表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Silver Breaker  作者: イリアス
第四章 鐘の音が響く
47/84

第45話 意外な援護

お待たせしました。メイ君の出番が何故かありません(笑)

 そこは地獄と化していた。

 机に向かうのは二人の少年。先の尖ったソレを必死に動かし、血走った目を黒く染まっていくモノに釘付けにしていた。そして彼等の口からは呪詛のような言葉が漏れ続ける。


「ふふふふふ……あっはははは……」


「書類が33756まーい……書類が33757まーい……書類が33758まーい……」


『お前等怖いわ!!』


 が、ついに中等部男子全員が絶叫した。寮の談話室でまるで幽鬼よろしく書類に向かう彼らはフォーク片手にひたすらペンを動かし続けていた。誰がこれを恐怖しないだろうか。特に夏休み前々日という浮かれた雰囲気をぶち壊す葬式のようなオーラは、肝試しとすら感じられる。


「えー、怖いー?ダイジョーブ。僕も怖いよー?」


「ええ怖いですねー。具体的にはこれが万が一終わらない事を考えると。しかも終わりそうにないこの量への絶望感半端ないですよー?」


「…………二人共、せめて食事の時間くらい手を止めろよ。効率落ちんぞ?」


 暗い雰囲気を魔力でより詳しく表すその様に、見かねたメイが溜息を吐きながら提案した。斯く言う彼自身もここ数日に渡るハードワークで目の下に隈が薄ら浮かび上がっているが。それでも二人よりはマシな顔色をしている。

 因みに何故談話室で食べているかと言うと、仕事に集中し過ぎて食いっぱぐれたのである。仕方なしにカップラーメンならぬカップパスタを食べている様は実にシュールだ。少なくとも片方は見た目が貴族的なので。

 中身は高濃度の常識外れだが、彼の属する家がそういう風潮なので諦める他に選択肢は無い。


「……あー、うんそうだね。流石に限界かな」


 今までの危機迫った顔色はどこへやら。すっかりペンを投げ出して食事にありつく様にドン引きしていた全員が目を疑った。アレ?今までの恐怖は何だったんだ?


「ってちゃんと従うんかい。なら最初っから普通に食えよ」


「「そんな余裕がある訳ない(でしょう)」」


 なら何故従ったんだ。二人の言葉に喉元までその言葉が浮上するが、ソルトはそこで言葉を飲み込んだ。恐らくこの二人にはいつもの正常な思考など出来ていないのだろう。憔悴具合が一目で分かる位だ。夏休み目前でここまで必死な人間なんぞ初めて見たが。受験生でもこうはならないと思う。


「あー、ほらちゃんと噛んで食えよ。特にリーン、いつ倒れてもおかしく無いんだから」


「かーちゃんみたいだな、ソルト」


 クラスメイトの誰かがボソリと呟いた言葉は華麗にスルー。誰がこんなデカイ(いや、片方は小さいが)息子を持つか。一瞬娘、と考えたがどうにか押さえ込んだ。紫の方は確実に男にしか見えないが、金の(小さい)方は中性的を通り越して女顔なのが思考に拍車をかける。


「何だろう、唐突にソルトを血祭りに上げたくなっちゃった」


 脇から聞こえた恐しい言葉は、きっと幻聴だろう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「さて、ついにお前等が待ちに待った夏期休暇は目前だ。だが喜べ。その前にお前たちにはこれをプレゼントしてやろう」


 大掃除前のLHR。これさえ終われば自宅に帰れると、そわそわ落ち着かないクラスに先生の声は良く響いた。とても愉快そうで楽しそうな顔には不安しか浮かばないけど。絶対何か企んでる目だ。

 先生が視線で差したプレゼントらしきものは、山積みになったダンボール。書類が入ってる僕の部屋の物と被って一瞬吐き気がした。もう箱単位は嫌だ……


「前の列の奴は配るのを手伝え。あとルーラとローゼン、今日は特別に書類を片付けるのを許す。大掃除の間お前らはその紙とは見えない白い何かの処分に勤しめ」


 その言葉にクラスメイト全員がギョッとした言葉で僕らを一瞬振り返り、そして直ぐに目を逸らす。そりゃそーだよな。僕等の机の上は大惨事、未曾有の大事故、常識的に考えて有り得ない状況がコンプリートされている。こんなモンコンプリートしたくは無かったけど。


「ありがとうございます」


 ペコリ、と二人で頭を下げた後、直様僕等は机に放置してあったペンを握り直す。さあ、仕事の時間だ!……もうやりたくないけど。

 そう思いつつペンをガリガリ殺意満々で周りをドン引きさせていくと、唐突に目の前にドンっ!と置かれた紙の山。え?


