第56話 山場と帰省
新しいパソコンに慣れなくて四苦八苦しています。
ウィンドウズ8って凄いですね……
学園の門はとても大きい。
天才達による破壊活動が行われても大丈夫なように設計された学校だ、頑丈な門や建物が使われるのが道理なのだが、正直言って貴族の生活に慣れた僕から見てもデカ過ぎる。……まぁ、その分しっかり外部からも内部からも魔術的・及び物理的な防御が出来るからいいんだけどさ……
「一一この門を開いて貰うの面倒じゃないんでしょうかねぇ……」
「面倒だと思いマスヨ。私の車両は登録されてますから早いですケド、一般の車両が入る際には色々な確認に20分は待たなければいけないらしいデスシ」
「城から帰って来る時に毎回コレやるの、スゲェメンドクセー……」
皆同じ感想を持っていたらしい。僕が溜息をついた上で成される会話にとても同感出来る。
因みに今は城から漸く学園に帰れた所。あの凱旋行進の2日後なんだけど、やっと落ち着いてきた部隊(と言っても一応は通常訓練とかあるし仕事は交代制なんだからその引継ぎがスムーズになってきたって意味なんだけど)を抜け出して本来の仕事場に戻って来れた訳だ。
そして帰って来るのに使った足がなんとリトスの車。学園組(アル・メイ・ソラ・僕の4人)を乗せて一時的に珍しくもリトスがちゃんと許可を取った上で送ってくれているのだ。……僕が車運転出来る状況じゃないからね……
「んで、この車ってどこまで入れるんだ?リトスさん」
「普段なら門の脇にある駐車スペースまでなんですガ、今日だけはエンスから許可が下りてますから中等部の寮まで送りますヨ。一人動くの億劫そうなのいますシ」
「うっさい……前の封印具の時より今の方がキツイんだからしょーが無いでしょ……」
リトスが意味ありげにチラっと僕を見たので思わず反射的に言い返す。
あのパーティーの後、まぁ一時的に酒に逃げた後とも言うけど、部屋に帰る前にパッタリいっちゃったんだよね……
何でか隊長からの体使わせろコールは無くなったけど、それ以前の問題で疲労が限界だったから。昨日一日アズルの監視下で医務塔に監禁―――されなくても動けなかったけど―――され無理矢理今日ソラを引っ張って帰還した訳。御陰で身体が重くて仕方無い。
「だっる……」
「魔力圧迫じゃない倒れ方っつーのも珍しいよな。今はそっちは落ち着いてるっぽいし」
「ソラ先輩、ホントなんでそういうの分かるんですか?オレから見ると風邪じゃないなら魔力関連かなーって思えるんですけど」
シートにグッタリもたれてるとソラが覗き込んでくる。なんでか知らないけど、目を見るのが一番良く分かるんだって、僕とのリンク。そしてそれにメイが興味深そうに訊いてくる。
「そもそもリーン、ブッ倒れても風邪はひかねぇしな……ウイルスごと分解されてくし。魔力で倒れる時はなんか空気がピリピリしてる感じで、普通に限界の時は覇気が無いだけ……な感じだな」
「倒れる前提で話さないでよ……」
「私から見ても何故倒れたかなんて全く分からないんですけどネェ。流石お母サン。リーンの事良く見てます」
「誰が母親だ、誰が」
絶対ソラは母親だよな。僕母さん居ないから分かんないけど、無駄に心配性なトコとか。
「ソラおかーさん、だるいよー」
「母親じゃねぇっつってんだろ!……って、地味に熱上がってんな。その状態で歩けんのか?」
「38度突入してますけど……?」
ほらやっぱりお母さん。おっかしいな?育てたの僕の方なんだけど……
なんてくだらない事考えてるとギロリと上から睨まれる。ソラ目つき悪いんだから睨まないでくれよ。こっちは病人なんだからいたわってくれ。普段からよくある事だからこうして通常と同じように話せてるけど本音は頭痛いし怠いし息苦しいしで色々辛いんだよ。
「コレ本当に医務室いなくて良かったのか?ぜってー顔色良くないだろ」
「顔色がいい病人っているの?」
メイが顔を顰めて訊いてくるので敢えて揚げ足を取る。だってヤだもん。また医務室に行くの。病院嫌い。
その様子に気づいてか苦笑したリトスが運転席からフォローを入れてくれた。普段は荒めの癖に今だけは僕の事を気遣ってか安全運転でいてくれている。……軍人って道路交通法破って平気なのかな?
「良くはないですケド、気分的にはこちらの方が休めると思いマスヨ。疲れですから栄養あるもの食べて寝てれば大丈夫デショウ」
「革命直後に傷も塞がらないまま脱走した時を考えればこっちに連れてきた方が何倍もマシだ」
ソラの言った一言にギョッとした目が飛んでくる。……いやまぁ、あの時は精神的に限界だったんだよ。だから二人共、その呆れた目を止めて?
