年で急成長を見せているコウとは裏腹に、アズルは魔力こそ少なく無いのだが回復が絶望的なまでに遅いのだ。故にその才をそう易々と使う訳にもいかず、ここぞというとっておきの場面まで魔力を貯蓄する傾向にある。技術力はコウと同等あると考えても良いのに、と周りは残念がって居た。
因みにコウは魔力に技術が追いついていないタイプである。同タイプの人間はリーン位しか居ない。皆基本は技術力の方が高く、魔力不足をそれで補うのが普通なのだが、過剰と言えるほど魔力が成長している人間はそれが出来ない傾向にあった。
「っの!兄様ちょっとは手加減してよ!」
彼等が持っているのは形状記憶武器の試作機。膨大な魔力を注がれても耐えられるように設計されてはいるが、リーンが持っている方は既に発熱しかけている。だが焼けるような熱さには至っていないので、リーンはギリギリを見極めながら使いこなしていた。
「ははっ、それじゃ訓練にならないだろう。力がまた落ちているぞ。これから毎日2時間は稽古だな」
「オレ元々剣じゃなくて銃がメイン!杖か銃で魔術飛ばすタイプ!」
中距離~超広域範囲型魔導士に剣を強いる鬼がいた。近距離戦は得意でないどころか超不得手なのにわざわざこんなにも厳しく訓練をしているのは、ただ単にリーンに運動させる為だ。インドア系のリーンは元々体力が少ない上についこの前心臓を止めた事もあって、ついこの前までの彼の体力はどん底だった。ここ数日仕事をストップして体力を戻す事に専念しているのも仕方の無い事だ。
「広域型だからといって体力が無くていい訳じゃないぞ」
「分かって、るっ!」
ガキィン!
リーンが自棄になり強く打ちだしたが、体格差もありなんのその。慌てる事無くエンスが剣で受けた瞬間リーンが崩れ落ちた。
「はー……はー……」
叫んでた割に体力が限界だったらしい。息切れして、剣で体を支え座り込んでいる。
「フォーホントに体力無いなぁ……」
「まぁこれでも良くもった方だ。一時は夏ってだけで動けなくなってたからなぁ」
丁度自分達に懐き始めた頃だったろうか。一時間肩車でその辺を散歩するだけでバテ、その後熱中症を起こした事を考えると十分進歩している。この寒さに耐えて外に居られるのだから。尤も、寒さに関しては元から強かった感も否めないのだが。何せ真冬の間5つの村を徒歩で渡り歩いた程だ。
「リーン君、具合は平気かい?」
「はぁ……へーき……けど、つっかれたぁ……」
「今日はここまででいいか。リーン、お疲れ」
バテバテの様子に苦笑して訓練終わりの宣言を出すエンスにホッと一息つく。余程疲れたらしい。その証拠に中々立ち上がらず、ずっと座り込んだままだ。‘身体強化’という魔術を現在開発中なのでそれが完成すれば彼も多少上手く立ち回れるようになるかもしれないが、現段階では脳と筋肉に負担がかかり過ぎて使い物にならない。
「それにしてもフォーってある意味多才だよねぇ」
「どういう事?」
唐突に話を変えたフィリアに全員が注目すると、彼女は指折りリーンが出来る事を上げだした。
「剣に銃に魔術全般、年齢考えたら頭も十分過ぎる位良いし、楽器は弾けないけど音感は悪く無い、運動神経は言わずもがなで絵もそこそこ上手いでしょ。料理も出来るし―――」
指折り数えて行く程に皆が苦笑や苦々しい顔になっていく。それにあれ?と首を傾げたフィリアに、アズルが声をかけた。
「その分裁縫とか変な方向に才能の偏りがあるんだよ。不器用じゃないのにね」
「え、そうなの?ていうか貴族で裁縫をやる意味ってないし、結局は多才で落ち着くんじゃ―――」
リーンを驚いた様子で見ると、空笑いをしてみせていた。無理に笑っているその様子に更に違和感を覚えた瞬間。
ドサッ!!
