第62話 希望の足音
ヒロイン登場。
「ねぇフォー、君ホントは何歳?」
「どういう事?フィリア」
心底呆れたような、それでいて感嘆の籠った琥珀の視線に‘オレ’は本気で首を傾げた。
「いや、どこをどうしたら高々6歳児がレアスキルの魔術化に成功する程の知識を理解できるのかと思うと、なんか信じられなくなってきて」
「失礼な。オレはちゃんと一から勉強してるもん」
「や、それは分かってるよ?分かってるけどさぁ……」
目前に散らばった魔術書や端末を片付けながらも納得いかない、といった具合にブツブツとフィリアが呟く。フィリアだって12歳で魔導大全理解できる位の学力持ってるのに、今更何を言っているのか。
「あ、その書類はシリアル338の後ろ。ソレ兄様からのこせきまとめるためのでしょ?」
「うん。表面上は」
「そりゃ暗号だもん……どうどうと本文書いてあったらこまる」
赤い服が埃で汚れるのも構わずテキパキと整理・掃除をしていく姿にオレは溜息をついた。有能な側付きは確かに便利だけど、一応お姫様な彼女にこんな事をやらせてて良い物なのか。いや、あんま良くないと思う。
「あ、この本の表紙綺麗な赤だねー。ワインレッドって言うんだっけ?」
「赤すきだねぇ。服もかみどめもくつも皆どこかしらに赤入ってるのじゃないと着ないし」
一端手を休めたと思ったら本の表紙の色に惹かれたらしい。本当に、オレが言えた事じゃないってのは自覚してるけど、変な所でフィリアは子供だ。
「だって好きな物選べるんだもん。選択の余地を持てる位の余裕あるなら好きな物が良いでしょ?」
フォーだってプリンとオレンジ置かれてたらオレンジ取るでしょ?と訳の分からない回答を返され、何も言えなくなる。確かにプリンとオレンジが目の前に置かれてどっち?と言われたらオレンジ取るけど何か服の話からズレたような気がしてならない。
「……まぁいいや。じゃあ今日のデザートはイチゴのゼリーにする?赤いよ?」
「ぎゃあ!?止めて!イチゴはいいけどゼリーは嫌よ!あんなのイチゴの味じゃないもの!!」
本気で抵抗してくる様子が面白くて。‘僕’は堪え切れず噴き出した。
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城下町、それは勿論陛下の御膝元なのだからかなりの活気が満ち溢れている。茶と白と緑で統一された風景に溶け込んだ日常生活の空気が僕には酷く新鮮だ。
「相変わらず人多いわねー。私とスゥはひとしきり小物屋回る予定だけど、貴方達は?」
「俺は服買わねぇとそろそろサイズヤバいんだよな……アルもそんな事言ってたよな?」
「ええ。僕もそれについて行きます。メイ君は?」
チッ、良いよな背が伸びてて。自分も年齢的には成長期の筈なのに成長出来ないってどういう事だよ。数年後には声をどう誤魔化そうか考えてるってどういう事だよ。ああもう、女の子なら声変わりとか考えなくていいのに……でも自分が女子になるのは薄ら寒い物を感じるからそれも嫌だな……
「んー、オレはいいや。服はまだ大丈夫だし。適当にその辺の店ぶらついてるわ。リーンは?」
「僕もメイについて行く。必要な物は大概城とかローゼンフォールから支給されるし」
「じゃあ今10時過ぎた所ですし、12時に広場の噴水前で一端集合にしましょうか?」
アルの提案に皆が頷いた所で自然解散。手を振って一時別れた皆を目で追いながら、僕はメイへ問いかける。
「暑いし、どっか取り敢えず入らない?」
「だな、そこの雑貨屋でも見るか」
お互い暑さには辟易している。今年は猛暑になりそうです、とテレビで言っていた通りジリジリと身を焦がすような熱がアスファルトに反射していて、向こう側が僅かにぼんやりとしている。
そして促されるがまま、そこそこ品物の揃った、しかし小さな店に避難した僕らは冷房の涼しさにほっと息をついた。
「涼しー。汗だくだくになっちまった」
「ホントだよ。ただでさえこっちは体調良くないってのに……」
夏は脱水だの日射だのに警戒して過ごさないと倒れる体質なんて不便極まりない。べたつく眼帯がうっとおしくて一時的に外して目元を手で煽ぐ。それに目元を鋭くしたメイに苦笑して直ぐに戻すが。