「脱走って……てか傷?」
「あー……背中ザックリやられちゃってねー。未だに傷残ってるよ」
深くは無かったけど出血量と栄養的にヤバかったらしい。ひと月動けなかったもん。
「もしかして、だからお前絶対大浴場行こうとしねぇのか?」
「うん、結構酷いし」
寮の大浴場って凄いよね、露天風呂とかあるし。……女子は‘今は’無いらしいけど。まぁ、何と言うか、男って馬鹿だよね……
でもどうせ行った事無い僕には関係無いんだけど。
「……あの、リーン君もしかして聞いてないんですか?」
「は?」
いきなりアルがおずおずと切り出してきた台詞に首を傾げる。が、その動作すら頭に響く。頭痛が……
「動かないで下さい!……その様子だと、学園から連絡来てないみたいですね。寮の一部、工事入って来週いっぱいまで各部屋のシャワールームお湯出なくなるそうですよ?」
…………なん、だと!?
「げ、マジで?オレんとこにも来てねぇぞ。って事は訓練の後とかどーすんだよ……」
「あー、まぁその分大浴場を24時間開けるとかするんじゃないですか?」
うわー、何その嫌なタイミング。いや、夏休みだから帰省して生徒も減るし、工事には持ってこいなんだろうけどね?だからといってこのタイミングでこの仕打ちは無いじゃないか?
「……お前、風呂場まで動けんのか?」
「……シャワールーム、水は出るんだよね……?」
ソラが哀れなモノを見る目で僕を見下ろして来たので僕も乾いた目を上にやる。熱出してる時に湯船浸かるのはダメだけど、風邪じゃないから冷水はオッケーだよね……?夏だし。
「リーン君、今度こそ風邪ひきたいんですか?」
「ぐ……多分ひかないから大丈夫……だと思う」
「バカは風邪ひかないって言うけど天才も風邪ひかねーのか?」
バカが風邪ひかないっつーのはひいた事に気づかない位バカだって事じゃないのか?
ソラも同じ事を考えてるらしく僕を見下ろして微妙な顔で頷いた。……なんでこんな事にばっか使われてんの?この一歩通行な精神リンク。
と、そこで再び前からリトスが茶々を入れて来る。
「だからと言って熱下がった後も風呂に入らないなんて止めて下さいネ?まぁ、昔みたいに嫌がった挙句に湯船の湯全部蒸発させるなら話は別デスガ」
「…………あのさ、昔の黒歴史掘り返すの止めてくれる?」
キキーッと音をたてて車は寮に到着した。
◆ ◆ ◆
ヴィレットの秋は過ごしやすい。猛暑の夏だった分涼しい季節がやってくると皆ホッとしたように過ごしだしていた。……例年なら。
「ここまで暑かった夏も困ったものだねぇ」
「この様子だと間違いなく冬は極寒デスネ。猛暑の御陰で作物にも影響が出ていますシ、果たして今年の冬はどうなる事ヤラ……」
しかし異常な猛暑に見舞われた今年はそうはならなかった。この夏の暑さで出た影響に頭を悩ませる人が今年は多い。昨今の情勢もさる事ながら、民衆の様子も段々と悪い方向へ向かっているらしく色々と悩みが尽きない。
「アズルが熱中症で倒れるヤツ続出したにも関わらず水不足が深刻で大変だってぼやいてたぞ」
「ローゼンフォールにとーちょーきまたとばしてみたけど、サフィールこがはんぶんくらいになってたー」
各々が知っている現状の情報交換をしてみるがあまり芳しくない。ローゼンフォールはまだ水資源が豊富な場所なのでマシらしいが、ウィンザーのように大きな川が流れておらず、山も無い場所では本格的に大変だった。もう少し経てば秋雨の季節が来るので大丈夫だろうが、それまでは気が抜けない。
「新聞も不安の声ばかり上がっているしな……」
そう言って机に広げた数々の新聞を折り畳んでいくのがこの情報交換の中心人物であるエンス。漸く涼しくなって来たのに次の問題が浮上してそれどころでは無い様子だ。
「最近は城内も物騒になって来たからなぁ。フォーをここに連れて来るの本当は避けたいんだけどね……」
「おいてったらまたぼーそーするじしんあるよ」
何故か場違いな幼児に溜息をつけば拗ねたように当の本人は忠告してくる。最近では知らない人に近づく位は問題が無くなり、屋敷の中を自由に出歩いたりも出来るらしいがそれでも置いて行かれるのはダメらしい。……やっと屋敷の修繕費も少なくて済むようになってきたのに態々それを増やしたくは無い。
「だよねぇ……ま、仕方ない。フォーも大分魔術覚えたし大丈夫だよね?」
「並みの幼児とは違いますからネェ……どこの5歳児がCCCの技術ランクなんて持ってるのカ……」
「ふぇ?だってヤられるまえにヤるのがいちばんいいってにいさまが……」
