第52話 夜会と息子
年内最後の投稿ですね。
……打ち終わらないかと思いました。
賑わう会場、響く話し声。そんな中に異質とも呼べる程人だかりが出来た場所が、その中央部分にあった。
「……さて、エンス君。あの子―――リーンフォースの様子はどうだい?」
その原因は二人の王族。片や代理王家ゼラフィードの当主ローレンス・デューク・フォン・ゼラフィード。片やヴィレット帝国国王エインセル・アンバー・ヴィレット。そんな二人が仲良さげに会話していたら誰も話しかける事は出来ない。しかし少しでも近づきたい。そんな下心が見え見えな貴族・金持ち達に多少の疲れを覚えながら無視して会話を続ける。
「……ええ、ちゃんと育ってくれています。最早魔術では私も追いつけませんよ」
「はは、まぁそれは当たり前だ。何せ彼と私達じゃ元の資質が違うからな」
そう言いながら嬉しそうに笑うのは、わざわざリーン限定にして話すのは―――
「……まったく、本当はあの子を引き取るのは貴方の役目だったのに、貴方が前ローゼンフォール侯に任せたからいちいち私を仲介にしなければいけないんですよ?」
―――そう、態々リーンが居ない間に話してるのはこれが原因だった。彼は知らないが、平民を貴族の家へ入れる為には水面下で様々な問題があった。その為にも本来は誰にも口出しする事の出来ないゼラフィードで預かろうという案があった位なのだが……
「だって、私の所へ寄越したらあの子の自由は一層無くなっていただろう?なら多少シトロンに負担をかけてでも未来ある子供に夢を与えたかったからな」
そう笑って一口ワインを口にする公爵に、エンスは何も言えない。その言葉に隠された裏の意味。いくつもあるそれに口出しを出来るわけがないのだ。エンスもまた子供の頃に公爵に世話になった一人。彼の采配に何かを言えるとは思っていない。
「……ま、シトロンは負担どころか人の息子予定を受け取った挙句に溺愛しまくっていたからな。絶対負担のふの字にもなってないだろ?」
「ああ、それは確かに―――」
もう目にいれても痛くないを通り越して多分文字通り愛情に溺れた生活だったと記憶している。誰が考え出すだろうか。人嫌い克服のために一番下とは言え一国の王子とその護衛用にSランクを連れてくるなんて。しかも護衛はエンスの、ではなく万が一魔力を暴走させた時にリーン自身が傷つかないように、というまさかの理由だ。権力の無駄遣いにも程がある。
「で、私が気になる一番の事はそこじゃないと分かっているだろ?」
「あ、ええ。リーンの体調面なら安心―――して、下さい?」
ピキ。そんな音がどこからか響いた。
「疑問形は止めてくれ。心臓に悪い」
本来なら公爵にとって(リーンはそんな事知らないが)息子と考えられている子への、健康に育ってほしいという願いすらもろくに聞き届けられていないのは嘆く所だろう。いや、嘆く所だ。その証明に青筋がたっている。
「いや、その……すみません……」
「具体的には君はあの子に何をどの位けしかけてるんだ?」
あ、ヤバイ。その言葉にエンスは冷や汗をたらした。微妙に語尾が強くなった、つまりこのままだと怒られそうだ。
「あー……うー……そのー……新部隊設立前までは、書類を、彼の睡眠時間削るほど……」
「……ほう?」
いや、このままじゃなくても既に怒られてる。何も言わない無言の圧力が痛い。最早いつもの余裕を無くし目をそこらに彷徨かせながら言葉を選ぶ。
「あとは……ええと……ま、魔力が……」
それを聞いた目が鋭くなった。本当にこの人はリーンの事をよく見ている。魔力関係はかなりの体調への悪影響だと分かっているから、余計にその心配がひと押しになっている。怖い。正直もう言いたくない。
「……ワンランク、上がりました」
が、結局圧力に負けてポツリと呟く。周りの貴族に聴かれても大丈夫なように濁した言葉だが、わかる人にはギョッとする言葉だ。
「……………………は?」
リーンでワンランク。SSからSSS。四捨五入で、約10万程。平均魔力が約4000。駄目だ、耳がおかしくなったという報告は来ていないのだが。
「あと、成長が止まりました」
「は!?」
