第32話 苦戦と救助
ここからはリーンのターン!
夏休み前にメイ編、終わるかなぁ……?
キンッ!という金属がぶつかり合う音がおかしな空間に響き渡る。雲は動かない、風も吹かない、自分と目の前の敵が地面を蹴り上げた音や、剣が立てる澄んだ音、そして自分の荒い息遣い以外には音も鳴らない。
時が止まった空間の異常さに比例するように熱くなっていく胸元の符に苛立ちつつも、メイドリヒは必死に剣をふるい続ける。足掻かなければ、一撃で殺られる。その位は、考えなくても十分に理解できた。
「ぐ……っ重!」
「フン、ガキの癖によくもまぁいきがる。抵抗しなければ直ぐに楽になるというのにな」
まるでテンプレ通りの悪党の言うようなセリフに一瞬罵倒が脳内に過ぎ去るが、相手の力量は全く乱れない息が示しているようだった。今まで戦ってきた誰よりも重く鋭い剛の剣に押し潰されそうになりながらも、何度もすんでの域で逃れる。
「ガキ、言うな!ハァッ、ハァ……テメェこそいいおっさんじゃねぇかよ!」
キィンッ!!
再び鋭い金属の音が響き渡り、銀の光が目を焼かんと言わんばかりに輝いた。新しく手に入れたばかりの『形状記憶武器』なだけあって、刃こぼれする気配こそ無いが、あの重さに何時までも耐える程の自信も無い。
地を蹴って名も知れぬ敵と距離を取りながらも、切れ切れに唱えていた術を発動させる。
『地針山!』
地面から突如として生える刺。滑るように生えていくエリアが拡大していく中、敵は大きく飛び退きながら吐き捨てる様に呟く。
「全く、小賢しい。嫌、愚かと言った方がいいか?こんなガサツなガキが大貴族だという時点でこの国も終わっているな」
「っ!?ふっざけんな!この国が終わりだぁ!?寧ろ漸く始まったんだよ!6年前に、皆が泣いたあの革命からな!」
今まで冷静に考えていた部分を捨て、感情のままに魔力を爆発させる。長期戦に備えていた分も怒りによる増幅で更に増えた。それに何よりも、あんな侮辱に耐えられるほど図太い神経はしていない。
『大岩降!』
『防壁』
巨大な岩がガラガラと降ってくるというのに、あくまで冷静に対処する敵。
内心での焦りを隠そうともせずメイはひたすらに剣を振るう。
相手の殺気に呑まれるほど弱い精神では無いので体の追いつく限り、どこまでも格上の敵に食らいついていった。
既に貴族の嫡子が持つ事を許される端末からSOSは送った。恐らく軍の中にはこの訳の分からない空間を突破できる実力者が居る筈だ。
そう信じて何度も何度も金属音を掻き鳴らす。しかし。
「ふん……一つ言っておいてやる。この魔道具、‘時止の砂時計’に叶うような力の持ち主は軍には存在しない。耐えれば誰かが助けに来るなどという甘い考えは捨てる事だな」
一瞬で崩れ去った希望に、愕然と目を見開く。心の奥底でヒヤリとした何かが落ちてゆく感覚。その表情が相手の優越感に触れたのだろう。気分を良くしたように少しづつ饒舌になっていく。
「やはりな。もう一度忠告する。諦めろ。あの軍に嘗て居た強者達が居ない以上、6年前よりも弱体化しているからな。私のような高官ですら、気に入らないと捨てた王は本当に愚かとしか言い様が無いな」
侮蔑以外の何者でもないその言葉に、カッと頭の奥が沸騰する。軍の弱体化、話には聞いていた。そして同時に自分はそれを立て直したいとも思ったのだ。
入軍を望んだきっかけはそこには無いが、入軍後の目標として掲げているモノではある。遠すぎて今は未だ笑い話にしかならない目標でも、自分の中には確かに根付いている。
しかしそれを否定された。怒りが渦巻く心に追い討ちをかけるよう、更に目の前の男は嘲笑するような視線をメイへと向けた。
「まあ、流石に腐っても天才だと呼ばれたあの男の息子なだけはあるのか。実力だけなら評価は出来るな。目はあの道楽で民衆に餌付けしていたアレにそっくりで気に入らぬが―――」
