第41話 望みと空箱
カチャ、と薄闇の中に何かがぶつかる音がする。その音源は、剣であり、鞘であったがそれを所持している事に疑問を持つモノなど、この場には存在しなかった。
「報告致します。ウェルダーがヴィレットに捕まりました。アイテムを使った上での捕縛という事なので、恐らく‘聖痕持ち’が動いたものと思われます」
闇の中で跪き事務的に報告するのは長髪の男。しかし何故か跪く先には人物は無く、あるのはただ一つ、何も入っていなく蓋もされていない空箱だけだった。しかしその箱からは面白そうな、性別も年齢も一切分からない不思議な声が聞こえる。
『ふぅん……ま、予想通りだよね。あんなのに渡すのは惜しいモノではあったけど、ちゃんと聖痕持ちの確証取れたんだから良しとしよっか。でもまぁ、予想立ってたとは言え使えない人だなぁ。下手に情報漏らされるのも、面白そうではあるんだけど面倒だから殺しといて?』
言葉こそ子供の様なのに命じている事は酷く残酷だった。しかしそれが当たり前というように、男は相変わらずの口調で了解を示す。
「承知致しました。それでは僭越ながら私が行かせて頂きます。日時は如何が致しましょう?」
『そうだねぇ……どうもあの国新部隊を作るとかで忙しいみたいだから、今のうちに行った方がキミも楽だよね。じゃあ出来るだけ早くしてあげて?ほら、ウェルダーもあんまり長く生かしてちゃ可哀想だし』
まるでヴィレットを貶めたいというような言葉に、事務的だった男の口の端が微かに歪む。現れた感情の名は狂喜。但し常軌を逸脱する喜び方ではなく、狂ったような雰囲気を漂わせた喜びだった。
「了解しました。それでは今から向かいます」
『うん、キミは僕の中で凄く評価が高いんだ。だから早く帰ってきてね?』
お気に入りのモノは出来るだけ手元に置いておきたい。それは幼児のような思考であると同時に、箱の彼にとっては当たり前の感情だった。それに応えるように、男は頭を垂れた。
「有り難きお言葉です、我が神」
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夏がやって来た。
それは比喩でも何でもなく、純粋に熱気と日差しの溢れる7月に入ったというだけだ。
けれど、それは僕等新部隊所属組にとっては灼熱地獄の始まりでもあった。まぁ熱あんま関係は無いけれど。
「……失礼します……リーン君、次の書類持ってきました……」
「今度はダンボール5個分だとよ。期限は明後日までだけど……」
あいも変わらず書類しかない僕の自室(寮)に運び込まれる書類たち。軍の転送係に書類の転送先をこの二人の部屋にしてもらったので、こうして彼等には毎日書類を運んで貰っている。自分の仕事もこなしているアルは息も絶え絶え、といった具合だ。
「明後日~?あーうん多分終わんないかなー。因みにソルト達には事情広めて来てるよねー?」
目の前の報告書から目を離す事すら出来ずに質問すれば、裏方の悪夢状態を分かっている二人は気分を害す事もなく答えてくれる。
「ええ、中央が新部隊設立に向けてバタついているのでリーン君にも回って来ている、という事は既に伝えてあります」
「んで、リーンにもって所はちゃんと貴族全体にっていう風に誤認するように誘導してある。オレ達はその中継役をリトス隊長直々に頼まれたって事もな」
「んーありがとー助かったー」
気の抜けた礼を返しておくが、実際嘘は入っていない筈だ。誤魔化しは大量にあるけど。
取り敢えず夏休みに入った3日後に正式発表になる。それまではテストも無いので学業放置でこちらに専念、としたい所だが、それやると僕の出席日数がヤバイ事になるので出来なかった……
いや、実は僕、仕事関連の休みは出席日数に反映されないという嬉しい確約は貰っているんだけれど、軍属という事をバラすまでは周りの目がある為に出来なかった……
「でも大丈夫なんですか?その封印具もかなりキツイってアリアさんに聞きましたよ?この間までベッドの中の住人だったのに……」
「ダイジョブダイジョブ。少なくともアルの修行を見れる位には問題無いから。メイのも落ち着いたら僕が見るからねー」
ひらひらと空いている左手を振れば何故か沈黙が支配する。あれ?何か僕変な事言ったっけ?
