第57話 意識の混濁
ぶっちゃけタイトルのしりとりがストーリーと合わなくなってきてますよね。
でも止められない……
辛いんだ、苦しいんだと体が悲鳴を上げた。
無理をし過ぎたのはわかってる。確かにここ数か月ロクな睡眠も取らなかったし、あまつさえ慣れない魔力を繋げて違和感があるのにも関わらずその相手から感覚を乗っ取られるなんて貴重かつ体験したくなかった経験も積んできた。
それらがある時点であーあ僕の体終わったらボロクソなんだろうなぁとか思ってたけど、まさかこんな形でそれらを後悔する事になるとは考えてもいなかった。
「さぁ首謀者は誰だ?何故お前らが軍の精鋭部隊に選ばれたんだ?」
「コネか?リーンかメイのコネなのか?」
「いや、もしかしたらアル君が上層部を脅したのかもしれないわよ?」
「……そのどれでもないからせめて部屋に荷物位置きに行かせてください……」
目の前にそびえ立つ同級生を筆頭とした中等部生一同。仁王立ちの彼らによって床に正座させられたアルとメイ、そして座る事すら辛く床に伸びている僕を見下ろしている。怖いです、皆さん目が怖いです。そして冷たい床が気持ちいいです。
「お前ら……容赦ねぇな。別にリーンがいなくてもそこの痺れてる二人から事情吐いて貰えばいいんだから、床に張り付いて恍惚としてるソイツ位寝かせてやれよ……」
「ソラ准尉オレ等を売るんですか!?」
「いやだって、明らかにコイツ逝っちまってるし……かといって後輩一同も待ってくれるように見えねぇし……」
頭の上で何か言ってるのは無視だ。冷たいここもいいけど出来れば座布団以上の柔らかさがある所で寝たいなとか、頭の中で大合奏してる鐘を鳴り止ませる為にも頭痛薬飲みたいなとか、もういっそ煩いし全部消したいなとかそんな事がグルグル回ってる。
「リーン、最後のはやるなよ。お前がその気になるとリアルに学園が更地に変わるからな」
「ふぇー……?なにがー?」
「……あ、コレホントに駄目なんだな。お前ら、流石にリーンは運んでやれ。見てるオレの方が辛いわ」
メイが何か言った瞬間寮の雰囲気が変わった。そして持ち上げられる振動が揺さぶる。
「っと、これが13の男の重さかよ?」
「20キロの米袋二つより軽いですから」
「……随分と具体的な例だな」
そんな呑気な会話を遠くに聞きながら、僕は重たい瞼を閉じた。
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そんな何となく和やかな雰囲気に流されたが、アストロンに担がれて退出した某病弱主人公以外は相変わらず正座のままだった。痺れてきた足に苦しみながら彼らはひたすらに周りから来る重圧に答え続ける。
「で、お前ら何であんな所にいたのか?」
「いやだってオレ達部隊に所属してるから凱旋出て当ぜ―――っ痛い痛い痛い!足突っつくな!」
「何故部隊に入れた?」
「推薦が来たんですよ。メイ君に関しては陛下直々にっ!?お願いですから足を攻撃するのはやめて下さい!」
痺れた足を突ついて自白を迫るクラスメイト達の目が怖い。だからと言って足を崩そうものならもれなくもっと痛い拷問をされそうなので、二人は仕方なくそのままで質問にのみ答える。
「……ああ、そーいやコイツ貴族だもんな」
「陛下からのご厚意があってもおかしくない、と」
普段非常に貴族らしからぬ行動を取っていると(例えば授業中に堂々と寝る、カップ麺をその辺で啜ってる、出した物はその辺に放りっぱなし等)こんな反応をされてしまうらしい。あまりにも酷いその言い草にガックリと項垂れてしまったメイドリヒに、更に追い打ちがやってくる。
「で、いつから仕事やってるの?」
「今月の頭から……だよな?何分リーンとかアルとか先輩が幾らでも居るから正直新人だけど……」
「は?アルの後輩?ってお前散々軍入りたいっつってたのにまさかのアルに抜かされてたのか?」
あ……
アルトがそう呟いた時には既に遅く、メイドリヒは床に手をついて鬱々と下を向いた。いや、アルトの入軍はちゃんと保護の為とか監視とかの要領も入っているのだ。逆に聖痕を持っていながら今まで気づかれなかった事自体が凄い。寧ろメイドリヒの方は天才的な剣の腕はあれど人と一線を駕す程の能力は無い。にも拘わらずこの歳で入れた事は十分異例なのだ。
