第66話 御影の追人
部長就任→先代からの引き継ぎ皆無で難航→テストで長らく更新停止してました……
今月二回更新出来るかなぁ……
今回から全て過去編で続きます。
「巫女は遺伝的に継いだレアスキル持ちを指す言葉で、継いでないと基本王家として見られないっていうのが小鳥遊家の方針なの」
至る所が包帯に巻かれ、痛々しい身形のフィリアはそんな様子を見せずに探し人の説明を始めた。ここ数十年は表に出て来る事が少ない一族だったので情報も少なく、元より知識の偏ったリーンにはその説明は有り難かった。(本人曰く違うらしいが)姫直々のそれは信憑性がとても高い為ほぼ鵜呑みに出来るのが何よりも楽だ。
同時に、一応姫扱いしていたとは言え、取り敢えず本人の要望で敬語は取り、一般人として扱う事にしたが正直どう接したらいいか分からず少々戸惑う。尤もそれを表には出さないが。何せ自分より身分の高い者などここ1年で慣れきっている。
「姉妹なのに名前が東文字と西文字とっていうのも意味があるの?」
東文字はミッテルラントやキール、ラグドリア、ルーク等の国が現在も使用している灯火島固有の文字だ。漢字、と言われたりもするが、ヴィレットで見る事は少ない。リーンの近くに該当するのは洸位だが、彼はヴィレットとミッテルラントのハーフだ。
一方西文字はヴィレット、ヘルメス辺りが使う文字。大陸ではこちらの文字の方が一般的だ。
「うん、巫女は灯火島の姫って認められるから東文字、それ以外の一族―――って言っても今は私位しかいないんだけど、そうなると西文字表記の名前。もっともここまで血が薄まっちゃうと姫の生まれる確率なんて凄い低いんだけどね」
「まずレアスキルがいでんする事自体が珍しいけどね」
少なくともリーンの持つ聖痕は基本遺伝しない。一度だけ隔世遺伝のような事はあったらしいが、恐らくまぐれだろうというのが共通認識だ。
それを知っていてか、ワシャワシャと濡れた髪をタオルで拭いながらフィリアは首を傾げた。
「うーん、それはそうなんだけど、でも実際にあの子にもちゃんと遺伝しちゃってるからなぁ。あ、因みに能力は魂への干渉ね」
「たましいへのかんしょう?どゆ事?」
今一理解出来なかったリーンは年齢にそぐわない思慮深さで眉を顰める。それに対し、フィリアは一瞬躊躇う様に口をつぐみ、しかし迷いを振り切るかの様に告白した。
「死んだ人と話したり、多少のリスクはあるけど死にかけの人を無理矢理現世に留めたりする事……かな?」
ドクリ。
心臓が不規則に跳ねた。まるで死者の蘇生のような能力に惹きつけられる。余りにも壊れてしまった自分の周りの現状に突き刺さる能力に、左手を握りしめる。
「ちょ……待って?それって……」
「死んだ人は無理だよ。死者は生き返らない。世界の常識までは覆せない」
リーンの反応に気付いてか気付かないでか、諦めるかのような口調で瞳を閉じる。
一方リーンは、この彼のの部屋にある家具一つ一つが義父を思い出させ、それなのに矢張り生き返らせる事が無理だという事実に若干落胆する。期待してはいけないと解っているのに期待してしまった自分に僅かに笑った。
「そ、うだよね……うん。じゃあ、そのリスクとそせい可能なりょういきはどこまで?」
「リスクは……んー……良ければ一月は動けないし、悪ければ失明とか、手足動かなくなったりとか。あ、これは蘇生された方がね?」
つまりは施す方はそこまでの負担は無いのか。レアスキルとは大概都合の良い能力だが、その中でもこれは自分の能力と同じほど、もしくはそれ以上のソレらしい。余りにも釣り合わなさすぎる対価だ。
「で、蘇生可能なのは……まず第一条件は本人の‘生きたい’って意思の強さ。癌とか腫瘍とか、元から悪い物が体内にあるとアウト。だから大量出血も輸血が出来ればいけるけど難しい。一番上手くいくのは餓死寸前とかかな、これも栄養なきゃ直ぐに死んじゃうけど」
と思えば中々にヘビーな条件のようだ。医療的な器具がしっかり揃っていれば上手くいくかもしれないが、そもそも死にかけの人物が居るのに医療キットなどがある筈も無い。
「あー……それほぼ無理じゃん」
「そうだよ。元々終わる筈の命を無理に繋げてるんだもん。ちゃんとその後も生きれる保証なんて無いよ」
かなり冷めた口調だが、そう自分に言い聞かせないと逆に辛いのだろう。救える命もある、けど救えないものの方が多い。医療に従事していれば当たり前だが、この年齢でそんな事を実感するのはとても辛い筈だ。
「ん、それもそっか……問題はその力を持ってる妹さんがどこに居るかだけど……何で居なくなったの?」
「……あれ?ボク言って無かったっけ?」
「ボク?」
女子が自分を呼ぶ呼称では無いそれに思わず繰り返すと、マズイ、と口元を手で覆った。成る程、どうやらコレが素のようだ。
