第5話 戮力の開始
今回はまだ早めに投稿。
2012/03/27改訂終了
ヴー!!とけたたましい音が響いた後、焦った声で放送された内容。それは決して楽観視出来るものでは無かった。
「ド、竜!?」
「な!?」
如何いうことだ!?と叫びそうになるのを抑え、周りを確かめる。現在落ち着いて行動できそうなのはメイ……まぁ貴族だし、こういうことにはある程度は慣れているだろう。と、アル。他の人たちは六年前の恐怖を思い出してか少なからずパニックに陥って行動が出来なくなっている。その中で一つ気になる。何でアルは落ち着いてるんだ?
『幼等部から中等部の生徒は寮に避難!Bランク以上の先生と高等部以上の生徒は、避難する人の誘導の後第三グラウンドへ!』
第三グラウンドって、此処のすぐ横じゃないか!?逆に高等部と大学部からは距離がある。先生たちも避難誘導が先。そう瞬間的に理解した僕は内心で臍を噛む
……くっそ……しかも竜退治にはAAランクが5人必要だっていうし、種類次第ではSランクオーバー全員でかかるってこともあるのに。というか、街中襲って……ないな、僕に連絡来てないし。
本当に舌打ちしたくなる位にはヤバい。が、しょうがないと諦め、腹を括る。5年振りにちゃんと本気でお仕事しますか。まずは……人払いか?
「皆ぼさっとしてないで逃げるよ!此処が戦場になるんだから!」
切羽詰まった声で叫ぶと、先生が真っ先に、そして生徒達が気を取り戻す。
「ま、まずい!全員走れ!寮にはシェルター機能がついている!!」
その台詞を聞き、生徒達は真っ青な顔でドアに向かって走り出した。
よし、と確認してから、今の僕にあの力無しで倒せるかを考え―――
「リーン君!?何してるんですか!早く避難を!」
「ア、アル!?」
本来ここで聞こえる筈の無い声にぎょっとして振り向いた。
「何でここにっ……いや、そうじゃない。早く逃げろ!」
アルの魔力はBB。この年齢の平均がDランクなのを考えれば十分な天才だが、彼では竜にはどう足掻いても勝てない。自分の実力を弁えて行動している彼からは思いもつかない行動に驚き、嫌なことを思い出す。
ああ、まるであの時みたいだ……っ。
「逃げろって言われてもですね……」
戸惑ったような顔が、何処からともなく聞こえてくる焦りの声に歪められた。そして彼は右手で頭をかきまわし、独り言であろう、一つの思いを吐き出した。
「……ああもうっ、まただ。僕が居るからっ」
え…………?
自分の中に今聴こえた言葉が響く。それは繰り返されて、反響し、心臓へと影響をもたらす。ドクドクと早鐘のように鳴るその音に重ねるのは、忘れもしない自らの言葉。
『僕が居たから……それだけの理由でこうなるんだよ?』
『それでも僕を貴方の下に置いてくれる?』
『なんで……なんで僕はこうなのかな……』
まさかと否定する頭に、そうだと肯定する僕の本能。呆然としているのにも関わらず、気が付くと口からは言葉が漏れていた。
「聖痕持ち……」
「っ!」
息を呑み、肩を震わせた姿に、悟る。悟ってしまう。この力を持ち、尚且つ最悪なパターンを経験していることを。
―――聖痕。そんな力がこの世界にはある。神に選ばれた者が生まれながらに宿す、魔力とは別の力。異能の烙印。その力は、魔法では考えられないことをも可能にする、通常のレアスキルとは全くの別物。
その特徴は、珍しく見開いたアルの瞳に映るような、不可思議な模様。本人の意思で皮膚と同色に出来るが、感情の制御が出来なくなると浮き出てきてしまう。今のアルが良い例だろう。今見えた彼の聖痕は、六芒星のような形をしていた。
そしてこの力に対しての反応。それは―――
