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Silver Breaker  作者: イリアス
第四章 鐘の音が響く
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第55話 苦悩の強者

 パーティーは終わる。多少の余韻を人々の内に残らせたまま、高揚した気分に一旦の終止符をつけた。

 そんな夜中の城内は喧騒に満ちた先程までとは様変わりし、裏方に徹していた人物も表でにこやかに談話していた人物も皆疲れの呼ぶままに深い眠りへと落ちている。


 が、その中で一室だけ明かりが灯り続ける部屋があった。


「……第5位、こんな時間に話トハ?」


 部屋の主はリトス。乱雑に物が放置された部屋に見えるが案外片付いている、と言う妙な部屋の中央に座って取り敢えずといった具合に客であるアルトにペットボトルの茶を出す。それを受け取ったアルトは眠そうに目をこすりながらも礼と、そして謝罪を口にした。


「疲れているのにすみません。会場で少し困ったことが起こっていたので出来れば今日話してしまいたいと思いまして」


 連日の書類仕事から解放され、代わりに散々歩き回り会場の警護に能力を使ったりして正直アルトも辛い。本来ならその中身と釣り合わない子供の体ではとうに寝ている筈の時間だ。瞼も体も十分重い。


「困った事?」


 確かに今日のパーティーはエンス毒殺未遂を含め色々あったが、自分達二人だけで話さなければいけない事など起こっていたか?と一日を振り返って首をかしげる。


「ええ、単刀直入に言います。恐らく会場の食事に毒を盛った真犯人、‘魔物’です」


「は!?」


 魔物、というとんでもない犯人に夜中だという事も忘れ素っ頓狂な叫びを上げる。が、それに気づき一瞬で落ち着くとリトスは少しだけ声のトーンを落とし訳が分からない、とばかりに質問を投げかけた。


「どういう事デス?毒を入れたっていう事は人型の物デスヨネ?でも5万年前の戦乱期ならまだしも現在には人型の魔物―――今は第一人型魔物、でしたっケ?は、滅びたのデハ?」


「僕もそう思っていました。けれどもそれだとおかしいんです。……あの毒、陛下は大丈夫そうでしたが本来なら人型が発する瘴気を抽出しないと作成不能な物なんです。どんなに保存状態が良くても精々が1万年持つか持たないか、という代物でしょう」


 予想外の回答に目が回ってくる。確かにアレが関わってくる以上はエンスに報告すべきではない、アルトやリトスが属している‘こちら側’の問題だ。


「嘘!?……な訳が無いですネハイスミマセン。いやでももし残っていたとしたら、大国にはいませんヨネ。銀の生まれる国には風の方々が厳重に結界を張っていた筈デス。少なくとも私達聖痕(スティグマ)持ちが覚醒前に魔物を呼び寄せ殺されるなんて事起こってマセンシ」


「厄介ですよね、この体質……魔物ホイホイとか泣けてきます。何が悲しくて自分達の最大の敵呼び寄せる力なんて持ってるのか……っと、話がずれましたね、すみません」


 自分達聖痕(スティグマ)持ちの弱点は『似通った力故に魔物を引き寄せる事』。真逆なのに似ている、という矛盾に思わずした遠い目に気づくと急速に現実へ呼び戻し、一度市販の茶で口内を潤す。話さねばいけない今後の方針が一気に増えそうだ。


「兎に角、敵がアレだと断定出来れば狙いは‘鍵’で決定でしょう。彼等は彼女の覚醒を何よりも恐れていますから」


「ですが今更彼等が動き出した理由が分かりまセン。ウチの副官曰く内部に手を引いた者が居ると予想しているそうデスガ、そちらはまぁエンスが死ぬというメリットがありますしいいとしまショウ。が、肝心のあちらの出方がこんなに慎重だと非常に謎デス」


