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Silver Breaker  作者: イリアス
第四章 鐘の音が響く
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第44話 時刻の否定

遅くなってすみませんでした。


テストで死んでました。ええ、終 わ り ま し た 。

 ずっと、危ういと感じてはきていた。


「……おいリーン、大丈夫か?顔色悪いぞ?」


 体調が悪い時のソレとは違った顔の青さ。どこかボーっと遠くを見ているような目は、決して明るい光が宿っているとは言い難かった。


「え……?ああ、うん平気。少し疲れただけだから。ソラこそ、仕事大変でしょ」


 なのに相変わらずキツイとは言わない。本当に堕ちてしまわねば、弱音すらロクに吐かない。漸く小学生でなくなったばかりの子供とは思えない忍耐力に俺は溜息をつくしか無かった。

 感服するしか無い程に意固地な態度に対して、立場的に口出しが出来ない自分に苛つく。

 かと言ってコイツを追い越そうなんて考えても、それこそ夢のまた夢。コイツがどんなに嫌がっても世界でも稀に見る程の才能の持ち主だという事実は変わらない。ソレを凡人に毛が生えた程度の俺が越えようなど、おこがましいにも程があるだろう。


 と、ゴタゴタ考えても今回の件は関係していない俺ではどうしようもないのだ。

 目の前で、敵とは言え人が惨殺されていた。そんな光景、死体を見慣れた俺等でもクるモノはクる。確かに昔はよくあった事だ。けれどそれに慣れられる程、狂った神経もしていない。

 特に赤が嫌いなコイツには一層辛かっただろう。アル君もあの後部屋で寝込んだと聞いた。リトスさんも気分転換と言って1時間だけ仕事を抜けてどこかへ行っていたらしい。それなのに、コイツだけ書類を進める手を止めない。

 ないないづくしの思考に、段々と嫌気がさしてくる。まるで自分の無力さを突きつけられているようだ。


「……せめて、1時間でいい。仮眠してこい。この書類終われば一旦落ち着くからな」


 結局、自分が言えた事はそれだけだ。俺が部下で、コイツが上司という関係と現在の忙殺具合を吟味した上で今までの恩、という物を加算すればこれが精一杯の‘我侭’になる。こんな具合でなければ本来仕事からコイツを離す事すらしてはいけないというのに。


「え……でも……」


 仕事の山と俺を何度も交互に見た上で、数十秒躊躇ってからコクリと頷く。それに漸くホッと一つ息をついた。無意識に上げていた眉を少し下ろす。


「そんなに顔色悪いかなぁ?」


 自覚が無いのかぶすっとむくれた顔で見上げてくるが、それが精一杯の強がりであるように見えた。本当にコイツは自分の事に対する現状把握が出来ない奴だ。果たしてこの状態、自分でどこまで理解しているのか。


「ほら、いいから寝てこい。一時間以内に起きてきたら睡眠薬飲み物に混入してやる」


「ちょ、何物騒な事言ってんの!?」


 無理矢理意地の悪い顔を作って鼻で笑うとそこで初めて少し明るくなった。その状態でコートを引っ掴み外に出て行った姿を見送って、溜息を一つ。


「……全く……今頃エンスさんご立腹だって事知らないなんて、幸せなヤツめ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そこは異様に寒かった。隙間風が吹いてくるような脆い部屋でも、空調の効きすぎた部屋でも、ましてや冬でもない筈なのにも関わらずそこにはブリザードが吹き荒れていた。しかも残念ながら比喩でもない。実際に吹雪が覆い尽くしていた。


「……リトス、この状況どう見る?」


「そうですネェ……取り敢えず、魔力の暴走を止めて欲しいと思いマス。寒いデス。エンスの暴走はなんで爆発じゃなくて氷多量生産なんですカ?」


「えー、でも死体を保存して検証する身としてはクソ暑い蒸し風呂牢よりも氷結牢の方が楽なので陛下はそのままでオッケーですよ!」


 普段は前を閉じないで羽織るだけのコートもキッチリボタンが止められているリトスとは裏腹に、目の前に惨殺死体があるのにも関わらず目の前の12、3歳に見える解析をしている少女は元気だった。一方のエンスは親の敵でも見るような目で現場を眺める。もっとも彼の親の敵は彼自身という真実は敢えて触れないでおこう。


「……っの、お前等!!真面目に考えろ!!リーンもアル君もダウンしてる今これが終わらんと部隊設立の方に移れないんだからな!?」


 が、軽い二人にブチギレた。もとより睡眠時間がギリギリな上に、現在仕事に現実逃避中な弟分が弱っていてストレスがマックスな国王だ。多少目が血走っていたり周りが凍っていたりするのは仕方無い―――とは言えないが、どうしようもない事だ。