「あっちゃー……一応直そうとはしてたんだけど」
「いや、別に公式の場じゃなきゃ構わないよ?そんなの本人の自由だし。で、僕は何で妹さん居なくなったか聞いてないんだけど」
「えーと、ちょっと村を焼き討ちされて逸れた時に人攫いか何かに連れていかれたっぽくて……」
言い辛そうに窓の外を眺めたフィリアの台詞に、リーンは思わず数十秒固まった。地味にツッコミどころが多過ぎたような気がする。目をパチクリと瞬かせた後、口元を引き攣らせながら怖々と質問してみた。
「……え、ちょい待って。まずなんでお姫様が‘村’に住んでたの?」
「父上の代でお屋敷住めなくなっちゃったらしいよ?お金無くて」
―――おかしい。確か小鳥遊家は領地こそ持たない物の国から公爵家の称号を戴いている筈だ。つまりは国からかなりの額が支給される……のが本来正しいのだが。
「……フィリア、ありがとう。これで馬鹿王だんざい材料がまた一つ増えた。じゃあ、質問2。焼き討ちって、どこの村?」
「ブラウンシュバイツ地方のアルヒェ村」
―――やっぱりおかしい。アルヒェは確かほぼ帝都ウィンザーよりの地区とはいえ、何故そんな外まで出ている?公爵家なのだから本来は余程の事情が無い限りウィンザーから家を移すなど無い。
余りにもおざなりな国の対応とそれの所為で自分たちの首を絞めてる上の方々には、例え子供のリーンであろうと正常な判断力を持っていればアホだと思う。
「ていう事はさ、王様は代々身分ほしょうしてた家放置した挙句にレアスキル持ち生まれたの知らずに、誘拐なんてとんでもない目に合わせてるって事?」
「うん」
正直馬鹿馬鹿し過ぎる話に妙に力が抜けた。犠牲者が何人もいるのにこの対応は酷いとリーンも自覚はしているが、それでもこの奇妙な虚脱感は抜けなかった。
「……彩夢姫のとくちょうは他に?」
「そうだなぁ……右利き、6歳、ショートカット……位しか言えないかも」
「平凡な回答過ぎて探すのなんこうしそうだなぁ……あ、でも絶対見つけるから!取り敢えずフィリアはウチで預かるよ。あと王様にはフィリアの事小鳥遊家だってバレないようにするから」
今のご時世、はっきり言って殺人よりも性質が悪い犯罪が多いので無事は保証出来ないが、生きている事を信じて探す他無い。こうして強がっているもののどこか不安そうなフィリアを安心させる為にもリーンは敢えて子供らしく振舞った。―――少なくとも、本人の中ではそう演じているつもりだ。
「ホント!?ありがとう!あ、でも特別扱いしなくていいから。侍女とか、下働きとかの仕事させて?」
「……じゃあ僕付きにでもなる?一応侍女の仕事」
リーンは現在、城に居るエンスの下とローゼンフォール本家を行ったり来たりする生活のお陰で居場所が安定しない。それに一々メイドやバトラーを付けるのも面倒で、殆どの事は平民時代にやっていたからと自分でしてしまっている。が、貴族が身の回りの世話をする者を付けていないなど、本来はあり得ないのだ。
「え、君―――って、そういえば、名前聞いて無かった」
「あ」
恐らくこの年の貴族で付き人が居ない事に疑問を思ったのだろう。しかしそこで名前すら聞いていない事実に今更ながらに気付き、二人は顔を見合わせた。
「……あー、改めまして、ローゼンフォール侯爵家養子のリーンフォース・Y・X・Rです。一昨年まで平民でした」
「え、何そのツッコミ所ある自己紹介。平民出身?」
「うん、父さんに文字通り拾われたの」
外の落雷鳴り響く天気とは裏腹に、一年前の酷く麗らかな春に犬猫のように拾われた。その当時は人を恐怖対象としか見ていなかったし、今も恐怖、とはまた違うが身近でない人物は近づきたくないと思っている。けれども、こうして誰かを自分の部屋に入れる事が出来る位には人の事を好きになったと思う。
「へぇー、随分と運が良かったんだね、フォーは」
関心したように一人で頷くフィリアに、しかしリーンは固まった。今では懐かしいとさえ感じてしまう呼称に一瞬呼吸すら忘れてしまう。
「な……んで、フォーって……」
「だってリーンフォースでしょ?絶対意味を強く意識するべきなのはフォースじゃん。捻じ曲がりたいの?」
しっかりと意味を理解した上での呼称だったのか。流石に魂と繋がりを持つ家だと驚きつつも素直に首を横に振る。捻じ曲がりたいなど、普通思わない。
「よく解ったね……」
「まぁ落ちぶれても巫女の一族だし?魂と密接に関わる名付けの事は知らないと。特に、フォーみたいな強い意味を持った人のは」
「強い意味?」
Leanforce、意味は『捻じ曲がった力』。確かにインパクトは非常に強い意味だが、そちらの強いでは無いのだろう。恐らく「名前は魂と、魂は世界と、世界は精霊と結びついている」とリオウ・ヒューズリーが遺した文章が関係する。これまでの話を聞いているとそんな気がした。
