第51話 自己と父親
メリークリスマス!
……更新遅くてすいません。
サラリと夏の暑さの中に風が吹き、バルコニーにかかるカーテンを揺らす。後ろで開かれる舞踏会と、目前で翻るクリーム色の髪。僕等の視界に映ったそれらが、護衛という役目を一時的に外れた僕等に新たな感情を芽生えさせる。
「……リーン君……」
カツ……低めのヒールが音をたてた。月明かりと、淡い会場からの光が彼女の輪郭をはっきりとさせる。薄いピンクのドレスが本来の年齢よりも大人びた雰囲気を醸し出していて、不思議な気分だ。
「……アル君」
そしてそんな彼女の横に立つのは、いつもは放置している髪をバレッタで止めた吊目の少女。対照的にブルーのドレスで着飾り、いつもよりも怜悧な鳶色の眼が光で煌く。
「……メイ……」
そんな姫君二人を護るナイトは、着慣れていないドレスコートの襟を窮屈そうに緩めながら一歩前に踏み出した。年齢に釣り合わない魔力を空気に撒き散らし、その存在感をより引き立たせているようだ。
各々が僕等を見つめる中、アルとメイが一歩後ろに下がった。僕を目立たせるため?否、そんな殊勝な考えではない。僕は汗ばんだ左手を握り締め、彼女達を見上げた。
「……リーン君、私達、ずっとね……」
薄くルージュの塗られた唇から紡がれる、震えた声。ああ、彼女をそんなにしてしまうなんて、僕は―――
「ずっと……どういう事か聞きたかったんだけど~ッ!?」
―――なんて愚かな真似をしてしまったんだろう。
スゥさんの拳が青く燃え上がる。え、あれ、青!?青って温度高いんじゃ無かったっけ!?ギョッとしても時既に遅い。先生たちがこぞって監視するだけはある威力の炎が剛速球で飛んできた。
「うおわッ!?」
すんでで躱して叫び声を上げれば横からやってくる石の礫。っておいおいソルト僕エンスの護衛!怪我したら仕事に支障出るんだって!
「何で、いつの間に、軍に、入ってんのかなあ!?」
ブンッブンッ!と空を切る音がする程の拳を必死に避けながら応援を頼もうとしたらアルはソルト、メイはネリアさんから攻撃を受けていてそれどころじゃないらしい。すげーな三人。恐しい程見事な連携だ。
「ちょ、落ち着いて下さ―――ッ!?」
「落ち着けるかっつーんだよ!新部隊の正隊員なんてどういう事じゃあ!?」
「いやだからそんだけの腕を買われたんだって―――」
「黙らっしゃい!なら先に言いなさい!私こんな所に来れるなんて聞いて無かったわよ!!」
―――うん、応援を求めるのは無理そうだ。
「よそ見しないの~ッ!」
「ウオッ!?」
横から不意打ちで来る炎弾の数々。凄い戦闘力にタジタジになりながら一旦なだめようと試みた。
「ちょ、近くに陛下居るのに攻撃なんて仕掛けちゃ駄目でしょ!」
ピタリ。あ、止まった。
「……リーン君、酷いわよ。それ出されると何にも出来ないじゃないの……」
「いやいや僕が既に君たちが攻撃仕掛けてきても問題無いって言って無ければ間違いなく牢屋行きだったんだけどね?」
いやまぁ、暴走列車を呼んだ時点で対策はしてましたよ。じゃなきゃこの完璧な警備のもとで攻撃魔法なんて使わせない。別に彼女たちが魔法を使う前に気絶させる位の事なら難しくはないんだし。だから3人とも、その微妙な表情止めて。
「……え、何その先まで読んで行動してました的なの」
「いや、彼基本そういう性格ですよ。じゃなきゃあの書類の量は捌ききれませんし」
「第一軍入りって違う意味でも大変なんだぞー。訓練とかじゃなくて、書類とか事務とか腐れ貴族の相手とか」
お前も貴族だろう。いや、それ以前にメイは書類仕事やってないし。……ああでも、ダンボール運び競争ならやってるな。書類ではちきれんばかりのダンボール、エンスのトコから僕の部屋まで。あれは確かに大変だろうなぁ……一一エンスの確認取んないと部屋入れないし、僕の部屋に置き場が無いのを二人に作ってもらったりもしたし(けど物の1時間で埋まった)
「うわぁ……3人ともホントにお仕事してる~……」
「黙ってた事は謝るけど、事情説明は後にしてね。今だってエン―――っと、エインセル陛下に一時的に許可貰って外してるだけだから」
まぁ、今頃は毒騒ぎも落ち着いてるだろう。犯人は無事捕まったし。……まぁ、案の定急遽呼んだコックが混入させてたけど。だから城には料理人少ないんだよ。下手に入れたら即毒混ぜようとするバカが出てくるから。効かないけど。
因みにエンスはと言えば、あれからずっとゼラフィード公と話してる。仲良いんだよな、あの二人。何でかエンス、その息子の王子とは会おうとしないけど。
「それは……ごめんなさい。でも一体いつの間に軍入りなんてしてたのよ」
申し訳なさそうにしながらも唇を尖らせるネリアさん。確かに基本的な生活はあんま変わんなかったから分からないだろう。いつからなんて。僕は最早いつからとかいう問題以前の入軍だけど。
「あー……僕が今年の春で、メイ君が今月から、リーン君に至っては古参ですね。5歳でしたっけ?」
『は!?』
「厳密には6歳なのかなぁ?父さんが死んで、師匠に会って―――うん、修行中に軍入りだからギリ6歳。5月入ってすぐにだったからね」
まぁ、僕自身父さん死んで色々と動転した挙句に大人ぶってたというちょっとした黒歴史時代なんだけど。我ながら冷めてたと思うね。でもまぁ、6歳まで軍入り避けられたのが奇跡のような気がする。AAAって入軍催促半端ないし。
「……え、ええ?ええ!?ちょ、6歳!?お前何者だよ!?」
「色々オカシイよ~!?」
「当時の職業は国王補佐とか准空尉とかだけど。ああ、でも主に革命軍として裏で画作してる方が多かったかな。今警察で流行りの捕縛魔法『閉鎖箱』は僕考案の術だったりする位には色々やってたよ」
『は!?』
……アレ、アルとメイまで知らなかった?そんな呆然とされても困るよ君たち。と言うか、僕が非常識な事しかやってないって知ってるでしょ?まぁ、一般人三人は……黙っててごめんなさい?