「おいおい、いいのかそこんとこ警戒しなくて」
「へーきへーき。最悪幻覚つかって誤魔化すし」
カラコン、という選択肢もあるにはあるけど片目だけゴロつくっていうのが嫌であまり使わない。多少魔力を消費してでも幻覚で誤魔化す方が楽だし、性にあってるってのもあるけど。
「さいですか。まぁバレなきゃ良いんだけどさ」
肩を竦めてそのまま商品に目をやったメイに心配してくれた礼を返す。ひらひらと手を振って応えてくれる所がメイらしい。
「そういやメイって給金どう使ってるの?」
「それに悩んで今日来たんだよ。2回侵入者捕まえただけで万単位で金が増えてビックリだ」
「あー、それは使って回せって意味だよ。インフラ整備とか保険とかで大分国庫は使ってるんだけど、前王時代に溜め込んだ額が凄くてどうしても余るんだよねー」
余所の国じゃ考えられない実情だ。戦争用に国民から強奪してた金だけでなく、必要以上にあった城内の装飾品なんかも売り払ったからの金額だけど。お陰でゴテゴテしてた部屋も随分質素になったものだ。
「流石ヴィレット……て事はアレか?貰った金そこそこ消費出来る奴にはかなりの給料が行くのか?」
「うん。まぁ僕レベルになると消費出来ないの分かっててもやってる事と釣り合わせる為にとんでもない額が支払われるけど」
外に出る暇が殆ど無かった奴に金を回してどうするんだと何度考えた事か。まぁ孤児院に送ったり病院に寄付したりである程度は消費してるけど。
「なんつーか、無茶苦茶だな」
「そう思うのもしょうがないんだけど、こっちもその辺は困ってるんだよね。まぁ僕らの給料が高い一番の理由は戦時中でもないのに命の危険がある場所に配属されてるから、ってのがあるんだけど」
「あー……でもお前が居ると死ぬ程の職業に思えないんだよなー」
SSSというのはそれだけの信用があるのだ。そう言われているような気がして僅かに気が滅入る。人の命を背負うのは楽な事じゃないんだ。
「勘弁してくれよ……あ、これ良いかも」
「シャーペン?」
「最近僕の調子悪くってさ。偶に接触が悪くて芯が出てこないんだよね」
淡い緑色のソレに手を伸ばしてカチカチと芯を出す。筆圧が薄いから0.3の芯でも折れないし、何より色が気に入った。
「お前はシャーペン使ってる事より万年筆使ってる事が多いような気がするけどな」
「アレは愛着もあるしねぇ。何せ初恋の子がくれたものだし」
「はあ!?」
茶目っ気を混ぜてニヤリと笑えば仰天したような表情でポカンと口を開けるメイ。普段仕事で愛用してる緑の万年筆はフィリアが髪留めのお礼にとくれた物だ。ある意味僕には形見にも近い。
「おま、彼女いたのか!?」
「初恋で終了したよ。告白する間もなく革命でこの世を去りました」
肩を竦めて端的に言えば居心地が悪そうにごめんと返って来た。気にしてない、という事を手を振って示してそのまま違う話に持っていく。
「で、僕には万年筆のイメージしか無いって言ってたけど、一応僕が学生だって事忘れてない?」
「お前学業なんてロクにやってねぇじゃん」
それに気づいて乗ってくれたメイが不機嫌になった。ああ、馬鹿だもんね。
「ちゃんと昔やってたからねー。学園入るまでに高校レベルはマスター出来るよう頑張ったんだよ?」
「普通はその倍の時間かけるもんだけどな。学園入りって9歳だろ?」
呆れた視線が突き刺さるが、メイだって実は言われる程馬鹿じゃないんだけどな。普通の学校なら中の中位の成績は取れる筈なんだ。ただあの学園のレベルが高すぎるだけで。そのうち分野ごとで分けた方が良いと思うんだけど、教師の数が足りなくなるんだよなぁ……
「しかもエンスから唐突に言われて一月で準備した強硬策だけどね。8月に学園行けって言われてさぁ」
「……流石陛下、無茶振りだな」
「入るのにすっごいソラに反対されたし、色々思い出したくない位大変だったよ」
まぁ入れてくれたからこうして何だかんだ楽しんでるんだけど。城で黙々と仕事をこなしてるだけじゃ、きっとこんなにも感情を表せるようにはならなかっただろう。
「さて、僕は会計済まして来る―――」
ガッシャーンッ!!
