第33話 余興と激怒
リーン大暴走。
作者は迷走中ですwww
いつものように書類が散乱する部屋の主が錯綜する情報に頭を悩ませる中、いつの間にか部屋に侵入していたリトスが口を開いた。仕事をするにしては薄暗い部屋に彼がぼんやりと佇む様は、ある意味不気味だった。
「……リーン君は、ウェルダーの所デスカ?」
「ああ。今対抗出来るのはアイツしか居ないからな。何、封印も全て解除してある。直ぐに帰ってくるさ」
今までの経験上、あの程度の敵に殺られるほどあの少年は弱くないと分かっているエンスは軽い口調で返す。
が、何故か同じくそれを知っている筈のリトスの顔色はあまり良くない。
「……エエ、そう、デスネ」
いつもなら飄々と笑って軽口を叩いてくる彼が言葉を途切れさせた事で、初めてエンスは疑問を感じた。眉間に寄った皺が伸ばされる事はなく、ずっとフォロート領の方角を眺めているリトスに首を傾げる。こんなにも真剣にこの天才が悩む姿というのも珍しい。
「どうした?何か問題があるのか?」
「……いえ、今の所は。ただ聖痕に目覚めてから少々思う所がありマシテ」
リトス本人が困惑した表情を浮かべる様子に、スっとエンスの目が細まる。あのレアスキルが他のレアスキルと比べても別格とされるのは能力の貴重さだけでなく、身体能力など様々な所にも恩恵が出る点である。それは第六感と呼ばれるそれも例外では無い。
「詳しく話せ」
鋭くなった口調で命じられても、リトス本人も困った。正直、どう話せばいいか分からない。困惑しているのを自覚しながら戸惑う自分の感情を表に出す。
「何と言えば良いノカ―――ああソウダ。焦燥が一番近いデスネ」
「焦燥?」
予想外の言葉に眉を釣り上げた。何故この場で焦らなくてはいけないのかが理解できなく、思考を巡らせても特には思いつかない。
「エエ。何か大切な事を忘れているような感じデスカネ?」
大切な事。隠している事や誰にも言わず溜め込んでいる事は早々忘れないから違うであろうと頭の片隅に追いやり他のことを思い出そうと努力する。と、そこに響くノック音。
頭をそちらへ向けようとした瞬間、バンッ!!と大きな音が書類を揺らした。
「エンス!リーンが全封印解除したってホントなの!?」
突然のアリア襲来に目を見張る二人がアリアの言葉に首を傾げた。彼女が自分の研究所から自主的に出てきた珍しさもさる事ながら、何故かアリアの疑問に嫌な予感が募った。その感覚に冷や汗を滲ませながら、エンスは一応肯定を示した。
「あ、ああ。流石にあのウェルダー相手だと封印状態はキツイかと―――」
「今まであってない封印具付けてたの外してまた付け直したらどうなると思ってるの!?あの子の体が保たないわよ!!」
「「……ああ!?」」
アリアの悲鳴に近い声に思い出したとんでもない‘忘れ物’に、二人は絶叫した。
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キィン!
何度目か分からない鋭く澄んだ金属の音が耳朶を打つ。ここ数年で一度も無かった程の絶好調具合に多少なりとも興奮している自覚と共に、軽く感じる身体を荒く動かしてゆく。
「チッ……流石に戦乙女相手では格が違うか」
「だからそう呼ばないで下さいよ。もしかしてもう痴呆に罹ってます?まぁもうそろそろ貴方も60代に入りますからねぇッ!」
何度重ねても決着がつかない剣戟に、呪文を唱える暇さえなく接近戦を強いられる事に少々苛立つ。僕は中距離から超遠距離型の魔導士なんだよ!と叫んでも聞き入れてくれる訳は無いだろうが。
『風斬!』
「無駄だっ!」
有り余る魔力があるのをいい事にガンガン無詠唱で術をブッ放つが、ウェルダーとの距離が近すぎて強力な技は使えない。プラス、アルとメイを後ろに庇いながらの戦いなので集中が分散する。
うわぁ、なんか思ってた以上にキツイ戦況かもしれない、と今更ながらに気がついた。
「フン、成長したのは図体ばかりか?いや、図体すらも成長していないな」
「ほっといて下さい!貴方こそ散々隠れてた癖にひょこっと出てきて。穴熊決め込んでいればもう少し自由に生きれたかもしれないのに。何ですか?もしかして隠れ家で何かありました?まるで雨上がりのミミズみたいな生活ですね」
キンッ!