「え、ええ!おま、アレお前製作だあ!?」
「うん。あ、でも一応最終チェックはリトスが入れてるけど」
「大差ないわよ!」
やっぱり騒がれるんだよなぁ。まぁ魔術関連だと術式考えるのが僕の十八番なんだけど、そんなの知ってる訳もないしね。そういや、僕の魔術には父さんも驚いてたなぁ……
「……道理で小3なのにテロリストと張り合える訳よ……」
―――ソルトのギョッとした目が、痛い。
◆ ◆ ◆
「……えほん?」
リーンが差し出されたのは一冊の絵本だった。漸く恐慌状態から落ち着き、更にいつの間にやら一旦寝かせられ、その上今までに考えられない程の量の食事を貰う、という最早本題は何だったんだろうと言わんばかりに遠回りだった行動がやっと終了したらしい。目の前でほけほけ笑っていたシトロンは部屋に置いてあった絵本を手に取り、リーンへと渡した。
「一回読んで貰える?―――っと、その前に字、読める?」
「……よめる、みたい」
村に居た頃は必要で無かったどころか本が無かったので気付かなかったが、どうやら文字は読めるらしい。その事に違和感を覚えつつ、言われた通りに本を開く。タイトルは、『やさしい少女と大きな木』というらしい。
一ページ目に映った挿絵の少女に、リーンはあれ、と目を丸くする。
「……ぼくとおんなじ……?」
一ページ目に描かれた可愛らしい少女の目は、金と紫。色こそ違うものの、両の目が違う色という共通点があった。
「そう、それはさっき言っていた‘ユグドラシル’の派生―――えーと、元々のお話が同じなんだ」
よく分からない。そもそもユグドラシルとやらが話だというのも理解できていなかった。取り敢えず読もう、とゆっくりであるが理解しようとしながら目を通す。
「……なんでおひさまのひかりがつよいの?」
「えー……そこから聞いちゃう?……うーん、フォーは何で夏は暑くて冬は寒いの?って言われて分からないよね?それと一緒だよ」
「……かんがえちゃダメ、と」
なんて子供らしくない子供なんだ。まさか舞台設定という物を突っ込んで来るとはシトロンにも予想外だった。思っていた性格と大分違うのは、今までの厳しい生活の結果なのだろうか?―――これが素だとは思いたくない。
その後もストーリーを読み進めていくと大雑把に、暑さで生活出来ない人々をルーエという女の子が水を木にやることで木陰を作って助け、最後は仲良く暮らしました。という物語だという事までは分かった。が、これのどこが自分に繋がるかが不明だ。
「なんでぼくがこのおはなしとかんけいあるの?」
「昔の神話に大きな木が出てくるんだけど、それの名前が‘ユグドラシル’って言うんだ」
「うん」
首を傾げて質問するリーンを椅子から抱え上げて自分の膝に映す。それに一瞬身を固くした事に苦笑しながらシトロンはどう説明したものか、と少し考えながら言葉を選ぶ。
「でね、その神話と同じシリーズだと思われる石版に書いてある文章を実行すると、本当に世界から一旦厄災―――悪い事が消えるんだ」
「え?」
身体を捻って抱え込んでいるシトロンの顔を凝視すると、困ったように笑っていた。まるで本当は言いたくないみたいだ。
「ルーエは自分の魔力を全部使って水を作って木を育てたんだよね?」
「うん、だからルーエはまほうつかえなくなっちゃったけど、まちのひとたちがてだすけしてくれるからだいじょうぶだったんだよね」
不思議そうに見上げるリーンの頭を撫でながら、お話の中ではね、と寂しそうに呟いた。そんなシトロンの様子に眉を寄せる。一方シトロンは早速子供の夢を砕くような台詞を言わなければいけない事に多少の罪悪感が募った。―――それ以前に既に心が折れそうだ。
「石版だと、ルーエも魔法も出てこない。精霊達が‘魔’っていう悪いモノを滅ぼそうとするお話なんだよ」
「ま?」
ほんの数年前までは世界中に蔓延っていた物なのだが、彼には覚えが無いらしい。それに少しの安堵と焦燥を覚え、どう説明したものかと一瞬唸る。
「魔って言うのは世界中に悪い事をする動物みたいな魔力―――でいいのかなぁ?魂の逆の存在とかいう説もあるけど……今は魔物って呼ばれてるんだけどね」
「わるいこと?どんな?」
「そうだねー……木が腐ったりとか動物が突然死んじゃったり、あとは人を襲ったりもするね」
