第63話 慟哭の前触
部活で頭が一杯な今日この頃。
文化祭近い上に役職(逆)争いで大変です。
……立候補した奴が今更悩みだすなよ。と友人にぼやいてる今日この頃。
脳裏にチラつく、真白な雪景色。
『フォーなら絶対大丈夫!』
大嘘吐きな彼女は真っ赤なコートをふわりと靡かせて雪の中の戦場へ赴いた。
オレが連れて行ったそこは地獄の一歩手前で、だからこそ人々はそれ以上堕ちる事を恐れていたのだと今なら思う。けど、彼女は堕ちる事など考えもせずただ上を、昇りつめる事だけを夢見ていた。
『夢を彩る!妹の名前だけど今一番ピッタリな言葉だと思うんだ。暗い事考えてもつまんないもん』
貧しさに餓える人々を夢に導いて、しかし導いた事で命を落とした彼女。
その琥珀の瞳は、最期まで何を見ていたのか。それだけはオレにも分からない。
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大きめの丸い琥珀の瞳。微妙に癖の入った薄茶の髪。そして何よりも面差し。
余りにも似すぎている姿に呆然と佇んだまま凝視する事数秒、誰かに肩を叩かれて漸く我に返った。
「リーン?どうした?」
「ッ!?て、あ、メイ……」
捕縛し終えたらしい。さっきまで怒鳴り散らしていた愚図共は術式でぐるぐる巻きにされはじに寄せられている。遠くから誰かが駆けつける足音が聞こえてくるが、それもまたフィリアに似た女の子に意識を逸らされた。
「フィリアって……姉様を知ってるの!?」
「やっぱり……君は……」
間違いない。見つけた。
突然の衝撃に麻痺した脳のどこかで泣きたくなるような衝動が襲う。けれど、泣く事は出来ない。オレにその資格は無い。
歓喜と後悔の入り混じる感情を持て余しながら、震える唇でどうにか必要な事だけでも伝えようと試みる。
「……フィリアの事は、よく知ってる。でもごめん。今は事情聴取とかあるから……けど、後でちゃんと全部伝えるから。全部、全部……いえ、それよりも私達一同、貴女の無事を願っていました。彩夢様……」
拙い説明に泣きそうになってる彩夢姫に略式だが敬意を表す。メイがオレのその対応に驚いているのを一瞥し、一端話を現実に戻す。彩夢姫が泣きそうになっているのが、胸に突き刺さる。
言いたいことをごっちゃに言ってしまったけど、伝わりはしたようだ。
「さて、そちらの君の名前も聞かせてもらって宜しいでしょうか?」
胸に走る痛みを振り切るように今まで呆けていた彩夢姫の友人と思われる子に声を掛けた。現状に頭がついて行っていないようだ。タイムラグがあってから返答が来る。
「あ……ハイ……えと、リオちゃんの友人の、エレナです。簡単に言えば、巻き込まれました?」
「それはお気の毒に……って、リオ?」
どうもただ単に知り合いだから巻き込まれたらしい。ただリオという聞き覚えの無い呼称に思わず聞き返す。恐らく彩夢姫の事を言ってるんだろうけど……
「彩夢だとミッテルラント人と思われるから、ヴィレット語訳してリーリオって名乗ってるの。私の方は、まぁ育ててくれた人の借金問題で揉めてたのよ。あいつ等おじいちゃん死んだ途端に金返せって煩くて」
……それは、まぁ何といえばいいのか。フィリアも姫君らしく無かったけど、こちらも借金の返済にバイトとは中々の生活をしているようだ。オレの感動返せ。
「あー……もしかしてリーン、この人が例のアヤメ姫な訳?」
「間違いないよ……なんでこんなにあっさり見つかったかな……」
7年もかけて探し続けてたのに、皆に話した途端コレ。しかも城下町に居るとか灯台下暗し過ぎる。あ、ヤバい泣きそう。
不甲斐なさというか、名前を変えられてたなんて思いもよらなかった事実に頭を抱えると同時に、向こう側から駆けて来る音が大きくなってきた。それに目をやると、先頭に居る紫―――アルと、紺の制服に身を包んだ大人が数人。ああ、警察か……
「リーン君!こちらで騒ぎが起こってると聞いた……んですけど、鎮圧済みですね、はい」
