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Silver Breaker  作者: イリアス
第五章 犠牲になった者
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第64話 憐憫と離別

文化祭→先輩達へ送別会で更新遅れました。

すみませんが暫くしたらまたテストで更新途切れます(-"-)

 カチ、コチ、カチ、コチ。

 貴族の家にしかないような振り子時計が一定の音を鳴らし続ける。永遠に、どこかが壊れない限り永久に止まる事の無いその時計をぼんやりと眺めながら、オレはそんな骨董品が置いてある数少ない部屋―――エンスの自室に座り込んだ。

 事情聴取は終わった。昼に起きた事件なのに全てが片付いたのは夕方で、それ故にフィリアの事は明日へと引き延ばされた。何年も別れていた唯一の家族だ、気にならない訳がないのに彼女はこちらの一方的な願いを聞き入れてくれた。本来なら先延ばしにしていい事じゃないのに、オレがオレの都合で諦めさせてしまった。


 罪悪感に胸が締め付けられるようで、いつも以上に息が苦しい。

 皺になる程強く服を握りしめているのに、苛立たしさは消える片鱗さえも見せてくれない。

 グルグルとあの日が自分の中で回り続けて、嘘だと泣き叫んだ自分の声すらも焼き付いたそれに泣くことすら許されない。彼女が好きで、オレの大嫌いな色が責めるように瞼の奥で点滅する。

 そんな無力感に苛まれている中、ゆっくりと開いた扉から二人が足音を殆ど立てずに近づいてくる。それに顔も上げずに蹲ると、片割れがオレの前に膝をついた。


「リーン……フィリアさん連れて来たぞ」


 大切な物を抱くように丁寧に小瓶を差し出すソラに、漸く少しだけ顔をあげようと思った。感情を押し殺したようなソラと、痛ましげに眉を顰めるエンス。両極端で身分も全然違うのに、どこか似ている二人にオレは敢えて何も言わなかった。

 赤い髪留めと色とりどりの小石。冷たいその感触が彼女の最期のようで、更に締め付けられるような気分に陥った。ぎゅっと、潰さない程度に握りしめてその感情を流そうと意識した途端、上から固い声が降って来る。


「リーン、耐えるな。流そうとするな。姫の前でそんな表情のまま話す位なら、全部吐いて行け」


 エンスのそんなセリフがスルリと耳に入って来る。基本的にオレに甘いエンスがオレの傷を抉るような真似をするなど滅多に無いのに、今日はやけに直球だ。


「……だってさ、どうすればいいんだよ。オレは彩夢姫に何て説明すればいい訳?オレが貴族だから彼女は切り殺されました?オレが甘かったから助けられませんでした?……戦場に連れて行ったオレが悪かったんです?」


「そういう事じゃなくて……はぁ、お前本当に面倒臭いな。姫への説明じゃなくて、お前の感情を吐けと言った筈だ。変な時に捻くれるな、アホ」


 軽く拳を落として諌められ、大きく息を吐き出した。唯でさえ身長差があるのに、座ったままのオレがエンスを見上げるのは辛い。だからこそ少し視線を落とした。が。


「…………死んだら、楽になれないかな」


 言うつもりじゃ無かった言葉を無意識で呟いてしまった。本気で驚いた様子の二人に一瞬焦るが、自暴自棄になったオレの口は言われた通りに全部吐き出す。


「魘されるって分かっていながら無理に寝る必要も無いし、動かない体を意地で動かして取り繕わなくてもいい。常に現実見て人と付き合わなくても済む。子供だからって舐めてかかる隊員達の相手もしなくていい。オレの指導次第でこれからが変わる期待の新人二人分の責任も負わずに済む。……オレの所為で死んだ人達に怯えて過ごさなくても良くなる。こうしてるとさ、死んだ方が楽なんじゃないかって思うんだよね」


 拾って生かしてくれた父さんには悪いけれど。

 そう最後に呟いて、自嘲気味に笑いながら二人を見れば、苦い顔しかしていなかった。きっと怒りたいのに怒れないのだろう。だって、オレがこうしてうだうだしている責任はこの二人が主な原因に近いのだから。


 封印加工を掛けたのは、王族としての義務。後伸ばしにしようとはしてくれても、決してそれ自体を止めさせようとはしなかったエンス。

 フィリアが死んだ時、彼女の一番近くに居たのはソラ。オレがそう考えている訳じゃないけれど、彼の中では自分の所為だという罪悪感がまだ燻っている筈だ。

 そんな風に、思う所があるからオレの本音に対して何も言ってこない。言える立場じゃないと解っているから諌められない。


「まぁ、死んだら後が怖いから死ねないんだけどね」


 父さんに怒られそうだし、フィリアに泣かれそうだ。記憶にない両親も出て来る可能性だってある。

 本人たちに言ったらそれこそ泣かれそうだが、実はオレは今生きている人達にあまり頓着していなかったりするのだ。だって、あの激戦を超えているんだから早々死ぬ事はないだろう。今一番死にそうなのは自分を除けばエンスだ。理由は過労死。