「……夏休みの宿題?」


 表紙に書かれた可愛らしい丸文字を読み上げた瞬間、一斉にクラス中どころか廊下の外からまでも聞こえてくる阿鼻叫喚。うお、うるせぇ……


「提出期限は夏休み最初の授業時だ。どの先生方もお前たちの期待に応えられるよう誠心誠意、心を込めて問題を決めたと言っていた。良かったな」


 センセー、その心って主に邪念とかイタズラ心とか他人の不幸は蜜の味的な思考ですよねー?

 中をパラパラと捲ると授業の中でも面倒だった物ばかりが詰め込まれている。ページ数はざっと一教科50ページ。これに生物的な物は実地での観察や、魔術的な物は小論文をプラス。…………鬼かお前等。


「……なんだコレ……」


「鬼が居る……」


「いや悪魔だろ、魔王だろ……」


 あちらこちらから漏れる絶望の呟き。斯く言う僕もこの量には唖然だ。去年の倍位あるんですけど?僕、夏休みは仕事量倍増するんですけど?実は夏休み最後の方に(時間がなくて)泣きながら宿題を片付ける生徒の一人なんですが?


「私が学生だった頃はもっと軍国主義だったからな。夏休みそのものが2週間しか無かったものだぞ。それに比べたらマシだと思え」


 ああ、先生あの馬鹿の時代の生徒だったんですね?それはご愁傷様です。この学園の生徒は強制的に軍の仕事に就かなければいけなかったという、暗黒時代の学園体験者なら現状は生ぬるいように見えているだろう。


「うぇ……夏休み2週間はイヤだな……」


 メイが嫌悪を露わにして呟くが、キミも軍に入った以上そんなモンもしくはそれ以下だぞ?まぁ下級兵だから訓練以外にやることは殆ど無いだろうが。……アルと違って。彼は書類仕事まで請け負える人材なのだから、仕方無いだろう。きっと先輩方ら手とり足とり厳しく教えてくれるだろう。彼は特殊だからそんなに厳しくはないかもしれないけど。


「さて、話は以上だ。それではそこの哀れな二人を除き着替えて掃除場所に移れ」


 先生の言葉を皮切りに次々と移動する生徒。僕等このままでいいなんて楽ですね!

 でもあの(・・)鬼先生が態々仕事の許可を出したのは、数日前に僕と新兵二人で直々に入軍の話を通したからだしなぁ……流石に最初は驚いていた。何にって、メイの頭でも軍に入れた事に。どうしてくれるんだメイ、一般人の中で軍の株が大暴落したぞ。


「……貴方達、あの先生に温情貰える程まずかったのね」


 男子寮での有様を知らないネリアさんが可哀想なモノを見る目で僕らを一瞥。


「ごめんネリアさん、同情はいらないんだ。人手を寄越せ」


「そこ普通お金だよね~……?」


 金は有り余っているから欲しく無い。……いや、別に幾らあっても困るものじゃないんだけどね。国庫とかにお金が貯まるなら寧ろウェルカム。その分貧民救済に充てるから。それを言う前に二人は着替えに外へ出てしまった。


「と言うか、アルが仕事手伝ってんのいつの間に公表されてたんだ……?」


「数日前に隊ちょ―――高官方直々に頼まれました。今軍に敵が侵入しても絶対瞬殺されますね、きっと」


「ああ、殺気立ってるもんね」


 合わせておいた口裏通りにさらっと話すアルはぶっちゃけ嘘が大得意なのだろう。褒められた事かと言えば沈黙を貫くが。でも今のは危なかったぞ?


「おいそこ、話してないでさっさと掃除場所に移れ。なんならトイレ掃除にでも回してやるぞ」


「え、ちょ!?待って下さい今行きますから!!」


 先生の脅しに驚いたソルトはガタっと大きな音を立てて教室から飛び出した。……体操服に着替えんの忘れてるよな。と、その前に。一旦仕事を止めて横に仁王立ちする先生の方を向いてから頭を一つ下げた。


「先生フォローありがとうございます。一瞬ヒヤッとしました」


「ルーラのミスにしては珍しいからな。少し位は手助けしてやるさ」


 おお、なんて男前な先生なんだ。よっぽどその辺の男より男らしい。……だからいつまで経っても結婚出来ないんじゃ―――


「何か言ったか?ローゼンフォール?」


「イエ、ナニモ……」


 気がついたら首元に光るシャーペン。尖ってる方を向けないで下さい。先端恐怖症になりそうだ。……まぁ、この程度で怯えてたら師匠の修行なんて耐えられたものじゃないんだけど。


