第65話 追考と姫君
ギリ一月2回更新守れた……!
生物部の後輩(私は料理部)に脅しかけられてどうにか書けました。
雲一つ無い夏の空に映る蒼は、目が痛くなる程眩しかった。
「……彩夢姫、態々こんな所まで出てきて貰ってごめんね?」
「いや、私の家の前にこんな車乗り付けられるより良かったし……」
「お金ってある所にはあるんだねー……」
昨日来たばかりの町の隅、路地裏にひっそりと佇む大きな木の下にオレは彩夢姫と待ち合わせをしていた。あまり目立つのは好きそうでないから、との選択だったのだがどうやら違う意味で正解だったらしい。迎えに使った車に呆然としている二人の様子に少しだけ苦笑を漏らす。十代の子供が乗り回すような車じゃ無いのは分かっているけど、オレの車は流石に二台も三台も無い。徒歩で案内するのも気が引けたし。
「あはは、一応オレ平民生まれなんだけどね。とはいえ今は軍じゃそこそこ上の方に居るんで。さ、乗って。……数人余計な人が話に参加すると思うけど気にしないでね」
「それって昨日の茶髪の男の子とか?……姉様の事が分かるなら構わないよ」
快く承諾してくれた事にホッと肩の力を抜いて、二人が乗り込んだ車を発進させる。窓から突き刺さる日差しの眩しさに一瞬目を細めるも、どこか不安げな後ろの二人を乗せたまま窓を暗幕でシャットダウンさせる訳にもいかず、仕方なく多少の眩さは放置だ。
そんな、どこまでも蒼い空はオレの事を嘲笑っているかのようで、酷く気分が悪い。
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オレが昔ソラと住んでいたこの家は、城下町の中でも特に城に近いエリアにある事を除けば本当に、ごく一般的な一軒家だ。暫く使ってなかったとは言え定期的にハウスキーパーは入っていた為埃も無く、今すぐに住める。
「おお、来たか」
「案外早かったなー」
「お邪魔してます」
先にソラに連れられてやって来ていたアルとメイは既にリビングで(一応一般的な間取りのこの家に客間は無い)思いっ切り寛いでいた。てかクーラー効き過ぎ。
恐らく貴族らしく無いとでも思っているのだろう。オレが連れて来た少女二人はあまりにも普通過ぎるこの家に呆けるばかりだ。それに気付いたソラは仕方ないよな、と言わんばかりに頷いて冷房を止め、代わりに窓を開けた。
「ワリィな、暫く寒いかもしれねぇがすぐ温度上がるだろうから」
「え、あ、お構いなく……?」
エレナさんがずれた遠慮を返した所でオレは取り敢えず席を勧める。テーブルには全員は座れないから、当事者じゃ無い軍人二人は少し遠い所にあるソファに移動してもらった。その間オレ等の分までお茶を用意してるソラは本当にお母さんそのものだ。言ったら睨まれるから口には出さないけれど。
そして二人で住むには少しだけ広い、決して特別な物がある訳でも無いこの空間に集った彩夢姫、エレナ嬢、ソラ、アル、メイを見回して、オレは一口だけ自分を落ち着ける為に飲んだアイスティーを机に置いた。
さて、漸く本題だ。
「まず、彩夢姫。オレは貴女に言わなければならない事があります」
今までは本人の希望で外していた敬語を敢えて使った事に何か感じ取ってくれたのだろう。改めて居住まいを正した少女に、オレは椅子から立ち、そして床へ膝を着いた。
「え、ちょ……!?」
「今まで誠に申し訳ありませんでした。我が主、エインセル国王陛下の代理として貴女の一族への不当な扱いを謝罪させて頂きます。ここで改めて確認して頂きたい。我等ヴィレット貴族が一門は貴女の僕。慣れないとは思いますが、そのように扱って下さい……この日をお待ちしていました、小鳥遊・彩夢姫」
突然の上級貴族からの謝罪に驚愕する彩夢姫とエレナ嬢。それを見て微妙な物を見る目で黙り込むアル。ソラもまた、オレの後ろに跪いて頭を垂れる。
「私には貴女の僕となる義務があります。……せめてもの、私の逃げでしかありませんが、罪滅ぼしとして」
「な……んで?」
「…………フィリアを見つけたのは、梅雨の酷く雨が降る日。貴女を探してボロボロになっている所を保護しました。そして、フィリアが殺されたのは、雪が深い真冬」
フィリアの死をはっきり告げた事に息を呑む声が響く。気分はギロチン台に立たされた死刑囚だけど、実際は死ぬことすらも許されないんだから性質が悪い。
目を固く瞑り、ただただ彩夢姫の言葉を待つ。これから言われるのは、怒りに震える罵りか、呆然と否定する声のどちらかなのは解っている。
「……姉様がとうに居ないのは、気付いてました。教えて下さい。姉は、最期までどう生きたのか」
が、オレに問いかけられたのはそのどれも含まれていない、微塵の震えすら感じられない意思の籠った力強いそれ。思わずこちらが一瞬呆けてしまう程の凛とした問いかけに、オレは俯いていた顔を上げた。きっと、情けない顔をしているんだろう。