短い音と共に僕等は一旦体制を立て直しに距離を取る。多少荒くなった息を落ち着けつつも決して目は逸らさない。隙を見せたら終わる。奴は正にそういう類の敵だ。
「……本当に貴様は変わらんな。昔から私をそうやって睨んでくる」
「ええ。僕は昔から貴方が大嫌いでした。まぁ、市民を平民と嘲笑うような人は皆嫌いなので安心して下さい。僕が嫌いな人は大勢いますので」
フツフツと湧き上がる怒りを飲み下す為にも愚痴を吐き出し、しかしそれを以て逆に思い出す。最悪な悪循環に呑まれて自分を御しきれなくなるのが辛い。
「あのローゼンフォールの息子とは思えぬ性格だな。お人好しと温厚の塊のような奴とは正反対だ。図に乗るにも程がある」
含み笑いをたたえるウェルダーの剣先は鈍らない。僕の持つ杖の先端も彼を向いたまま。何時までも続く膠着状態に、嫌気がさしていく。さっきから負の感情に呑まれ続けている自覚はある。が、それを抑えきれないのもまた実情。
「……ええ、あの人は反面教師ですから。僕はああならないように努力してきましたし。それに、あの人の考えはその辺で統治者だぞ~、偉いんだぞ~と踏ん反り返ってる豚肉達よりも好ましかったですし」
上辺を取り繕って笑みをたたえれば、向こうはより眉間にしわを寄せる。そう、別に苛立っているのは僕だけでは無いのだ。
と、思っていたその瞬間。
『火炎編!』
「ッ!?」
唐突にやってくる術に一瞬怯み、網状の炎が迫ることに不意を突かれる。しかもそれは広域型の術で僕だけでなく、メイやアルまでにも襲いかかった。
「リーンっ!?」
「危ない!!」
が、たかがそんな攻撃程度で僕が殺られる筈もない。自身の事も忘れて僕を心配し、焦る二人と自身の勝利を疑わないウェルダーに口の端を緩める。そう、だって彼はたかがBBランクで、僕はSSランクなのだから。
「ウェルダーさん、オレを舐めないで貰えますか?」
ウェルダーの方を向いたままの杖に灯る蒼い光。瞬間的にそれは僕等を包み込み、同時にウェルダーへと向かった。
「うおっ!?」
「ぐっ……馬鹿な、攻守同時発動だと!?」
仰け反るメイの前で炎は消え去り、ウェルダーに向かった方は鋭く尖り剣を弾く。キィン……と残響を残して地に落ちたそれに目を剥く彼に、オレは冷たく鼻で笑った。
「言ったでしょう?舐めるな、と。そもそも貴方の目的は何ですか?まさかフォロートへの逆恨みだけでなくこの国の乗っ取りまで考えてはいませんよね?」
「そのまさかなら?」
怒りを隠そうともせずに睨んでくるウェルダーに、久々に上辺を取り繕う事なく冷酷に言い放った。そろそろオレの怒りも限界だ。
「それこそ言わせて貰います。図に乗るな!お前のような輩に取られる程この国は弱くは無い!たかがBBランク風情で国家転覆?貴方、そこにいるアルやメイと同じ力量ですよ?彼等の素質はなかなかです。貴方よりずっと高い。彼等が言った方がまだ現実的ですよ。おめでとうございます。貴方は貴方が馬鹿にしている少年達よりもずっと劣っていますね」
「……口が減らないな、ガキが」
「そのガキに貴方は負ける事になりますけどね。はっきり言います。幾らオレがオーバーSの中で最弱でも、アンタ程度に負けるほど弱くはないんですよ!何故オレ達オーバーSがこんな枷付けられて生きてると思ってんですか?強すぎるからですよ。オレ等は生まれながらにして人類では無い、人とは呼んでいけない力を有した化物だから制限つけられて生きてるんです!化物に勝てるほどアンタは強くは無い!」
後ろで驚愕するメイと、顔を伏せるアル。アルには少しトラウマになる事かもしれないが、彼はまだ人類レベルだ。オレとは違う。
「自分を化物と呼ぶか。ハハ……それなら、私は人間らしく化物退治に参戦するさ。そこのフォロートの子供も気に食わんが、今はお前を倒したい気分だ」
わーお、なんか魔王気取りになってるよ。オレの冷めた思考は無駄に罵倒する事に特化してるなぁ、と頭の片隅で感じながらも表情は無表情のまま。仮面を貼り付けたようにその状態を動かさず、ただ持っている杖を上げる。
「気分、ですか。気分でオレに襲いかかってくる自信があるなら素晴らしい勇気ですね。もしも勝てたら勇者として肖像画でも描かせましょうか?」
「……本当に、無駄口を叩くのが上手いな」
「ええ。オレの仕事は貴方のような黒くて艶々した夜に活動する害虫以下の思考を持つ生物とも呼びたくないような輩と、自分を拾ってくれた領の皆との中継役もありますから。表ではニコニコしてますけど裏では結構こんな感じですよ?」
愚痴に近い、吐き捨てるような言葉が終わると共に、オレ等は再び動き出した。
キンッ!キンッ!