公爵があげたとは思えない素っ頓狂な声に周りがなんだなんだと騒めく。それにハッとして一旦咳払いでごまかした彼は、グイっとエンスの首根っこを掴んで壁際へと引きずる。微妙に身をかがめたその体制は内緒話のそれだ。
「おい、エンス君や?色々おかしな点が多々あるんだが、なんだSSSって」
「と、言われましても―――4年程計測を放置してたらそのざまで、仕方なく封印具もかなり軽めに新調したりしたんですよ」
「リミッ……!?おいちょい待てやつー事はそんだけの間あの子に多大なる負担かかってたってのか?」
「公爵、口調素に戻ってますよ」
おっと、と口元を押さえた公爵にはぁ、と一つ嘆息する。表では物腰柔らかな貴族らしい貴族なのに素はコウと同レベルな程悪い口調なんて、誰が気づくのか。……一説には彼が王子にならなかった理由はコレなのでは、とも囁かれているが真偽は誰にも分からない。
「……で?」
「……はぁ、その通りですよ。ここ数ヶ月、学校休む回数増えてたみたいですね。ついでにアズルが本人に問い詰めたり私がアル君に許可出してここ数ヶ月の行動一部‘読ませた’所、結構頻繁に喀血だの熱だの眩暈だの貧血だの起こしてたっぽいです」
「アル君……ああ、リーンフォースの友人の。流石だな、そこまで解るとは。……で、その様子だと現在は?」
幾ら空調が効いているとはいえ今は真夏―――の筈が異常に温度が下がった気がする。背筋がゾクリと震える。
「あー……第七科隊長が面白がってリーンの体乗っ取りに来る事がちょくちょくあるらしく―――」
「成程あれの所為か良し分かった確か本体は今地―――」
「わぁあああ!?ストップ!それ以上言うのはダメです!」
駄目だ、こっちも地味に親バカだった。なんて子煩悩。殆ど会えなくても(一応)息子の為ならヴィレット一技術ランクが高いモノでさえ容赦なく殺害―――ヤりそうだ。
「そういやそうだった。すまないな。……けど、私が知っているアレが本体で間違っていないようだな」
あ。エンスはそれ一言を呟き、そして真っ青になって頭を抱えた。いつだ、いつバレた?本体が何者かなんてこの人には全く伝えてない筈だ。
―――そう、隊長の本体は人ではなく、地下に埋まっている‘青’い石に封印されたとある人格だと知っている筈が無い。
「全く、リーンフォースは尽く‘青’と合うようだな。一応あの子の好みは緑か黒系なんだが……」
「……お願いですからそれ以上言わないで下さい」
地味にアウトなヒントに、エンスは懇願以外の手を持っていなかった。
◆ ◆ ◆
そこでは哀れな子猫が少し大きめの子猫に抱えられるという絵になるのに可哀想な図が出来ていた。
「…………ッ!?…………ッ!…………ッ!!」
「シトロンさんシトロンさん!この子弟に貰ったらダメですか!?」
子猫ことリーンは大きめの子猫ことエンスに抱えられて声なき叫びで怯えている。のを気にせずにまるでクリスマスに玩具を与えられた子供のように目をキラッキラに輝かせてギュウギュウと抱きしめるエンス。リーンが可愛そうなほど怯えているのに、よくもまぁそんなにも輝けるものだ。
「はっはっは、ダメだよエンス君。私の大事な息子だからね!」
「いやいやそれ以前にエンスはリーン君を離してあげまショウ?ほらもう私達が怖くて震えてるじゃないデスカ」
「いくらなんでも哀れ過ぎるだろ……」
輝く明晰王子にノってしまう天然貴族。を止める天才佐官と馬鹿佐官。非常に謎かつカオスな光景が出来上がっていた。
◆ ◆ ◆
そもそもの始まりはリーンがローゼンフォールに引き取られた一週間後から始まった。
「さて、フォー。唐突なんだけど今日正式に籍がウチに入るからね」
「んむ……ふぇ?せき?」
朝食の席で心行くままに食べられる幸せを噛み締めているリーンに突然来た報告。しかし籍、という言葉の意味が分からず首を傾げた。
「んーと、フォーがローゼンフォールの子供だって国に認められるんだよ。あ、因みに名前少し変えといたよ」
「…………は?」
籍が入ると名前が変わる?そんな唐突な話に目を点にした。いくら自分のモノでは無い名前とは言え、多少の愛着はあるのだが……
「なまえ、ちがくなるの?」
「いやいやいや、リーンフォースはリーンフォースのままだよ」
