第34話 投降と終息
明日で学校終了!
……夏休みの宿題地獄に追われてます。
それは、ずっと望んでいた夢。
「エンス~、取りえずよーぼーの攻撃魔法作って来たよ」
トコトコと人気の少ない廊下を小走りに進んだ先にある、割と大きめの扉のエンスの自室にひょっこりと顔を出せば、そこにはいつもの3人が集っていた。
「お、出来たか」
「こちらも丁度拘束系の術式は編み終えた所デス。テストは未だですが恐らく問題無いデショウ」
「俺の方もこの間の術は使える様にしてある」
少しずつ、ここ数年エンスを筆頭に練ってきた革命の準備が整いつつある。
オレがそれを知らされたのはローゼンフォールに仲間入りして暫くしてからだけど、ここに居る三人はその更に8年も前から考えていたというから驚きだ。
この計画はエンスが6歳の頃に思いついたのが最初。それをリトスが基盤としてちゃんと固めた結果が、今のこれらしい。流石にその頃は未だオレは生まれてないから詳しくは分からないけれど。
「そっか、じゃあのこり3割って所だね。とりあえずはいリト。チェックおねがい」
持っていた書類の山から一部分を取り出して灰色の天才に差し出せば、それはあっという間に解析されて行く。
「……ああ、ここに煙水晶を加えて代用しましたカ。成程……こっちも式が代わりにうってありますシ、これなら大丈夫そうデスネ」
あの書類には暗号処理がされていて、表面上は唯の治水処理についての案件だったのにそれを解読する時間も不必要なコイツの頭は本当に凄いと思う。オレは記憶力頼りで読んでいるけれど、解読自体は得意ではないし。
……うん、ハイスペック万歳。でも記憶力とか魔力とか面倒なモノじゃない方が嬉しかったな。
「りょーかい。……で、この机に広がってる物は何?商店のけいとう図?てか新しい街づくりか何か?」
さっきから気になっているバサっと広がった地図と勿論暗号加工された書類に首を傾げれば、三人はクスリと笑って顔を見合わせた。
「いや、これは昔作った夢の地図だよ」
「は?」
まるで子供の遊びのような名前に驚いて顔を上げると、そこには懐かしそうに笑うエンス。どういう事だろうと思っていると、顔に出ていたのだろう。クシャクシャとオレの頭を撫でながら説明を始めた。
「まだ計画なんて言えなかった頃にな、こうしたいなって言いながら考えてたモノだよ。例えばお前なら何を望む?」
「何って……ん~……?あ、貴族と平民が一緒に食事出来るとことか作りたい。後はふろうしゃの居ない町ってのも。それとだれもが当たり前に通える学校とか、しょくぎょうを自由に選べる国とか」
食事っていうのは身分で違いが出るからなぁ。今は平民に食料が回らなくなってきてるし、それを一緒に出来るって事は平等を意味する。重税で土地売っちゃって仕事も家もない人達が居なくなれば町はもっと明るくなるだろう。で、それを実現するためにはある程度の学が必要で―――
「キミ、本当に子供デスヨネ?」
リトの疑うような顔に心外だなとオレも顔を顰めた。子供らしい思考なんてしていたらオレはここに居ないだろう。子供のままで居る程に、オレの周りは迷惑する。なら、大人の真似をして、大人のように振る舞う方がずっと楽だ。
「失礼な。こんなに子供らしい子供、城にはいないでしょーが」
「見た目だけな。子供らしい子供なんてエンス含め居ねーよ」
どこが?というニュアンスを暗に含めながら皮肉気に鼻を鳴らすコウにキッと睨んで黙らせた。困ったように笑うエンスが憎らしい。同じ子供なのにオレよりも落ち着いている所に苛立つ。
「第一、オレが全部考えたことじゃないもん。フィリアと前に話してた事だから」
「フィリアが?」
この場には居ないオレ付きの少女の名に三人が納得したように頷いた。平民の苦しさを経験し、貴族の絢爛な生活をその目で見てきた彼女には幾らでも夢が募るのだろう。
オレも平民として生きてた時は生活がやっとで、何度国王を恨んだかは数えることすら億劫だ。
そんな彼女とオレが目指す約束は、多分エンスには遠い世界の話かもしれない。幾ら父王に良く思われて無いとはいえ、王子暮らしから抜けた事は一度も無いのだから。
なので、オレはエンスが真に理解しなくて良いと思いながらニッコリと笑って、自分に引き返せないように暗示をかけるという意味も込めて三人に伝えた。
「うん、約束したんだ。いつか貴族が平民を守る存在だってじかくさせようって」
