第53話 侯爵の後継
新年初めての投稿ですね。
……今年はもっと執筆速度遅くなると思います。
カツン……カツン……
大理石で出来た床にブーツの音がよく響く。白と金で整えられた廊下をには殆ど人は居ない。居るのは僕の同業者、もしくは部下達のみだ。そんな静かな空間で、突如タッタッタッと駆けているような音が後ろから聞こえた。
「さ~んさこちらにな~にようでッ!!」
それに敢えて振り返らず無視して歩いていると向こうも痺れを切らしてきたらしい。カッ、と跳ねる音がしたと思えば肩に伸し掛るどっしりした重さ。思いっきり僕に飛びかかって襲ってきたようだ。
「っ!?っと、ツカサ……任務中だよ。重い、どいて」
「酷い奴だなぁ、折角ウチのお姫が居ると思って会場抜けてきたっつーのに」
「抜けるな、嫡子の癖に。てか誰が姫だ、誰が」
ジロリと後ろに振り返って睨みつければお調子者のようにヘラヘラと笑った顔が視界に入った。
ツカサ・松条・マークイス・ローゼンフォール。名前の通りミッテルラントの血も混じっているが正真正銘ローゼンフォールの時期当主候補だ。
「何言ってんだ、ウチにお前ほどの美少女はいねーだろ」
「キミも目腐ってんの?僕はお・と・こ。正真正銘生物学上オスなんですが?ついでにもう一度言うけど‘会場抜けてくんな’。それでも『第二科副隊長』な訳?」
そう、廊下で僕に体重かけて遊んでるこの一応17歳なお子様はこんなでもリトスが率いる部隊の副隊長だ。―――そして何よりもびっくりなのは。
「別にシフトからは外れてんだからいーだろーよ」
「ぜんっぜん良くない……ついでに言葉遣い。‘女の子なんだから’もう少し直した方がいいんじゃないの?」
「うっせ」
そう、ツカサはこれでも、こ・れ・で・も女だ。着ている軍服も女性用に作られた少し線が丸いモノ。……だというのに女には到底見えない短い金髪―――但し僕のよりくすんだ色―――に灰色の瞳。武器は何とメイス―――しかもモーニングスター(刺付き鈍器。デカイ)というから可愛げの欠片も無い。属性は火だからスゥさんに近い戦い方だし(拳に炎纏うとか肉弾戦を結構好んでいる。武器はあくまでおまけらしい)最早生まれてくる性別間違えたとしか言い様が無い。
「全く、ホンットーに可愛くねぇガキだなお前。いや、可愛いんだけどな。おいちょっとそのツラ寄越せ」
拗ねてそっぽを向いた一応従姉弟に一瞬殺意すらわく……本気で、僕等顔逆に生まれた方が良かったよね。
「寧ろあげたいよ……で、態々抜け出した本来の理由は?」
「あ、バレた?」
そりゃバレるさ。一応はローゼンフォールの当主候補なんてやってるんだ。変人だけど義務感はそこらの坊ちゃんなんかに負けない物だし、コイツがこうやって茶化してる時は大体実はちゃんとしてる時だ。……重大なモノを持ってくる程テンションが高いんだよね。秘密をその辺でバラしまくるおばちゃんみたいだ。
「んじゃほーこくな。陛下に毒仕込んだ自称コックさん、漸く自白したぜ。何でも黒髪長髪なおっさんに頼まれたんだと。『陛下の食べ物に毒が入っても中和出来るよう、この解毒薬を料理に数滴入れてくれ。但し周りには絶対に言ってはいけない』ってな」
「何その怪しい台詞。明らかに疑うでしょ」
「ところがどっこい。無駄に設定凝ってたらしくてな、革命前に前王に解雇された陛下掛かり付けの医者で、昔から毒に弱くてこういった行事は心配で仕方ないんだ的なストーリーがあったんだとさ」
うっわ嘘くさ。逆にエンス滅茶苦茶毒に強いし健康優良児だったし、おまけに専門医がアズルになった理由が前専門医のおじーちゃん先生がポックリ逝っちゃったからと全く違う真実があるんだけど……あのじーちゃん、腕は確かだったけどボケて会話が成り立たなかったしなぁ……
「んで、なんで誰にも言っちゃいけない設定に疑問を思わなかったの?」
「『陛下を陰ながらお支えするのが今の私の役目です』とか何とか言われたらしいぜ」
くっさ!どこのB級映画だよ。……てかそれ仕込んだ奴も何が目的なんだよ。いや、エンス殺したかったんだろうけどさ。アイツ貴族派からは結構恨まれてるし。
「となると犯人確保はメンドいね……国外に逃げられててもおかしく無いし」
「黒髪なんて幾らでもいるしなぁ。長髪の男ってのじゃ軍意外じゃ珍しいけど」
「でも既に切られてる可能性が高くない?そんな確かな情報普通残しておかないし。しかも下手すれば染めてたって線もあるし」
……あまりのメンドくささに二人揃って顔を見合わせる。コレ、エンスが関わっちゃったから軍の仕事だよね?こんな広域な仕事は警察側の方が得意なんだけどな……
「ついでにイマイチ顔覚えてねぇらしいぜ?魔道具使ってた可能性大アリだ。その辺で幾らでも売ってるらしいしな」
「あー、巷で人気のイタズラ道具とか?『気配を消して後ろに忍び込め!』って宣伝文句のモノとか『記憶力を誤魔化すぞ!』って広告に載ってるのとか、使ってれば本気で捜索面倒になってるよね……」
これって他国にも情報流して捜索依頼しないといけないタイプだよね……外交官さん、口八丁で乗り切って下さい。この国の城内警備の質が疑われないように。―――あれ、何で荷物検査で引っかかんなっかた?
