第42話 後悔と準備
遅くなってスミマセン。
データが文字化けして散々でした……
仕事が終わらない。
絶望感に近いそれに溜息をついても誰も居ない部屋に響くのみ。無駄な彫刻のされた自室とは違い、質素極まりないこの部屋が落ち着きの場だった子供の頃が懐かしい、と銀の国王は頭痛の絶えない頭を押さえた。
「昔は賑やかだったんだがなぁ……」
それこそタウンハウスから毎日リーンが通って来て、それを構いにコウやらリトスやらアリアやらが押し掛けてきた時代は、こんな簡素な部屋など有り得なかった。それが今では書類にまみれたこのざまだ。
年月とは恐しい物だと無駄に達観した現実逃避を始めた頭を振るい、再び書類に目を通し始める。
すると、ふと目に入った報告に思わず吹き出した。
「おいおい、アイツやったのかよ……」
くすくすと笑ってその書類を眺めていれば、部屋に響いたノック音。誰だ、と問う前に開いた事でひとしきりの笑いを抑え、寧ろ溜息をついた。
「エンスー!!書類預かりに来たわよ!!」
「せめて私の承諾をとってから入ってくれという事すらも聞いてもらえないんだな……」
オレンジ色の髪が目に入った時点で諦めた事でも、言わずにはいられなかった。自分の律儀さにほとほと呆れながらも山になった書類の一角を指で指す。
「そこの山は既に処理済みだ。適当に持って行ってくれ」
「りょーかい。……で、アンタ何にやけてたの?」
どうやら部屋に入ってきた時に気付いたらしい。目ざとい奴め、と関心しつつ大人しく手元の報告書を渡した。
「何?何か面白い報告でも―――って、あの子属性付加なんかやらかしたの!?」
絶叫をあげるアリアに再び笑いながらも一つ頷く。久方ぶりに落としてくれた爆弾報告に感服しつつ肩を竦めた。息抜きには丁度良いネタだ。
「一応アル君とメイ君に守らせて厳重な結界内でやったから被害は無いらしいがな。いや本当に、アイツが小さかった頃を思い出すだろ?」
「ああ……確かにね。そういえばよく爆発してたわね」
因みにこの発言、爆発させてたでなく爆発してたという所がミソである。つまり言わずもがな、自爆である。
「御陰で爆音はある種のトラウマだがな。アイツが爆発したんじゃないかと錯覚する」
「ホントブラコンここに極まりね。嫌われちゃうわよ?あんまり酷いと」
そう言うアリアも彼には甘い。……実験対象として、という言葉無しにアリアが気を許す人間など早々いないので割と珍しい部類に入る。
「何、アイツの事だ。本気で私を嫌う事は無い」
「うわ、自意識過剰ってヤツ?流石国王陛下ね」
ふざけて髪をかき分けてみれば悪乗りしてニヤニヤと笑うアリア。そう、それはまるで人数こそ少ないものの昔の掛け合いによく似ていた。ふ、と一つ息を吐き出して感傷に浸る。
「……ここにアイツ等が居れば尚面白いんだがなぁ」
「無茶言わないでよ。バカコウは兎も角、リトもあの子も仕事の山に埋まってるわよ」
「斯く言うお前も戻ってくれないとな。書類溜まってるんじゃないのか?」
頭の回転が早いアリアは優秀な事務員の一人なのだ。彼女が油を売っている所はあまり好ましい状況ではない。それに拗ねたような顔をして顔を反らせたアリアに頬を緩ませる。本人があまり気にしていないので感じないが、これで三十路を越えた女性なのだから驚きだ。因みに見た目は余裕で十代だろう。
「はいはい。大人しく戻るわよ。あ、あと一つ、何かリトがまた違和感抱えてたからもしかしたら近いうちに何かあるかもよ?」
そう言ってひらひらと手を振り部屋を出て行ってしまったアリアに一瞬呆然としてしまったが最後、あっという間にいなくなっていた。
「は?何だそれは。……って、詳しく説明していけよ……」
そして再び誰もいなくなった部屋に、虚しく独り言が響いた。
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仕事が終わらない。
減っているどころか寧ろ増えている気さえする白い束の詰まった指定カバンを持ち直し、寝不足で頭痛を訴える頭に手をやった。悔しい事にそれがエンスと全く同じ行動だったなどという事は、残念ながら知らないけれど。
「リーン、大丈夫か?そういや最近アルも顔色悪いよな?忙しそうだし」
「最近一体何をやってるの?」
登校途中、緑溢れる小道にあちらこちらで中等部生が通学して行く中、ついにといった具合にソルトが渋い顔をした。僕とアルは、まぁそう言われても仕方がない顔色をしているからなぁ。
「リーン君はお城のお仕事の一部引き受けてるんでしょ~?じゃあアル君は~?」
痛い所を突いてくるスゥさんに内心拍手を送ってしまうのは寝不足でテンションがおかしいからだろう。でも凄い。ピンポイントでヤな所ついてきやがった。
それにポーカーフェイスで笑っているアルも凄い。でも目は僕を捉えて離さない。言外にどうすればいいですか?と必死に訴えている。
「あー……絶対誰にも言わないって約束してくれるならアルの事も言ってもいいんだけど……」
言わない?と念押しするように皆を見回す。因みにここでメイも見るのがポイント。部外者っぽく見せる為にも、ね。それに呆れたような目で見返してくるのは気にしない。
「そんなにヤバイ事……ではないんだな?俺達に言っていいんだし」
「そうだね~。誰にも言わないからさ~。隠し事されるのヤだし~」
……本当に、スゥさんは痛い所を突いてくる。悪かったね、どうせ僕は隠し事パラダイスな人間ですよ。と、拗ねつつも頷いた3人に溜息を吐いた。声を潜めて、いかにも内緒という雰囲気を作り上げる。
「その、さ。実はアルにこっそり僕の仕事手伝ってもらってるんだよ……結構無理な量が届いてて、日付までに終わりそうになかったんだよね……」
困ったように笑えば尚真実に聞こえるだろう……いや、でもこれも嘘はついてないからセーフかな?