そしてそれは、ずっと望んでいく夢。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……じゃあ少し待てよ。先ずアルは今年の春から入軍した聖痕持ちで、主な仕事が遺物の解析。リーンは入軍歴7年目で三等空佐、プラスオーバーSと聖痕持ちっていうアドバンテージ付き?」
「正確にはSSだけどねー。で、主な仕事は学園の守護。あ、因みに学園の外のも請け負ってはいるけど基本書類だけね」
頭を抱えて唸るメイに僕等はあえてサラッと説明する。
時が止まった空間を動かす前にこの状況を知って貰おうとなり、バラす気も無かった筈のアルも交えて裏事情説明会を開けば流石のメイも先に入軍した事への嫉妬心なんて消え去ったらしい。寧ろ聞かなきゃ良かったって顔だな。
「……ダメだ、考える程に訳分からん。てかお前ホントに同い年?SSとか出現しただけで大ニュースな存在だぞ?普通」
「あー、まぁ、そこは年齢考えて伏せてたから。もしかしたら年下かもしれないし、年上かもしれないけどそれもプラスマイナス3歳位でしょ。ほら、元が記憶喪失な訳だし」
一応身長とか考えて年齢決めたから、余程の大魔術がかけてある、とかいう理由じゃなければ見た目通り(とは微妙に言えないけど)の歳ではある筈だ。
「ああ、そこでか。ま、年上はないだろ」
「どーいう事だよ?」
ジト目で見つめれば、アルとメイの視線が僕の足先から頭まで凝視するように動き、そしてやれやれと首を振った。
「ってその反応も何だよ!」
「いえ、小さいからなぁ、と思いまして」
言わせておけばこのヤロ……!何人を可哀想なモノ見る目で眺めてんだ!メイに関しちゃ身長差を手で図ろうとするな!
「だって、お前オレより何センチ低いんだ?一応オレは160は超えてるけど」
「あ、じゃあリーン君より10センチ以上高いですね。彼147ですし」
「チビで悪かったな!チビでッ!しょうがないでしょ!身長伸びる時間になんて仕事で寝れないんだから!」
絶対僕が小さいのはエンスの所為だ。基本睡眠時間は5時間あれば良し、な生活を送ってれば嫌がおうでも身長伸びない筈。寝る子は育つ、の真逆の生活を6歳位から始めれば普通は背が高くなる事は無い。
「まぁ、キミの仕事は絶対オーバーワークですよね」
「僕の場合一一資料漁る時間が少ないから効率良いんだって。それより、二人とも魔力酔い大丈夫?」
すっかり顔色が戻ったアルは兎も角、一向に酔ってる気配を見せないメイに少し驚きだ。
「あ、そういえば。何かもう大丈夫みたいですね」
「魔力酔い?あー、確かにお前スゲェ放出してるもんな。オレは特には酔って無いみたいだけど……」
成程。という事はもしかしたらアルよりメイの方が魔力量が大きくなるのかもしれないな。受け止められる器の大きさの差からして、その可能性は大いにありえる。
「なら良かった。とは言え、取り敢えず締め直さないといけないか……」
幾ら許可降りてるとは言え、本来は避けるべき状態なのだからずっと解除しっぱなしというのも悪いだろう。
そう思って空間を戻す前に封印具に手をかける。ネックレス、ブレスレット×2、リング、チョーカーとジャラジャラなアクセサリーに辟易しつつ、さらけ出していた聖痕をチョーカーで隠し、他のものも緩んでないのを確認してから設定用の言葉を呟く。
「all limiter restraint」
と、その瞬間。
「ッ!ゴホッゴホッ、ゲホッ!」
「リーン君?」
喉元に詰まる違和感。全身に奔る圧迫感。塞き止められた水が地を抉るように、ガリガリと身体が削られていくその不快な感覚に思わず蹲る。
何だコレ……?いつも以上に辛い。
「ゲホッゲホ、は……ゴホッゴホッゴホッ!」
「おい、大丈夫か?スゲェ顔色悪いぞ?」
メイが覗き込んで来るのに顔を上げ、しかし咳は止まらない。背中に嫌な汗が伝い、視界は揺れる。暑い、なのに寒い。矛盾が生じている体に更に貯まる不快感がグルグル回る事に、嫌な予感は止まらない。
ヤバイかも、と内心で焦っているとふと感じる人の気配。こんな時に新手の敵かとギョッとして目を開くと、少し先に見えるのは何と敵ではなく、見慣れたグレーの髪に緑の瞳。間違いない、フォロート侯だ。
「父さん!?」
何で!?と驚愕を浮かべるメイとフォロート侯という大物に目を剥くアル。僕はあまり驚きはしないけれど。だって、この空間は早々入って来れる場所じゃない。なら、侵入するにあたって一番近道の切符を持っている状態のあの人なら、駆けつけてもおかしくはないだろう。何せ一人息子が閉じ込められているんだから。
走り寄り、メイをチラリと一瞥した後、軽く息を切らせつつも僕の前に跪いたフォロート侯は真面目な表情で僕の封印具を睨んだ。もしかして、誰かからの重大な連絡か?ここ、一切連絡つかないし。