「ソルトは?」
「置いてきました。遅かったので」
いや、君の走る速度が速いだけじゃないかな?アルもメイも脚力凄いし。メイも同じ考えに至ったのか遠い目で宙を眺めている。
そんな彼の後ろに続いた警官達に目をやると、威圧感の凄い、20代半ば男がオレの方へと真っ直ぐやって来る。
「自分はウィンザー城下担当のアイザック・ヴァイル警部補です。そちらが例の犯人で?」
チッ、20半ばで警部補って言うとキャリアのトップクラスか?身のこなしからしてきっとそこそこの坊ちゃんだろう。ただ雰囲気は貴族じゃないけど。どちらかと言うと、成り上がりの商人気質のような気がする。
「私はリーンフォース・Y・X・ローゼンフォール三等空佐です。ええ、あれが今回一般人に暴行、及び市街地での魔術使用、越権行為などを起こした犯人です。どうも周りの店の方曰く、ここ暫くあれらは出没していたようですが、警察は何をしていたのですか?」
苛立っているのも相まって単刀直入に聞くと、舌打ちしそうな表情が微かに見えた。成る程、プライドはそこそこあるのか。
「……私の所には連絡が来ていませんでしたので。恐らく下の者が貴族だからと見過ごしたのでしょう」
「それは困りますね。警察には私たち貴族を含めた断罪権がある筈です。暴力的な貴族が振るうものは兎も角、国の為にと作られたその権利はキッチリ果たして貰わねばいけない。そうは思いませんか?」
言外に給料泥棒なんですか?と滲ませて笑顔という名前のポーカーフェイスを保つ。何、アルがオレをキレさせた犯人にドン引きしてようがメイが女の子2人に事情聴取続けながらチラチラこっち見てようが知らないさ。
無能の癖に警察なんて入んじゃねぇよ。責務を果たす事すら出来ないのか。だから軍から格下だと思われると気付かないのか。そんな複製音もあるけど皆気にしないでね!
「……ええ。私の方から問い詰めて処罰しておきましょう。しかし貴方はローゼンフォールの方なのに貴族を処罰する事を良しとするのですね」
「何を言っているんですか。ローゼンフォールだから、ですよ。我が家の紋はドラゴン。力と知性が象徴とされる家紋に従わずしてどうしろと?」
「…………成る程、失礼を。流石は三大貴族です。詳細は署の方でも宜しいでしょうか?」
お互いに牽制し合うような会話に下っ端らしき警官達は冷や汗を流している。彼等はまだ体験してないのか、軍と警察の仲の悪さを。
基本市街地は警察の管轄だ。犯人を入れる独房だってちゃんと警察が所持する刑務所にある。けれどそれはあくまでも『基本は』なのだ。万が一その犯人が軍に関係していたり、軍の管理する組織に手を出していたりすると洩れなく警察が追う権利は無くなる。要は、獲物の横取りに近い。
一方オレ等軍人の方から見ると、一応は対等な地位とは言えSランクオーバーが居ない組織、つまりは格下に見る人が多い。Sランクは軍に所属するのが普通だ。その代わりにAAAランクは警察に多いのだが、下っ端軍人達から見るとそんなのは関係無いらしい。自分たちよりも強いという事を棚に上げた考え方でオレとしては気に食わないが。でも今回のコレで何とも言えなくなってきた。ヘタレめ。
「ええ、私とそこのフォロート陸士もご同行しても宜しいですね?」
「勿論。捕えたのは貴方方ですから」
言質は取った。それを聞いてオレはアルに、今は別れている友人達と先に食事して―――帰っても構わない事を告げる。警部補は車の確保の連絡をしているようだ。何せ人数が多い。
「アル、皆を宜しく。意外に物騒みたいだから」
「了解です。あとそこのお姫様の事、報告しておきましょうか?」
陛下も心配してるんでしょう?と言外に問われるがオレは苦笑して首を横に振る。
「陛下にはオレから伝える。アルは黙ってて?エンスにサプライズだ」
「相変わらず人が悪い……」
それでも止めてこないアルも十分人が悪い。そう思った所でふとおかしな点に思い至った。
「って、何で姫だって?」
アルが来る直前に言った筈だ。何故知っている?