「…………死ぬなよ。お前が死んだら、俺がお前の残り全部の寿命全うしなきゃいけねえんだぞ」


 ソラが震える声で小さく呟く。俺を死なせたくないが故の屁理屈なのが丸分かりなそれに、オレは笑って誤魔化した。一方エンスは何か言いたげなのに未だ口を開く事は無い。その代わりのように、薄暗い部屋に僅かに冷たい風が吹き抜けた。ああ、怒ってるな……


「あと、アヤメ姫に明日説明すんだろ?……俺も行く」


「…………別に、ソラは巻き込まれただけじゃん」


「それ以前の問題だ。お前彩夢姫に剣でも渡して殺してくれって言いそうだぞ。第一、フィリアさんは俺を生かしてくれた一人だしな、色々言いたい事はある」


 そうはっきり宣言したソラに苦いものが走る。生かしてくれた、自分は生きている。彼はこうやってオレに枷を嵌めるけれど、きっと本音は、本心では彼は‘生きていない’んだろう。だって、本当はソラは誰よりも自分が嫌いだから。


「……落ち着いたら、彩夢姫を城に招待しろ。フィリアの稼いでいた金は、全額引き継いで大丈夫だ。相続税は私の権限で無しにする」


 漸く口を開いたエンスは、事務的な事だけを簡潔に述べた。感情を出さないようにという必死さが垣間見える。

 ……鬱々としたオレでさえ、危ういと感じる程の切羽詰まった声に、少しだけ口調を緩めた。


「…………うん、全部終わったらちゃんと言ってみる。それと、いいよ、本音言って。オレだって色々言ったし」


 こうして黙って心に溜めた、爆発させたくない言葉は全部エンスのストレスに直結する。自棄になったオレはもう何を言われても動かないし、溜め込み癖のあるコイツに感情を殺させるような真似をさせるのは流石に気分が悪い。

 少し顔を上げて促せば、重苦しい溜息が聞こえた。


「…………リーン、私はどうすれば良いのか分からないんだよ」


 疲れた声が頭上から響く。まだギリギリ10代。未成年が抱える問題とは思えない程の重圧に耐えるエンスは、今にも崩れ落ちそうな具合だ。

 オレは体に爆弾、エンスは一挙一動が鎖に縛られる生活。アルやメイのように現実を知っていながらまだどことなく甘える幼い態度を出来るような生温い場所にはもう居られない。同じ穴の狢、傷の舐め合いはしないけれど、お互いが何をどう感じるか位は分かる。

 だからこそ、オレはエンスに最終的には甘くなる。ソラがオレに寄りかからないのと同じように。


「うん」


「お前はいつもギリギリまでそうやって自分を追い詰める」


「……かもね」


「人の事ばかり考えて自分の存在を顧みない」


「エンスに言われたくない」


「心配かけたくないと誤魔化した挙句にこっちの逆に心配をかける」


「……まぁ」


「文字通り死ぬまで全部を引き摺るし、死にたがりの癖に必ず息を吹き返す」


「……どっかの誰かが死ぬなって煩いし」


「けれどもお前は今を捨てない」


「捨てるのが怖いからね」


「…………何もかも捨てたいと思う私は、王失格だな」


 ソラの肩が震えた。オレよりも瓦解しだしている彼に気付いたか。

 義務感と意思と本能に揺れる国王がこうして何もかもを言える人材は実に少ない。特科の隊長格と、ゼラフィード公位だろうか。それ以外の人が一人でも居る場合は王という威厳の冠をかぶって、意思とは関係なく言うべき言葉を選んで紡ぐ。そこにあるのは先代の王とは違う、覚悟と義務と束縛だけだ。


「…………捨てたらきっと後々後悔するって解ってるから今まで捨てなかったんでしょ?それが分かるならちゃんと王様だとオレは思うけど」


「……王位を捨てるのはまぁ最悪構わない。けど、死ぬのは絶対止めろ、二人ともな。死んだって何もいいことはねぇんだよ」


 実に対照的な意見だ。王であると認めるオレと王じゃなくなっても構わないというソラ。お互いの経験が物を言う。


「私も死ぬなと言われる側なのか」


「今までの台詞、反芻してみたらどうだ?どっから考えても自殺願望者のソレだぞ?」


 革命の日まで人が倒れていく町を見て育ち、そして自分も死にかけたソラはどこまでも人の‘死’という感情に聡い。一種のトラウマでもあるのだろう。死にたがりを二人も目の前にして、さっきから躍起になっている気がする。


「…………そういえば、そうだな。成程、私も人の事を言えないのか」


「マジでアンタなんなんだよ……欝になってると思ったら開き直りやがって」


「……開き直り、ではないな。寧ろ諦観だ」


 ふ、と影を落とす表情。ソラとオレと繋がっているのに繋がらない点は、エンスの感情を正確に読み取れるかそうでないかだ。オレは記憶の最初に近い所から見続けているけれども、ソラはオレを通してエンスに近づいただけ。だからこうして時々読み間違える。


