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Silver Breaker  作者: イリアス
第五章 犠牲になった者
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第71話 空論の成立

「……できた」


 ポツリとリーンが呟いた言葉に端末や書類に向かっていた全員がバッと振り向く。有り得ない物を見る視線が突き刺すのにも構わず、リーンは久しぶりに酷く子供らしい笑みを浮かべた。


「出来た!出来たよ!ネックはあるけど使えるよコレ!!」


 タシタシと机を叩き、頬を紅潮させて喜びを示す姿に誰しもが顔色を変える。喜色が満面に出た瞬間、彼等は叫んだ。


「「「「「「いよっしゃああああああああ!!」」」」」」


 老若男女関係なしの雄叫びが城中に響き渡る。どのフロアまでも響いたそれに城中の人間が驚いている中、バンっと大きな音を立てて扉が開いた。


「今の絶叫……まさかのデスカ!?」


「まさかのですリトス三佐!」


「リーン准尉が世紀の大発見してくれたんですよ!」


 扉を閉めてから口々に皆がリーンを褒め称える。国王派には内密で行ってきた成果なので外に漏らす訳にはいかない情報なのだが、先程の喜びようで何か捜索が入りかねない。それを一応最低限は心配している彼等の音量は今更ながらに多少小さ目だった。


「フォー……本当に彩夢が懐かしくなるや……」


「む、今日ばかりはよろこんでほしかったんだけど。なんで子供らしくないって落ち込まれなきゃならないのさ」


「いや、凄いよ?ホント凄いしか言えないけどさぁ……彩夢なんて魔法でちょこっと遊んであげただけで目輝かせてたのに、同い年の子が一から魔術組み上げてるんだよ?何か、納得いかないというか……」


 余りにも遠い目をして呟くので、いつも言い返しているリーンも言葉を選びあぐねた。むぅ、と眉間に皺を寄せても子供がぶすくれているようにしか見えない(実際そうなのだが)所に珍しく年齢を感じさせる。


 それを見ながら、リトスは複雑な気分に陥った。ありきたりな小説に書いてある‘天才とは理解されない’‘天才とは孤独である’という文はまさにこのような事を言うのではないだろうか。


 まだ両の手で数えられる年齢の子供が、200年生きた大人ですら辿り着けなかった境地に今あっさりと到達している。勿論聖痕(スティグマ)という名のドーピングの影響が強いが、かと言ってそれが総てかと聞かれたなら、そうで無いと断言出来る。飽く迄もこの結果は彼の頭脳、彼の才能、彼の努力によるものだ。それだけは誰にも否定させない。これを否定する事は自分すらも否定してしまうと理解しているというのも勿論あるが、それ以上に問題なのは、自分の周りにはただ持て囃されるだけではない実物の‘天才’が多すぎるのだ。


 魔力量と魔術構築はリーンフォース、火力なら洸、魔導具作成の発想力はアリア、魔法技術はソフィア、合成術の発展ならフュズィ、そして発動速度と緻密さなら自分が。皆点でバラバラの才能に特化していて、しかし魔術という根本だけが繋がっている。今現在、この国で最も恐れられ、最も忌み嫌われている力が突出してしまっている。


 そんな爆弾を抱えたまま生きる事に辛いとさえ感じている。自分だけでなく、6人全員がだろう。時代が悪かったのだ。精神が成熟する前に力ばかりが増長し、訳も分からないままに人々から疎まれ、覚悟を決める前に現実に突き放され、鈍色の重たい鎖で国へと繋がれ、血反吐に塗れながら人を、心を殺め、護らねばならぬ者から仮初の幸せを羨ましがられる。望んでいる倖せを目の前で見せびらかされながら、絶望と幸せを交互に与えられる生活を送らされても、生きたいと思う事は出来ない。しかし、それでも生きなければならないのだ。自分が王と定めた銀の枷(その人)を護りきるその日までは。