 昔の記憶ではアレは知性など対して持ち合わせていないものだった筈だ。そんなものがいきなり毒殺などと回りくどい事をやるとなると、非常に不可解だ。


「昔なら城へ総攻撃とか単体で仕掛けて来ましたからね……人型のモノに脳の発展が見られたから今まで隠れていられたんでしょうか?なら誰かが影で操っている可能性が……」


「誰かが復活させてしまった、という線もアリマスネ」


 つまり故意ではないと。だとしたらなんて迷惑な。その線が一番平和的だが来て欲しくもない。どうせなら黒幕を捕まえてキッパリ終わらせる方がずっといい。

 そしてついに緊張感ある雰囲気が弾けて脱落した。


「あーもう何で風の2位が見つからないんですか……全てを知ってるのはあの人と眠り姫だけなのに……」


 後ろに反り返って顔を腕で覆ったアルトにリトスが同感し、こちらはグッタリと俯いた。先程までの有意義な会話はどこへ消えたのか。


「眠り姫―――言い得て妙デスネ……寝なくても生きていけると豪語していた彼女が5万年もぐーすか寝てるンデスカラ……」


「目覚めのキスは鍵と風の2位の二人分必要ですけどねー」


 しかもキスなんて生ぬるい(・・・・)目覚め方ですらないけれど。

 そんな無意味な雑談にひとしきり落ち込んだ後、アルトが苦笑して呟いた。


「風のお姫様もそうですが、他の爆睡されてる方々も起きて欲しいですね。……昔のように、わいわい騒いでいるあの4人を見たいです」


「ええ……きっと、姫君が目覚めれば他の方も彼女に叩き起されマスヨ。容赦無く突風で皆様を吹き飛ばす位やりかねませんからネ」


「ああ、絶対やりますね」


 二人はクスクス笑って向き合う。彼等の主は土、でも二人が求める女性は風。そして目覚めて欲しい4人の残り二人は相反する属性なのに双子な火と水の兄妹。いや、姉弟かもしれないが。

 そんな変わった人達のやらかした数々の所業を懐かしみながらさて、と茶を飲み干す。


「すみません、あまり有益な情報渡せなくて」


「イエ、ありがとうございマシタ。一応色々調べてみますガエンスにバレないようには難しいですね」


 苦笑して肩を竦めたリトスに頷いてアルトが立ち上がる。そして退出した彼を見送り、パタンと閉じたドアの内で、リトスは壁に身体を預けた。俯いて顔を覆い、歪な笑いを浮かべる。


「…………覚醒、デスカ。彼女の覚醒なんて、見たくないんですけどネ……」


 囁いた声は、闇の中に吸い込まれた。


   ◆   ◆   ◆


 城の一角にある夏の草花を集めた庭園で、厳しい顔で空を仰いでいるエンスの横にシトロンが立った。


「随分酷い顔をしているね、エンス君」


「シトロンさん……」


 普段はうっとおしそうに自分を睨みつけてくるリーンも心配そうに見上げてきている。あの後一緒に居る事までは問題無くなったけれど、矢張り他人を需要出来るほど心の傷は癒されていない。自分がリーンに何かしても嫌そうに眺めてくるばかりだ。

 しかしそんな彼ですら空気を読んで不安そうに見回してくる。それに少しだけ罪悪感が湧いた。


「聞いたよ、決まったそうだね。次の王は第二王子だって?」


「はい……私が言うのもなんですが、長兄は政治には向いていませんから……」


 決まってしまったのだ、次の王位継承者が。現在20の長兄ではなく、その2つ下の次兄に。自分もなんとなくそうなるだろう、という事位は気づいていたがこんなにも早く決まってしまうとは思っていなかった。長兄は父からは気に入られているが他人からの人望はあまり無い。王としてはそれは褒められた事では無いのだ。幾ら愚王、と自分たちが罵っている父王だってその位は理解している。


「これから城内は荒れます。長兄を推していた派閥と、選ばれた次兄の派閥で」


「だろうね、賄賂や煽てが効かないキミには殆どお偉方はつかない。逆に言えば、一応王子という認識をされているキミがどちらかに属したら最後、私達の計画は潰える」


 ずっと、機会は狙っていた。父の退位する瞬間に、自分が王位に就こうとしていた。けれどこのままでは無理だ、退位まで待っていられないと気づいてからは革命の準備に忙しくて。そんな中起きた厄介事だ。またプランを編み直さなければいけない。


「わかっています。中立を保ちますよ、今は」


 いつまでそれでいられるかは分からないけれど。それでも今は下手な手出しは出来ない。板挟みに苛立つばかりだ。


「うん、良い回答だね。取り敢えず私のお使いその一は終了かな」


「……きぞく(貴族)ってメイドさんにおつかいたのまれるもの?」


 ぼそりと呟いたリーンの言葉にシリアスが一瞬で崩れた。お使い?当主がメイドにお使いを頼まれる?


「…………いや、それはシトロンさんだからだと思うぞ。そんな馬鹿な事聞いた事もない」


 一瞬リーンがこの人に釣られて非常識に育つなんていう怖い未来を想像し、急いで頭から消し去った。いやまさか。自分たちがそうならないよう教育すれば良いのだ。

 ―――この誓いは残念ながらそう遠くない未来に破られているなんて事を知らないエンスは、実らない夢にやる気を出していた。


「えー……だってどうせこうして出かけてるんだしさぁ」


「良くも悪くも平民と貴族を一緒に見てますよね……一応、馬鹿共みたいに国民をないがしろ通り越して奴隷扱いするのもダメですが、一応は権力者としての威厳持たなきゃダメですよ?」


「……一回り以上年下の子にそんな事言われるなんて……」


 しょぼん、と落ち込んだシトロンに彼と手を繋いでいたリーンが微妙なモノを見る目で彼を見上げた。まだ感情だって統合性の無い筈の幼児がこんな表情をする瞬間なんて早々見られるものじゃないな、とエンスはズレた方向に感心する。但しあえてここで言っておこう。こんな考えをする(本来は)中学生など絶対居ない。


