第70話 喝采と静寂
明けましたおめでとうございます。
受験、という地獄の中どこまで更新出来るか全く見当つきませんが更新する努力まではしようと思います。
小麦が金の穂を揺らし、たわわに実った葡萄からは毎年上物のワインが作られる。歓声や祭りの囃子声をあちらこちらで聞き、例え旅人であろうと冬までの豊富な食物を享受する。
本来、秋とはそういった季節である筈だ。
「リトッ!デュッセルノルンの被害状況は!?」
「報告がまだ来ていまセン!スカーバルは領都オヴィットが壊滅状態!」
「イブロス川の氾濫が収まんねぇ!魔導士団の許可さっさと下りねぇとヤバいぞ!?」
城中が切羽詰まった声に包まれていた。しかしそれをかき消す程の豪雨が外で吹き荒れ、雷が度々光る。ある意味秋の恒例である大嵐(ヴィレットではこの季節の嵐を‘紅葉嵐’と呼ぶ)が今年もやってきているが、規模が例年よりも遥かに大きい。ただでさえ老朽化が進んでも尚修復されなかった町や、ようやく刈り取れそうだった穀物が纏めて飛ばされ折られるという大惨事が各地で起こっているのだ。甚大な被害が齎されている。
「あーもうっ!デュッセルノルンとかアホの代名詞みたいな領主じゃん!無能をこんなところではっきしないでとっとと被害報告しやがれ!」
「リーン口動かす暇あるなら災害貯蓄庫と連絡取ってこい!テントと毛布、最低限の食料は必要だ!」
「うわーん!ビスケットとくんせいの在庫あったっけー?」
甚大な被害に例え子供だろうと容赦無しに駆り出されているが、実はリーンのローゼンフォールも被害を受けていてそれどころでは無かったりする。それでもこうして彼が他の領の問題に奔走できているのはローゼンフォールが(変人だが)有能な証明だ。ヴィレットやフォロートのようにある種の絶対的存在が全てを采配するのではなく、領主が超を越える病弱故に制定された分担制だから出来る事でもあるが。
因みに、ローゼンフォールの被害が酷い理由は湖の多い地方という特性故である。貯水としては役立つが、(歴史上殆ど例が無いが)水害だけは割と他の天災よりも被害が大きい。
「フォー、大丈夫!保存食の放出権、無事ゲットして来ましたーッ!」
そんな荒れた部屋にフィリアが齎した一言で、全員がわっと歓声を上げた。最近妙に変人の屋敷に慣れたフィリアは無駄に交渉が上手くなっていた為、先遣として一応直訴に向かわせたのだが、まさか成果があるとは思ってなかったのだ。
「よっしゃあ!殿下!おれの故郷ハノーバーなんです!是非!」
「バカ!水害地獄のローゼンフォールの方が先だろ?」
「あ、うちは溜池でどうにかなってるけど」
故郷を思う兵士が率先して依頼したのを隣の兵に諌められる。が、ローゼンフォールは残念な頭を珍しくも真面な使い方をした為、水害対策(湖が多い為)は徹底的だ。
「分かった分かった。被害の大きい所から派遣していくから落ち着いてくれ。リト!」
「ベルケルフとデュッセルノルン、ウェッジウッドを優先して下サイ!そろそろ本格的にマズイですカラ!」
電子端末片手にリトスが指示を飛ばし、それを受けてこの場に集ったエンス直属の部下があちらこちらへ連絡を入れる。有能故に国王に歯向かった者が多い為、軍部中心からは鼻で笑われる事が多い部下ばかりだが、しっかりと能力を活かせる場では大変貴重な戦力達だ。団結力もそこらの兵士とは訳が違う。
「フィリア、ありがと。次はちょっとこの資料のまとめたのめる?」
「ラジャー!ボクで良ければそっちのマップ作りもやるよ?」
「あ、お願い。オレこっちの天候変化の術式で手いっぱいなんだ」
その中で一人、異質な姫君は育ちがアレな事もあって弱音も吐かずリーンの補佐だけでなく出来る範囲の仕事もこなしていた。元の学もそこそこあるので、ここ数ヵ月だけで頭角を現しているのだ。そして家系の事も相まって、回復系統の魔術は十八番。革命に必要な要素が(実戦以外)実に揃いまくっている。フィリア様様だ。
「ってか、何かもう慣れちゃったけど6歳児がAAA級の魔術を開発出来る事が異常だと思うんだよね。今まで開発しようとした人達の苦労は何だったんだろうって感じ」
