第47話 約束の晴姿
さあ始まりました過去編!
まぁ前半は新部隊編ですけど。
静謐漂う地下洞窟、そんな物が城の地下深くにある事を知っている人など一体何人いるのだろうか?
僕が知っている限りではこの広いヴィレット内でも30人居るか居ないか程度だ。それ程までに秘匿されたそこの最奥部に存在するモノが、今僕の前にそびえ立つ。
「……リーン、いけるか?」
横からかかる聞きなれた自称兄の声。多少の心配と、僅かな懺悔の混じったソレに気付かなかったフリをして笑顔で頷いた。
此処に居るのはエンスと僕の二人だけ。最近だと他に誰か居る事が多かったのでこれは久しぶりな二人の時間だ。但し、漂っている雰囲気は恋人たちの甘いソレではなくこれから起こることへの緊張のみだが。
「いいよ、エンス。封印解除して」
暗い洞窟を照らす目前の青白い燐光と、それに巻き付いている鈍色の鎖に向ける、エンスが上から運んできた宝剣、「スブニールクレ」の切っ先が神聖な雰囲気を醸し出す。
青く光る僕の体以上の大きさの石が剣に反応して魔力を撒き散らすのがよくわかる。そわそわとした子供の様で少し面白い。
「……分かった」
大きく息を吸って、エンスは軽く鎖に剣をぶつける。それだけでは何も起こらないが、それに合わせてエンスが朗々と詠いだした。
『約束の時 待ち人が目を閉じて思い返す果て無き世界』
とめどなく刻まれる音が魔力を纏って、剣を伝い楔に流れる。
『知った時には既に遅く 喜び悲しみ共に消える』
詠唱は願い乞うもの。破格の10詠唱を除いた特別に長いこういった詠は、多くの犠牲を使って何かを求めるものとは違い、淡々と在りし日を伝え自ら呪縛を解いてもらう為だけのもの。この一回以外に使用する術は無い。
『狭間に消えた奇跡 越えた先には残らず朽ちる』
一体、この詠は何を意味するのだろうかとぼんやりしていく頭で想う。先程から、希望のような詩の前後に必ず入る絶望を連想させる言葉が続く。
『壊れた世界に彷徨う玉響 未来の為に今一度伝う』
ほらやはり。希望を願ってるんだか絶望してるんだか分からない詠が響き渡る。まるでいつだったかの僕の心境の様で少し笑える。
『暗闇の先に瞬く色は 信じたあの日と同じ青い星』
一方、それを噛むことなく詠い上げるエンスを一瞥して見上げると、僅かに額に滲む汗。失敗させたらドボンが待ち受けているこの最中では流石の彼でも余裕など持てないのだろう。
『真実から逸した目を戻し 孤高の光を追い求む』
半分の詠唱が終わった。あと残るは目覚めさせる為のものではなく、自らを律せさせる事が出来る様にの制御だ。
『深い傷跡 逃げ出すこと叶わず 遠ざかる雲を眺める』
エンスを取り巻く淡い光。銀の髪が青く光ったのを確かめ、僕は全封印を解除し聖痕も同時に発動させる。そこからは、僕とエンスでの重複詠唱だ。
『『もし私が 光導く者で在れたなら』』
引っ張られると錯覚すらしてしまう光輝く魔力に押されないよう、僕自身もまた普段は出来るだけ抑える魔力を逆に放出する。僕は此処だ、僕について来い、そんな意味を込めて僕等はその封印の亀裂を見届けた。
『『強く儚い鏡の向こうに 鮮やかに燃える空の果てを追えたのだろうか』』
響いたのは、ガラスが割れるような澄んだ音。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
金管楽器の音が高らかに鳴り響く。しかし、それよりも大きいのは明るく楽しそうな市民たちの声。自由を享受し、希望に満ちた顔で‘今’を見つめる彼等に思わず緩めそうになる頬を引き締め、僕と、そして僕の横に居るソラはエンスの乗る車の上を飛ぶ。風属性ならではのパフォーマンスに沸き立つ市民から目を逸らして少し前を行進する同級生兼後輩を探せば、いつもでは考えられない程真面目なメイと、何を考えているか全く分からない表情のアルが第4部隊の列に混じっていた。
僕が率いる(厳密には代理だけど)のは第7部隊。直訳すればエンスのパシリな意味になる部隊に二人は入らず、結局僕らで吟味した結果落ち着いたのは護衛を専門とした第4部隊になったのだ。
