第46話 高嶺の覇者
漸くここまで来れた……ッ!
「わたしは、上に立つぞ」
自分たちよりも幼い、銀の子供が笑ってそう宣言したのはいつだっただろうか。
「ちちうえはダメだ。ちちうえがいると、わたしもふくめてみんながイヤな気分になるからな!わたしはどうせなら、みんなが心のそこからわらって王といっしょにいられる国にしたい!」
俺達二人しか居なかった世界にいつの間にか入り込んでいた10歳近く年の離れた少年は、自信満々に城を指差しいたずらっ子の表情で広場の噴水に登った。
誰が聞いているか分からない、誰が王にそれを伝えるか分からなくて、知られたら息子とはいえ今にも殺されてしまうような台詞を躊躇いもなく言い切ったコイツに、俺達は揃って唖然とした。アホだと呟いて、立場もわすれて思ってしまった言葉で馬鹿にした記憶もある。というか、そこまで自分の父親をボロクソに言えるか普通?
そして俺らに散々罵倒され最終的にむくれたが、結局は最後まで前言撤回をしなかった王子。その姿に少し興味を持ったのも事実で、気がついたら俺達はアイツと共に行動していた。ただのお遊び感覚で、だが。
けれど、いつしかそれは現実になった。沢山の犠牲と共に。
「……私の我侭に付き合ってくれて感謝する。この部隊は前王の下と、この戦いで死んで逝った兵達への葬送の部隊だ。絶対に、無理矢理何かを治めるためには使わない。理不尽に苦しむ人たちが少なくなるように、私のこれからの決意の意を込めて造ろう」
色々な物が手元から失われた後、兵士全員を集めて行ったスピーチの最後の文章。それが今、叶おうとしている―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――
今王都は嘗て無い程に人が溢れていた。
「うっわー……久しぶりに街に出てきたけどスッゲェ人ごみだな」
「流石に陛下の人気は凄いね~」
そんな中はぐれないよう手を繋ぐ10代前半の女子二人と、人ごみを押しのけて先行する男子が一人。普段着ではないと一目で分かる上等な服を着て街中を歩いているのにも関わらず目立たない事に軽く驚きだ。もっとも、女子の片割れの青い髪が目立っているような気もしたが。
「皆お祭り騒ぎに便乗して屋台なんか出してるしねぇ……一体陛下の顔見せを何だと思ってるのかしら」
「って言いながらちゃっかり串焼きなんか買って食べてるじゃんネリアちゃん~」
言ってる事とやってる事が一致していないネリアにスゥがビシっと突っ込む。そう言うスゥの手にもりんご飴が握られていたりするが、それを指摘する者は誰も居ない。そもそもこの場の誰しもが近くの神社で開かれた縁日宜しく浮かれているのだ。誰も言える立場ではないだろう。
「てか、陛下ならこの状況喜んで推奨しそうだな。屋台とかって皆買うから金が回るし、経済的には良い事になるし」
「ちょっと、こんな明るい日にそんな事考えないでよ。せっかく夏休みに入ったのにまた勉強の話とか嫌よ」
「ネリアちゃんネリアちゃん、そんな事言ってるとまた今年も宿題終わんないよ~?」
誰が言った言葉だろうか、見た目と中身は一致しないものだとは。いかにも秀才です、といった風体のネリアから勉学批判の言葉が出ると凄くギャップが激しい。
寧ろ見た目普通の男子中学生(顔はそこそこ良いがいつものメンツの顔面良好率が高すぎて普通にしか感じられない)のソルトの方が馬鹿そうに見える位だ。まぁ事実は軽くそんな発想を蹴落として行くが。彼なら高校程度の勉強は造作もない。
因みに今年の宿題は鬼と悪魔と阿修羅と魔王を足して2で割った(4では無い)位に鬼畜な量のため、今から死ぬ気で片さないと終わらない程の鬼畜仕様なのだが果たして彼女は無事終わらせる事ができるのだろうか?
