第40話 情景の花園
このままじゃ夏休み中に夏休みに突入出来ない……(笑)
ガチャリと扉が閉まった部屋。
待ちわびていた国王が室内に招き、それに応じて呼ばれたメイドリヒはソファへと腰掛けた。
「……陛下、何故オレを呼んだのか訊いてもよろしいでしょうか?」
堅苦しい、いつものメイとは思えない対応にエンスは苦笑し席に着いた。緊張を隠そうともしていないメイが正直初々しい。どんどん図太くなっていく周りを見ていると可愛いとすら感じる対応だ。
「取り敢えず、公式の場でない場合はエンスと呼んで欲しい。呼んだ理由は―――そうだな、幾つかあるが一つは君に疑問を感じたからだよ」
まるで疑っているような台詞。先程喜んで軍に招いた人物が言い出した事とは思えないそれに、メイは目を見張った。ニコニコしているが、全く内心が読めないエンスに冷や汗が流れる。
「な、にをですか?」
「君は幼い頃から軍に憧れていた、侯爵からもリーンからもそう聞いている」
「……はい。オレが4つの頃から軍に入る事を夢見ていました」
何かを見定めるかのような目に冷や汗が止まらない。威圧的な銀色、畏怖すら浮かぶ碧の目。ある意味父に説教されるよりも恐しいそれがメイを貫き続ける。
「そう、そこが私は疑問なんだよ。別に軍に接点があった訳でもないのに憧れた。強い人の集まりだから、という線も考えたんだがね、何故か君はあまり知られていない最強部隊を知っていて、当時からそこを目指していた」
何故あの部隊を知っていた?そんな言葉を暗に含んだ言葉に心が萎縮する。目の前の彼の機嫌を損ねれば何が起こるか分からないのに、彼が何で機嫌を損ねるかが分からない。じっとりと汗が滲んだ手を握りしめて、目の前の存在を見据えた。
言って、良いのか。自分の心の底に埋めた誓いを晒して良いのか。それは自分が約束した彼の状態を悪化させないか。
グルグルと回る思考の後、纏まらない頭をどうにか纏めようと様々な思考を更に巡らす。
自分が考えている中、何も言わず待つ様子を見せるエンスにメイは結局、『言ってみる』という選択肢を選び出した。このままズルズルと悩んでも、彼は答えを返してはくれない。なら。
「……陛下の疑問は最もです。誰かに唆されて、オレが内側から壊す存在にならないかを敢えてこの入軍が決定した状況で訪ねる。確かにオレがそういった存在なら、相当焦る所です」
「随分と言うのを躊躇っていたが、自分はそうじゃないという証明でも考えていたのか?」
どちらかというと冷たいとすら取れる言葉。だが、何故か柔らかい口調で言うという矛盾にメイは更に混乱する。
自分を信じているのか、信じていないのか、それとも、信じたいのか。
「……いえ、約束をへ―――エンスさんに伝えてしまっても、あの方は怒らないだろうかと少し考え込んでいただけです」
誰か、自分の裏に上位の存在が居るという事を暗に含ませた告白に、案の定エンスは訝しげな目でメイを見る。
「あの方?」
「……少し、昔話をします。オレは4歳の時父に連れられてゼラフィードに行ったことがあります」
ゼラフィード。その言葉にぴくりと反応したエンスは一つ相槌を打って話を進めた。
「暫く庭で遊んでいても構わない。なんなら屋敷を散策でもしてくれとゼラフィード公に許可されて、オレは庭から見て回ろうとしました」
整った、色鮮やかな庭園。御伽噺にでも出てくるような花園が、今でも瞼の裏に蘇る。でも、それ以上に思い出すのは―――
「けど、庭の池で水魔法を使って遊んでいた先約が居たんです。同い年位の、銀髪の子供が」
銀髪の子供、という所で一瞬顔を強ばらせたエンスにやはり、という感想を飲み込んで話を続ける。
「オレは当時銀の意味を知りませんでした。銀髪なんて、ある事すらも知らなかったんです。だからこそ初めて見た銀髪に本気で驚きました」
その後、父親から銀の意味を聞いた時に更に驚いた。けれど、だからこそメイはより軍を目指した。
「話しかけて、ついでに面白そうだから屋敷を案内して貰おうと思って自己紹介したんです。そしたら彼は名前だけでオレの家名を当てました。でも、彼は本名を教える事は禁止されてるからと、『リィ』と名乗りました」
「『リィ』……か」
渋い顔で名前を反芻したエンスに、それが機嫌を損ねている訳では無いと判断して少しホッとする。彼があんな扱いを受けているのは、本意ではないのだろうと分かって安堵する。