「……失礼ながら、何故、私を責めないのですか?」
「だって、君は姉様を助けてくれたんでしょ?なら私は感謝こそしても怒る理由はありません」
「ですが!……彼女が、殺された原因の一端は私にあります」
泣きたくなる程暖かい言葉が胸に突き刺さる。そうか、何も知らないからこそ責めないのか。なら、すぐにでもオレは軽蔑の目で蔑まれる事になるのだろう。そう判断して左手を強く握りしめ、懐かしい琥珀の瞳を見上げる。
「……それを判断するのは私だから。だから、教えて。長くなっても良いです。姉の事を、伝えられる限り、教えて下さい」
泣きそうなのに、意思に強く光る眼。オレと同じで強く握られた拳。ああ、理性的であろうと自分の中でもがいているのだ。一言一言区切るような言葉にその片鱗が映る。ならば、僕も理性で返そう。オレが見て来た全てを、僕が伝えよう。
「…………分かりました。少々長くなるかと思いますが、ご承知下さい。それとメイ、アル。これから話す事、忘れちゃ駄目だよ。君達の立場はこれを知らない事を許される場所じゃないんだ」
部屋の隅で苦い顔をしている二人を見据えて、無知は罪だという事実を実感させる。人の痛みを共感しろとは言わないけれど、人々が何を感じて来たかを理解してほしい。これから先、人を導く役目に就くであろう二人には尚更。
立ち上がり、再び椅子に座る前にふと思い出して鞄に入れたフィリアを取り出す。それを机に置いて、不思議そうに首を傾げた少女二人に薄く微笑んで見せた。
「エレナ嬢、嫌な事を思い出させたらごめん。それと、彩夢姫。一つだけ先に言っておくと、フィリアは最期まで君を探し続けてたよ」
どこか暗い表情が驚愕へと様変わりした所で一旦息を吸う。さて、どこから話そうか。
「まず、さっき言った通り僕がフィリアと出会ったのは土砂降りの雨が吹きすさぶような日。場所は、父さんの墓の近くだったかな―――」
◆ ◆ ◆
叩き付けるような雨が墓に当たる。曇天が明るい日の光を遮ったそこは、そこに座り込むリーンの心情を映すかのようだった。
「……父さん、ツカサが嫡子についたよ。僕は軍に入ったから、多分こうほからぬけるだろうって。あと、そろそろS級近いんだって。だからまたしょうしんするらしいよ?」
墓前で報告をするリーンの前には鈍く光る墓石と花束一つのみ。貴族のそれとは思えない程質素なのは彼の遺言故で、同時に彼が大半の貴族に嫌われていた―――少なくとも好意はもたれていなかったという事実の表れだ。
雨なので墓掃除も叶わず、暫くしてから立ち上がった彼のベルトには二つの武器。最近漸く作られた特注且つ試作品だが、まだ6つを迎えたばかりの子供が提げているのは酷く合わない。そんな武器を引っ提げて立ち上がり、先程来た道を歩く子供は異質だった。
傘を片手にローゼンフォール一門の墓を通り過ぎて行くリーンは止まない雨をボンヤリと眺め、そこで雨音とは違う‘何か’に気が付いた。
「……ヤメ……彩夢、何処に……」
地を叩く音に混じった、誰かを呼ぶ声。悲痛なその音は聞く物の心を揺さぶるような逼迫した雰囲気を醸し出して、聞いているこっちの方が辛くなるようだ。
そんな声の在処を探そうと半分になってしまった視界をぐるりと辺りに回すと、墓石に隠れているものの僅かに人影が映った。恐らく茶髪の、10を越えた程度の少女だ。
ぎょっとして走り寄れば彼女のボロボロな様子がよく分かる。服は擦り切れ元の色を無くし、手足や顔には擦り傷やら切り傷やらによって流れただろう血がこびり付いている。よろよろと右足を庇いながら進んでいる所を見ると、挫いたのか捻ったのか、まぁ怪我をしている事だけは確かだ。
一方向こうもリーンが走り寄っている事に気が付いたのだろう。人を見つけて安心した、といった雰囲気でホッと一息ついてその場に崩れ落ちる。更に肝を冷やしたリーンが少女の前で立ち止まり、既に雨に濡れていて意味が無いと解っていながらも傘の中に入れた。
「だれか、探してるの?」
「……妹を。私と同じ髪と目の色をしている君位の女の子、見てない?」
懇願するような問いかけには残念ながら答えられない。そもそもここはローゼンフォール家の私有地なのだから、近くに一般人はそうそう紛れ込まないと思う。
「この辺には、居ないと思う。けど探すなら手伝うよ?これでもこうしゃく家だし……」
余りにも切羽詰まった声を出すのでついつい協力しようと考えてしまった。が、それに対し唐突に彼女の纏う暗さが変わる。
「ホント!?」
先程までの鬱々とした雰囲気が一転。本気で驚いている様子で、でもとても嬉しそうな声に思わずたじろぐ。ついさっき感じた儚さは何処に消え去ったのか?