「で、えーとこっちの道を行った先に車停ってるからそれに乗って会場まで、だってさ」
「態々車まで出るって所が貴族のやる事よね……絶対それ黒塗りの高級車でしょ」
細かい解説付きのメモに目を通して書いてある事を読み上げれば横からの溜息。確かに彼女の言った事は間違いなく実現されているであろう。なにせ、本人たちは知らないが車の行く先はこの国の中央、王城へと繋がっているのだから。正確には王城の一角、全軍が集まれる程の広場に備え付けられた席だが、一般市民の彼等にとっては大差ないだろう。
「それって、あの車かなぁ~?」
スゥが指差した先にあるのは、案の定黒塗りで、この国でも有名なエーレという名の高級車で―――
「絶対そうだな……」
嘆息混じりに肯定を示す他、意見は無かった。貴族が移動する姿自体あまり見た事は無いが、逆に言えばあそこまで金がかかる車に乗っているのは王族か貴族か金持ちのボンボンの三択だろう。後者ならこんな街中に堂々と停っている事も無い筈だし、前者はそんな事あったらトンデモナイ。なので、消去法で貴族―――ローゼンフォールかフォロートの車だ。
……因みに、実はこの車はどこぞの少年高級官僚がパシらせた城の車なので王族の車と言っても間違いではない。もっとも、それを彼らが知る事は無いが。
が、そこで微妙な雰囲気を壊す、明るくも滅茶苦茶な爆弾が投下された。
「じゃあ貴族って、ウチの車使ってたんだ~」
「「へ!?」」
突然の暴露に二人揃って声が裏返った。今この天然は何を言った?あの「フレイム社」のトップに立つ程の性能・感触を兼ね備えているであろうエーレを、「ウチの車」呼ばわり?
「ちょ、ちょっと待てスゥ!?お前んち、なんなんだ!?」
「え?何って、フレイム社だよ~?ウチのお父さんが設立した会社なの~」
とんでもない大暴露。今まで全く知らなかった事実に仰天しか表せない。彼女が金持ちだという事は付き合いのそこそこ長いネリアは勿論、ソルトも知っていた。がまさかそれがこの国有数の企業家の娘だからだとまでは知らなかった。そもそもあの学園に家柄は全く関係が無いのだ。気付けという方が無理である。
「……ごめん、先行っててくれる?私ちょっと耳鼻科に行ってくるわ」
「……俺もちょっと脳外科に……」
「ちょ、二人共何言ってんの~!!」
何言ってんのはお前だ。この時二人には共通の見解が生まれた。即ち、「金持ちは常識を持たない」である。身の周りの金持ち(リーン・メイ)が常識外れな言動をとっていた上に更に身内から常識はずれが量産されたのだ。二人の思考は正しい。
「「だって、お前/貴女と一緒に居たら自分たちまで常識がなくなりそうだし」」
声を揃えてバッサリ切り捨てた友人二人にスゥは声を詰まらせた。自分まであの変人達と一緒にされるなんて……と、失礼なことを呟くがこの先彼女もまた変人の一人としてカウントされるのだろう。哀れスゥ。自業自得である。
そんな風にギャアギャア騒ぎながらもなんだかんだで足を車の元へ進めていく3人。それを見ていた一般人はポツリと呟いた。
「……何アレ。ハーレム?」
3人は知らなかった。男一人(そこそこ顔良し)に女二人(並以上の顔立ち)が連れ添うと周りからどう見られるかという事を。純粋な人間でないと、どのように想像されるかを。
そしてその腐った目に気付く事なく、彼らはトンデモナイ場所へと連れ去られていく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「漸く、デスネ」
「ああ、やっとだ……」
王都への凱旋に向け待機している新部隊の兵に混じり、リトスとコウの二人が染み染みと呟いた。それにうんうんと、感慨深げに頷く僕を含めた隊長・副隊長達にアルとメイは目元を緩ませた。僕等が本気で願った、長年の願いがついに叶えられるのだと、本当に安堵したような上司達をとても微笑ましそうに眺めている。
『これでエンスの無茶苦茶なネーミングセンスから解放される……!!』
が、それもたったの一言で崩壊した。
「「は!?」」
さしもの天才達もあの台詞は予想出来なかったんだろうなぁ……事情を知らなければ意味不明以外なにものでもない喜びだ。
「ちょ、オレ等の感動返せ!」
「というか何ですかその陛下のネーミングセンスって!?」
マシンガン宜しく僕に詰め寄る二人に周りの部下達は遠い所を眺めた。ああ、目が語っている。「新人か……羨ましいヤツめ」と。うん、同感します。国王陛下が格好良いのはあくまでも夢物語の中だけですからね!