「……メイ君、覚悟した方がいいですよ……彼、結構スパルタなんで……」
「ああ……ソラ空尉との模擬戦も辛かったけど、空尉にもリーンの修行と比べたらぬるい通り越して冷たいとか訳の分からん事言われた……」
失礼な。別に僕は師匠のように無茶ぶりは入れていないのに。僕の修行内容よりも濃いモノなんていっぱいあるぞ。
「誰も冷凍庫の中で3日過ごせ(火属性の術で周りの温度上げて過ごした)とか地面から1センチ浮いて一週間過ごせ(寝てる間も魔法を解かない事に成功)とか左目閉じて半月過ごせ(右目に視力無いので実質上目に頼るなの意味。魔力をレーダーのように飛ばして行動してた)とか樹海からひと月出てくるな(ザ・サバイバル。無駄に肉の捌き方が上達した)とか言ってないんだからいーじゃん」
「……それ、まさか全部リーン君が受けた修行内容ですか?」
微かに戦慄の混じった質問に頷いて肯定を示す。因みに僕が師匠から修行を受けたのはたった3ヶ月。その中に基礎全部を叩き込まれたのだから、本気で死にかけた。僕と違って、師匠は弟子が死んだらホルマリンに漬けて神殿に飾っておこうとか恐しい事考える人だったからその恐怖は凄まじかった。
「……メイ君、僕等、いい師匠を持ちましたね」
「ああ……少なくともリーンの師匠は本気で師匠と呼んじゃいけないと思うのはオレだけか?」
「僕もそう思う」
僕が師匠と呼んでいるのは、最早名前を言う事すらもおぞましいからだ。じゃなきゃこんな呼び方しない。……まぁ、実際に魔法は上達したから良かった……のか?
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そんなこんなで忙しさが城全体を包む中でも、学業の方には関係が無かった。つまり、いつも通りに授業はあるのだ。
「今日の授業から今学期いっぱいはリトス少将もコウ元帥も軍務でこちらに来れないそうなので、暫くは実技を俺が持つ」
先生が漸く出番が……と嘆いているのを見ると少々心が抉られる。スイマセン、ウチの馬鹿共が出番奪って。御陰で先生の評判は右肩下がりですもんね。
が、同情する僕とは正反対に生徒はブーイングで先生を傷つけていく。
「えー!?」
「マジかよー」
「リトス先生とコウ先生のコント好きなのにー」
……おい、アイツ等コント扱い受けてんじゃねぇか。教師役に配役したエンスの責任もあるけど、絶対リトスが授業中に一回はサボろうとするからだろ。
「……で、今日はこうやってブーイング来るのが目に見えてたので、面白いモンを用意した」
先生、ご苦労様です。生徒って、モチベーション上げないと動いてくれませんからね。まぁ実技系のこの授業じゃ寝る事は出来ないけど。……書類も片付けられないけど。
「今日は、武器への属性付加をやってもらう。小型のナイフをこっちで用意したからそれに自分の属性を練りこんでみろ」
へー、属性付加かーそれなら確かに皆面白いだろ―――属性付加!?
「やり方は既に座学でやってるそうだから言わんぞ。難易度はそんなでもないしな。じゃ、そこから一人一本取って開始!一応スペアが何本かあるから折っても大丈夫だぞ」
いやいやいや。スペアとかそういう問題じゃないよ!?と内心パニックに陥って呆然としていると、わざわざソルトがナイフを取ってきてくれた。
「ほら、リーン。ボケっとしてないでやれよ」
「あ……うん……って無理!!絶対無理!!」
こんな事出来る訳が無い!と放棄しようとした瞬間。
「無理な訳ないだろローゼン、お前のレベルなら5分あれば出来上がるぞ」
先生からの手痛いお言葉入りましたー。って本気で無理!こんな事やったらダメ!