「……ねぇツカサ、荷物検査は?」
「…………………」
「ねぇツカサ、荷物検査は?」
「…………………何でか、結界に引っかかんなかった。そん時だけ」
…………………内部犯?
◆ ◆ ◆
「……拒絶された……もう私は生きていけない……」
そんな物騒な台詞を吐いたアフロが部屋の隅でのの字を書いていた。アフロの色は銀。明らかに染めた色ではなく天然の光沢だ。……要は王族である。
「エンスー、そろそろ復活しねぇ?リーンが困ってんぞー」
現状、先ほどよりも更にカオスが進んだ空間になった部屋には相変わらずのメンツが居座っていた。一人はこの異常に広い屋敷の主で現在息子をあやすのに必死なシトロン。その膝の上で泣きそうに―――否、泣いているリーン。困惑して周りをキョロキョロと見回している様は可愛らしいが、彼は先程世の人々が最も評価する美人王子の輝く銀髪ストレートを爆発アフロへとどこぞの特撮ヒーロー達も真っ青な大変身を遂げさせた危険人物である。
そしてそのアフロになった王子にヒィヒィと爆笑して床をバシバシ叩く作業に忙しいのがリトスで、その横でリーンの様子を困ったように眺めるコウ。最早呼吸困難になりかけているリトスの方は敢えて見ないらしい。
「…………リーン、そんなに私が嫌か?」
「ふぇっ、ひっく……だって、かみこわい……」
エンスが、というかアフロが怖いのか。妙な物を怖がるのが子供だが、特に自分の暴走で変えてしまったその髪型が一番の恐怖対象というから面白い。
「………………子供って分かんね」
「あっははは!いやー、ふはっ、エンスその髪型で生活しませ…………あハハハハハハ!」
「リトスも分からんぞ私は……」
隅っこで丸くなりながらペタペタと頑張って髪型を戻そうと躍起になる王子に苦笑を向けてシトロンはリーンを撫でる手を止めた。
「エンス君、そこに入ってる櫛使って構わないからさ。ほらフォー、誰も君を傷つけないから安心しなさい」
「だってぇ……」
ここに来た時と比べると考えられない程の子供っぽさにシトロンは先ほどとは違った意味で笑う。たった一週間でここまで懐いてくれて嬉しい限りだ。
「エンス君、もしフォーに傷つける輩がいたらどうす―――「嬲って精神肉体共に恐怖と後悔を刻みつけてから火で炙って海に沈めます」―――発想が怖いよ」
言い終わる前に言われてしまった言葉に眉をハの字にする。幾らなんでも物騒すぎやしないか?