「リーン君も結構豪胆ですよね……その体勢で仕事続けるとか」


「首に爆弾付けて魔物狩りとかもやったからね。それに比べたら殺気が無い分優しいよ」


 ヒョイと首を竦めると僅かに刺さる先っぽ。先生、痛いです。そして呆れた目も痛いです。僕何かおかしな事言いました―――言いましたね。


「……お前、そんな無茶な事やってたのか?」


「この位では無茶でも何でもない位の事はやってきましたよ。アルも微妙に体験してますけど」


「ええ、誰かさんの御陰で。針山の上に立つ位は造作も無くなりました」


 ふっふっふ。軍の演習を舐めてもらってはいかんのですよ。ここ数ヶ月の間にアルも随分と逞しくなったのだ。主に精神が。図太くなったとも言う。


「……それは、上官からのイジメ、というやつでは無いのか?」


「寧ろ僕はマシな訓練受けてますけど。隣で同じ階級の方が爪先立ちで針山の上に立ってましたから」


 更に追い討ちを掛けるアルと沈黙しか返さなくなった先生。一般人から見れば鬼畜な訓練でもあそこ(異常者集団)から見れば唯のウォームアップですよ?だから先生、この刺さった物抜いて下さい。このままだとブスっといっちゃいますよ。


「………………成程、通りで学園の実技に手を抜く必要があった訳だ」


「あれ?バレてたんですか?」


 おっかしーな?そんなに違和感は無い様に頑張ってたんだけど。

 そう思っていたのだがどうやらそれは思い込みだったらしい。まだまだ精進が必要か、と頭の片隅で考えていたが先生は漸くペンを下ろして横に首を振った。


「いや、ただ普段殆ど授業に出てないのに完璧にこなすからな。そしてお前が入学した直後にあったテロリスト侵入の時には既に今覚える位の術を使っていたという記録もある。という事は手を抜いていると思うだろう?もしくは腕が鈍ったか」


「ああ成程……あの時の記録なんて残ってたんですね。そこは失念してたな……」


 あの頃は僕も若かったんだ。いや、あと100年は見た目が若い自信はあるけれど。そうじゃなく、あの当時は常識がイマイチだったため、加減がわからなかったのだ。若気の至り、とは違うような気もするけど。


「ま、今回の大暴露以降は手抜きなんて面倒な真似する気、ないでしょう?」


「やったら軍の質が疑われちゃうからねぇ……一応は佐官な訳だし?」


「お前という奴は本当に末恐ろしいな。20超える頃には将官にでもなっていそうだ」


 先生の呆れた声になんとも言えない顔で僕等は顔を見合わせた。将官……案外簡単になれるかもしれない。なにせ今の将官は、少将にサボリ魔リトス、中将に暴走娘ソフィアさん、そして更にその上、元帥にはバカの権化コウがそびえ立っているのだ。正直これなら上にも行けそうじゃね?

 まぁ、表面上は神の申し子リトス、癒しの女神ソフィア、無敗の死神コウ、などというイタイ二つ名が付いていたりする人物なんだけど。僕のもイタイけど、そこは触れないでくださいマジで。


「……先生、それ冗談にならないので言わないであげて下さい」


「はあ!?」


 驚愕に目を開いている所スミマセンが洒落になりません、マジで。僕がいなくなるだけで1割以上がストップされる仕事とか、常識を疑うよね!(お前が言うな)


「彼、年齢無ければ多分将官レベルに上がれる人材ですし……」


「まぁ流石に実戦となるとあのメンツには敵いませんけど、総合的に見ればリトスとかソフィアさんの次位には行けるかなー、って感じですね」


 だって聖痕(スティグマ)という名のドーピングとか世界トップレベルの魔力とか、本来人として存在し(てはいけ)ない物が沢山あるのだ。普通英雄(生贄)として上に祭り上げるには丁度良い人材だろう。


「…………お前は私の生徒に居て欲しくないんだが」


「諦めてください。陛下の命令です。じゃなきゃ僕だってこの仕事量に忙殺されながら学校通うなんてやりませんよ」


 自分の実力以上の子供が生徒とか確かに嫌だよな。僕だったらお断りだ。……まぁ、自分の実力以上って考えると主にあのオーバーS達の顔が思い浮かぶから尚更嫌悪感強いんだろうけど。あんなのが自分の下に就くとかゴメンだ。


「そもそもリーン君が学生、という時点で何かの間違いみたいなモノですからね。下級兵相手にして散々魔術でドついてる方が大人しく机に向かうなんて通常じゃありえませんよ」


「……その言い方は止めて欲しいなぁ……」


 安心しろアル、にこやかにその鬼畜上官を罵倒出来る時点でキミも大概普通じゃない。そう思ったのは絶対に口に出さないでおこう。



次回から正式に『夏編・前』が始まります。

……夏編って、二部に分かれるんですよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