第49話 初陣の大嘘
ヒッジョーにお待たせしました……
風邪・テスト・野外実習の三つで多忙から脱出出来ない……
「通称第五科、正式名称災害救助科は隊長を陸戦担当Sランクの、フュズィ・トーレスとする部隊で―――」
淡々とソフィアさんが書類も見ずに部隊説明を続ける一方で、僕はひたすらに突き刺さる視線をやり過ごしていた。
確かに僕は学園でBBBという事になってしまっているし、ここまでに説明らしい説明してこなかったから色々と後が怖い。今は軍人らしく無表情を貫いているけど、正直内心冷や汗ダラダラだ。この後に待っている僕からの特別スピーチなんて目じゃない。
「―――そして最後に、第七科の説明に移りたいと思います。しかしこちらは少々特殊な部隊となっておりますので、隊長代理のローゼンフォール三等空佐が説明に回りたいと思います」
ほら、回ってきた。本当に損な役目だ。これからはお偉いさん達から奇妙な物を見る目で凝視される生活なんだろうな。ついでに隊長は誰なんだって毎回言われるのも目に見えてる。
僕が一歩前に出て後ろで手を組めば、今まで散々僕を不審そうに眺めていた人たちが居住まいを正した。それにフッと息を吐き出して緊張を緩め、僕は努めて硬い声を出す。とはいえ、残念ながら未だ子供の声なのであまり意味はないかもしれない。
「この度第七科隊長補佐の役に就きました、リーンフォース・X・Y・ローゼンフォールです。この部隊にのみ少々特例があるため、特別に私が部隊説明を行いたいと思います」
直立不動、常に動きは堅苦しく。上に立つものとして威厳を見せる為に、一挙一動たりとも気を抜けないというのは中々に疲れる作業だ。‘今の体’に慣れてない現状、今までの凱旋の分も含め疲れが溜まっていて重い。暑さで余計な体力を使ってるからなぁ……ああ、パーティーの後は沈没決定だ。間違いなく。
「我が科の結成理由は、陛下直属の意思でありながら此処に分かれてしまっている任務の集結場としての寄せ集めに近い物、というのが一番適切な言い方になるでしょう。その最たる例は、嘗て幾度も賊に襲われたこの国最高位の学問研究所、ヴィレット学園の守護・及び情報漏洩の秘匿です」
この例を出せば誰もがああ、と納得の表情で頷く。強張った顔をしていた三人組も盲点を突かれたような表情でポカンと口を開けていた。おいおい、いいのか?‘こくおーへーか’の御前でンな顔をして。
「現在学園の守護は私を含むこの部隊の数人が請け負っていますが、その他にもこのような細々とした重要地点は少なくありません。その統括を行える部隊が今まで無かった為に様々なトラブルも発生しました。それら陛下が抱える問題の解消になるべく、誠心誠意尽くしたいと思っております」
つか、それ以前に学園の守護は自分の安寧の為だな。あんな場所、放置してたら僕等の命がいくつあっても足りない。
「そしてそのような特殊任務を担う科のため、数人は覆面捜査役として顔を明かせません。隊長がこの場で公式に顔を出さない理由もそこにあります」
騒めくホール内。前代未聞の責任者が表に立たない状況に混乱が広がった。が、それを気にせず僕は用意された答えを公開していく。
「しかし有事の際、隊長が出ることが出来ないなどとあっては言語道断。その為最新技術で可能となった精神リンク、即ち距離・時間・場所を問わず肉体操作の権限を譲る事の出来る術で、この問題の解消に至りました。しかしながらこの術はまだ不完全。相性等の問題において隊長の波長と合う人間で、尚且つ入軍可能な兵となると人材が殆どいませんでした。それらの様々な難関の結果、最も隊長に合ったのが私、という事になりました」
ネリアさんが息を呑んだ。目を丸くして僕を珍獣のように凝視するお偉いさん方に苦笑を漏らしつつ、一旦切った説明を再び再開させる。
「つまり、私の身体は今現在隊長の支配下にあると言っても過言ではないでしょう。非常時は私の身体を使って隊長自らが采配を揮います。万が一隊長に用がある場合は、私を仲介にお願い致します。そして、隊長の身元を割ろう等とは考えないようくれぐれもご注意下さい」
最後にニコリと笑って忠告。まぁ、探しても見つかんないだろうけどさ。だって隊長は‘この世に存在する人’じゃないからね。ついでに賄賂とかで繋がろうとする馬鹿の蹴落としとしても僕の仲介は丁度良いのだ。
「以上、第七科長補佐、ローゼンフォール三等空佐でした」