「リト?どした?」


「え、アア。ちょっとその術の使いどころについて考えてマシタ」


「ふぅん……?ま、いいや。とにかくコレ、エンスのとこ報告して。ついでにこの後ねかせて」


 感慨にふけっていると、ボーっとしていたリトスに対し不審に思ったリーンが顔を覗き込んで来た。そこで漸く脱線した思考に気付き、いつものように緩い笑みを浮かべさせる。


「分かりマシタ。仕事はこちらに任せてゆっくり休んで下サイ。あぁ、でもフィリア君はこちらに残して貰っても良いデスカ?」


「私ですか?構いませんけど」


 眠そうに目元を擦るリーンに許諾を出してから、その従者の休みには待ったをかけた。フィリアの労働はいくら従者扱いされているとはいえ、リーン程の長期間拘束はしていない。未成年なのに能力を買われ、徹底的に扱き使われているのはせいぜいリーン程度だ。ヴィレット学園辺りから引き抜きが出来たらもう少しそういった人材も増えるかもしれないが、あそこは国王の息がかかっている。そう易々と手を出すには危ないのだ。


「あんまうちのオヒメサマ働かせすぎないでよ」


「そんなの百も承知してますカラ、大丈夫デスヨ」


 言外の了承を得たのでほっと一息つく。そのままリーンは部屋を出て行ってしまったので、彼が置いて行った研究書に目を通しつつフィリアへと声をかけた。


「フィリア君、君、革命へはどう参加するつもりデスカ?正直戦力として使うには、身分が問題になりマス。それだけは余程の意思がない限り避けて頂きたいのですガ……」


「あぁ、成程その事ですか。えっと、一応後方支援か民衆の救助に回ろうかと思ってました。医療班か、炊き出しか、その辺りで人員が足り無さそうに配属頼めます?」


 申し訳無さそうな様子のリトスに一つ頷いて、ふわりと微笑んだ。自分の能力と身分はここに来てから嫌と言う程思い知らされた。幾らリーンが近くにいるとは言え、それが異常の域である事も、一般兵の能力も把握している。自分の魔力と属性なら、この革命軍の中でも上の下レベルには属しているだろう。この場に居る人の大半はBBからBBB程度だ。Aを越える人など10人居ない。


「ええ、是非その辺りは配慮しまショウ。フィリア君の属性も中々に貴重ですからネ。有り難いデス」


「フォーの風属性には劣りますけどね。でも普通確率論で行くと4分の1なのに、何で風は5%しかいないんでしょうねぇ?」


「今の研究では風は劣性遺伝だから、と言われていますガ……まだまだ魔術は分からない事だらけですからネ」


 やれやれ、と首を振るリトスに薄く笑って頷いた。フィリアとて、その感想を抱いた事が無い訳ではない。


「さて、話はここまでデス。君も休んで大丈夫デスヨ。っと、そういえば労働基準法も作らなきゃならないんでしたネ……」


「……その法律、フォーに無事適用されるといいんですけどね。ちゃんと休めないと、ただでさえ寝付き悪い上魘されて睡眠時間削ってる事多いんで身がもちませんよ」


「あぁ……矢張り夢の中だけでも休んで欲しいとかベタな事思っても無駄なんですネ。出来るだけ頑張りマス」


 とは言え、全くもって保証が出来ないが。もう、と拗ねて、でもしっかりと頭を下げて退室したフィリアに手を振りながらふぅ、と息をついた。そして意識を切り替え、今もなおテンションの高い軍人達にニヤリと笑いかけた。


「さて、ト……皆さん、第二関門は第一関門より早く突破出来ちゃったようなので、ちゃっちゃか仕事終わらせて下さいヨ」


「ちょ、リトス一尉!?」


「んな無茶振り出さないで下さい!」


 あまりの鬼畜発言に部下一同は悲鳴を上げた。ただでさえ休み返上な上、睡眠時間4時間生活一日二食という不健康生活をここ数ヵ月繰り返しているのにまだ急かすと言うのか。幾ら覚悟があってもこれ以上は体がもたない。