理由は、もし傲慢なお偉いさんでも身分からケチつけられないメイなんて実にありがたいし、アルは重役の身の周りに潜む危険をその眼で察知できる。うん、実に便利な二人組だよね。
……まぁ、僕の能力が一番防御に向いてるっちゃ向いてるんだけど。つーかあの突撃しか出来ないようなコウがあの部隊の隊長とか、色々と引っかかる物を感じる。
リトスはやる気さえ出れば何でもこなすし、アリアは技術部所属だったので(あの幽霊部隊所属だと、いくつも掛け持ちOKだったんだよね)今の役職「違法魔術道具取り締まり」なんて役目は持ってこい。寧ろ彼女の専門職。その他の部隊も彼等の土俵に合っているのに、何故かコウだけおかしい。
『……こちら、待機班。来客全員到着しました』
と、そこに入った連絡。どうやらあの3人も無事に辿りついたようだ。あ、一瞬メイの顔が歪んだ。まぁ、だろうな。今頃3人揃ってあんぐり口を開けたままつっ立ってたりして。冗談じゃなく有り得そうだ。
「こちらローゼンフォール三佐。了解した。予定通り凱旋は進んでいる。来客は丁重に時刻までお持て成しをしろ。但し襲撃の注意は怠るな。それと例の貴族連中、恐らく文句が来ると思うが相手にするな。あまり甘んじて受身になっているとこちらが舐められるからな」
とはいえ、今はお仕事中。一応上官である以上指示はしないとね。命令口調なのは役職上仕方が無い。子供だからと舐められるのもゴメンだし。
一方下では観衆達に手を振って愛想よく笑っていたエンスがチラリとこちらを見上げてくる。僕が今指示した連絡を聞いていた筈なんだけど、何か言いたい事があるのか?
「リーン、ソラ、二人共もう少し動き回れ。一芝居芸でもしてくれ」
ああ、もっとパフォーマンス性を高めろ、と。横を滑空するソラが微妙に呆れたような目をしているが、上からの命には逆らんからなぁ。仕方無い、と一つ息をついて僕は一つ封印具を解除する。とはいえ、一般市民では分からないだろう、魔力が微妙に増えたなんて。別に威圧を与える為に解除した訳では無いのだ。それに気付いたソラが一つ頷いて、高度を上げた。
さて、と。何をしようかなと一瞬考え、要は波の魔力では出来ない事をやればいいんだよなと独りごちてから敢えてエネルギーを凝縮させ発光した魔力を纏い、空に光を撒き散らしながらグルグルと何回転もする。ソラも後に続いて同じように回り始めたのを見て、そのまま左右対称になるよう動きを合わせてみた。金髪と灰色に近い空色。どちらも光が目立つ色で、特に僕は髪の長さ調節も止めたからフワリと舞うそれがヤケに特異だろう。
すると「おお!」と観客たちが拍手して喜ぶ。因みに僕等がやってるエネルギーの凝縮、実は地味に技術が必要な小ワザだ。魔力の質なんて普通は高めても意味ないし。……それを軍でやってたのは技術ランクの向上が目的なんだけど、やれる人が少なさすぎて最近廃止されたらしい。くそぅ……折角魔力暴走させないよう必死こいて練習してたのに……
「ソラ、今度は色変えるよ。虹の順番、分かる?」
「多分な。つかサーカスかよ……」
拗ねるな拗ねるな。まぁ、僕等にこの役目を回したのは子供が何故居る?という悲しい疑問を払拭する為だろうし、エンスの前の方でもリトスが器用に植物育てて回って…………って、おい。
「……こちらリーン、リト、なにやってんの?」
『パフォーマンスに花咲かせてマス』
誰もリアルに花咲かせろなんて言ってねぇよ!あ、こら花散蒔くな!こっちに飛んでくんだよ!しかも今は夏!なんで桜の花が舞ってんの!?どこの木から持ってきた!お前の能力果物の木オンリーだろ!?と思ったら次は金木犀かよ!匂いキツイぞ!秋の花はいらん!
「無茶苦茶だろ……軍に花とか、似合わねー……」
ソラ、私語を慎め。リトス、自粛しろ。エンス、笑ってないで暴走止めろ。なんでこうも変人が多いかなもう!部下の顔見ろ!一見真面目だけど引きつってんぞ!
余りの怒りに旋回しながら震えていると、脳裏に過ぎる名案が一つ。そうだよ、これパフォーマンスだよね。何があっても演技なんだよね!