もっと訳が分からない。そんな表情でパンを噛みちぎった息子に可愛いなぁ、とでろでろな顔で紙を見せる。
「フォーの名前、今までは‘Reanforce’だったでしょ?でもちゃんとしたフォーの名前じゃないかもしれなかったから、籍には‘Leanforce’で入れてみたんだ」
スペルが違うと名前の意味も変わる。意味が無い人ならそれほどの変わりは無いだろうが、リーンのように一応とはいえあった人では下手をすれば魔力の質まで変わってしまう可能性がある。
「いみは?」
「‘捻曲がった力’」
フォン……そんな音と共にリーンの頭上に青白く光る球状の魔力が浮かぶ。段々と光が強くなるソレにギョッとして息子を抱え込んだ。
「ストップ!フォー待って!?何か私は悪い事をしたかい!?」
「余計意味が悪くなってるからじゃ無いデスカ?」
唐突に響いた誰かの声に、リーンが固まった。魔力は収まったようだが、代わりに身体がガチガチになってしまっている。
ソレにギョッとしてシトロンが振り向くと、そこに立つのは背が低い灰色の髪の男。着ている服は一般軍人の物ではなくオーバーS特注の白と青が基調のコートだ。朝早いのにキッチリ着こなしているその様子に、シトロンは呆れた目をやった。
「……リトス、いつの間に……というか、どこから入ってきたの?」
「普通に扉からデスヨ。ついでに私だけじゃアリマセン」
いつの間にか開いていた扉を大きく開けるとリトスの後ろに居るのは黒髪の長身軍人―――こちらは普通の軍服だが彼の魔力はAAA。あと1、2年でSにたどり着くのではと言われている優良株だ。
そして何より目立つのは、12、3歳程度の少年。但し、髪の色で一発でどこの家の者か分かってしまう。その普通では有り得ない色は、銀。
「……ッ!久しぶりです、シトロンさん。で、例の子はその子で?」
黒髪軍人ことコウに背を押されたエンスはハッとしたようにはにかんだ。こんな朝早くから来たとは思えないほど無駄に輝いている。
「げ、エンス君……まだ連れて行くまではこっちに来てはいけないと言っただろうに……まぁ約束通り二人を連れてきてくれたならいいけどさ……」
「げって、仮にも一国の王子に言いますか普通?ついでにそろそろ私も痺れを切らしたという事位察してください」
拗ねた様に顔を一瞬逸したあと、しかしリーンが気になる様で直ぐに顔を正面に戻す。三人から一心に見つめられ当のリーンは恐怖でシトロンに抱きついたまま離れない。それにシトロンはああもう、と嘆息した。この様子じゃリーンは朝食の残りを食べれなさそうだ。また一歩脱ガリガリ計画が遅れてしまう。
「ほらフォー、あの三人顔が怖いの一人いるけど別に君を傷つけたりしないから」
「誰が怖いんっすか誰が」
低く唸るような声にビクリと身体を揺らし身を竦ませてしまう。一体今まで何をされてきたのか。使用人の足音だけで怯えるので余程の事があったのだろうが、子供相手にここまでなる程害してきた大人達には反吐が出る。
「フォー?」
くいっくいっと握られていた胸元を引かれ、シトロンは視点をそちらに戻す。
「…………ひと、やぁ、なの………」
上目遣い、回っていない呂律、涙目。そんな3連コンボに耐えられる親バカは居るだろうか。……いや、多分居ると思うが残念ながらシトロンは耐えられない部類の人間だった。
「か…………可愛いよフォーッ!!」
「ふぇあっ!?」
恐怖を訴えただけなのに何故か頬ずりされてしまったリーンは訳が分からずに目を白黒させる。色々と脳内はパニックだ。まぁ、見た目は天使(中身は微妙)なので確かにそれだけの威力はあるだろう。本人が無自覚なだけで。
―――と。
「何この子本気で欲しい!」
「うあッ!?」
ヒョイとシトロンの膝の上から抱え上げられたと思ったら視界に映る銀髪。それにシトロンより少し高い体温……明らかに別人の証拠達に、混乱状態に陥っていたリーンは恐慌状態を通り越し完璧に怯え固まった。
しかしエンスは果たしていつの間に近付いたのか。そもそもあの位置から顔が見えていたのかさえ甚だ疑問だ。
「…………ッ!?…………ッ!…………ッ!!」
「シトロンさんシトロンさん!」
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