「兄さん!?」
「おいコウ!」
唐突に崩れ落ちたコウに全員がギョッと目を剥く。アズルが仰向けに寝かせ、手持ちの医療機器を取り出した所でフィリアは驚きから少しだけ回復した。
「え、な、何?」
「カタプレキシーが働いたんだ」
「へ?」
意識はあるようで、目は開いている。だが体の自由が効かないのか、全く動かない事に恐怖すら抱かせた。普段あれだけ頑丈そうな素振りをしている人が倒れる所など、決して想像しない。
「普通は楽しい、とかうれしい、とかで働く病気なんだけどね、コウは何でか負の感情の方でこの病気が働くの」
「症状は突然の脱力。ここ数年で発病したんだが、多分高魔力故の脳異常だな」
「え、と、何それ?」
淡々とした様子のエンスとリーンに更に質問を重ねる。唐突に崩れ落ちる病気なんて聞いた事も無いし、魔力の多さで何かが起きるなんてもっと知らない。大丈夫なのか?という意味も込めて見つめると、困った顔をされた。
「魔力は人体に色々影響してる。髪の色やら身体能力、珍しいと視力とかにもな」
「でも多すぎるとそれは毒になるんだ。主に脳に障害出るパターンが多いっぽいんだけど……そうだな、例えば僕。異常なまでのこの記憶力は超記憶症候群とかサヴァン症候群とか、その辺とは別っぽいんだけど明らかに人以上に物覚えるでしょ?今すぐに去年の今日何を食べたかとか言えるし」
「リーンのはどちらかといえば良い方に働いてるが、逆にリトスとかになると言語障害が出てるな。アレもよく理由が分からんが、語尾が変というか……まぁ、発音がおかしくなるだろ?」
リトスのアレはふざけでは無かったのか。正直場違いな感想だったので口には出さなかったが、顔には出てたらしい。二人がまぁそう思うよな、と言わんばかりに頷いた。兎に角、意外にも身近にその具体例は居たらしい。半年近く一緒に居て全く知らなかったが、どうやら魔力が多いというのは自分が思っている以上に苦労するようだ。
「えと、じゃあ洸さんのも原因不明って事?」
「そうだね。兄さんのはちょっと軍人として問題ある症状だから早く治療法見つけたい所なんだけど」
「……悪かったな」
のっそりと起き上がったコウに驚いた。苦しさ等は全く見受けられないが、バツが悪そうな顔をしていた。
「俺のはこの通り、唐突に動けなくなる。大体は多少脱力するだけなんだがな、偶にこうやって崩れ落ちちまうんだよ。その場合転がして放置してくれ」
「え、いや放置は拙いかと……」
意識はあると言っても動けない人間をその辺りに転がしておくのはどうかと思う。しかしフィリアではコウを運べる訳も無いのだが。片や非力な少女、片や20を超えた軍人だ。
「まぁ見つけたら俺呼んでくれればいいよ。リトスさんとかフュズィさんとかでもいいけど」
要は体格の良い男に運んでもらえ、と。それに素直に頷いたフィリアはよしよしと頭を撫でられた。子供扱いされる事に慣れていない所為で居心地が悪い。もぞり、と気まずげに動いた所でコウは手を離した。
「さて、じゃあ次はリーン君の検査だね。体力は大分戻って来てるけど、ここで体調崩されちゃ堪らないから」
「訓練の度に検査受けなきゃいけないってすっごく不便なんだけど……」
「そこは諦めてくれ」
へたり込んでいるのをアズルが抱える。医療道具はフィリアが持ち、一旦リーンの自室(医療道具が揃っている為)へ戻る事となった。
「ところであれだけでへばってるのに体力戻りかけなんですか?」
「ん?あぁ、元の体力が少ないからなぁ……」
目を遠くへやるエンスに一同首を縦に振って肯定する。リーンだけは開き直ったような顔をしているが。
「一日一食あれば良し、気力がなきゃ動けないようなガリガリ具合で冬乗り切ったんだから十分だもん」
それを言われると誰も否定出来ない。ポジティブに聞こえるが恐ろしくネガティブな発想だ。それを堂々と真顔で言い切るのだから中々に根性が座っている。貴族の息子ではこんなにも(別方面で)有能な子供はそう居ないだろう。同じ位根性曲がりな大人は大勢いると思われるが。
◆ ◆ ◆
その頃、リトスはアリアと向き合って書類の山と魔導具相手に格闘していた。最新式のホログラム投影機には膨大な数の計算処理と報告された内容が映し出されている。