外から響き渡る何かが壊れる音にギョッとして振り向く。店主のおじさんも驚いているようだが、何か慣れてないか?
「な、なんだ!?」
「ああ、よくある事だよ。最近この辺に良く出現するんだ、暴力的な借金代行会社の奴がな」
「「はあ!?」」
おい、警察どうした!町の自治はお前らの担当だろ!?
「警察は?」
僕の質問に店主は重たい溜息をついた。
「アンタ、貴族出身だな?なら分かるだろう。俺等じゃ権力者には逆らえんのさ」
諦めたような店主の言葉に、何かがプッツリ言った。あ?貴族が暴力?しかも借金代行会社?おいサツ共。お前らには貴族以上の権限渡してあんぞ?どう言う了見だ、ああ?
「……蛆虫が。分かりました、‘オレ’が少々‘お話’をしてきましょう。何、直ぐに終わりますしあんな社会のクズは今日中にこの町から消しますからご安心を」
「あーあ、リーンがキレた」
横から何やら聞こえるが無視。持っていた商品を棚へ戻し、オレは熱気溢れる外へと乗り出す。するとこの店の斜め前ではむさ苦しい野郎3人と同い年位の少女が2人。一人の子は頬を押さえながらも野郎に食ってかかってる。ああ、あの子が筋肉ダルマの被害者か。女子に手ぇ出すとか何考えてんだ?
「おじょーちゃん、そろそろこっちも困るんだよねー。お前さんとこのジジイが遺した借金返してくれって言ってるんだけどさー」
「だから!無期限返済で良いって言ったのはそっちでしょ!第一バイトで稼げるお金が私の精一杯だなんて大人なら分かるでしょうが!」
「大人の事情っつーモンがあるんだよ。返さねぇって言うなら差し押さえに行かせてもらうぜ?」
…………クズが。
久しぶりに感じる爆発しそうな魔力で周囲がチリチリと音を立てる。遠目の野次馬の何人かがそれを感じたらしくどこかに避難している。安心しろ、一般人とその辺の店には被害出ないように結界で囲うから。
封印具を解除して周りにかなり強めに結界を張る。中にいるのはメイとあの諍いの中心人物5人、そしてオレのみ。さぁて、視界の毒になってる汗臭い汚物共はどう処理してあげようか。
「あー……スゲェ強固な結界」
「メイ、行くよ」
未だに言い争ってる方へ歩を進めるが、その途中で一人が鼻で笑って魔力を収束させ始める。明らかな攻撃魔術に、女の子2人は怯えたように震えた。ああ、もう限界だ。
「止まりなさい、そこのゴミ3つ。市街地での攻撃魔術は緊急時以外許可した覚えはないですが」
硬く鋭い声で叱責すると、不機嫌そうな視線が3つ分、そして驚いたような視線が2人分。前者はギロリとこっちを一瞥した後、オレ等が子供だと知って下卑た笑いを顔に浮かべる。
「なんだ、ただのガキか。おいガキ、俺が誰だか分かってないんだな?」
「知る必要も無いです。貴方達こそこちらを分かっていないんですね。この状況で手出しをするのがどういう存在かという事も考えないなど、笑止この上ない」
バッサリテンプレのような言葉を切り捨てると不機嫌さはかなり増す。成る程、この程度の挑発に乗る程の単細胞の集まりか。そこのセミロングの女の子が怒らせてくれていたのも有り難い。頭に血が登ったアホほど扱いやすいものはないんだから。
「テメェ、痛い目見たいのか?こっちはロワーズ男爵家が一門だぜ?」
「自白したなコイツ。どうする?」
呆れた声で呟いたメイにオレも一瞬頭を押さえる。有り難い単細胞っぷりだ。人類ではきっと無いのだろう。