 イライラとした雰囲気を隠そうともせず睨みつけたエンスに、淡いピンクの髪をした少女はニッコリ笑って口を開いた。しかし着ている軍服(コート)が示す階級は何と中将。見た目にそぐわない階級だか、なんと恐るべき事に彼女は200歳間近だ。


「分かってますよ若造がー。少しは落ち着きを覚えて下さいね!来月には成人するんですから、それ相応の振る舞いをですねー」


「あー、ハイハイソフィアさんも落ち着いて下サイ」


 この場である意味一番落ち着いているのはリトスだろう。寒そうに縮こまっているものの、証拠を集める手は止まっていない。普段の常識知らずな行動を考えるとある種の感動すら覚える光景だ。


「……で、お前はまたここ来て大丈夫なのか?」


「ハ?一体何を今更言ってるんですカ。嫌な気分ではありますケドたかだか惨殺程度でトラウマにはなりませんヨ、子供じゃあるまいシ。私自身殺しは幾らでもやってたじゃないですカ」


 しかしその行動を逆に不審に思ったエンスが心配そうな目でソレを一瞥する。それに対して返ってきた返事は至極真っ当なものだが、何となく腑に落ちない気分で作業を進める手を眺めた。


「二人共まだまだ青いですねー。80年前の魔物大戦乱や120年前の紅雨戦争の時に比べたら全然楽ですよー」


 歴史書で登場するような戦乱がごく普通に経験談として飛び出してくるなど普通ではない。思わず作業の手を止めて年の功、スゲェ……と関心すると凄い勢いで睨まれた。一気に来る魔力の重圧に息を詰める。


「なにか妙な事考えてませんよねー?」


 肌を焦がすような空気に怯え、滅相もないとブンブン首を振って否定した。そうして漸く収まった魔力にホッと一息をつく。


「……まぁ、若者はそうやって悩めるならいっぱい悩んだ方がいいですよー。いつか慣れてしまうよりはよっぽどいいですね。でも、程々にですけどー」


 それにクスリと笑って、慈愛に満ちた目で呟いたソフィアに二人は目を丸くする。なまじ頭が言い分相談する事が少なかった二人にとってはとても新鮮な教訓で、しかしそれ故にとても暖かかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 コンコン、と控えめなノックが暗い部屋に響いた。


「……はい、どうぞ……」


 もぞもぞと億劫そうにボタンを操作して扉のロックを解除し相手を招くのは、濃い紫の髪を布団に埋もれさせた少年。その弱り果てた姿に、訪れた灰色の青年は顔をしかめた。


「第4位、一体どうしたんデスカ?貴方らしくナイ」


「別に死体程度(・・・・)で気分を悪くしたわけじゃないですよ……ただ、本気で疲れました……」


 普段の様子からは想像もつかないほどグッタリと布団に倒れ込んでいる様に驚いたリトスがまさか、といった表情で質問したが返ってきた答えはあやふやなもの。何に疲れたのかと目を細めた所で、のそりとアルトが身じろぎする。


「言っておきますけど、‘僕’は貴方がたより魔力少ないんですよ……あんな色んな魔力ゴチャ混ぜになった牢に長時間居られる訳ないじゃないですか……」


 恨みがましそうな目で睨まれ、初めて自分の勘違いに気付いた。てっきり久しぶり(・・・・)に見た惨殺死体に精神的ショックを受けたのかと思っていたが、どうやらそれは杞憂のようだ。しかし予想外の回答である事は確かで、思わず苦笑を漏らす。


「ああ、そういえばまだ身体が能力に慣れてないんでしたネ。スミマセン、失念してマシタ」


 忘れていたが、自分と違い高位の能力を持つ彼だと肉体がそれに耐えられないのだ。特に膨大な情報を処理するアルトの能力は人一倍負担も大きい筈だ。先程かなり色々と使わせてしまったが、その負荷はかなりのものだっただろう。


「いえ、お仕事なんで別に構いませんよ……それより、リーン君の方が大丈夫でしたか?‘昔’から血とかダメな方ですし……」


「何とかソラ君が落ち着かせた模様デス。まぁ、リーン君の場合はショックを紛らわす為に自分顧みないで仕事してるだけデスシ、それが落ち着けばいつも通りに生活出来ますカラ」


 物憂げに目を伏せたアルトに安心させるよう言葉を選んでリトスは話した。恐らく今頃は大分調子を取り戻しているだろうし、仕事にも支障が出てないため問題はそこまででもない。


「それは、良かったです……彼、メンタル面強くなさそうですし」


「……随分はっきり言いますネ。確かに‘昔’と同じような『勁さ』と『脆さ』デスケド」


 と言うか、正直アルトのメンタルが強すぎるだけだ。今まで普通に学生だった頃は分からないが、少なくとも聖痕(スティグマ)持ちとして覚醒した(・・・・)今では並大抵の事では折れないだろう。