「って、ちょっと!?それ大丈夫なの!?機密情報とかも……」
「そういうのは省いてるから大丈夫。僕だって、万が一見つかったらそれはマジで重罪になっちゃうもん」
いや、正直機密情報満載な書類も流してるけど。解析の本業も置いといてひたすらそっちに専念してもらっている。
「成程……そりゃ大きな声では言えないわな。絶対言わねぇから、安心しろ」
ご苦労さん、と苦笑するソルトに困った笑いを浮かべてありがとう、と返す。アルも微妙に引きつった顔をしているけど肩を竦めるだけだ。
「でもさ~、何で今そんなにお城忙しいの~?」
「ん?ああ、えーと確か、革命の時から練ってた案らしいんだけど、新しく軍を構成しなおすらしいんだよね。ほら、噂の」
「ああ、確か最強部隊だったかしら?」
他人行儀にすっとぼけるのが僕の騙し方。基本的にこういう風に騙す人って早々いないんだよね。皆話に触れないようにするとか、話を逸らすとかしてるから。
「そう、それそれ。で、あそこが僕等の夏休み開始直後にお披露目らしいんだよね。その所為で、最終調整で大変なんだって。まぁ、コウ曰くだからどこまで本当かは分かんないけど」
「へー、そんなに忙しいのか。ま、そりゃそうだよな。でもそれで貴族に書類が回ってくるってのも、この国がまだ落ち着いてない証拠だからなぁ……」
本当に大変なんだよ。と内心でボヤくけれどこれも言えない事なんだよなぁ……
現状は正直口で言っている以上に悲惨だ。どうにか副隊長は決まったけれど、その他構成の最終チェック欄が多すぎる。
メイは書類出来ないから放課後や休日は城で書類運びの手伝い。アルは城の共同執務室で缶詰。尤も、二人共丁度軍で働いてる人達にとっては自分の子供位の年齢だから少し甘い扱いを受けているらしい。でもやっぱり疲労が溜まっているらしく、珍しくアルも眠そうに欠伸をしている。メイも修行時間を短くしているらしい。
斯く言う僕は、先ずは終わらない書類の山と格闘。そして表に立つ事になったという面倒事の為、隊員達に顔見せだの、軽い教導だの。他にも寄宿舎が新たに建設されたのでその細かい部屋割りなんかもやっていたりする。ピンからキリまで、という程様々な事に手を出しすぎて頭の中はパンク寸前だ。
「これでも異常な回復具合だって他国からは驚かれてるらしいけどね……私が知ってる限りだとまだまだな部分あるけど……」
「町に行くと偶に物乞い居るしね~……でも、活気は戻ってるから、まだまだこれからでしょ~?」
子供らしくない溜息をついたネリアさんにスゥさんが拳を握って諭す。ネリアさんの意見は痛くて、スゥさんの意見は嬉しい。国を信頼して貰えている、という風に取れるその台詞は僕等にとってとても満たされる言葉だ。
「うん、貴族としても頑張るからさ。陛下を前に見た時に、丁度浮浪者の救助策練ってたからそのうち案が出てくるよ」
「マジか!?うわ、流石エインセル国王陛下……いや、国王としては当たり前なんだろうけど、結構そういうの本気で感動ものだよな」
おや、思っていた以上に今の話は受けが良かったらしい。エンスが予想以上に好評判で少しムカっとくるものもあるけど、それは今は放置しよう。後ろで僕の誘導に音が出ないよう拍手をしていた筈のアルとメイも目元を緩ませているし。……うん、やっぱりエンスは案外好かれているらしい。
「一度陛下見てみたいなぁ~……銀の髪なんでしょ?」
ああ、そういえばエンスは本当に表に出ないからな。スゥさんが顔を知らないのも無理は無い。でも、本気で望んでいるらしいスゥさんに、僕は微笑んだ。
「私は遠目で一度見た事あるわよ?まだ陛下が王子の頃だけど……」
「って、そっちの方がレアだぞ?オレだって陛下に初めて対面許されたの即位直後だしな」
本当だ。エンスは王子の頃、前王に嫌われていたから殆どゼラフィードで過ごしてたって聞くし、僕がローゼンフォールに引き取られてからは城に落ち着いたものの逆に外に出なくなったし。