「アル、目をわざわざ糸目にして見えないようにしてたっていうことは……ううん。力の制御が出来ても不安だったっていうことは、もう何回も狙われたってことだね?」
こんな珍しい能力だ。世界に五十人もいないこの痕を持つものは裏で高く売買される。その所為で彼等の住む町や村を潰してでも手に入れようとする者も少なくない。そうして被害を受けた場所に、住民達と聖痕持ちが生き残ってしまった場合はどうなるか。それはほぼ決まっている。
―――迫害―――このたった一言だ。お前の所為で皆死んだんだ。お前の所為でこの村は無くなったんだと。全ての罪を、怒りを狙ってきた者ではなく、狙われた者に擦り付ける。
「……ああ、知ってたんですか。まぁローゼンフォールの次期当主候補だから納得はしますけど。……六年、隠し続けたんですけどねぇ。はあ、ここも今日でお別れですね」
まだ見えてこそいないが、此方に膨大で、鋭い魔力が近づいて来ているのは感じられる。そんな中でこんなこと言ってる暇はないだろう。でも―――
「何でお別れなのさ?誰がそんなこと決めたの?」
「え?いや、決めたのは僕ですけど……それに大抵こういう事はこの力が関係してますし……このまま此処にいてもまたこんな事が起きるっていうのも解ってますし……」
その告げられた言葉にニヤリと笑ってしまうのは仕方が無い事だろう。
「じゃあ一つ言うけど……此処でそんな台詞言うのは、僕にも出てけって言ってるよーなモンだよ?」
「へ?」
本来は始末書が面倒なのであまり外したくないが、この事態だ。上も多めに見てくれるだろう。そんな言い訳を考えつつも首に付いている枷―――チョーカーを外していく。
「first limiter release」
「え?」
外したチョーカーはポケットにつっこみ、ぐいっとアルの手を引いて僕の後ろに回し、首の裏を見せる。
「え!?嘘、え、ちょっ!!」
そこに在るのは、銅貨程の大きさの、羽のような模様。
アルの珍しく本気で狼狽した声に自嘲気味に笑ってみせると、ズドンと大きな音が聞こえた。ハッと振り向けばまだ小さいものの、視界にはしっかりと竜種が見え、その存在を主張する。
「戦いの時間みたいだね。アル、サポートお願い」
「は、はいっ!?」
動転しているアルを片目に、五つある枷のうち、自分で外す事が許されている指輪と首輪を解除する。
「second limiter、third limiter release」
解き放たれる魔力。それは制限の掛かったBBBなどと生易しいレベルではなく、この国でもそうそう見られないAA並の力を魅せる。
「では、愉しいマジックを始めましょう。主催は僕ことリーンフォース・Y・X・ローゼンフォール。アシスタントは僕のお仲間の君。演目は竜殺し。OK?」
「わ、分かりました」
僕のふざけた物言いに、未だ戸惑ってはいるが少しは落ち着いてきたようなので良しとする。
取り敢えず、こんな状況他の人に見せる訳にもいかないので、まずは結界に僕等と竜を隔離することにした。左手を前に突出し、今までに何度も唱えた事のあるとっておきの呪文を口に出す。
『閉じし世界 開きし世界 無限の時は夢を見る』
「って早速なに広域結界なんて張ってるんです!?これから戦いなのに魔力尽きますよ!?」
アルの叫びを無視し、長々と続く呪文を朗々と詠みあげ続ける。
『空は蒼を映す されども何も写さない』
迫りくる敵を目で捕え、結界の座標へと誘う。その瞬間に凄まじい勢いで魔力が喰われ始めた。一瞬詠唱が止まってしまうが、自分の中から抜けていくそれを無視して最終詠唱へと移行した。
『っ……空は見る 時が無限に続く姿を 時は見る 空が映りゆくその様を しかし誰も 私を見る者はいないだろう』
術が完成したその瞬間、世界が、ブレた。