剣を弾く杖、杖を流す剣。再び隙の無い戦いが開始され、オレ達はステップを踏むようにその場で己が武器を叩きつける。後ろのギャラリーに目を向ける事も無く、軽口と挑発の争いも交えながら体力と魔力の保つ限り振るい続けた。
「ハッ……ハッ……本当に、無駄に硬い魔力コーティングですね」
「フン……貴様の杖の攻撃力程度ではこの剣を折ることなど不可能だろう、なっ!」
横に薙ぐウェルダーの攻撃をバックステップの要領で回避し、その動きを利用してオレはもう一つの武器を左足に括りつけたホルダーから取り出す。
「形状記憶武器をもう一つだと?貴様、何を考えている?」
本来なら一つしか持たない筈の武器を二本持っている事に気づき、ウェルダーが疑念を挙げる。それにニヤリと口の端を歪めて、見せつける様に両方の武器の形を変える。
「モード、ツインバレット!」
瞬間、武器に注ぎ込んだ魔力が発光したかと思うと手に収まるのは二丁の銃。杖での接近戦よりもリーチがない分ある意味不利だが、こうなったら武器を変えて流れを違う方へ持っていく方がいいだろうと判断した結果だ。
「双銃だと……?ハッ、自分をより不利な方へ貶めてどうするつもりだ?それとも焼きが回ったか?」
馬鹿にした様に嘲笑うウェルダーにオレは何も答えない。ただ、迫り来る剣を手持ちの銃で受け止める。そして。
バンッ!!
静かに収束させた魔力を近距離で銃口から放つ。命中する先のない魔力はただ真っ直ぐに空へと向かって行った。
「空中に撃っても何にもなるまい。貴様らしくない行動だな?」
「いえ?オレらしい行動だと思いますよ?」
オレを見下ろすウェルダーを真っ向から睨み返し、その決め手となる攻撃の合図を呟いた。
「GO」
「……ッぐ、ぅ!?」
とたんに呻き声を上げる目の前の強敵。痛みに引き攣った顔で思わずといった具合にその場に膝をつき、それを見たオレは動けない彼にもう一発引き金を引く。
パンッ!
乾いた破裂音と共にあっけなく崩れ落ちたウェルダーに、オレは感想が返ってこないのを分かっていながら質問をした。
「どうですか?オレお得意のパッシブホーミング付き魔法弾は。相手の魔力を感知できる人しか使えないのが難点なんですが、不意を付ける点においては一流ですよ?何せリトス・コーラル少将特性の術です。彼の性格と根性の捻曲がり具合からしても、中々に悪質な代物でしょう?」
背から流れる血と肩から流れる血を押さえつつもんどり打つ様にニッコリ笑って拘束用の術をかける。そこで漸くオレは後ろの二人を振り向いた。
「アル、解析は?」
「終了済みです。ウェルダーの懐にあるソレの黒い石を押せばこの空間も動き出しますよ」
「……ってお前まさかオレを庇う様に見せてそんな事やってたのか!?」
懐をガサガサと漁れば出てきた時止の砂時計にホッとしつつ、様々な事に驚くメイの疑問に二人で応える。
「ええ、そもそも僕が前衛に出なかったのは実力云々以前にそちらが僕の役割だったからです」
「アルは優秀な解析者だよ~。ここ二ヶ月でアルが解析した魔道具は合計15個。全部30年はお倉入りしてたモノばっかね」
「うえ!?僕が解析してたのってそんなのだったんですか!?」
あれ、言ってなかったっけ?まぁそんな事はどうでもいいや。兎に角今はメイへの説明だ。
「……で、つまりはお前等は軍人だった訳か?」
呆れたような、それでいて苛立ったようなメイの顔に僕等は困って顔を見合わせる。
僕等は正直軍人入りが強制に近いからなぁ……
「ええ……僕は今年の4月から。リーン君に関してはベテランですよ」
「オレは……じゃなくて僕は軍に保護されたって言うのが正しいけど」
「は?」
それはオーバーSだからか?と目で訴えてくる様子に、僕等は口を揃えて真実を告げた。
「「僕等、聖痕持ちなんだ/です」」