見た目は天使、中身は悪魔を地で行ってたから見てくれは正に神の愛子、という感じだったけれど、それがアダになって度々誘拐を経験してから引きこもる事にしたらしい。まぁ、今も現在進行形でヒキニート状態だけど。
恐らく後宮にすらここ数ヶ月帰ってないだろう。どうせ帰ってもエンスの愛人どころか使用人以外の女の人居ないし。
「え?そうなの?てっきり子供時代位外で遊べてるのかと……」
「そりゃ無理だぜ?貴族の子供でも精々7、8歳になるまでは自分の領か友好関係な領主んとこしか行けねーもん。もしくはタウンハウスにだな、行けても」
「へー、貴族も案外大変なんだな」
確かに外にこそ出れないが、実際はソルトが言う程大変でも無かったりする。だって貴族の子には必ず遊び相手が決まるし、無駄に広い屋敷はそうそう飽きるものでもない。まぁ、僕は例外なので殆どをローゼンフォールではなく城だの王都のタウンハウスだので過ごしていた為に特殊例だけど、それでも領の子達はそんなに暇そうではなかった。
「ところでさ、話は戻ってなんだけど2人は陛下見た事無いし、ネリアさんも一度だけなんでしょ?」
「え?ええ」
「さっき言った通りだよ~?」
突然の話の転換に戸惑う3人を他所に、僕はニヤリと笑う。それに気付いたメイとアルは僕の言わんとする事を掴み、顔を見合わせて苦笑していた。
「じゃあ、さ。ちょっと僕の職権乱用してあげるよ」
「「「は?」」」
突拍子も無いセリフにポカンと呆けた3人。それが少し面白くてクツクツと笑いながらカバンの中から紙を3枚取り出した。
「はいコレ。僕の伝手で手に入れたモノだから偽物じゃないよ?」
「なんだコレ―――って!?おい!コレ新部隊お披露目凱旋パレードのVIP席チケットじゃねぇか!?」
「え!?何ソレ!!」
ソルトはこれがなんなのかすぐに理解したようだ。手元のそれをプルプル震えながら潰さないように握り締め驚愕を浮かべた。
「そ、まぁちょっと貴族とかお偉いさんとか有名人とかが周りにいて落ち着かない席だとは思うけど、席の座り心地と陛下を間近で見れる点はオススメだよ?」
まぁ、エンスに害為す事の出来ないよう結界貼られた場所でもあるんだけど。この席はエンスが直々に挨拶しに行く席だから目の前で彼を見れる筈だ。彼らには良い国の宣伝役になってもらおう、という画作も少なからずあるけれど、ここまで純粋に目を輝かせてアイツの話をしているのを見ると、そんなの関係なしに渡して良かったと思える。
「うっそ~!?ありがとう~!!」
「サンキュー!―――って、メイとアルは?」
あくまでも渡したのが3人分という事に違和感を感じたらしいソルトは訝しげに僕らを見回す。それに僕は用意していた騙し言葉を伝える。
「ちゃんとそこに僕等も行くよ?ただ僕とメイはそこ行くのギリギリになっちゃうのと、アルはその日一旦ご両親帰って来るらしいからギリギリになる予定なんだけどね。だから先に3人で行っててね?」
因みに勿論嘘は無い。僕とメイをセットにする事で貴族関係だと誤魔化しているけど、その場に‘軍人として’ちゃんと行くし、アルのご両親もちゃんと来る予定だ。
僕等で話し合った結果、「隠し事をし続けるのも嫌だし、仕事に差支えがでるのも嫌だから、いっそばらしてしまえ」という結論にたどり着き、この3人を呼ぶことにした。この3人を呼んだ理由の最たるものだ。
―――けど。
「うわ…了解。にしてもマジ楽しみだな!」
「写真……は無理だと思うけれど、陛下のスピーチ録音位は……」
「ネリアちゃ~ん……それもダメだと思うよ~?」
―――この3人の喜びように少し心が痛んだのは、僕だけでは決して無いだろう。
夏休み終わるまでに夏休み編は無理でした……(´;ω;`)
本当に申し訳ありません……
くそぅ……お父さんとヒロインを早く登場させたい……