第54話 貴族と権力
注意、私は未成年がお酒を飲むことを推奨している訳ではないのであしからず。
というか飲んだことも無いのに私は何故こんな酒について詳しいのか……
パーティーは終わらない。夕方、まだ日が沈みきっていなかった6時から続くこの会の終わりは夜中の1時。僕等のような体の完全に出来ていない(プラスメイのように遅くまで起きている事に慣れていない)子供達や散々昼間魔力を使いまくっていた下士官達の体力が保つのかと言われたら多分持たないだろうが、でも続いちゃうんだからしょうがない。
取り敢えず交代制で10時過ぎにはアルと隊長格と国王を除く未成年は参加できないように規定されているが、逆に言えばそこから先は無礼講状態な訳で―――
「あ、このお酒美味しい。侯爵、去年のフォロート産ワインなかなかですよ」
「ローゼンフォールの者にそう言って貰えるなんて光栄だ。ウチのメイもこう言う事に敏感ならいいんだけど……流石に普通の未成年に酒の味覚える程飲ます訳にはいかないからな……」
「確かに美味いな。ウチでも一応ワインは作ってるが、ここまでのモノはなぁ」
「ゼラフィードはウィスキーが主流でしょうに。公爵今回の献上品であんまり出してくれなかったから出せなかったんですよ」
「おいおい王が強請っていいのか?代わりにエールは大量に献上したじゃないか。あとここの張り替える為の絨毯も」
「食べ物以外の献上が出来るなんて羨ましい……ローゼンフォールだとやっぱり主流が農業になってしまうんですよねぇ」
僕等がわいわいやって誰も近づけない空間に居座る数人の軍人。でも身分違いの為誰も話しかけて来ることはなく完ッ全に護衛に徹底してしまっているようだ。
「……リトス隊長、逃げたいです」
「私もデスヨアル君……この方達幾ら周りがうっとおしいからって三大貴族プラス王族で固まる事ないでしょうニ……」
「酒飲みてー」
非常に恐ろしい空間だ。単独で一個中隊と同じかそれ以上の戦力を持ってる連中が三人、昔同じ能力を持っていた軍師が‘国傾の千里眼’と呼ばれた程凶悪な聖痕を持った少年一人、国内でも屈指の権力者かつ実力派貴族が二人、そして最後は先程国民の熱狂的な支持を集めてた国王。
そんな所に近づく怖い物知らずなんて残念ながら居ない。皆遠目に凄く気になりますと言わんばかりにチラチラ見てくるだけで終了してる。
「お酒ってそんなに美味しいんですか?」
「美味いけどアル君には飲ませらんねぇな……」
「と言うかリーン君が異常なんデス。ワク過ぎて軍医長直々に飲酒許可出るナンテ……」
そう、勿論未成年のお酒は法律上アウトである。……資格を持つ医者に許可されなければ。
偶にいるのだ。僕のように魔力が分解型で酒も水も変わらないような人が。ソラも一応は大丈夫という許可が下りているが、残念ながら本人に飲む気が無いから意味が無い。……美味しいのに。
「飲んだらすぐ酔っ払うリトとコウより僕が飲んだ方が建設的だと思わない?」
「酔えない酒なんて酒じゃねぇだろ!」
僕からしたら‘酔う’という感覚が車酔い位しか分かんないから寧ろ酔いたくない。まぁ、あの酔いとは別物なんだろうけどさ……ああ、でも一応酩酊はしなくてもほろ酔い位までは行けるよ、結構な質のを飲めば。
「でもコウみたいに酒に酔った挙句所構わず女の人口説いて撃沈するような大人にはなりたくないよね」
ふと思った事を呟けば、凍りつく会場。アレ?
「…………リーンフォース、そんな大人にならないでくれよ。お前は純粋に育ってくれ」
「いやあの公爵?元々なれないように身体が出来てますからね?と言うかその台詞僕にじゃなくて殿下に仰って下さいよ。まるで娘に対する父親の台詞ですけど……」
何故こうも僕の周りの大人は人を子供扱いしたがるのか。軍に引き入れられた時点で普通の子供以上に子供が知っちゃいけないような事を知ってしまっているというのを分かっているだろうに。少なくともネリアさん辺りが正しい拷問の方法を知ってるとは思えないし。
何故だ?と首を傾げているとお互いにどうしよう、と言う目で確かめ合う大人達。と、そこに嫌そうな顔をした青年が一人顔を出す。
「お前、見た目だけは可愛らしいから見てて危ねぇんだよ」
「ソラ、死にたいの?」
人が多い場所が嫌いなのに仕事でここから脱出出来ない哀れな養い子は喧嘩を売りに来たらしい。よし、言い値の3倍で買ってやる。
「んな訳あるか。コウ隊長、交代時間です」
「あ?もうそんな時間か?」
なんだ、普通に業務連絡か。……っていうか、ソラなんか酒臭くない?