一番言われたくなかった言葉。家や親を重んじる貴族に生まれ育った以上は最も高い位置にあるプライドを突かれ、ついにメイの沸点の低い臨界点を突破する。
「っ!?父さんは腐ってねえッ!市民の事考えて行動すんのが本物の貴族だろうがッ!」
その咆哮は場違いなクスリという笑い声によって直ぐに止められてしまうが、メイは何故かそれを不愉快だとは思わなかった。
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時は少し遡り。
「アル、ポイントまであとどの位?」
「もう一度テレポートすれば恐らく現場が見えてくると思います」
ひたすらメイの元へと瞬間移動を繰り返して早5分。正直、‘瞬間移動’って言ったってそんな便利な物じゃないのだ。
幾ら魔力が多くても最大距離はせいぜい10km。一回移動したらまた術式を起動させ、移動、起動、というサイクルが地味に時間を食うし、何よりも10kmも転移するには30秒は必要だ。
ぶっちゃけ、かなり魔力と精神力を削るから使い勝手の悪い術として大変有名な魔法だったりもする。けど、この長距離をアルを抱えて飛ぶのとどちらが早いかを考えれば、間違いなく前者だ。
「了解。じゃ、行くよ」
呼吸を整える暇など無く次の術を起動させれば、数十秒の世界のブレの後に見える、おかしな雰囲気が漂う空間。目の前のそれに、僕等は顔を見合わせて突撃の準備を始める。
「all limiter release」
指に、首に、腕にある枷が久しぶりに軽くなったその感覚にホッと一つ息を吐く。止められていた血が流れ出すのに酷似した安堵感。本来の自分の有り様を漸く日の中に晒したかのようにも思える実感に笑みを零し、アルの方を振り返る。と。
「アル?どうしたの?」
何だか顔色が悪いように見えるし、口元は明らかに引き攣っている。さっきまではこんなんじゃ無かったのに、と首を傾げれば、強ばった様な口調で喘ぐように口を開いた。
「……リーン君、初めてオーバーSが制限付けられる理由が解りました。キミが居るだけで、この場の魔力が凄く濃いんですよ。空気が重くて、凄い圧迫感とでも言うような苦しさが……」
あ……そうか。アルの魔力じゃ僕の魔力に着いてこれないんだった。入軍前に魔力酔いしてたのをすっかり失念していた。
「ご、ごめん。でも今は少し我慢して貰える?」
せめてメイを救出するまではアルというチートな人材がいなくなるのはキツイ。魔力酔いなら慣れれば元に戻るのでそこまでの心配も無く、多少の無茶でも頼める。
「はい……一度体験はしてるので大丈夫だと思います。兎に角今は先を」
紫の瞳が異常な空間を睨みつけ、探るように動き続ける。先程からその目が鋭くなっているという事は、恐らく中で何かが起こっているのだろう。‘見透かす力’と言っても音までは聞こえてないようなので、セリフが分からないからこそ黙っているようだが、範囲内を凝視する視線は細くなる一方だ。
「分かった。『永遠風護』発動」
数ヶ月ぶりに本気で開放した力。僕の全てを出し切った最高のコンディションで発動するこれは、鉄壁の城塞にも等しい防御力を誇る。
「……これが、防御に最も優れた風の護り……」
発動と同時に繋けたアルへの加護に、受けた本人は感慨深そうに呟いた。一瞬浮かべた泣き笑いのような表情に疑問を感じるが、恐らく過去の経験から思う所があったのだろう。
想像するしか無いが、多分僕等の過去はちょっとした事で揺れる程には辛い記憶だ。
「さて、突入するよ。キミには魔法の無効化と物理攻撃からの衝撃緩和がかけてあるけど、だからといって油断しないで。あのアイテムは未知のモノなんだから」
「了解です。……リーン君、無茶しないで下さいね?」
初めての重い任務に緊張しているのか、心配そうに僕を見下ろすアルに強気な笑みを浮かべて頷く。こんなに軽い体で動けなくなるなんて、早々無い。