「……おいリーン?何をそんなに必死に……ってまさか」
あまりにも必死な僕に気付いたメイが恐らく正解を予想したらしい。アルも同じ答えに辿りついたのか冷や汗をタラリと流す。
「……多分、そのまさかだよ」
「因みに、威力は?」
正確に理解してくれたらしい。僕が無理だと騒いている理由を。こっそり聞いて来た二人に、げんなりした顔を向けた。
そもそも原因は、いつもの事ながらこの使い切ろうとするのもおこがましい程の魔力に関連する。
普通、魔術というものは体内から魔力を放出し、それを物質化、対象物にかけるもしくは向ける、という一連の動作を指す。が、この属性付加に関してはその手順が入れ替わってしまうのだ。魔力を放出し、対象物に流し込んでから、その中で物質化させられるよう刻印を刻むという動作に。
ここまで見た分にはそれが何?で済むが、問題は僕の封印具設定にある。
今までは放出魔力量を抑える、という表現で説明してきたつもりだが、正確に言うと物質化できる魔力量を少なくするのがこの封印の役割なのだ。一応放出魔力にも制限を加えられてはいるが、あくまでもそれは一般人に影響を与えないギリギリのラインまでのみだ。
つまりは、物質化させるにあたり通常の魔力量に見せかけている術式と違い、コレだけは僕のバカでかい魔力を注ぎ込まなければいけなくて……たかが量産のナイフがそれに耐えられる訳がないわけで……
「威力は、炎爆の約3倍……」
「先生!リーンにやらせるのはお願いなんで止めて下さいッ!!」
「暫く授業出来無くなりますよ!?」
二人共直訴に加勢してくれた。凄く感謝。とても感激。
「そこまで壊滅的なのか……?それなら仕方無いから俺が教導するが……」
「「「そういう問題じゃ無いんです!!」」」
あーもう。どう説明したらいいんだ。あと数週間は説明出来ない理由なのに!せめてアルとメイがここを守れたら―――あ。
「先生、分かりました。一回だけやってみます」
「ちょ!?おま!?」
「何言ってんですか!?ダメに決まってるじゃないですか!!」
落ち着いた僕と慌てる新兵二人。それを胡乱げに見るソルト・ネリアさん・スゥさん・先生。うん、シュールだね。特にこのメンツに教師が混ざってるのが。
「代わりに二人共、ありったけの技術で結界作って?ほら、またこんな事態になる事が防げるし」
ニッコリ笑ってお願いというように手を合わせるが、二人はちゃんと意図を理解してくれた。即ち、修行の開始。僕とその周りをBB以上の強度がある結界で囲め、という意味だ。引きつった顔がスパルタめ、と言っているようで少しイラついたのは言わないでおこう。流石に可哀想だ。
「そんなにダメなのか?」
呆れたような先生の視線を受け、困ったように顔を見合わせる二人。が、仕方無いというように溜息をついたという事は、しっかり結界は作ってくれるのだろう。
「メイ君、リーン君の守りは僕がやりますからその周りをお願いします」
「りょーかい。ったく、人使い荒いな」
ブツクサ文句を言いながらも詠唱に入ったメイに、周りも不安を表情に浮かべる。結界を張らなければいけない程の壊滅具合なんて、早々あるモンじゃないしね。
「結界……って、リーン君、本当にそんな悲惨なの?」
「ネリアさん……悲惨とは流石に失礼な。別にコレが出来ないの僕の所為じゃない―――僕の所為か?」
「どっちだよ」
だってー、好きで魔力増やしてる訳じゃないしー、と脳内で言い訳しても口には出せないのがもどかしい。くっそ、せめて愚痴位言わせてよ。いいや、仕事ほっといてエンスに愚痴ってやる。
「ほい、術式完成」
「こちらも大丈夫ですよ」
お、完成したか。と周りを見渡せば結構良い出来の結界が巡らされている。うん、これなら大丈夫かな?
「じゃあいきますよー」
僕が宣言すれば四方八方から聞こえる唾を飲み込む音。おい、そこまで緊張しなくてもいいだろう。
呆れながらも手元のナイフに慎重に魔力を流し込んでいくと、あっという間に発熱する。いやいや、僕風属性だから発熱って普通はないからね?普通それは火属性だけだから。
そしてそこまでくれば後は時間の問題。属性が付加されていないのにオーバーエネルギーを注ぎ込まれたナイフは、見事なまでに爆ぜた。
バァァァアアアアアアン!!
鼓膜に響く爆音に皆耳を塞ぎ目を閉じる。特にこっちが何をやっているか見ていなかった人達は被害が甚大のようで、何人か胸元を押さえて涙目の人までいた。忠告しなくてごめんなさい。
「な、な、な……!?」
「ナイフって、爆弾だったんだね~……」
「……違う、って言いたい所だけど、否定出来ないわね……」
辺りにおちる沈黙。結界に多大なる衝撃が襲った所為で新兵組は軽く息切れ状態だ。先生すらも唖然としてフォローが入らない。そしてそれを機に、僕は口から出まかせ大会を開催しようと思う。
「と、いう訳で……先生、コレを一日やそこらでどうにかできますかね?ここ数年の課題は爆発させないを諦めて、威力を抑えるになってはいるんですが……」
心底困った、という風に眉を下げておけば誰も理由なんて分かりはしないだろう。誰が想像するだろうか。オーバーSはこれが出来ないなんて。
「あ……いや……そうだな……今日は流石に無理だな……取り敢えず、自習でいい……」
未だショックが抜けきらない様子の外野に内心頭を下げつつ、外ではしょげたフリをする。演技とホントっぽい嘘は得意だよ!とイタズラ心も沸き立つけれど流石にそれは今出す所じゃない。
「……なぁ、もしかして今までの授業って……」
「ええ……リーン君のこういう話、殆ど口から出まかせですよ?」
「うわ……完全に騙されてたぜ、オレ……」
そして、後ろの二人がコソコソ言っている事も、否定は出来なかった。でも良かった。メイが騙されてるって事は、皆気づいてないよね?と、内心安堵すのは仕方無い事だよね。うん。