「Leanの元の意味は捻じ曲がるだけど、派生した意味に寄りかかるとか、ある方向に向かうとか、そんなのもあるの。だからぶっちゃけ、意味が多すぎて世界が認識しにくい」
世界が、という観点にリーンは目を白黒させる。魔導士である以上、ある程度は‘世界と名前の繋がり’や‘魔力と世界の関係’を学ぶが、こうして何かに繋げて話す事はまずない。
「でもForceはさ、いろんな意味はあってもやっぱり一番強いのは‘力’って意味。辞書で引けば殆どの意味が力って連想出来る物が載ってる。皆がそう感じれば、世界も勿論その意味を強く取る」
どこかこじつけのように感じるが、本人は至って大真面目な顔だ。多分普通の感性で分かる物ではないのだろう。そう判断したリーンは曖昧に頷いておいた。
「‘捻じ曲がった力’として世界ににんしきされないようにあえてフォーって呼ぶ……って事?」
「そう」
世界に認識されると多少の恩恵が来る……と言われている。だから火属性の子供なら火に関係したり強さを強調したりする名前を付ける事が多いし、水属性なら水や癒しに関係する名前をよく付けられる。勿論それは親がそういった言葉を知っているほど博識な場合だが。
「ふぅん……ね、今度そういう話くわしく教えて。今、第3王子とオーバーSひっとうで、色々調べてるんだ」
「色々……?うんまぁ良いよ。第3王子って、国王と仲悪いって噂の銀の王子だよね?」
「うん。エンスはヴィレット家で唯一のじょーしき人だからフィリアとアヤメ姫の事言っても大丈夫だし」
ただ意地悪いけど。そう拗ねたように呟いて不機嫌な顔をしたリーンにフィリアは不思議そうに頷く。王子とリーンの関係が今一掴めないらしい。
「じゃあ、改めて彩夢の捜索お願いします。あと、それまでローゼンフォールにお世話になる―――って、当主様に伝えなくていいの?」
「あー……まぁ大丈夫じゃない?今の当主ほとんど寝てるし」
つまりそれは寝て過ごしている、という事なのだろうか?非常に気になる言い方だ。
「えーと、お仕事してないの?」
「体弱くて起きてらんないの。でもけいしょうけん的に父さん―――前当主のお兄さんだから一番で、元々お仕事一族のみんなでやってる家だからおかざりでもいいやってその位置に就いてるの」
この家はどうなっているんだと思ったフィリアは悪く無い。侯爵家の当主がお飾りで、それを6歳児が理解した上、一族全員が黙認。確かにそんな家なら隣国の王族が下働きしようがこんな天才6歳児を放置しようがおかしくは無い―――のだろうか?
「……この国、大丈夫?」
「こんな貴族はローゼンフォールだけだから。おしろから奇人変人館って本家は呼ばれてるらしいよ」
本当にこの国は大丈夫なんだろうか。というかこんな家でちゃんと妹を見つけて貰えるのだろうか。妙な不信感がチラつくが、好意に甘えている側なので表に出しはしなかった。第一に、そんな事を妹と同い年の子供に言っても意味が無い。
「てか、国が大丈夫って聞いたのに返ってこないって事は大丈夫じゃないんだ……」
「あと3年以内には王様変えるから多分大丈夫になるとは思うよ」
突然の革命宣言、いや、もしくは暗殺宣言だろうか。さらりと伝えられたソレに目を剥くと、リーンは子供らしくない獰猛な笑みとさえ言えるそれを浮かべフィリアを見据えた。
「どうする?こっちに関わる?それとも妹さん探しにせんねんする?」
ズルい。フィリアは口の中でそう呟いた。このまま闇雲に探しても、今のままでは見つからない事など良く分かっている。犯罪が裏で跋扈する国だ、例え姫だろうとそう簡単に見つからない。多分幼いとは言え女の子だから臓器を売られるのではなく生きたまま売られるだろう。生きてる可能性が高いからこそ探すのだが、しかし普通に探した所で無意味で、だからこそこうして貴族の、しかも侯爵家に転がり込んだのだが―――
はぁ、と小さく溜息をついて顔を上げた。琥珀の瞳は爛々と輝いている。
「遠回りに見せかけた近道なんて、随分と意地悪だね。勿論答えは‘関わる’だよ」
「うん、フィリアの頭の回転がよくて安心した。じゃあ、表は僕付き、裏は革命軍の一員って生活だね。よろしくフィリア姫」
「だから姫じゃ無いって」
ピョコンとリーンは椅子から降り、怪我をして歩き辛そうなフィリアに手を差し伸べる。酷く身長差があってエスコートと言うには幼すぎるが、フィリアはその手を嬉しそうに取って立ち上がった。
「まずは‘銀の王子’に紹介だね」
「お手柔らかにお願いします。あとちゃんと彩夢探してね?」
「それこそもちろん」
雷の鳴り響く中、二人はその部屋を後にする。