「全く、僕等の近くに位置するエンスが常識の範疇内に居るとでも思ったの?アイツ、馬鹿と天才は紙一重の極端な例だよ?」
甘い考えを持たれてはこの先やっていけない。純粋にエンスを慕っている所悪いが、今の内に現実を知って貰おう。他の先輩方、その痛ましげな目止めて下さい。二人が凄く不安そうです。
「つまりはね、エンスにネーミングセンスは皆無なんだ。御陰でこの部隊もトンデモナイ名前になりそうでね」
「結果として俺達がどうにかこの部隊の名称を『総合特別特務科第983部隊』と他の全部隊と名称を合わせた上でのありふれた名前に抑えたんだがなぁ……」
「もう少しで『セブンズスター』なるイッタイ名前になる所だったのよ……」
「因みにエンスのネーミングセンスを具体的に言えバ、ペットの名前にチョコではなくカカオマス、ミルクじゃなく豆乳、ネズミならタマ、猿ならポチ、犬にパブロフ、猫にシュレーディンガー、豚ならハム、羊ならジンギスカン、果ては象にマンモスと名づけかねないと言えばその壊滅具合が分かるデショウカ?」
名づけかねない、どころか実際昔飼ってた猫に「シュレーディンガー」と名づけかけたけどね。流石にアレは猫好きなソフィアさんが泣いて懇願して止めさせてたけど。
……誰が猫の天敵とも言える科学者の名前をつけようとするのか。まぁ本人曰く、「確か猫に関連する名前だったという事は記憶してるんだがなぁ」らしい。ちゃんとその意味を知ってから物事を言ってくれ。猫が可哀想すぎる。
「…………陛下、こんな晴れ舞台直前でそんな才能遺憾なく発揮しなくてもいいんですけどねぇ」
ただ一人オーバーSでない隊長、アズルが嘆息混じりに呟いたのが部屋中に響き渡る。おい、これから世間様に顔を出す筈なのに士気落ちてんぞ。どうしてくれるんだエンスよ。
暫く下りた沈黙の中で誰も言葉を発せず、まるで葬式のような雰囲気を醸し出した待機用の新部隊寮内に、唐突にノックの音が響いた。
「全員、揃っているか―――って、なんだこの雰囲気は?」
ちょ、曲りなりにも国王なんだから付き添いの一人や二人付けて来いよ!と正装している以外普段と全く雰囲気の変わらないエンスにギョッと目を剥いた僕等は急いで立ち上がり敬礼で迎えた。こっちの心臓に悪いからやめてくれ。
「おいおい、今はそんなんいらんだろ。全員楽にしてくれて構わなかったんだがな」
呆れた様子でいきなり態度を変えた僕等に対しそう言ったのを気に、僕等は言われた通りにいつも通りに砕け、そして容赦なくエンスに物を言う。ハッ、そっちが言い出した事なんだから僕は悪かないぞ?
「じゃあいつも通りにしてあげるわよ」
「……と思えばいきなりの上から目線か?」
「んー、まぁさっきまでの雰囲気は8割方エンスの所為だしなぁ」
腕を組んで鼻で笑ったアリアをサポートするかのように追い討ちをかけるフュジー。誰もそれに反対意見を述べない所が僕等らしいよね。
因みにここに居る部下達は全員エリート街道まっしぐらな人達ばかり。そのうち殆どは革命の時に最前線に出てエンスをサポートしていた人材ばかりなので、この身分なんかまるで考えていないブッ飛んだ話し方を咎める人なんて誰もいない。
ついでに一部隊に数人居た、ポカーンとしていた人達や嫌悪を露にしていた人達(革命後に入軍した新人達)も、先輩方に生暖かい目で諭されて今ではすっかり沈静化している。……そりゃそうさ。ウチの国の軍、他国じゃ考えらんない位緩いもん。
他国じゃキッチリ縦社会。どんな時でも上官は絶対。決して身分の壁を乗り越えた態度を取るな、と教育される所を、前王の頃にそれも原因の一つだった事が相まって今のヴィレットだけは、公私混同しなきゃご自由に、という態度をとっているのだから。御陰で僕がリトスを貶そうがコウを馬鹿にしようがエンスを弄ぼうが何にも言われないんだから凄いよね。ゆとり社会万歳。
「私が原因?」
「ええ、エンスのネーミングセンスが悪すぎて期待の新人2名が落ち込んでしまったノデ」
その期待の新人とやら二人はその言葉に苦笑しか返さない。……二人共成長したね。特にアル。数ヶ月前まではエンスにこんな態度取らなかっただろうに、今ではこのリラックス状態だ。メイはまあ、元の性格がアレだから馴染むのも早かったけど。
「で、エンスが来たって事はもう時間?」
アリアが王冠まで被ってノコノコ出てきた事をスルーして尋ねれば、主役はニヤリと笑って頷いた。過去に一度も‘王’としてのエンスを見た事の無いアルが息を呑む音が聞こえる。目前の銀は、今までのフザケた雰囲気とは別物の覇者の貫禄という物を纏ったまま、持っていた杖で力強く地を叩く。
「全部隊、整列!ここから先は『特科』の顔見世行進だ、恥を晒すことが無い様にな!隊長達、私の護衛は任せたぞ」
凛としたよく通る声に、僕等は持っていた武器を全て左へ置きただ騎士として頭をたれた。
『我が王の仰せのままに』