「無茶でもやらなきゃ終わらないデショウ。確かに武器と人材と魔導具と医療品と食料と逃走経路の確保及び国王の不祥事その他諸々調べつくす前にリーン君が術式作成を成功させるとは思ってもいませんデシタガ」


「むしろ術式成功する日が来るとすら思ってませんでした……ソレ、ちゃんと発動するんですか?」


 リトスが苦笑してその辺の机に腰掛けたのを見て、ある一人が不安そうに彼の握る紙束を見つめた。それに対し、リトスはその笑みを更に深くする。


「ええ、確かにリーン君が言った通り、中々にネックもありますし相性云々もありそうですガ、彼なら間違いなく発動出来る代物デショウ。私と―――そうですね、ソフィアさん辺りならまだ使えるんじゃないですカ?今のコウ程になると少々厳しいかもしれませんガ……」


「それ殆ど意味無いんじゃ……」


 ネックと言うのは技術方面なのか、それとも魔力量なのか。どちらにしろ自分達ではどうしようもないと理解して溜息をつく。しがない秀才が天才に口出ししても無駄だ。どうせ自分達ではこの天才様(変人共)の行動など理解出来ないのだから。


「兎も角、まだ使える希望が出て来ただけマシデス。第一に、恐ろしいほど珍しくリーン君が素で大喜びしてたモンにケチつけられますカ?」


「……それは」


「無理……です……」


 彼の人生(というには短すぎる)がどれだけの物であったのか、彼と普段接している者には既に知らされている。7年の人生のうち、記憶が残っている2年だけでも飢餓、迫害、父の死と中々に悲惨な道を辿っているのだ。そう簡単に心が癒されるとも思っていないし、ましてやこれ以上の不幸を与えるつもりもない。


「それにフィリア君の知識も冒涜する事になりますからネ。この術式の要は彼女の持つ全てデスシ」


「ええ……本当に姫様には感謝しきれないっちゃあしきれませんが……」


「でも俺達姫様に何も返せてないんでしたね……」


 何故かどんどんやる気を無くし、急速に落ち込んでいく軍人一同にリトスは頭を抱えた。言葉の選択を間違えたようだ。


「あー……その感謝は無事に全部が済んだら伝えなサイ。その前に、そこに漕ぎ付けなければ話は進みませんヨ」


 これ以上落ち込まれるとリアルに仕事に反映されてしまう。士気、というのは中々に恐ろしい物で、戦闘中であろうとなかろうと、それが落ちるだけで作業効率は大幅に変化するのだ。だが、逆に言えばそれは高ければ高いほど作業効率は上がっていく。特に、体力がもろに現れないこ頭脳戦の現場なら。


「そう、ですね。そうですよね!分かりました!」


「おい、そっちの資料寄越せ!」


「ならここのグラフに手ぇ入れろ!」


 一人がポジティブ思考になるともれなくその他大勢も流れに乗る。なんて単純な奴等だ、と呆れ半分感心半分でそれを眺め、自分の仕事もあったのだと思い返した。


「じゃあ頑張って下さいネ。私はちょっとエンスの所を訪ねて来マス」


「了解でーす」


 再び集中を取り戻し書類や端末に釘付けな仲間達を一瞥して、リトスはクスリと笑った。



   ◆   ◆   ◆


「……ふぅん、やっぱ使えるのは3人だけかぁ」


 白と茶と金で統一された子供が居るには多々絢爛過ぎるような部屋で、リーンはただベッドに寝転がり宙を見ていた。だが、実際‘視て’いるのは天蓋でも天井でも、ましてや辺りにきめ細かく配置された細工でもない。共同執務室にこっそりと仕掛けられた盗聴と盗撮の術を活用していた。そこから視え、聴こえて来る情報に多少の落胆と案の定という感情を覚えているのだろうが、その表情は酷く虚ろで全くそれを人に読ませない。