……肝心のそれを知らない人々からはそう受け取っては貰えないだろうが。
「…………皆さん、一応僕にもプライバシーとか緘口令とかいう問題があるので詳しくは言えませんが、正直言って僕が例外なんです。寧ろ正規の理由で入れたメイ君を凄いと言ってあげて下さい。これでは僕の心が痛みます」
「…………お、おう……そうなのか?」
「ええ…………具体的に言うと、リーン君は最早チートというか恐ろしい程の人脈とか能力とか運とかが合わさって5、6歳で既に軍に入ってます。その次にレアな例が4月より陸曹に任命された僕、で一番まともに許可されたのが今月一等陸士に任命されたメイ君です」
人脈に国王、オーバーS。能力に聖痕とSSSの魔力。そんな常識外れの化け物達を抱え込んだリーンフォースをチートと言わずして何と言う。
本人があまり目立って戦いに出る事が無い為周りからの扱いが不当に思えるほど酷い(軍内部では未だ隊長補佐に抜擢されたにも関わらず冷たい目で見られている)が、実際は相当の戦力を有しているのだ。これから彼らはその実力を段々と理解していかざるを得ないだろう。
「……………………ねえ、ちょっと待ってよアル君。今、何て言った?リーン君がどうしたって?」
「ですから、彼幼児の頃から入軍してます。今では第7科隊長とのリンクに関係してAAの魔力持ちですよ」
「はあ!?」
さて、基本的にリーンフォースの周りにはとんでもなく魔力が多い人ばかりが集まっている為AAという数ですらあまり目立たない。だが実情として一歩町へ繰り出せば10人中9人はCランクにたどり着けばいいような人ばかりなのだ。
そして更に情報を追加すれば、攻撃系の魔術を習得出来ている人など殆ど居ない。例えCあっても制御するのが大変な上、個人のイメージ力や集中力などが一番重要な為かなりの才能がなければ元々は使えるような代物ですら無い。
逆に言えばそれを使えればこの学園に入る名目としては少々あるのだ。まぁ、ただ攻撃魔術を使えるだけでは入れないのだが。ソルトのように外部から入ってきて直ぐにまともに攻撃系魔術を使える才能は素晴らしいものだったりする。
「おいおい……それどんな学生だよ……あんなフラフラで今にもポックリ逝きそうな奴が戦艦並の実力って……」
「因みに純粋な攻撃力だとメイ君の方が強いです。土属性ですし」
「……おう、防御の風にだけは負けらんないさ……」
弱弱しく呟いたメイドリヒにアルトが苦笑する。治癒なら水、補助・防御なら風、直接攻撃なら土、間接攻撃なら火、太古の時代からこの種類別は変わらない。それ程浸透しきった常識は流石に滅多に外れないのだ。幾ら魔力が多くとも、最も攻撃力の無い風では馬力が違う。
「……あー、アレよね。そう言われてもパッとしないって言うか……」
「一番強そうに見えるのがメイってトコには納得するし、リーンの魔術が非常識ってのも良く分かってんだが……」
歯切れ悪く顔を見合わせたクラスメイトにアルトとメイドリヒは顔を上げる。疑うような眼差しが二人に向けられた瞬間、誰かがポツリと呟いた。
「実質最強そうなのって、アル君だよね」
一体普段どんな目で見られているのかが良く分かる回答だった。
◆ ◆ ◆
ひらりと真っ赤に染まった紅葉が地に落ちた。
「けほっ……っぐ、ぅ……」
「ああ、鎮痛剤が切れる頃だったね……今アズル君を呼んで来よう。エンス君、フォーを見ててくれ」
布団の中で苦しそうにもぞもぞと動いたリーンにシトロンは気づき、痛々しそうに目を細めた。シトロンの指示にこくりと頷いたエンスは書類の積もった机からリーンが寝ているベッドへと移動する。それを確認したシトロンが部屋を出た所でエンスはリーンの頭を撫でながら後ろに控えていたアリアに声をかける。
「おい、リーンに封印具は早かったんじゃないのか?」
「これでも引き延ばした方だし、これ以上は無理よ。他国からの圧力が凄かったしね」
「一応大分副作用も抑えたんですガネ……初期型の封印加工とか拷問レベルデスヨ」
そう、遂にリーンに封印具が掛けられた。しかもいきなりAAAからBまで抑えるという無茶な設定で。本来なら最初は1ランク、そして慣れたら段々に強くしていく筈なのに彼にはそれが許されなかったのだ。