「警察に連絡して。取り敢えずオレが捕縛する」
横から指示を求めたメイにそれだけ伝え、僕は形状記憶武器を杖の形状でセットする。オレの行動にポカンと見つめて来た野郎共は、一瞬で何が面白いのか噴出した。
「ははははは!おいおい、ガキの癖に一丁前に武器なんて持ってるぜ?」
「最近のガキはませてんなぁ。でも『市街地で武器の使用は認められてない』よな?」
すっかり標的をこっちに絞ったらしいあれらはオレの怒りに気付く事無く魔術を展開し始める。後ろ2つが詠唱して、真ん中の男爵家一門と言った馬鹿がニヤニヤと笑っている。その向こうの女の子二人は逃げろと必死に声に出さずに伝えて来る所を見ると、中々に肝が据わっているようだ。
「そうですね。『警察・軍人以外の市街地での武器・攻撃魔術使用は認められていない』ですよ」
それだけ伝えてオレは無詠唱で周りに魔力を固めただけの、魔術とは言い難い代物を幾つか作る。それに目を見張った奴らがいるが、もう遅い。
「少し、お話しましょうね?」
そして魔力を飛ばす。もろに食らった一人が鳩尾を押さえて蹲った所で、一撃を避けた2つの目の色が変わった。へぇ、仲間意識はちゃんとあったんだ。
「テメェ……」
「その前にお話出来るようにセッティングしなければなりませんね。お一人様はお話を聞いて下さりそうなのですが、貴方達は……駄目ですか。残念です」
やれやれ、と首を振った所で今度は向こうが仕掛けて来た。そこそこ鋭い一撃だが、いつの間にかメイが展開していた剣に切り捨てられて消える。流石メイ、普通魔術は剣じゃ斬れん。
「三佐、警察に連絡済みです。後々説明が面倒だと思いますが頑張って下さい」
「軍と警察は仲悪いからねぇ。ああ、本当にクズって邪魔。また仕事増やしてくれたよ」
気が重い、とオレが嘆く一方魔術を斬られるなんて滅多にない体験をした連中は真っ青になってる。この程度で戦意喪失か、雑魚だな。
「軍……だと?」
「ああ、自己紹介が遅れました。私、ヴィレット軍特科第七科隊長補佐のリーンフォース・Y・X・ローゼンフォール三佐と申します。横に居るのは特科第四科所属のメイドリヒ・M・フォロート」
ローゼンフォールとフォロートの名に、奴らは遂に魔力を放出するのを止めた。権力に溺れる者は権力に弱い。自分より立場が遥か上、一応は雲の上の人、という侯爵家二人―――うち1人は時期当主にすっかり抵抗する気を無くしたらしい。オレとしてはもう少し戦いたかったんだけどな。痛めつけたい。
「ま、マークイス……?」
「こ、これは、失礼を……」
その場に跪いて頭を垂れた時点で庇う気すらも完全に失せた。いや、最初から無いけどさ。
女の子二人が驚いたように頭を下げたのに近寄って、オレは笑いかけた。その一方でメイは3人を捕縛している。
「頭を上げて。オレ―――僕等は別に権力とか固執してないから」
「で、でも貴族で在らせられるのに……」
「いいから。ほら、ね?」
困ったと表情に出して微笑めば二人は顔を合わせた後に漸く頭を上げる。茶のセミロングの子ともっと濃い茶のサイドテールの子の顔が漸くはっきり見えた。戸惑ったような顔にある殴られたような跡を持ったセミロングの子を治療しようと手を伸ばし、しかしそこで思わず止めてしまった。
揺れる、琥珀の目。薄茶の髪。そして、首元に光る赤いネックレス……
「フィ、リア…………?」
余りにも彼女に似た面差しに、力の抜けた手から杖が滑り落ちた。