「ソラ、目標リトスで‘水爆破’。僕は‘霜露雫’で行くから」
「ってお前殺す気か!?」
はっはっは、何を言うんだソラ君や。正義の味方がお仕事なのに仲間殺す訳がないじゃないか。少し空中旅行を楽しんで貰おうってだけなのに。
「それは天国だッ!」
……チッ、面倒だな精神リンク。言わなくても伝わってしまう。ソラに伝わってるのは僕の強い感情だけの筈でも、そこそこの付き合い上しっかり僕の考えは読まれてしまうようだ。かといって切るわけにはいかないこの無意識の接続。ああ、メンドくさい。
「ソラ、良いから撃って。発光無しで僕がこっちをショーに変えるから」
一体何をする気だ?と胡乱げな目(顔は動いてない)でチラリと見てくるが、別に本気で攻撃はしないだろうと悟ったのかブツブツと口の中で詠唱を始めた。流石に飛行魔法を維持したまま無詠唱は無理か。斯く言う僕もそれは辛いので同じように呟く。
ソラが終わった詠唱を放っていいのか確認してくるのに、瞬きで許可を送る。そして問答無用で放たれた水の飛沫に、殆どの同僚たちが目を剥いた。魔力感知が出来ない人なんていないこの部隊、ソラが何やったか見なくてもお見通しだしね。
「GO」
それにギョッと振り向いたリトスにニヤリと笑ってみせ(まぁ内心でだけど)、僕も唱え終わった術を放つ。但し、ちゃんとアレンジは効かせてある。散り散りの水がリトスが飛ばしていた花々にぶつかった瞬間、爆発する手前を見計らって氷が水分全てをマイナスの世界へと連れて行く。つまりは、氷に包まれ輝く花の完成だ。
「キレー……」
「凄い……」
ホッとしたようなリトスの目が印象に残る。失礼な、ここで残虐血みどろな事件は僕だって起こさないよ。ついでにそれを見たコウが炎で再び氷を溶かして兵が傷つくのを防ぐ。それがまたパフォーマンスとして受けたらしく、歓声は大きくなるばかりだ。
本当に、この国は落ち着いたんだなぁと奥底で安堵する。この光景は、一度だけ見たことがあるあの沸き立つ人々よりずっと輝いていて嬉しい。痩せてガリガリだった僕が貴族として拾われ、育てられ、そして戦いに立ったあの頃よりも遥かに明るいこの街が、領が、国が酷く眩しい。
この国をその目で直に見て欲しかった人達はもうここには居ないけれど、この晴れ姿は空の上……いや、どこかの世界で見ていてくれていると信じよう。ほんの少しだけ優しくなった世界に笑っていてくれると思い続けよう。それがオレが望める、最大限の希望だ。
「……見てるんでしょ、父さん、フィリア……」
ソラにも聞こえないほど小さな声で呟けば、願いは空へと融けて消える。
澄み切った天空はまるで全ての最初の様で、懐かしさに目を細めた。ああ、忘れもしないよ。貴方たちに初めて会った日は。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
さむい、おなかすいた、いたい。
木漏れ日溢れる森の中腹には、ここ数日彷徨い続ける子供の姿があった。否、彷徨うというのには語弊があるのかも知れない。何せ彼は、この森の外に出る気などさらさら無いのだから。
強すぎる力が厄災を呼び、禍いは憎しみを呼び、憎しみは憎悪を引き連れた。つまりは、この5つに届くか届かないか程度の子供が悪の根源だと考えた村から、何度も追い出されたのだ。追い出される度に新たな村に移り、しかしまたその村で迫害される。その繰り返しに絶望にも似た感情を覚えた彼は、最早死ぬつもりで歩いていた。奥へ、奥へ、人が来ないような森の奥深くで死のうとフラフラと小さな身体を引きずって歩き続ける。彼の記憶が正しいとしたら、今日で3日間そんな生活だ。
その覚悟があるのに身体は正直で。空腹が何かを食えと訴えるし、乾いた喉は水分を求めるし、村で受けた暴行の所為で体のあちこちは傷だらけ。それ故寒くてかなわず、ガタガタと歯の根は合わない。まだ春になったばかりのこの時期では、暑いとすら思えなかった。
けれど、兎に角人が怖い。すっかり対人恐怖症に陥ってしまった彼は、その欲求をも無視してどこまでも突き進み続けた。青く澄んでいた筈の目はすっかり濁った色になり、明るい金髪も泥と血に汚れている。足に合わないサイズの靴は裏が剥がれカパカパと一歩一歩で音を立てる。ボロ布のような服も薄汚れ、元の色など分からなくなっていた。
そんな彼にもついに限界は訪れて。チイチイと彼の回りで鳴く小鳥に気づくこと無く、彼が地に膝をつき倒れるのには、十分な時間が経っていた―――