「まぁ、リーン君の場合は聖痕の応用で使用出来る自分専門の術式が大半ですからネ。私達一般人だと理論で補わなければならない部分をそれで補ってる以上、子供やら学力やらは正直関係無いのでショウ」
「そーそー。まどう書は理解してるけど、国語力がどーもなくて地味に大変な作業なんだよ?」
悲しき哉、精神年齢は置いておいて、生きていた年数そのものはそこらの子供と変わりがない。リーンの能力は素質と英才教育の賜物なだけで、経験を通して覚えなければいけない語学力や計算、技術力は全て並、せめてそれより多少上程度だ。力技で攻める以外出来ない所以はここだが、その力技の威力が甚大過ぎて誰にもそれを気付いてもらえない。
「……ああ、うん。家庭教師呼ぼうか?」
「父さんが呼んだけど一週間もたなかった」
―――一体何をやらかしたんだ。
果たしてリーンがやらかしたのか、それともローゼンフォールに耐えられなかったのかは疑問だが、一つ言える事は自分が教えた方がまだ良さそうだという事である。リーンがこうして遠い目をして回想している時の内容は大抵が笑えない出来事ばかりだ。
「ほらそこ!喋ってないで仕事しろ!父上動かすのが無理な以上私達でどうにかしなければならないんだからな!?」
「分かってますヨ、ボケジジイに任せたら救助どころか遊びで殺しかねませんシ」
「殺すだけならまだいいけどねー。流石にめかけとか作って来られると国費が大変だし」
ブホッと、誰かが噴き出す音が辺りから聞こえた。勿論それはリーンのとんでもない(子供が言ってはいけない)発言が原因だが、当の本人はお構いなしに仕事を続ける。
「……尤も、一番面倒なのは戦争起こされる事なんだがな」
エンスがぼそりと呟いた言葉によって、沈黙が漂う。紙が擦れる音、キーを叩く音、ペンが紙の上を動く音以外、呼吸すらも聞こえない静寂だ。
「…………西奪政策はまだ止まってませんでしたネ。一部の貴族が武器の売買に必死になっているとも聞きマス」
「今はどうにか工作員が食料不足を訴えて止めている。恐らくこの雨で穀物は全滅だろう」
「トウモロコシもゆにゅうにたよりっきりは無理だからね、今年はにゅうせい品も無理かな……」
ここ3年は自棄に天候が落ち着かない。特に去年と今年は尚更だ。村人が神々の怒りを買ったのでは、と恐れていたがそう考えるのも自然な程、歴史上稀にみる荒れ方である。
そして問題なのはこれらの天候により折角実った穀物がほぼ全滅している点だ。ロレーヌ、アラテスタ、ベルセリウス等ヴィレット南西部に位置している領はこの大雨の被害を受けていないようなのでまだ救いはあるが、それも殆どが貴族へ回されるであろう。まぁ、国王にとって目の上の瘤状態になっている三大貴族領はその範疇に含まれるか微妙な所だが。
「肉はここ10年で一般市民が食べる習慣が廃れて来てますカラ、多少は目を瞑れます、ガ……」
「乳製品がアウトだとパンもダメだな。米はまだミッテルラントから輸入出来るが、トウモロコシは―――」
「大穀物地帯のモントローズは戦争中、おまけにそこまでする金が国費にすら無い、よね」
エンス、リトス、フィリアの見解に作業していた誰もがげんなりと肩を落とす。ヴィレットも正しい政治が行われていれば十分大穀物地帯と言える豊かさなのだが、生憎ここ数十年善政とは縁が無い。革命寸前まで行っても最終的に失敗で終わった事が数知れず、だ。
「魚はくされ貴族共あんま食べないしねぇ。一応ぎょかく量はそんなに落ちてないんだけど」
「まぁ文化的に肉食な領が多いからそれは仕方ないんだけどね。海沿いの領はそう多く無いし」
嫌な所に文化が反映されている。広大な領地を有するヴィレットだが、元はと言えば複数の国家が合体した物だ。歴史書を紐解けばローゼンフォール、フォロート、ウィンザー、タラント、アストリアス等の有名地方ほぼ全てが別の国だった。故に地方独特の文化が発達し、多少の名前の差などが出ているが、それを良点として活用せず寧ろ汚点にしかなっていないのが暗黒期(愚王の政治時代)の特徴である。
「それと問題は野菜不足も―――多分飢えでその辺りの葉物類を食べる人が続出するから壊血病までは行かないと思うけれど、栄養が偏るのは目に見えてる。タンパク質より問題は脂質かな……」