というか、魔物が歩けばその土地は枯れ果てるし、触れれば身体は腐るし、魔力が弱い人が近寄れば体調を崩す場合もある。まるで昔のマッチのようだ。付けて爆発、放置で有毒、持ってるだけで危ない物。何となく似た物がある。
「えー……なにそれこわい。でもそれがぼくにかんけいするの?」
「するんだよねー……これが。いつしか精霊たちは疲れて力を使えなくなっていく。それの代わりに‘魔’を倒す役割をおったのが、‘ユグドラシル’と呼ばれる者。両の目の色が違う、特別な人達だ」
え!?と大きな声を上げたリーンの素直さが辛くて、今まで頑張って作っていた穏やかな顔をついに崩した。しかし心配をかけまいと、顔を見られないように抱きしめて頭を撫でる。これはそんな良い話では無い。寧ろ、リーンを地の底へ引き摺り落とすような残酷な仕打ちだ。
「……けど、それも正確には正しくない。ユグドラシル達は世界を救うために力を振るっている、なんて優しいお話じゃ無いんだ。ただ、ユグドラシル達が世界を救わさせられる為に未来を全部捧げさせられる、酷いお話だ」
「……どういう、こと?」
「…………石版にはこう書いてある。『とある霊の予言曰く、贄を捧ぐ事のみ一時の猶予へと繋がる』……つまりね、生贄を捧げたら一時的に魔物がいなくなるよ……って、書いてあったんだ」
残念ながらリーンは聡かった。子供ながらにその先を想像してしまい、息を呑む。青の目が僅かに水気を帯びて揺れる。
「ぼくらは……イケニエ?」
「……ユグドラシルが、一番長く平穏を保てるんだって。でも、絶対私は君をそんな目に合わせない。……合わせたく、無いんだよ、リーン……」
小さな体に回された手に更に力を込められる。震えた声で、こんなどこの子供かも分からない平民を殺したくないとか細く呟くシトロンに、リーンはストンと力を抜いた。
―――この人は、警戒しなくてもいい。
確かに人は怖い。生贄にされるのも怖い。けれど、このボケた貴族は絶対そんな真似させないと断言出来る気がした。
ここに来るまで、一人も会わなかった。
―――会わないように配慮してくれた。
平民の子供を、息子にすると言ってくれた。
―――他の貴族達の侮辱なんて気にしないと暗に伝えてくれた。
生贄を、生贄にしたくないと泣いている。
―――そんな優しさを本気で向けてくれる人は久し振りだ。
「…………いーよイケニエでも……でも、まもってね?‘とうさん’」
痛いほどの抱擁が少し弱まる。かと思ったらガバっ!と身体を外されて、ポカンとしたように顔を凝視された。居心地が悪くて目を逸らす。
「……フォー!?」
夢から覚めたように感極まって笑い、シトロンは更に強い力で抱きしめた。余りにも強いそれについに痛みで叫びを上げる。
「ちょ、いたいいたいいたい!」
「あははっ、うん、息子のお願いに頑張って応えるよ!」
「だーっ!そのまえにはーなーしーてーッ!!」
―――けれどもその抱擁は中々止まない。終わったのは、ついに耐え切れなくなったリーンが魔力を暴走させるその時―――
塾であった珍回答を暴露してみよう(代役、ヴィレット学園中等部生)
その1
リーン「はいじゃあ次の例文読んでー」
メイ 「『My dog is quite dog.』」
リーン「……え?なんつった?」
メイ 「え?」
アル 「……メイ君が言った物の訳、どうなります?」
スゥ 「『私の犬はかなりの犬です』」
メイ 「え!?」
※正解の文『My dog is quite big』
日本語訳は『私の犬はかなりの大きさだ』
その2
リーン「次メイの番だよー」
メイ 「うぇーまたかよー……ええと、『The dog was at a loss for words.』」
リーン「おい!?」
ネリア「……これの訳は?」
スゥ 「『その犬は特に話す事が無かった』」
アルト「どうしましたメイ君!?」
メイ 「ええ!?あ、でもこれだったらさっきの文章あってね!?」
※正解文『the boy was at a loss for words.』
訳はまぁ、上の犬を男の子に変えて下さい(笑)
やらかしたのは友人F(「何で私こんなに扱い酷いの!?」「Fだから」で会話が成立する子www)