何故ならここが今最も世界に危険視されるヴィレットで、そんな所に生まれてしまった彼がまだ5歳だからだ。流石に世界トップレベルの軍事力を持っていようとも世界全体には口答え出来ない。それ故たった一人の子供が軍事力の一端と見なされてしまい、こんなにも無茶な扱いを受けている。
「うぁっ……に、さま、もうこれ、ヤダ……いたいよ……」
「ごめんな……外してやりたいのは山々なんだが、兄様にもそれは出来ないんだよ……」
もがく様にリーンが引っ張るネックレスは大の大人の力を以てしても解除は出来ない。
そもそも封印具とは天然石を特殊な加工で粉状にして本人の血液に混ぜ、固めた物だ。天然石は何億年も地下に埋もれ、それでいて世界に満ちる魔力に一切染められず独自の力を秘めた特殊な石。つまり、それぞれにほんの僅かにレアスキルが宿っている。だからこその石言葉だ。
石を名前に入れるのはその特殊能力の延長で苗字やミドルネームに良く使われる。例えばエンスはミドルネームのアンバーは『身の安全』『名誉』『自然の力の呼び出し』などという王族という事を考慮された名づけをされているし、リトスの苗字コーラルは『沈着』『聡明』『勇敢』の意味がある。
「……全く、何が全能の力よね。ただの石ころがこんな無害な子に毒になってるなんて反吐がでるわ」
そんな力ある石が練りこまれた封印は基本的にただの魔術的な封印よりも力が強い。そしてリーンが握る赤い石と彼の羽がついた封印具に含まれた石はガーネット、意味は『敵から身を守る』。別名が『健康の石』だ。
「同感デス。何が健康の石ナンダカ。態々リーン君の魔力を外部への『敵』と認識させて周りへの放出を抑えるなんて一体誰が思いついたノカ……」
「そもそもこの封印自体が父上の私に対する反発だからな……あの人は私とこの子をどうしたいのか?」
「飼い殺しにしたいんじゃないの?アンタ等魔力は一級品だし。ああ後はその頭脳を貴族用の農地とか天候操作とかに使いたいのかもね。今年も酷いんだし」
秋は豊作の季節。小麦や米など様々な実りに喜ぶ市民達が見える筈なのに今年は―――いや、今年も市場に出回る量が少ない。貴族が去年の様に不作で食糧が足りなくなるという事を危惧し片っ端から買い占めている所為だ。
ただでさえ例年よりも少な目の食糧を奪われた農民たちは、金ばかりが手元に集まり肝心の食糧が手元に残らないという悪循環に入りそうになっているらしい。幾ら金は必要な物とはいえ、あれだけでは生きてはいけない。
「……たべれな……って、すごく、つらいよ……?」
息も切れ切れな様子でポツリと呟いたリーンに全員がハッとベッドを覗き込む。貴族になってから半年が過ぎたとは言え、この中で最も平民の気持ちが分かるのは一番辛い冬の時期を身一つで放浪し続けたこの子だ。
「今と、食べられなかった時、どっちの方がきつい?」
「……わか、な……だって、いたく、なくても……ゲホッ……おなかすいてるのと……おなかいっぱッ……た、べれる、いまも、どっちも……くる、し……」
リトスはエンスがリーンに長々と話させた事を諌めようとしたが、その途切れ途切れの言葉に言葉を詰まらせる。今の自分なら間違いなく封印具の方が辛いと即答する。のにも関わらず今一番苦しい筈のリーンはどちらも選べないというまさかの選択肢を口にした。それはつまり、自分が軍人として―――衣食住に苦労していない生活に慣れきってしまった証拠だ。
「……そう、デスカ。私もどうやらもう平民とは言えなくなってるんですネ……」
苦しそうに体を丸めたリーンを撫でながら自嘲気味に薄らと笑う。それに困った顔をして見るのが、元来平民として生活した事の無いエンスとアリアだ。
「……私も今は無いけど元子爵家だからね……やっぱり根本って、理解出来てないものね……」
「没落した時には既にここの一員だったしな……そんな事を言ったら私なんて理解どころじゃないなぁ」
アリアの家、ローリエはつい5年前に国王の不興を買って没落した子爵家だ。リーンのように本気で辛い生活をした経験はある意味無い。
「…………今年の冬は乗り越えられるかな……?」
国民も、リーンも。
封印される苦痛はオーバーS全員が味わっている事だが、たった数ランクしか下げられていない彼等とは一線を駕す、どころか下手をすれば心臓が止まるような締め付けだ。苦痛で落ちた体力で冬を越せるのか、それは彼等には分からない事だった。
お父さん生きてる間にもう少し登場させたい……(後数話で死んじゃいますし)