相変わらずといえばそれまでだが明らかに異質なそれを指摘すると、苦笑の色は更に濃くなって肩を竦めた。
「だってリーン君の話では聖痕持ちでないけれどかなりの能力者でしょう?彼女の階級凄いですよ。見た目の特徴も一致しますし、何より君」
目元潤んでますよ?ずいっと左目を指さされて居た堪れなくなる。止めてくれ、泣きそうなの頑張って止めてるんだから。
「ほっとけ」
「まぁ耐えられるんならいいですけど。リーン君も何だかんだで男の子ですよね」
「どういう事だよ……」
というかオレは今まで男扱いすらされていなかったのか?顔は女顔だろうと中身まで女子になる訳がないだろう。
じとっとアルを睨み付けても当の本人は何処吹く風。スルースキルが高いようで何よりですよ、ふん。
「まぁ、一番の憂いが無くなってよかったですね。…………彼女、フィリアさんの事知らないんですよね。リーン君、抱え込んじゃ駄目ですよ」
拗ねたオレにどこか慰めるように呟いて、そのままメイの方へと歩き出す。事情聴取中で戸惑っている女の子二人の相手をする気のようだ。それをオレはぼんやりと眺める。
……はは、ホントにアルは痛い所突いてくるなぁ。夏なのに震えが止まらないや。
「初めまして、アヤメさん。僕はアルト・ルーラ陸曹です。ある程度の事情は知ってます。あ、あと質問が一つありまして、ヴィレット学園と王城と貴女の家とリーン君―――そこの金髪の人の家、どこが一番話しやすいですか?」
「は?あいつの家ってローゼンフォールの別邸って事か?」
「違いますよメイ君。彼が持ってる一軒家です」
人懐っこい風を装って堂々と訊ねるアルには感服する。さり気なくオレの家を入れたのはどうかと思うが。
「アル、オレが家持ってるなんてどっから情報入れて来たの?」
「ソラ副隊長が言ってました。昔二人で住んでた家まだ使えるって」
……ソラ。アルに情報与えると後々痛い目に会うぞ。何時何処で利用してくるか全く分からないから。
すっかり手中に嵌まってしまった養い子に心の底から同情する。でも被害オレに来てるや。……あと、ソラにも言わなきゃな。彩夢姫見つかったって……
「え、えーと、それ私関係あるの?」
と、そこで何故か渦中の中心に立つことになったエレナさんが戸惑ったような声を上げる。自分もこの話に入っていて構わないのか、と身分違いだという事を認識してしまい不安になったようだ。
「エレナはまぁ私の事知ってるし、来ても大丈夫なんじゃないかな?姉様の事色々気を使わせたし、今日だって巻き込んじゃったから。ごめんね?」
「いいよいいよ!……寧ろリオちゃんよく今日まで耐えたよね」
どうやらエレナという彼女は彩夢姫の立場を知っているらしい。彩夢姫がどうなの?とオレに訊いてくるので一つばれないように深く息を吸ってから答える。
「オレに選択権はありませんよ。貴女の方が上なのですから」
「……そういう特別扱いされるのむず痒いんだよね。じゃあ、エレナも一緒でお願いします。あと敬語も止めて下さい。」
ペコリと頭を下げた彩夢姫の姿がフィリアと被る。ああ、姉妹なんだなぁって少しの仕草から思えて、見ているこっちが辛い。……彼女はまだ知らないから、フィリアが死んだって。
「場所の希望は?」
「……お恥ずかしながら家は狭いので、出来れば他がいいです……あとお城もちょっと……」
まぁ5歳位からあまり裕福でない生活を送って来たであろう彼女に城で話っていうのはハードルが高いかもしれない。犯人を護送車に乗せ終わったらしき警部補を一瞥してなら、と提案する。