原因は目の前に居た。いや、確かに技術ランクが上がれば暴走の危険も減る。本人の特殊能力で防御は問題ないし、残るは迎撃手段だけだろう。が、そんな建前を放棄してサーチアンドデストロイ、なんて考えを教えたのはいただけない。
「お前か……」
「いやだってこのままだと平民差別が厳しくなるだろう?ならそれまでに自己防衛を覚えさせたほうが安心できるだろう?」
「そういう問題じゃねぇよ」
本気でこの情勢が恨めしい。ついでにこんな時代に生まれてしまった超絶天才達も恨めしい。神童と名高かったリトスと同じく天才の名を欲しいがままにするリーン、この二人が未来にタッグでも組んだら果たしてどんな魔法が、技術が、そして未来そのものが出来上がるのかが怖いような気がする。
「それより今は水不足の解決と冬をどう乗り切るか考えてくださいヨ。このままでは去年以上に酷くなりマスヨ」
一旦ずれた会話を戻すために手を叩いたリトスに全員の視線が集中する。まだ僅かに残る夏の生ぬるい風が窓から窓へと抜けていく。
「取り敢えず父上は貴族相手にしか動かない考えらしいな。もっとも貴族連中なんて魔術で水精製出来るだろうからほぼ放置に近いだろうがな」
「どころかこのままじゃ第一王子派と第二王子派で資源の取り合いを始めそうで怖いな。既にウェストソール国から武器が流れてるって噂あんぞ?」
裏から回ってきた情報にシトロンが頭を押さえた。予想の範疇だが武器が秘密裏に売買されているという事はその分こちらから大量の金が流れて行っているのだろう。だとすればまた貴族が平民から税を徴収する額が上がりそうだ。
「馬鹿が……間違いなくこのままじゃ国が崩壊するだろ?」
「あいつらに重要なのは国じゃなくて権力ですからね……今他国から軍事的な介入があったらもう色々と終わるな」
一番の救いは軍事力3位のミッテルラント帝国が中立を保ってくれている事と、一位のヘルメス国が西側の3国と戦争中な事だろうか。少なくともヘルメスがこちらに攻めてくる余裕は無い。第2位のヴィレットと4位の国では力の差が大きいので態々狙う国も無いと信じたい。
「とは言え、ミッテルラントの中立はこちらが危害を加えなければだろ?そろそろバカ王が戦争吹っかけたりはしねぇのか?」
「むりだよ?だってヴィレットのきぞくはみーんなあそこのこうげーひんかってるもん。それがかえなくなったらこまるからおうさまもなんにもできないよ」
「…………エエ、まぁそういう事ですガ……どっからこんな事覚えて来るノカ……」
攻められない理由が完全に私利私欲なので腹が立つが、それ以上に気になるのはリーンの知識がどこから来てるのかだ。この際クズの事はいつもの事だと開き直れても、この舌足らずな幼児がとんでもなく大人びた発言をする事をいつもの事だとは思えない。
「なんでフォーはそんな事が分かったんだい?」
「だっておしろにいるエライひとたちみんなミッテルラントのさくひんをいくつかったとかいってじまんしてるもん。あのくにだけはいかしておかなきゃって、ブタさんたちがわらってたし」
ブタさん……聞こえは良いが間違いなく太った貴族達の事を言っている。子供の比喩は暗喩にならないから恐ろしく、そして性質が悪い。本人達が聞いたら激怒して怒鳴り込んで来る事間違いなしだ。
「お前……キツイ事さらっというよなぁ……」
「ふぇ?」
グリグリと頭をかき回してきながらげっそりした顔をするコウに訳が分からないと首を傾げるリーン。それに他3人も苦笑して何も言わない。
「さて、兎に角水関連は私直々に動くしか無い、がどこまで手を出せるかな……」
漸く本題に無理やり戻したエンスが額に手を押し当てた。王子という身分は何でも出来そうで何も出来ないのだ。王という頂点が居る限りは。
「それと冬までにどれ位食料を確保出来るかも重要デスネ。……来年はもう少し期待したいですが、取り敢えず今は秋までに採れた物の貯蔵で乗りきらねバ」
「ローゼンフォールの食料はある程度余裕があるから備蓄に回しておこうか。貯蓄する場所はうちの倉庫を使えばいい。水はサフィール湖の水を濾過して配給するしか……」
「十分、とは言えなくても大分賄えるでしょうからお願いします。後はフォロート候の方にも頼んでみるか……」
やっと本格的に進みだした会話が希望的観測を通り過ぎる。どこまでやれるかは分からないが、やるしかないだろう。
中心はエンス、サポートはローゼンフォール、フォロート、そして支援のみだがゼラフィード。三大貴族勢ぞろいなこの陣営でどこまで出来るか、それはこの時は誰も分かっていなかった。