「あ゛あ゛ー……これ有能なのに予算が釣り合わないー!あたしの折角の発明がー!」
「スペック落としてこっちの金属使ったらどうでショウ?」
「落としちゃ意味無いでしょ!この自動補助の部分が重要なんだから!」
頭が残念なコウにこんな仕事を任せられる筈も無く、頭脳担当二人(ただし勿論年齢的にリトスよりは下)はチャンバラごっこに勤しんでいる。他の有能な人材も任せた仕事の多さにこれ以上を押し付けられなくなっている。結果として否応なしに頭脳的トップ二人がこうして大凡を背負う事になってしまっているのだ。
が、ここで唐突な来客がやってきた。
「おー、こりゃまた凄い事になってるな」
「ゼラフィード公!それにフォロート侯マデ!」
ノックするや返事も待たずに入って来た人物へ一瞬警戒するも、ただちに霧散する。パアっと顔を綻ばせた軍人二人に、貴族二人は苦笑を隠せなかった。
「偶々こちらに来る用があってね。丁度いいから‘少し世間話でもしないかい?’」
フォロート侯が悪戯を思い浮かんだ子供のように笑ったので、他の面子もそれと同じ笑みを浮かべた。世間話にしては多少過激だったり妙に確証が持てる話かもしれないが、そこは誰も咎めない。
「ええ、是非。あ、少しお待ち下さいね、お茶用意しますよ。ほらリト、場所空ける!」
「ハイハイ、人使いが荒いですねェ、モウ」
すっかり尻に敷かれている様子に女って強い、などという感想を抱きながら二人は勧められた椅子へ座る。用意周到に防音結界を張り、盗聴器の有無を確認し、それらの用意が整った所で、さて、とフォロート侯が話を切り出した。空気は一気に固くなる。
「まず、少しマズい状況になってきている。国王が私達に‘トリブヌス・ミリトゥム’の選抜を命じて来た」
周りに誰も居ない事を確認してあるとはいえ、油断は大敵と隠語を使って報告する。余程の読書量があるか歴史に精通していなければ理解されない単語だろう。トリブヌス・ミリトゥム、古代語で少将、つまり一万人以上の指揮権を持てる人材の選抜命令ともなれば、これから何が起きようとしているかは考えるまでもない。
「んなっ!?あの馬鹿どこに喧嘩売る気なんですか!?」
「キール共和国だ。東ソレアード海を掌握する気らしい」
「ですがあそこは麦の寒冷限界デスヨ!?これ以上食糧不足を深刻ささせる気―――」
そこまで言ってからふと口元を押さえて考え込んだ。キールはヴィレットの北に位置する隣国だ。冬場は氷点下20度も余裕な程寒いが、夏場は下手をすれば30度に達する。そしてあの国の特徴は―――
「……原油と、鉄鋼、アルミニウム、金、ニッケル鉱、あと工業用ダイヤモンドも、デスカ」
「そういう事だ。あの馬鹿、キールの後は他にも戦争吹っかける気らしいな」
有数の資源埋蔵量を誇るがヴィレットとは折り合いが悪く、輸出入の量はそう多く無い。だからといって他の大国に輸出する程の量は産出されていないので、周りの数カ国に原油はパイプ伝いで供給していた筈だ。他の鉱物も似たり寄ったりの貿易。つまりは敵に回る国が少なく、強大な国家は一個も相手にせずに済む。一番強いのがキールなのだからなんとも都合の良い国だ。多少頭が回る戦争したがり屋なら真っ先に敵認定される。
「マジですかい……食糧不足解消せずに軍編成とかアホなの?いやアホなんですけどねー……」
「アホなんて言い方陛下に失礼だ。ただ多少‘周りに比べて空気を読む事に長けていない上、自分の欲求に素直な’だけだろ」
「まるで幼子のような純粋さデスネ、ゼラフィード公。ついでに‘我を貫くのが得意で自分を優先なさる傾向にある’お方、とも付け加えた方が良いカト」
ここに第三者が居たらその言葉の冷たさに身をすくませていただろう。言っている事はつまり「KYで自分勝手なガキ」という事である。表現の自由とはとても素晴らしい事だ、とブリザードを纏う二人を見ながらフォロート侯は感心した。
だが、そうしていられる時間はもう無い。パン!と手を叩いて注目を集め、固い表情で三人を見回した。
「兎も角、此方も隠れて備蓄している食料がそうある訳では無い。戦争を起こされる前に革命を起こすべきだと私は考えるが、圧倒的に足りない前準備をどう補う?」
フォロート侯の痛いほど的確な質問に、三人はただ歯を食いしばった。