「時間までに改良出来るか―――」


 コンコン、とノック音が聞こえベッドから身体を起こした。誰が来たのかなんて、聞かなくてもその独特の気配で分かっている。


「いいよ、入ってフィリア」


 入室を許可した事でドアが開く。その向こうに立つ赤い服の少女は浮かれた表情で立っていた。


「フォー!無事後方支援に参加許諾貰えたんだよ!」


「良かったじゃん。まぁフィリアを不参加にするとは思ってなかったけど」


「うん!これで遠慮なく革命参加出来―――ってフォー!何普通に横になってるの!?」


 浮かれていたソレから一転。突如ぎょっとした顔で身を乗り出して来た事に対し、ハァ、とリーンは子供らしくない溜息をついた。


「疲れたからねようとしたことのどこが悪いの」


「どこがって……ああもう、分かった寝てていいから。今連れて来るから袖捲っててよ」


「えー」


 嫌そうな顔をしても何のその。呆れた表情で部屋を出て行ったフィリアは、しかし直ぐに戻って来た。ジト目で横たわった姿を凝視して来るアズルを連れて。


「リーン君、休める時は呼ぶようにって伝えただろう……?」


「早くねたかったんだもん」


 少年と青年の境目と言ってもいい年齢のアズルが立派に白衣を着て、しかもその手には点滴があるという状態は本来では異質なのだろうが最早この城でそれを突っ込める者など誰も居ない程に馴染んでいた。ムスッとしたフィリアが運んでいる鞄の中身も確認せず分かってしまう。

 その中身は言わずもがな薬やらアルコールやら医療品ばかりである。


「全く……ほら、右手出して。投薬するから」


「……はーい」


 勿論運ばれた点滴はリーン用の物だった。魔力が分解型な上、段々と薬に対する抗体が出来つつある彼へ特別に調合したソレは透明では無く僅かに濁った色をしている。今更点滴を打たれる事に騒ぎもしない肝の座った子供へフィリアは思わず目元を押さえた。


「アズルさん、いつになったらフォーが人間的な生活送れるようになるんですか?」


「うーん……革命までには治して欲しい所だけど、このままだと暫くは点滴と友達じゃないかな」


「せめてお友達が薬になる位には回復してほしいんですけどねぇ」


 二人の会話にげんなりとした様子を見せるリーンの顔色はいつも通り良くは無い。先程まであんなにもはしゃいでた人物とは思えない程の窶れっぷりだ。というか表面上隠すのが日に日に上手くなっていて困る。別にリーンだって現状に甘んじている(というか受け入れている)訳では無い。ただ身体がついていかない上に魔力の増加が止まらない以上殆ど何も出来ないだけで。


「ねぇフォー、一日でも休まない?」


「ムリ」


「最悪殿下脅して休みもぎ取って来るよ?」


 見た目がどんなに優男然としていても言っている内容はえげつない。堂々と王族を脅す宣言を繰り出した医師見習い(一応見習いという立場を取っているだけで事実上はリーンの主治医だ)にリーンは苦笑した。チューブに繋がれていない左手を持ち上げて、フィリアの服の袖を微かに握る。


「二人とも、だいじょーぶだって。第一に、休みがあってもオレ働くよ?ずのうろうどう(頭脳労働)ならどこでも出来るしね」


「もー……フォーの意地っ張り」


「何とでも。ただオレが仕事したほうが作業効率早いでしょ?」


 子憎たらしい程の正論に二人は顔を見合わせ、重苦しい溜息を吐く。そう、その問題があるから二人とも強く休ませられないのだ。しっかり休んだ方が作業効率が上がる、なんていうのはある程度健康な人相手だけだ。過労程度の患者ならまだそれも通用するが、(魔力)に蝕まれ続ける彼には通用しない。非常に残念だが。




 ―――これが革命決行予定日まで、残り半年を切っている時の彼等の状態であり、予定日が狂う事を想定していない最後の月の話だった。

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