「……エンスさん、リィは最後まで自分の正体を言いませんでした。けれど、オレは別れ際に妙なセリフを聞いたんです。リィがいきなり、軍の中の最強部隊について話し出して、最後に言ってました」
『……メイ、あそこからね、ボクの「もりて」がえらばれるの。ボク、もりてはメイみたいなひとがいい』
「……もりては『守り手』。つまり、王子を守る騎士の事だというのも後後に知った事です。けれど、意味も分からないままオレは、それなら自分が守り手になると約束したんです。絶対いつか、彼の横に立つと」
無邪気に笑ってた彼が言った存在に、オレは心惹かれた。彼は照れたように言っていたけれど、何故かメイには寂しげに見え。それが悲しかった。
このままではリィにまた会える機会が無くなってしまうのではと怖かったから、それならと咄嗟に言ってしまった口約束。でも、それは今は契約とすら感じられる。
「……成程、な。あの子との契約か。確かにそれなら言うのが躊躇われる訳も分かった。―――君は、あの子が今どういう状態に置かれているかが分かっているんだな?」
先程まで畏怖すら覚えていた筈の瞳が悲しみに揺れた。彼をああしてしまった事で、自分を責めているような目にメイは嘆息した。
「ええ、始めは驚きました。……エンスさん、オレが知っているリィの本名は、本当にリィの名前ですか?」
確認のような言い回しに、エンスは少し頬を緩めて肯定を示した。
「ああ、細かい所は君が考えている通りだと思うが、合っているよ。……だが」
「大丈夫です。何となくはわかっていますから。……絶対、誰にも気づかせませんよ。そもそもオレのように一度会っていなければ気づくことすらできないと思いますよ?」
敢えて作った笑い顔はイタズラっ子のそれ。子供のような表情に、エンスは小さく済まない、と謝罪した。
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「……リーン君?一体何処に行くんですか?」
出来るだけ結界内に居た方がいいのだろうかれど、結界内は書類仕事を片付ける為の机すらない。諦めて執務室に閉じこもり、漸く出てきた所でアルに捕まった。
「あ、アル。今から封印具取りに行く所だよ」
嘆息混じりに肩を竦めれば、ああ、と相槌を打ってくる。昨日依頼したアレが出来上がるのはある意味嬉しいが、こんなに軽い身体をまた締め付けなければいけないという理不尽さに憂鬱にもなってくる。
「まぁ、その巨大魔力だと他のフロアに居ても居場所が特定できますからね。自身のプライバシーを考えるならいい事ですよ。多分」
「……え、マジ?僕今そんなに存在感あんの?」
「はい。具体的に言うと、近寄れば近寄るほど空気が痛いし重いし呼吸しづらいし足が竦むし心臓がバクバク言います」
…………それ、絶対僕魔王的なポジションになっちゃってんじゃん。足竦むとか最早恐怖されてるし。
確かにアルの顔色は少し悪い気がするし……
「そっかー……さっきから地面を這いつくばってる下士官はなんなのかなーとか考え込んでたんだけど」
「それ絶対倒れてますからね!?魔力に当てられてますよ!?」
やっぱりそうだったんだ。近寄ると匍匐前進するから何かの訓練かなーとかも思ってたんだけど。(後に僕から必死に逃げようとしていた事が判明。ちょっと、いやかなり傷ついた)
「ちょ、早く取り行きましょうよ!昨日からそれじゃ間違いなく被害者続出してますって!」
「うん、そうだね。どうも隅っこでマナーモード状態な人が多いなと思って早めに出てきたんだけど」
「それもマナーモードじゃなくて痙攣じゃないですか!!リーン君ホント頼みますからダッシュで向かって下さいッ!!」
悲痛な叫びにさしもの僕もコクコクと頷いてしまった。人を苛めるのは好きだけどいたぶるのは趣味じゃないし、言われた通りにダッシュでアリアの待つ研究室へと向かう。
「…………ホント、なんであんなに寝込んでるのに運動できるんでしょう?体力無い代わりに速さが備わったんでしょうか?」
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身体が軽くて走りやすい。という訳で調子に乗って飛ばし過ぎたら今度は体力がもたなくなった。うーん、やっぱりここ数年で体訛ったなぁ。
まぁ、ここまでくれば何となく察しはつくだろう。つまり―――
「ぜー……はー……っげほ……」
「あら、早かったわね」
「歩く公害の登場か?」