コートの肩口に鼻を近づけスン……と匂いを嗅いでそれを確かめるとホントに臭ってくる。僕の行動にアルが不思議そうな顔をした。
「あれ、ソラ先輩もお酒許可出てるんですか?」
「げ、やっぱり匂いが付いてたか……一応、アズル軍医長―――今は隊長か。に許可は出して貰ってる」
「珍しいデスネ、キミが飲んでくるなんて」
少し和んだ(というか権力者達が黙った)空気にホッとしたようにリトスが訊ねた。でも、その話題になるくらい珍しい事なのだ、ソラが自分から酒を飲んでくるなんて。しかも少量じゃ無く。
「ソフィアさんとアリアに絡まれたんだよ。あの酒豪共向こうの端で飲み比べやってんぞ」
……おい、主賓のエンスですらそこそこにしか飲んでないのにアイツ等は何をやってんだ。明日は二日酔いか?思わずダメな大人達に目を据わらせるとエンスからの苦笑がやってくる。
「まぁ、久しぶりの酒だろうから多めに見てやれリーン。私だってこうやって地味にワイン2本目突入しているしな」
「いつの間にそんな飲んでたの!?」
前言撤回。主賓は主賓らしく高級ワインを堪能していた。しかもワインが2本って言ってるけど、さっきウィスキーのロックも持ってたよな?室温にされ、開けてから少しだけ時間が経った赤ワインに天然水使用の氷入れたウィスキー、なんて贅沢な飲み方なんだろうか。そしてなんて勿体無い飲み方なのか……
学園に酒持ち込む訳にいかないしその辺の店入る訳にもいかないからこんな良い酒なんて僕滅多に飲めないのに……
「くそ、流石王宮。良い酒揃ってる……」
「何オヤジみたいな事言ってるんだリーン君。その発言完全にやさぐれた中年だぞ」
「娘の次は中年ですか、最早僕がどんな風に見られているか分かりませんね」
でも本当に高級なモノばかりが揃ってるんだよ。さっきまでは人目を気にしてジュースしか飲んでなかったけど、ずっと飲みたかったんだからハメ外してもいいだろ!あっちのロゼも白もスピリッツもリキュールもまだ飲めてないんだよ!
「お前、そんなにストレス溜まってたんだな……さっきから酒以外考えてねぇだろ……具体的には護衛解除されてから」
「もうヤダソラとのリンク。全部流れてってない?僕の思考」
「いや、リンク関係なしにお前の血走った目が酒に向いてるから……」
おや、僕はそんなに飢えてたか。
「私の育て方、失敗したかな……」
「エンス、やっぱ5歳から飲ませたのがいけなかったンデスヨ」
「酒の味覚えた5歳児の酒豪……嫌だな」
大人組はどうやら僕について議論してるらしいが無視。横でいつまでも引きつった笑いを続けるアルに向き直った。
「アル、ここにあるので一番高級なのどれ?」
「……リーン君、以外に残念な子なんですね、キミ」
アルが酷い!
◆ ◆ ◆
6月に入った。それはローゼンフォールに新しく入った子供がここに来てひと月が経過した、という意味だけでなく……ぶっちゃけると常識外れがそんな期間も大人しく出来た訳が無い、という意味にもなってしまう。
「とうさんどこいってたの!?」
泣きそうな顔で抱きついてきた息子にほけほけと笑ったシトロンがポンポンと頭を撫でて答える。
「ああ少し領の様子を見にオーランジュまでね」
「アホですかアンタ!何度リーン置いて外に行くなっつってると思ってるんですか!?」
「エンスの言うとおりデスヨ。リーン君を外に連れて行く訳にもいかないからって、態々睡眠系の魔法で眠らせておくとか酷すぎるデショウ」
「危うく医者呼びそうになったじゃないっすか!」
怒涛の如く怒られていく貴族当主。農奴こそ無い物の職業選択の余地なんて殆ど無いこの時代に見られる図では無い筈だ。
「いやだってこの間陛下が西奪政策とか言い出してたから領民達も不安だろうなぁと思って……」
「……貴族としては大変立派な心がけデスガ、父親としては最低デスネ」
確かに調子こいたどこぞの権力者様が西に戦争ふっかけて領土を広げようとか考えていたし、それがさらに国民に負担を強いるという事も確かだ。今のヴィレットの食料生産率は決して良くはない。北の方では、昨年の秋から続く大雪が降る程の寒冷で冬に幾らか餓死者が出た位だ。
それなのに戦争。金は国民から巻き上げてるから割とあるが根本的な物資が足りないのは目に見える。
「褒められるのに褒められねぇな」
プラスして昨年までの魔物大量発生で軍人の数が大分減っている。魔力的に見れば質の良い兵が多い軍隊だから多少の人数変動はそこまで問題では無いかもしれないが、多勢に無勢、という状況下に陥れば今の数で足りるかは怪しい。下手をすれば農民までもが徴収される可能性が出てきてしまう。すると食料生産者が減るという負のエンドレス。