「……ほ、ほらまぁフォー。絶対にエンス君がキミの敵になる事は無いからさ、ね?」
「……………さんばんめのむらのおじさんもぜったいまもってくれるっていってた…………」
すでに口約束は信じなくなっていた。恐るべきトラウマの深さに笑い続けていたリトスも含め皆が深刻な顔でお互いを見合わせる。
「…………リーン君、では一つ質問シマス。お父様の言葉は信じられマセンカ?」
「…………とうさん、はしんじる……けど……」
他人は別だ、と。まぁそもそもシトロン以外の人間と話すことすら怯えた様子を見せているのだから信頼・信用なんてそのまた遥か先だろう。会話が成り立っているだけまだマシだ。
そんな様子に困り果てたシトロンは、一つの賭けに出る。
「んー……じゃあさフォー、今までの村で約束守ってくれなかった人達は、何でフォーを追い出したの?」
ヒクリ、喉が引きつった音を立てる。今までにされた事の情景が瞼の裏で蘇り、トラウマを次々と思い出させていく。―――忘れられないから、責めてもと別の事を考えていたのにこう言われたらそれは出来ないではないか。
あっという間に指先が、身体が、心が冷えていく。脳内で繰り返される呪いの言葉は、「化物」。
言いたくない。誰にも言われたくない。最奥で巣くう狂気をはらんだそれを、どうにか口に出す。
「あ…………ぼ、くが、ばけ……ばけもの、だから……ッ!」
「それは違うぞ」
身体が震えて、上手く言葉を紡げない。身を切る思いで自分の中の‘答え’を口に出せば、即答で否定の言葉が返ってきた。
「リーンが化物だからじゃない。その人達にはお前を守れる程の‘強さ’が無かっただけだ。村が襲われても何も出来なくて、お前が守ってくれた事を受け止めるだけの心の強さが足りなかっただけだ」
思っても見なかった言葉に少しだけ顔を上げた。憮然とした表情で、でも真っ直ぐな翠の瞳が青の目に突き刺さる。
「守れなかった根本的な理由は私達王族や、馬鹿な貴族達がやらかした事の所為だ。が、守ってくれた事に素直に感謝出来ないのは自分達とは違う……いや、自分達とは違うんだと思い込んでしまったその心の所為だ」
勿論、異端への恐怖を与えてしまったのもまた自分達。それを理解しながらエンスは一時的にでも彼に人を信用させるため、‘ほんの少しの’優しい嘘をつく。
「私達はそんなに弱くないぞ。そもそもこの二人はこの国でも1、2を争う程強い。リーンや、シトロンさんを守ることなんて造作もないんだ。何処にお前を裏切る要素がある?」
「おいエンス―――」
「リーン、お前は怖いんだろう?また誰かに捨てられる事が、裏切られる事が。けれど、私達にはお前を裏切るメリットが全く無いんだよ。寧ろデメリットがある位だ」
散りばめられた嘘が、リーンの心に少しずつ染み込む。
リトスもコウも、そこまで強くはない。村にいた人々と比べれば遥かに強いが、まだ魔力が成長途中の身。これからもっと強くなるだろうが、現時点では彼等よりも強い人だって何人もいる。
まだ自分すら守れるか怪しい彼等をダシにしてまで少しだけ開かせた心に、亀裂が入らないように。12の少年が考える事では無い様な程の理論詰めで、しかし感情論で諭していくのだ。
「ほら、お前にはこの国に守られる理由が沢山あるだろう?お前のその目は?」
「…………イケニエ」
「ああ、大事な時まで大切にとっておかなければな。それと、その背もだ。一体そこには何がある?」
「…………ハネ?」
「ああ、世界に愛されたレアスキルだ。シトロンさんに聞いたぞ?リーンには綺麗な翼があるんだってな。私にも見せてくれないか?」
ニッコリと笑いかけ、つい……とリーンを指差す。それに困ったようにシトロンの顔を見上げれば、微笑んで一つ頷かれた。
「私も見てみたいな。背中に羽がある事は言ってくれても見せてくれなかったからね、フォーは」
拒絶されるのが怖くて、どんなに辛くても絶対に解放しようとしなかった翼。一人は大切な父親、もう一人は怖いけれど綺麗な王子にせがまれて少しだけなら出しても大丈夫かな、と何とはなしに思った。
「……ん」
ゆるりと頷いて、一旦息を吸う。薄く開いた瞳を宙に彷徨わせ、一言開放の言葉を呟く。
「永遠風護、はつどう」
現れたのは純白の大きな翼。感情が揺れている所為か少しだけその周りに纏わっている魔力が明るさをぼんやりと変える。
「へぇ、綺麗だな本当に。こんな綺麗な翼、早々手放したくないぞ。ほら、また守りたい理由があった」
え?とそれにリーンが目を大きく見開く。てっきりこの翼に宿る能力目当てで来ると思っていたのに、欲しがったのはこの見た目そのもの。その考えを見越してか、エンスはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「ついでにもう一つ、シトロンさん。リーンの魔力、S近いってのは本当なんですよね?」
「うん、Sまで行ってるかは微妙だけどAA以上あるってことは保証するよ」
その言葉にコウがほう、と感嘆とも嘆息ともつかない息を吐き出す。リトスもその言葉に流石、と呟いた。
「魔力が少ない分のその才能は流石デスネ……通常レアスキルとはいえその魔力値判断力は中々に便利デス」
「はは、お褒めに預かり光栄だね」
大人達の会話にえ?え?と混乱した様子を見せるリーンをシトロンが笑って撫で付ける。さっきまでの暗い雰囲気を吹き飛ばすかのようにふわりと微笑した。
「私もリーンと同じでレアスキル持ってるんだよ。大体その人がどの位魔力持ってるか分かるんだ」
「別名が人間判別機。ほらな、そんなに怖がることないだろう?この国は広いんだ、お前と同じ位強くて珍しい力なんて幾らでもあるんだ」
力に怯える必要が何処にある?
エンスが笑ったその言葉に、ほんの少しだけはにかんで首をふった。