 悲しい、辛い、苦しい。渦巻いた感情を抑えつけているから気付かれないだけで、エンスは弱い―――いわゆる、人を犠牲にして立った頂点に居座る事に関しては酷く脆い。本来彼はあまり強くは無いのだ。


「諦観……ね。諦められるならいいんじゃない?」


 オレが諦めるとソラにも影響が出るから、それだけは絶対に出来ない。だから少しエンスが羨ましいとも思う。


「果たして諦めきれているのかは甚だ疑問だがな」


 肩を竦ませエンスはドカリと近くのソファへと腰を下ろす。そしてそのまま横にゴロリと転がり、薄く笑みを浮かべた。


「そんな所で寝たら風邪ひくぞ。唯でさえ過労気味だってのに」


「寝る気は無い。ただ少し疲れただけだ」


 そう嘯いて寝っ転がる姿をどこから見ても疲れたサラリーマンのそれだ。自主宣告通り、漸く特科設立を乗りきったばかりでオレ等は未だ事後処理が大量に残っている。パーティーの毒殺未遂犯も未だ分からずで困ったものだ。


「それと、お前ら二人そのうちローゼンフォールに行くんだろ?フィリアの墓に」


「……うん、彩夢姫に全て説明したら連れて行かなきゃいけないからね」


「墓に供える花は私の分も頼んだ」


 この季節には殆ど出回ってないが、王宮の裏で僅かに品種改良して育てている菖蒲を持って行ってくれ、と。彼女が赤以外で珍しく好きな物を提示した。菖蒲は‘しょうぶ’と‘あやめ’の二つの読みがある、らしい。一応喋れるし読める程度のミッテルラント語だからオレも胸を張ってそうだとは言えないが、フィリア曰くそうらしい。彼女は妹の花!と言っては笑っていたものだ。


「了解、毎年ながら随分と豪勢な御供え物だね」


 僅かに話をずらして重苦しくしてしまった空気を払拭しようと試みる。少なくとも自分を取り繕える位には落ち着いた。


「取り敢えず今年の報告は『リーンの給料が3割増しになりました。お陰で国に金が回りません』だな」


 が、それに気づいた2人の兄もどきはニヤリと嫌な笑い方をした。案の定オレがネタにされるらしい。


「……うっさいなぁ!その分孤児院だの病院だのに寄付してるからね!」


「こいつは金を持て余すのに町には未だ浮浪者が、ってか?」


 やっぱり払拭しようと試みた結果、逆にいじられる羽目になった。しかも幾らか自虐ネタが入ってるような気がする。


「……アンタ、自分で言ってて虚しくないか?」


「…………ああ、かなり虚しい」


 そして自滅。何がやりたいんだか解らない受け答えにオレは呆れた目で2人を一瞥する。そして同時にキリが良い、と判断し漸く思い腰を上げた。


「取り敢えず、明日ソラも来るなら学園に人派遣しなきゃね。……どうせだし、アルとメイも連れてくよ」


「……まぁ、革命の悲惨さを知って貰うには良い機会だな」


 苦々しげに頷いた理由は、これから先アルやメイはオレ等の世代の筆頭して立たなければいけないからだ。オレが実力を‘外で放置するには危ないレベル’だと判断した為二人は人より一足以上早く軍へ入れられた。本人の意思もあるが、正直断られても入れざるを得なかった。彼等レベルを放置すれば、他国との諍いに発展する可能性すらあったから。

 しかしまだ成人どころか子供と言われ、大人から庇護を受ける年齢なのも確かで。オレのように決定的に人と違う訳では無いのにこの血生臭い世界に足を突っ込ませてしまったからこその対処がある。


 例えば、‘殆どの者が覚えている愚王の政治を忘れないようにさせる’事。まだ本当に子供だったオレ等の年代では、はっきり言うとアレの政治の酷さを今一肌で感じられてはいないのだ。

 お腹が空いていた。働いても食べれなかった。貴族が怖かった。そんな感情的―――本能的な恐怖という物は嫌という程こびり付いているが、どんな風に酷かったのかは良く理解出来ていなかった。幼い頃だったから、で済ませるにはアレが起こった年月は遠くない。


「そしたらツカサがメイ君、オレがアル君をマンツーマンで見るか。戦争の悲惨さを語れるのは体験者だけって言うしな」


 夏休みは正直彩夢姫の対応に割く程の時間は無い。宿題以前に2人にはちゃんと軍―――寄宿舎等本来体験する筈の事を実際に感じて貰わなければならないし、オレも普段は出来ない特殊な仕事が山積みだ。

 その一環がこの国に何よりも影響をもたらしている革命について、なんて事だったりもするが。


「宜しくソラ。さて、じゃあオレは部屋に戻るよ。……今日で、フィリアもお別れだ」


 エンスの部屋を足早に立ち去るとソラがまた苦しそうな顔をした。

 …………そんな顔はしないで欲しい。今までこの小瓶(フィリア)がオレの助けだったのは確かだけど、それを振り切らなきゃいけない時がもう目の前にあるんだから。


 瞳の端に映る紅をもうこの目で映す事はしてはいけないと思うと、再び胸の奥が締め付けられた。

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