「地方によっては塩もデスヨ。ミネラル不足やら何やら、そもそもカロリーをどう摂取するかという点が根本的に穀物と肉類、野菜類がやられそうな今では浮かびますガ」
「取り敢えずそれは後だ。今は物資の補給が先決だろ」
エンスの取り成しで漸く話は元へと戻る。端末に噛り付く様に作業する人々や、資料を求めに走る者、書類を回しに走る者、ぐしゃぐしゃにした紙ごみをやけくそに術式で燃やす者、様々な人が居るが流石にこの状況でサボっている人はリトス含め誰も居ない。切羽詰まった表情で通信越しに何かを訴える人は居ても、徹夜作業であるにも関わらず欠伸を漏らす人も居ない。
多少の雑談は集中力を保つために許されるが、どこか張り詰めた雰囲気が漂った空間にそれもすぐに止んでしまう。それ程今は異質な空気だった。
「フィリア、少しすまないな」
「何々?」
そんな中大人に交じって仕事をしていた未成年3人(エンス・リーン・フィリアのみがこの場に居る未成年である)の内一人、エンスが唐突に謝りだした。という事は、何かヘビーな事でも訊かれるのだろうか。
「……自分を平民として考えて欲しい。優先的に回された場所には食料が行き渡った、しかし他は殆ど食料が回って来ない。そうなった場合、何が起こり得る?」
「…………そうだなぁ、まずは事実を知った大人が怒るかな。第三王子派に平民は傾いてるけど、それも下手をすれば怪しくなるかも。かといって国王派に寝返りはしないと思うけど―――代わりに怪しい宗教とか、妙な商人が大頭してくるとまた話は別になるけどね。で、次に起こるのは子供を餓死させまいと飢える老人とかかも。若い者を残さなきゃって実際餓死した人も居たし」
聞きたくも無い単語が次々と出て来る。それにリーンは眉を顰めるも、何も言わずに作業を続ける。
飢えは辛い。特に、雨に晒されながらや真冬の飢えは尚更だ。そのダブルパンチを食らった時は本当に死ぬかと思ったし、その覚悟もした。あれは確か2番目の村へ辿り着く前日だったか。嫌な記憶ではあるが活用して今をどうにかしなければならない、という覚悟もあるので使えそうな情報をどうにかして脳内から絞り出す。
「魔力が強い人だとそこそこ生き残るんだけどね。オレみたいな生き方だから代わりに魔力が尽きた時のすいじゃくもはげしいと思うけど」
「そうだね、ボクが見て来た限り多いなぁって思う人は大体何だかんだで餓死はしなかったかな。代わりにすっごい苦しそうだったけど」
「成程……取り敢えずその過程抜きで続きを頼めるか?」
エンスは王子故にどうしても想像で補うしかない。が、思考よりも実際見て来た人に訊いた方が早いのは当然で、正直気が進むことでは無かったが平民生活の経験があり、尚且つ仕事量がそう多く無い二人に焦点を当てたのだが、収穫は嫌になるほどありそうだ。
「その内、まぁどういう風に食料が回って来るかにもよるんだけど、冬になると山とかで採れる物すら無くなるじゃない?そうなると極限状態近いから、カニバリズムに走るかも―――」
「武器を取るのが先か、人食に走るのが先か。そうなれば全うな商人も動くだろうけどね。商人敵に回すとこわいよ?善良でも極悪でも」
明らかに10代の娘から言われる筈のない言葉は出て来るわ、まだ10にも満たない子供に商人の怖さを告げられるわ、本当にここはどうなってるんだ、と一般兵の思考は一体化する。その様子を見て笑っているリトスも凄いが、それ以上に彼等を怖いと感じるのも当然か。
「それと、ある意味一番怖いのが貴族の私兵」
そう告げたフィリアの表情はいつも通りに見えた。が、目の奥には言い表せない焦りにも似た何かが淀んでいる。
「私兵も元は領民。知り合いが倒れて行く中家族を支える為に嫌われてる魔術に手を染めた人が大半だからね。家族、ひいては周りへの情愛が深いのが一般的だよ」
目を剥いて顔を上げたエンスと、痛ましそうに顔を伏せたリーン、拳を握りしてたリトスを見回して、ゆっくりと口を開く。言わないでくれ、という願望は立場が言わせてくれない。
「―――彼等がこっちに牙を剥いたら、いくらこれだけの兵力が集まってても、革命の保証なんてできないよ?」
フィリアの声が、無音の中に響き渡った。