何やら酷い言われようをされている。けれどどうも否定材料が見つからない。それにちょっとムカついた。
「被害が周りに出てたみたいだから早く来たの。てか、アズルが居るって事は次の封印具も負担かかるの?」
人を歩く公害呼ばわりしたアズルだが、軍医長という事もあって本来は多忙だ。それなのに態々研究室まで来たという事は、それなりにキツイ物なのだろう。
「……一応、前ほどキツくはないと思うわよ?」
「ただ今回は外して生活している時間が長かったからね。君がどの位あの感覚を忘れているかにもよるよ」
成程。僕の身体が前のを付けていた頃のキツさを覚えていればそんなでも無いが、忘れかけていたらそこそこ辛いのか。まぁ、そこは仕方がない。何せコレはあのコウですら痛みに動けなくなるような程封印度の高い代物だ。楽な訳は無い。
「出来るだけあの感覚を覚えてればいいけど、感覚だけは記憶とは別物だしねー」
流石に僕の記憶も完全に感覚を覚えている程ではない。そこまで来れば最早運任せだ。
「じゃ、一応確認ね?今回の封印加工はSSSからAAまで。ブレスレットのみ変わらず将官以上の許可が下りないと解除不可。ランクはそれぞれイヤリング1ランク、チョーカー0.5ランク、ペンダント0.5ランク、ブレスレットそれぞれ1ランクの計4ランク封印。解除コードは変わらず。でいいかしら?」
「うん、大丈夫。じゃ、取り敢えずチョーカーからいい?無いと首がスースーしてキモチ悪いんだよね」
「それは最早慣れね」
呆れたように一瞥しつつも渡してくれるのは、被害が多いからだろう。それを受け取って首に巻きつけた瞬間来る、ピリっとした痛みと倦怠感。ただ0.5ランクだけだから妙な感じがするだけだが、果たしてこれを全部付けたらどうなるか……
差し出されたペンダントを手に取り後ろに手を回す。カチリと金属がつながった瞬間更に増す倦怠感。もう本当に嫌になると溜息を付きながら次は新品のイヤリングを耳に付ける。
「どう?金属アレルギーは無いから大丈夫だとは思うけど……」
「うーん、何か変な感じ……これこそ慣れなんだろうけど、耳に何かが付いた事無いから……」
黒いチョーカー、赤い石の付いたペンダントと来てチェスのような色だと思えば今度は薄緑の石で出来たイヤリング。ここまで色の統一性が無いのもどうなのだろうか?もっとも、ペンダントは服の中にしまい込んでいるから見えないけど。
「ま、最初はそんなもんよ。ほら、次」
次、と言われて残っているのは1ランクも封印されるブレスレット二つ。こちらは青系統の色合いなのでペンダントが見えなけれな問題無い色調だ。
が、ここからが案の定辛かった。
「うっ……!」
身体が一気に動かなくなる。息を吸うことが困難で、深呼吸して無理に酸素を取り入れる。
「平気か?」
脂汗がにじむ顔を上げれば顔を顰めたアズルが覗き込んでいた。
これさえ超えられれば、次に封印具を外すまではいつもどおりに過ごせるのだ。そう自分に言い聞かせて声を搾り出す。
「平気……アリア、最後のを」
ちょうだい?と痺れた手を伸ばしても難色を示され、終いにはアズルから手を叩かれた。
「現状が落ち着くまでは休んでいなさい。そんな顔色だと、慣れる前に倒れるよ?」
「昔は嫌だって泣き叫んでて、付けるの大変だったのにねぇ」
そりゃあの頃は今よりも身体が出来上がってない分余計辛かったからだ。そう考えると慣れって恐しいなと思う。今は封印されてても日常生活に支障は無いんだから。
「……あの頃は、痛みに慣れてなかったから、ね」
「俺としては慣れて欲しくないんだけどね。全く、馬鹿コウも平気で傷放置するし、エンスさんは過労ギリギリまでペンを手放さないし」
ブツクサ文句を言われても困る。僕は怪我は慣れてないからそっちの痛みはダメだし。エンスの過労は寧ろ本人に幾らでも言ってやれ。
「……ふぅ……もう大分慣れたから、大丈夫。これで最後だし」
背もたれから腰を上げ、今度こそはとアリアに手を差し出す。するとやはり難色を示したままのものの、ちゃんと渡してくれた。
「一応明日は休んでて構わないそうだよ。というか、動けなくなりそうだしね」
「ごもっともですよ……いっつも最期の一つが一番キツイんだよなぁ……」
そしてカチっと音をたて封印が終了した途端に来る激痛。慣れてる筈なのに堪えきれず、僕は喉元で悲鳴を飲み込んだ。
因みにリィ君は私の一番のお気に入りキャラかもしれません。
出番めっちゃ少ないですけど。