幾ら軍人が優先して食料を分けられるとは言え、そこまでして激戦時の軍に入りたがる人も余り居ないだろう。……今は。
「確かにアレは頂けない政策ですけどね……父上も考えなし過ぎます。と言うかそもそも戦争やれる程の準備が整ってから言いやがればいいのに……」
「にいさま、コウみたいになってる」
おっと、と慌てて口を押さえたエンスに皆が苦笑する。自分の父親に向かって何て言い草だ、と思う反面それが真っ当な意見なので否定出来ない。国王派の人物に聞かれたら激怒されそうだがこの場に居るのは割と反国王派の人間ばかりなので問題無い。
「いいか、リーン。別に口調が俺みたいになってもそれは……王子としちゃ問題だけど取り敢えずは問題無い。けどな、シトロンさんみたいに息子ほっぽってどこか行っちまうような人にはなんなよ」
諭すように、しかし真面目な表情で訴えてくるコウに首を傾げて聞いていると横から思わずといった具合にシトロンが声を上げた。
「ちょ、コウ人聞きが悪い―――」
「リーン君、考えてみて下サイ。もしもキミが一人で寂しい時に、お父様が外に遊びに行っていたとシマス。どう思いマスカ?」
「ひどい」
「それをやりかけたンデスヨ、シトロンさんガ」
「とうさんサイテー」
「リーンッ!?」
まさかの全員が敵だった。でも自業自得以外の何者でも無い。現在のやさぐれたリーンがこれを見たらこう言うだろう。「ざまーみろボケ父」と。……時とはとても残酷な物だ。
「だってだってまた税重くなりそうなんだよ!?ウチの領はまだマシだけど絶対このままじゃ耐え切れなくなるじゃないか!」
「ワインと小麦で潤ってるから当分大丈夫でしょうに。隣の領では寒さに耐え切れない食物続出で大変な事になってるんですよ?」
「それは珍しい食べ物で貴族に買われるの期待してるあそこが悪い」
拗ねた子供のようにフンッとそっぽを向いてしまったシトロンにあーあ、と3人が顔を合わせる。素直に謝るのが特技なんじゃないかと言われる程の人なのに変な所で頑固になるから困る人だ。
「……でも、きぞくさまがわざわざきにしてきてくれたら、すっごくうれしいよ」
ポツリとリーンが呟いた言葉にギョッとして振り返る。そうだ、この子は誰よりも平民の苦しい所を理解しているのだ。純粋な子供の意見に捻くれた大人達は頭を抱えた。
「本当かい?だったら嬉しいねぇ」
そう笑って抱き上げたシトロンは、妙に強い。いや、器が大きいと言うべきか。
「じゃあリーン、平民にとって一番欲しいモノは何だい?」
「ほしいもの?んー……たべもの……や、それより……えっと、あ!あんぜん!」
凄く無理難題だ。その嬉しそうに叫ばれた単語にエンスが頭を抱えた。食べ物は土地を開墾すれば少しは増える。が、よりにもよってこの国で一番用意出来無さそうなモノが選ばれるとは……
「安全……まだ食料や服ならやりようがあったんですガ……」
「あの国王じゃ無理だな。自分とエンス除いた息子以外虫ケラだと思ってるようなヤツだし」
逆にここまで嫌われているエンスが凄い。一応は彼の本妻から生まれた子供なのに上の兄二人とは偉い扱いの差だ。
因みに上の兄二人は‘常識的な’貴族として育っている。髪の色は銀でこそないが、母親譲りの薄紫色で瞳は濃い青。エンスから見ると一番上は7歳年上なのだが精神年齢は恐らく彼より幾つか下。素晴らしく嫌な人間にすくすくと育ってしまったようだ。
「兄上達が私の事を嫌って無ければ父上も少しは態度が軟化したんだろうがなぁ」
まあ、銀に生まれてしまった以上兄二人から疎まれるのは仕方が無い。生まれた時から嫌われていれば全く心も傷つかず、寧ろ反面教師にしてこうして育って来れたのだから違う意味で感謝している。
……こう言うとアレだが、エンスも十分に捻くれた子供だ。
「でもお前に優しくする国王も不気味だな。寒気がする」
「というかアレが父親なエンスが可哀想過ぎますネ」
本気で酷い扱いだ。この国の惨状が良く分かる。
「ああ見えて陛下、ちっちゃい動物は好きなんだけどねぇ」
「なにそれきもちわるい」
―――前言撤回。既にリーンは純粋ではなく捻くれている。
因みに裏設定。
ローゼンフォール:フランス
ウィンザー・ゼラフィード:イギリス
フォロート:ドイツ
のイメージで書いています。ミッテルラント帝国は現代日本。天皇じゃなくて王様ですけど。