「う、うん……見つかる保証はないけど……でも、その前に一回ちりょうしたほうが良さそうだね」
ドン引きしつつも流石にこのボロさは目につく。希望に満ち満ちた表情でお花畑を飛ばしているような雰囲気なのに身体中が痛々しくて見ているこっちが辛い。
「え、あー……うん。確かにボロボロだよね。お願いします」
「ああ、うん……お願いされました……?」
余りにも調子が狂う返事に首を傾げた。とは言え怪我人を放置するのもどうかと思ったので、手を差し伸べて一度立たせてみる。ついでに雨除けに結界を張ると驚かれたが、そこはまぁ予想の範囲内だ。
「あー、けっこうはれてるね……これじゃあ歩くの痛いだろうし、しょーがない。まだざひょう設定甘いんだけど……」
取り敢えず雨は防げても傷口についた泥水が沁みているようだし、早くこの訳の分からない少女を保護するべきだ。そう考えて溜息をつき、自分より大分背の高い少女にしがみ付く。最早抱き着く、と言っていいその動作に少女が慌てた頃には既に、その二人は暗い墓場から消え去っていた。
◆ ◆ ◆
「さっきのアレ、瞬間移動って奴だよね?君何歳?」
「一応6歳。ほら、ほうたい巻くから足出して」
明らかにどこか大きな屋敷の一室だというのが分かる部屋に飛ばされ驚いた彼女も治療が始まる頃には落ち着いたようだ。物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回す身元不明の少女にリーンは溜息をつく。これではどちらが年上かわからない。
「う、ごめんありが―――って痛い痛い痛い!?沁みるから!」
「消毒してから魔法かけないとバイキンそのまんまになるよ?いいの?足くさっても」
「……ごめんなさい」
魔法とて万能では無いのだと暗に滲ませれば素直に頭は下げる。取り敢えず、魔法に対し怯えが見えない所を見るとそんなに田舎で育った訳では無いようだ。貴族の支配が強い田舎町では最早魔術は拷問位にしか使われていない。
「ああ、そうだ。おねーさん名前は?あと歳も」
「あ、そうだった。私はフィリア。フィリア・小鳥遊って言って―――」
「タカナシ!?」
余りの驚きに巻き途中だった包帯を落としてしまった。幾ら掃除が行き届いた屋敷であっても汚いと感じる余裕さえ驚愕の中には含まれていない。
つまり、それ程有り得ない名前を今聞いた気がする。タカナシ?あのタカナシ!?
「あ、やっぱりローゼンフォールなら解ってくれた。良かった良かったー」
「良かったねー……って、それどころじゃありませんよ!?姫様ですよね!?」
そう、元隣国の王家の苗字の筈だ。あの家以外この苗字を使う事は許されていないし、違うという可能性は皆無。本人も肯定した所で唖然とし、一瞬で正気に戻る。血筋は確かな方だ、おいそれと話しかけて良い相手では無い……筈だ。
「えーと、私は確かに小鳥遊家出身だけど、姫じゃないかな。私は才能ないから。本当に姫って呼ばれるのは妹の方」
しかし包帯だらけになったフィリアは困った様に笑ってふかふかのソファに身を沈める。妹を探している、というのとずっと呼び続けていた‘誰か’を思い出し、拙い敬語で尋ねる。
「……それは、先程おっしゃっていた?」
身を固くして問いかけると、ふにゃりと寂しそうに、苦しそうに笑った。
「…………そう、お願いします。探して欲しいの。私の妹で、現在唯一残る姫巫女の彩夢―――ううん、小鳥遊彩夢を」