「リーン君!陛下から伝言だ。封印はするな……と言ってももう遅かったようだから早く解いた方がいいだろう。身体、かなり辛いだろう?」
メイと同じ色の瞳で覗き込まれ、僕は質問する気にもなれず小さく頷く。
成程、原因はやっぱりこの封印加工にあったのか、とげんなりしつつ咳の合間に途切れ途切れの解放指示を出せば、再び体内から魔力の放出が始まる。
しかしグッと楽になった感覚にホッと息をつく間もなく、喉の痛みに咳をもう一つ。
「フォロート侯……スミマセン、伝言役にしてしまったよう―――ッゴフッ!?」
あっちゃあ、かなり咳き込んだし切れたか、と掌に広がった紅いモノを溜息半分で眺めれば、後ろの僕のこの状態に慣れていない二人は上ずった声を上げた。
「ちょ、リーン君!?病院行きましょう!?」
「おいおい!吐血って大丈夫じゃねぇだろ!父さん!家まで車で運んで―――」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人とは裏腹に、なんだかんだで長い付き合いの所為も有り僕の体調と今までのブッ倒れ具合を知っているフォロート侯は苦笑して二人を諌める。怠い身体と痛む頭には子供(と言っていいのかわからないけど)の声は堪えるんだけどな。
「ああはいはい、二人とも落ち着きなさい。彼が血を吐いた位で驚いていたらこの先キリがないだろう?」
「ちょっと待てや」
キリがないとはどういう事だ。幾らフォロート侯でも酷いと思う。
「って事はコイツにとって吐血位日常的な事なのか?」
「んな訳ない―――」
「まあそうなるな。あと、これは吐血じゃなくて喀血だ」
……何だろう。無駄に話を遮るのが上手い。遮られる身としてはイライラするけど、妙に関心してしまう。そして何気細かい所にこだわってる。
「というか今まで何度も意識不明の重体に陥ってるんですから、喀血位普通でもおかしく無いですよね」
「おかしいからね―――ゲホッ」
全く、こいつらは人をなんだと思ってるんだ。人並みに生活出来る程度には動けるんだから、問題は無い筈なのに。
「とまぁ、冗談はさておき。ローゼンフォール空佐、この空間は解除可能だろうか?」
スっと目を細めて問いかけるフォロート侯に、僕は‘リーンフォース’としてではなく、ローゼンフォール三等空佐として応答する。即ち、身分制度で確立した縦社会だ。
膝を押してどうにか立ち上がり、僕は目の前の大御所に敬礼して応えた。
「ハッ。ルーラ陸曹の見立てでは問題ないかと思われます。そこに転がしてある犯人も死なない程度に止血済みです」
口調がガラッと変わったことにメイが驚いているが、これが軍の本領なのだ。長い事居るせいで僕の中では既に違和感はないけれど、未だちゃんとした軍を知らないメイにはいい刺激なんじゃないかな?
「そうか、では解除を頼む。それと、彼の身は国の方へ預ける。フォロートの牢に入れる必要は無い」
「了解しました」
そこまで続けてから、僕等は破顔しクスリと笑い出す。そう、これはただの格式張った滑稽な前座だ。
「さて、こんなもので大丈夫だろう。で、キミの体調はどうだい?瞬間移動で来たと聞いたが……」
「なんかもう何でもアリなんだな。驚く気もしなくなったわ」
まぁあの術って超高位ランクに位置してるしねー。使い勝手の悪さが理由で。
それ以前に、誰もウェルダーの心配をしない所に僕は軽くビックリだよ。案外切り捨てるの早いよな、こいつら。
「多分、帰るくらいなら大丈夫だと……ただ、その後使い物にならなくなる自信がありますけど」
まずこの絶賛魔力ただ漏れ状態でその辺うろついて問題ないのかと問いたい。……多分、魔力凄い使いまくって城まで一発転移とかしなきゃ駄目な感じだよなぁ……SS級の大魔術だけど。
「ならキミが恐らく考えている手法だな。ついでにそれに私達親子も便乗できるかい?」
「へ?オレ達も王都に戻るのか?」
「流石にあんなに大物が出てきたのなら王都に行かない訳にはいくまい。私もタウンハウスに数日滞在する事になるだろう」
タウンハウスっていうのは、貴族が社交界用に王都に作った別邸の事。ちゃんとローゼンフォールのも有るけど、主に出席するのはごく一部のパーティーだけなので管理が面倒だ。
「ああ、成程……で、どうやって帰る気だ?」
僕を見て首を傾げたメイと、合わせるようにこちらを一瞥したアルに、困ったように笑って見せた。うん、この後の大絶叫は免れないかな?
「SS級の長距離移動で帰ろっか?」
そして、辺りに絶叫が響き渡る。