「一応オレが所有している家はここから15分程度の距離だし、ごく普通の一軒家だからそこでいいかな?詳しい事は取り敢えず説明の後にせざるを得ないけど……メイ、車で署に向かうけどその間に彼女達の話、纏められる?端末持ってなくてもホログラム式のメモ機能でどうにかなるでしょ?」
「ああ、出来る。てか小型端末今持ってるし」
おや、それはまた貴族らしい。基本は通話で使っているように身に着けた物(オレの場合はネックレス)に搭載された昔で言う携帯の機能が普及している。が、余程急ぎじゃなきゃ端末(ノートタブレットやスマートフォン的な見た目……だよね?博物館でしかそんなの見た事無いし、あれより遥かに薄いから断言は出来ない)を使うのが社会人としての常識だ。
「流石メイ。じゃあ今までの話のまとめ宜しく。オレは警部補さんと話さなきゃいけないだろうし」
何せ警察の区域に軍が手を出したようなものだ。始末書含め色々と問題を片付けなきゃいけない。感動とか泣きたいとか感情論は全部後回しだ。
「それじゃあ彩夢姫、少し時間かかると思うけどいいかな?急用とかあったらちょっとキャンセルしてもらわないといけないんだけど……」
「大丈夫。今日はエレナと町をぶらつこうって言ってただけだから」
「同じくです。あ、でもリオちゃん夕飯の材料買わなくていいの?」
……お姫様って何だっけ?いや、多分オレの逆バージョンの生活送ってたんだろうけど。昔はお嬢様暮らし、でも5歳で平民没落、みたいな。でもこんな所帯じみたお姫様、余所では絶対見れない。
「あー……まぁ、帰りに買うわ。ああでもタイムセールが……今月は給料少ないのに……」
「えーと、多分数日でかなりの大金持ちになれるからあんまり心配いらないと思うよ?」
所帯じみてる通り越して貧乏性な発言に戸惑いを隠せなくなる。ごめんなさい、マジでオレが貴女見つけられなくてごめんなさい。
「へ?」
「あー……フィリアが大分稼いでたから」
この状況で死んだとは言えない。だから暈して教えた所で、警部補が話の間に乗り出してきた。
「さて、そろそろ宜しいでしょうか?車はあちらに用意してあります」
「ああ、すみません。それじゃあ3人とも、行こうか」
アルに目で宜しく、と伝え人払いされた熱気が籠る町を後にする。敬礼で答える彼を背にしてオレは警部補とお話だ。
「警部補、このような場合通常はどうしてますか?」
「警察では貴族が出て来た場合監禁する部屋を孤立させます。彼等は私達平民を下と見て話すらしようとしない場合が多いので貴族の下へ赴く場合はそれ以上の貴族を差し向けます。警察にも何人か居ますので」
「……成る程、ではそちらに任せても問題がないようですね。私達は一応その場に居るのみ、が妥当でしょうか」
メイからの報告が上がるとは言え軍と警察は別機関だ。トップがエンス、という事に変わりは無いがその体制や根本が少しずつ違う。まぁ、軍に捕まるような輩は凶悪犯ばかりなので扱いが雑になったりするのだ。人類みな平等、人権を尊重せよ、という建前はついこの前まで腐っていたこの国にはただの綺麗事にしかならない。
「それでお願いします」
どこか胡散臭いような物を見る目で警部補はオレに形式だけだが頭を下げた。清々しい程のその態度は逆に気を遣わなくて楽だ。
「なら、私は大人しく陛下に報告するだけですね」
その台詞に目を見開いた警部補にクスリと笑って、オレは皮肉を言うのを止めた。