「いげん?それっておとなりのアシャルトのとーしゅ(当主)がどなってたアレ?」


「……それは何かが違うと思うぞ?」


 アシャルト子爵は確かに建前で貴族の威厳がどーのこーの言う人だが、彼の言う威厳は絶対本来の意味とは違う。この国では最早威厳とは貴族が平民よりも上だという事を表すだけの精神的虐待に近いモノだが、その意味で覚えて欲しくはない。


「って、フォーいつの間にアシャルト子爵に会ってたんだい?」


 相変わらず人嫌いは続いている。シトロン無しでは赤の他人どころかエンスとの会話すらロクに成り立たない位―――いや、最近漸く少しだけ懐きだした程度だ。とは言え、散々可愛い可愛いと撫で回していたら拗ねて近寄らなくなったのでこれが進展なのかは不明だが。

 しかし、そんなリーンがシトロンが知らない所でそんな明からさまにリーンが怖がりそうな貴族らしい貴族(私腹を文字通り肥やしたギスギスでテンプレ的な男)に近寄れたとは思えない。


「ッあ!?」


 しまった!というような顔で叫んだリーンはバツが悪そうな顔で下を向いた。イタズラがバレた子供みたいな反応だ。その後チラチラと上を怯えたように見上げてくる。


「フォー?別に私は怒らないから、話してくれないか?」


「…………おこんない?」


 ホントのホントに?と上目遣いで訊ねてくるリーンにシトロンもエンスも強く頷いてやる。この精神状況だ、リーンを叱る事など元々やってはいけない。

 それでも少し怯えた様子のリーンが拙い説明を始めた。


「あー……あのね、リトがもってた……きょーかしょ(教科書)?ってほんにね、まりょく(魔力)とうちょうき(盗聴器)つくれるってかいてあったから……えと……」


「え?作れたのか?」


 こくん、と小さく頷いたリーンに二人は目を丸くして合わせる。地味な術の上、かけた対象物にはかけられた事が丸分かりな全く使えない魔術だが、普通の子供の技術ランクで作れる程楽な術でもない筈、だが……?


「ぼくのハネにね、そのまほう(魔法)かけてそらにとばしたの。そしたらふゆ()のおはないっぱいあるにわ()にいたひとたちのこえ()がきこえて……」


「そのうちのひとりがアシャルト子爵だったのか?」


「たぶん……そのまわりにいた、エンスのおにーさんについてはな()してたひとたちがそういってたし……」


 最後の方は消えそうな程の声だったが、一つ聞き捨てならない情報にエンスはリーンの目線に合わせるため屈んだ。今、とんでもない情報が入ったような気がする。


「周りに居た人が兄上について話してたのか?どっちのだ?」


「いちばんうえのおにーさんだったよ?えと、いみはわかんなかったんだけど「なぜへいかはちょーけいでありゃせらせるでんかをおえらびにならなかったのか」とかいっておこって(怒って)た……?」


「ありゃせられる?『あらせられる』かい?」


 この子の記憶力の確かさはここひと月一緒に過ごしていたシトロンが良く理解している。一度聞いた事、見た事は殆ど忘れない。例えば2週間前の昼食に入っていたサラダの葉の数まで正確に覚えているだろう。それ程の記憶力を持っていれば人が言っていた台詞を全て覚えてるなんて当たり前だ。


「そう、それ!あとハゲでメガネのひょろっとしたおじさんが「だいにおーじのあさってのゆうはんはフグだな」って。なんでフグなの?」


 それにハッとした表情で二人は目を細める。冬の花が多い庭とは恐らく椿やシクラメン、パンジー等が多く植えられている冬霞の庭園だ。夏である今はあまり人が立ち寄る場所でなく、態々そこで話していた、という事はバレてはいけない会話。

 しかも先程話してた通り、王位に就く事が出来無くなった第一王子派の人間。そんないかにも怪しい連中がフグを夕食に出すと言っているという事は、間違いなくフグ毒に見せかけての第二王子殺害、もしくは病床送りと見ていいだろう。確かに食材が原因の場合は責任は厨房にいる料理人達にしかかからないが……


「リーン、よくやった。その情報、絶対他の誰にも言うなよ?」


「ふぇ?あ、うん……?」


「フォー、ごめんね。ちょっとお仕事入ったから帰るの遅くなっちゃうけど……」


 いきなりの事態に目を白黒させるリーンをくしゃりと撫でるシトロン。その顔はいつものほけほけしたそれではなくしっかりと前を見据えた真面目な表情だ。


「じゃあエンス君、先ずはリトスとコウを捕まえないと」


「はい」


 そして革命へ向けて事態は少しづつ、だが確実に進んでいく。

リーンの中でのエンスの立ち位置移り変わり表


怖い人→やたらに構ってくる怖い人→やたらに構ってくるウザイおにーちゃん→(以下省略)→休ませてくれない主、兼面倒見の良い兄


我ながら凄い進化だと思います。

子供リーンのやさぐれようが地味に私のお気に入り。

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