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「あー……パーティー怠いー。怖いー。行きたくないー」
「ああもう、子供みたいな事言ってないで早く立って下さいリーン君」
「さっきまでの威厳ある態度は何処に行ったんだよ。だらけてないでとっとと着替えろよ、隊長代理さん」
あのスピーチの後。
一頻り説明が終了した所で一旦解散、僕等は正装ではなく特別に今日だけ許可されたパーティー用のスーツやらなんやらに着替えて3時間後に会場入り、という流れだったために僕の部屋に子供三人で集まり(だってアルもメイも宿舎に住まないから着替える場所ないんだよね)休みに入れば、僕はもう体の重さに負けてベッドに倒れこんだ。
御陰で軍服が皺くちゃだけど、まぁどうせクリーニング出すしいいや。それより眠い。寝ようとしてるのに僕を揺さぶって止めないアルの所為で寝れない。
「だって会場入りまでまだ時間あるしー。もう僕は寝たいんだよ徹夜から解放されたいんだよ隊長とリンクしてると地味な違和感消えないしあの人面白がって勝手に僕の視界共有するから頭痛いしそりゃ乗っ取られた事はまだテスト以外ではないけれど代わりに色んな感覚共有されまくって段々プライバシーなくなっていくしさぁもうやだ寝たい」
「駄目だこりゃ」
「兎に角睡眠欲でいっぱいいっぱいな感じですね……」
呆れたように首を振るアルが僕を揺するのを止めた。それにホッとして真っ白なシーツに顔を埋める。熱いけど疲労が勝ってるために出来る行動だ。
「……それに、たいちょーが表に出せって煩いんだよ……」
あの人は兎に角あの‘本体’が有るあそこから出たいらしく、しょっちゅう僕の体に強襲をかけてきてる。正直、それを追い返す作業で精神的も限界だ。……おいエンス。負担減るどころか増えてんじゃねーか。そんなに僕にハゲを求めるか。髪質の良さには自信があるんだが、そんなのお構いなしらしい。そろそろ10円ハゲとかになりそうだ。
「え、それってありなのか?」
「無しだよー……非常時以外は向こうからこっちに連絡入れるのだって禁止にされてるけどあの人聞いてくれないのー……今は大人しいけど昨日までは本気で煩かった……」
何だか眠いんだ、パトラッシュ。そんな気分にすらさせられる精神攻撃なんぞ、そうそう合わないだろう。おそるべし、ヴィレット最強。でも非常に迷惑。
「それは……何というか」
「お疲れさん、としか言い様がねえな……」
流石に階級が遥かに上のあの人ではこの二人も強くは言えないのだろう。気の毒そうな目で見下ろしてくる。
「あー……こんなに疲れる人、父さん以来かもしんない……」
「ホンットひでぇ言われようだよな……ローゼンフォール前当主」
度々出てくる名前に最早‘あの’という前置詞(あ、違う。連体詞だ)がつきそうなボケ親父に、苦笑しか浮かばない。隊長もそれにタメをはれる程なのだから褒められないけれど。
「凄かったよー……初対面の、慣れる前の頃は特に。例えばね……」
◆ ◆ ◆
「…………あのさぁ、じょうしきってモン、しらないの?」
現在目の前で広げられている光景に、ボサボサだった髪を一つで結われ、身だしなみを整えた子供が肩を落とした。目覚める前にいつの間にか洗われて着替えさせられていたらしく、薄汚れていた肌や髪がとても平民とは思えない程に整った容貌へと大変化を起こしている。
「えー?この程度は普通だよ?」
「……そりゃね、ぼくはへいみん。‘おきぞくさまのじょうしき’ってヤツはわかんないよ?けどさ……」
そこで一つ言葉を切って溜息をつく。恐らく言ってもこの人じゃ理解してくれないんだろうな。そんな子供らしくない思考に心が折れそうだ。
「……へやいっこうめつくすくらいのふくとかかぐとかこものとかいらないから」
視界に映るのはキングサイズと呼ばれる大きさのベッド。
そしてベッドの上には山積みで今にも雪崩を起こしそうな下着上着儀礼用普段着―――とは思いたくないが恐らくそれ用、冬物夏物水着、以下省略。
部屋中には何やら壊したら100万単位で金が飛んで行きそうな緻密で繊細な装飾のなされた巨大な棚、本棚、ランプ、ソファ、机、椅子、クローゼット。
棚の中にはまたもや繊細で触りたくも無くなるティーセットや小物入れ。
机の上には筆記用具やノート、細かい文房具一式。