 一方のリーンは、はっきり言って微妙な所だ。どんなに化物扱いされようが、自分を見失う事はないだろう。が、トラウマに突き当たると容赦なく精神的に崩されていく。それのサポートが、エンス()の役目だ。


「その程度なら許容範囲ですね。逆に言えば、変な所で頑固な点とか無駄に強情な点とか異常に自己を貫く点は変わらないんですね……」


「全部同じ意味のような気がしますガ」


 学校で出している性格はあくまでも‘表の顔’。軍入りして新たに知った面が大きいアルトにはまだ知らないリーンの性格も多いだろう。それでも彼がリーンの性格を熟知しているような台詞を吐くのは、『5万年の約束』が成される前の彼を知っているからに他ならない。


「……あーもう、リーン君とっとと自力で覚醒してくれませんかねー。そうすれば大分悩みが減るんですけど」


「現状見てる限りでは無理かト。第一に、彼が覚醒すると色々面倒なことが起きそうデスシ」


 疲れのあまりヤケになりつつあるアルトのセリフに溜息で返答した。

 本来、『5万年の約束』に備え眠っていた力を覚醒させる筈の聖痕(スティグマ)持ち達が中々表に出てこない。そんな同胞が思っていた以上に多い上、身近な仲間の一人であるリーンもその片鱗すら伺えないのだ。(エンス)ある(居る)のに中々彼女(・・)を起こせない理由も、ある意味そこにある。


「……ところで第4位、一つ疑問があるんですガ」


「何でしょうか?」


 その中に一つある懸念。覚醒してからそこまで日にちも経っていないが、それでも気づけた一つの謎を丁度良いと言わんばかりに自分より知っていそうな人物に訊ねた。


「私達は、何度も転生を繰り返して来た筈ですヨネ。約束の時まで、ズット」


「ええ、それに間違いは無いかと」


「そして私達には、時間を数える術が無かっタ。何度も死んで、生まれて、また死んでというサイクルのうちで忘却を繰り返しましたカラ」


 失笑を浮かべた表情を動かさないまま前置きを話し続ける。そう、一度転生しても、前世の記憶を持ち合わせる事は決して無い。覚醒した今でさえ、‘最初’しか覚えて居ないのだから。


「なら、‘今’は本当に、5万年経つ少し前何でしょうカ?」


「……どういう事です?」


 漸く言いたい事が分かったアルト―――否、第4位がハッとした顔で憂いの目を凝視する。永い事生き、達観したような事を考える思考を押し込め、紡がれる恐怖すら感じる言葉に聞き入った。


「……私は思うんデス。今の暦は50013年。私が‘消えた’時はまだ、時の数え方なんてありませんでした。なのに、50000年以上の時が存在している事になっている。つまり……」


 あの時(・・・)を基準で換算していたとすれば、もう5万年から13年も過ぎているのではないか?


 考えたくなかった、知りたくなかった回答(予想)を答えてしまった彼等は、何もそれ以上言えなかった。……そう、考えなかったのではない。ずっと、頭のどこかでそれを思っていて、それでも信じたくなくて否定し続けていただけだ。駄々をこねる子供のように。


「…………正直、僕にもそれが正答(本当)かは分かりません。が、ソレを視野に入れて置いた方がいいのも、事実……なんでしょうね……」


 フッと疲れたように息を吐き出してごろん、とベットの上で寝転がる。仰向けになった体勢で泣きそうなリトスの表情を見納め、枕を抱える手の力を強めた。


「……それでも、現状維持デスカ?」


「それ以外、どうすれば良いのか僕は分かりません。せめて何かが動く切っ掛けがあるとすれば、恐らくこの計画の最重要人物の一人―――出来れば、風の2位を見つける事ですかね……」


 いつも彼女の相手をして、怖いもの知らずというように彼女を叱って、けれども彼女にベタ甘だった彼ならば多分この状況がどうなっているかが分かるだろう。今彼がどこで生まれ、どこで過ごしているかは分からないけれども。


「……リトス少将(・・・・・)、新部隊が結成された後で構いません。風支刹那イスタンテ・ヴェントスを探して下さい。真相が分からない以上迂闊に動けませんから」


 聖痕(スティグマ)の名が分かっている以上、他国の人だとしても捜索するのはそう難しくない筈だ。色々と事情説明などが大変だろうが、場所さえ分かれば最悪直接探しに行けばいい。兎に角、今はこの硬直状態をどうにかしたい。この底知れぬ不安を抱え続けたくは無いのだ。


「……分かり、マシタ。では、夏が終わり次第その手筈を整えマショウ」


 ためらいがちに一つ頷き、リトスは聖痕(スティグマ)を一つなぞる。彼のそれがあるのは、普段袖に隠れ見えない左腕。

 実はリーンすらも知らないそれに触れ、暗い気分に浸るかのように瞼を落とした。

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