棚の上には魔道具や巨大な縫いぐるみ達。
本棚には辞書から娯楽本まで幅広く。
……どこから見てもやりすぎである。
「ベッドならしんちょうしなくてよかっただろ。ふくもあんないらない。かぐはあんなたかそうなのじゃなくてよかった。ほんもたかいんだしなくていいし」
一つ一つ見ていったらキリがない。それ程までに部屋がキツキツに見えた。どうやったらこの明らかに一家四人で住めそうな広さが埋まるのか。
「ん?ああ、大丈夫だよ。この部屋には一時的に入れて貰っただけだからね。こんな狭い部屋じゃなくて、今からちゃんとキミ用に用意した部屋に移動させるから」
「ってコレがせまいの!?しかもなんでわざわざこっちにはこんだッ!?」
駄目だ。金持ちの考える事って分かんない。最早どこから突っ込めば良いか分からない程に混乱させられて弱った体では既に知恵熱を出しかけている。
「あー……私が昔使ってた部屋だから、掃除しないと住めなくなってたんだよねぇ……大丈夫、今ならゴキ●リ一匹たりとも出ない位ピカピカだから!」
「いままでゴ●ブリでてたんだ……きぞくのやしきで……●キブリ……」
凄く残念な事を聞いてしまった。というか、この人が片付けられない人種なのだとひと言で分かった。いや、知りたくもなかったが。このままだとコレが一応養父になりそうなのだ。耐えられる自信が小指の先程も出てこない。
「取り敢えず、明日には運んで貰えるから今日は私の部屋で休んでくれ。子供一人で寝かせるなんて忍びないからね」
「いや、むしろひとりでねたい……」
というか、まずこの場違いな場所から逃げ出したい。まだ身体は重いがこれ位いつもの事だ。食事が非常に美味しかったのでそこが少し気になるが、それ以外の点では今すぐにここから逃げたいと思っている。
「ええ!?そんな事言わずにさぁ!ほら、パパと一緒に寝よう!」
「まだアンタをちちおやだとみとめたくない」
「え、僕反抗期?」
「アホか」
……どこからその結論に至るのか、一から説明をお願いしたい。というかそれ以前に―――
「そもそもアンタ、ぼくのなまえもしらないのにこどもにするっていってるの?」
「…………ああ!?」
凄い人だ。今まで散々人を僕とかキミとか呼んでおいて、名前を聞いていない事に気づいていなかったらしい。
「いやー、そういえばそうだったね。すっかり忘れてたよ。で、名前は?」
虫のいい奴め。自分も名乗ってないだろう。……そこも意図的ではなく純粋に頭から抜けてそうだ。仕方なく、首から下げていたネックレス代わりのリングを外す。
「ぼくのさいしょのきおくからもってた。それにかいてあるのが、ぼくのなまえ」
銀色の不思議な金属で出来ている指輪程のソレ。服の内側に入れられていたので着替えさせた人は気付いただろうが、本来平民が普段着けているような物では無いだろう。多分、親?だってどこかで拾ってきたに違いない。
「リーンフォース……Reanforce、か。強さの無い再生、なんて珍しい名前付けられてるねぇ」
「なにそのいみ!?」
どんな意味を親に付けられていたんだ、と自分でも覚えていない親に一瞬殺意が湧いた。いや、よく考えれば自分の名前ではないんだった。でもそうすると、名づけたのは自分なんだから……
「名前はその人の魔力を象徴するって言うからねぇ。魔力が変質してないといいね、フォー」
「……それ、あいしょう?ふつうリーンじゃないの?」
「なんとなくフォーの方が良いかなって」
この人らしい決め方だ。というか改めてこの変人を眺めれば、凄く微妙な心境に陥る。
顔は整っている、といっていいだろう。髪が薄緑と葉緑体でもありそうな色なのは、魔力が成せる変質。体には何ら以上は無い……が、気になる。そして身長は中肉中背。オプションで眼鏡。普通は知的に見える筈のトッピングが何故か間抜けに見せている。
……ここは一体どこの貴族なのだろうか。
「で、アンタは?」
言外に名乗ってないだろ、と混ぜれば暫く考えてから漸く意図を理解してくれたらしい。名前を教えるのも礼儀じゃないのか、貴族よ。
「え?……ああ、私の名前か。私はね―――」
―――シトロン・マークイス・デュール・ローゼンフォールって言うんだよ。
最後の苗字に、有り得ない物を見る目でリーンフォースは凝視した。
シトロン=レモン
デュール=堅い
どうでもいい設定です。
堅いレモン=熟してない=緑の髪(笑)