「勿論。……行くよ」
一歩、また一歩と歩みだしておかしな空間に歩を進めると、入った瞬間の違和感。ドロリとした何かに包まれたような感覚に瞬間的に陥り、ギュッと眉を寄せる。
僕自身にかけている無効化よりも何倍も強くかかっているアルには感じなかったらしく、目でどうしたかと訴えてくるのを首を振ってやり過ごし、先を見つめて駆け足で前進する。
と、聞こえてくる剣撃の音。鼓膜を打つ澄んだ金属音に焦りを感じ、僕とアルの走るスピードがより一層早くなっていく。
「ヤバそうだけど、メイ大丈夫?」
「大丈夫です!かすり傷は幾つかありますが、目に見える範囲に大きな怪我は―――って何やってるんですかあの馬鹿!?いきなり特攻仕掛けてますよ!?」
アルに馬鹿呼ばわりされるメイも何気珍しい。別に切羽詰まった様子では無さそうだが、格上に突撃するような猪突猛進な性格はしていないメイが特攻を仕掛けたというセリフに酷く違和感を感じる。
「一応は戦闘経験があるメイが―――?」
が、疑念は直ぐに晴れた。ついに視界に彼が映るようになった瞬間叫んだ、嬉しい怒りの怒号が理由を証明する。
「市民の事考えて行動すんのが本物の貴族だろうがッ!」
思ってもみなかった、大貴族の本気の叫びが耳朶を打つ。
クスリ。思わず場違いな笑い声を漏らしてしまった。
僕等が必死で変えた6年前に皆でこんな世界にしたいねと夢見て、凄く遠くに感じていた願いがすぐそこにある。隠れて作戦を練っていた合間に語った馬鹿みたいな夢物語が、僕の目前にそびえ立つ。
こんな形で聞けるなんて考えて見た事すら無かったけれど、また一つ彼女との約束をクリア出来たと気分は舞い上がった。
嬉しい。素直な感情が僕を占めそうになるのをどうにか押し殺して、脳内に焼き付いたメイへの所業及び彼の犯罪歴を脳裏に巡らす。そうして再び戻ってきた怒りを抱いて、僕は剣を振り下ろすウェルダーと受身の体制を取るメイの隙間に走り寄って身を躍らせ、落ちてくる刃を手持ちの杖で弾き飛ばした。
「貴様……ッ!?」
「リーン!?」
苦虫を噛み潰したようなウェルダーとこの場に僕が居る事に純粋に驚くメイに、更に笑みを深くして顔を上げる。気分は正に姫君を攫う悪役だ。ただしこの場合、僕が正義でウェルダーが悪だけど。
「お久し振りです、ウェルダー元子爵?そして援軍ちゃんと来たよ、メイ」
出来るだけウェルダーの琴線に触れるように不敵に、ふてぶてしく構えれば後ろのメイが驚愕の表情を浮かべた。流石にウェルダーの名に聞き覚えはあったようだ。
「貴様、戦乙女か!?何故此処―――」
「すいません、その名前で呼ばないで下さいませんか?友人に余計な事吹き込みたくないので」
突然のカミングアウトに思わずプチ、と頭の奥で音が聞こえ、考える前には動いていた体がウェルダーの首に杖を突きつける。コイツ、何て事バラしてくれてんだ!という無意味な怒りは底に沈めようと意識して息を吐いた。
「大丈夫ですか?メイ君」
「ってアルまで!?お前等何で此処に―――しかもお前等何だその服!」
今まで下がっていたアルもメイの一歩前に進みだし、庇う様な体制に入る。そこで初めてアルも来ている事に気づいたメイは更に混乱したらしい。ま、当たり前だけどね。
「メイ、話は後。それとウェルダーさん、貴方こそ何故こんな所で盗賊紛いの事やってるんですか?」
ジリ、と体の重心を下げて警戒しながらも口調はあくまでも軽く話しかける。向こうは僕の出現に驚いてこそいるものの流石は元軍人。隙がなくて中々踏み込めない。
「ふん……貴様こそその服、いつの間に佐官に昇格したのだ?国王のお気に入りは昇進も早いな」
ピキリ。や、ヤバイ。コイツと話してて理性が保つ自信が無くなってきたぞ?いや、落ち着け。誰が国王のお気に入りだとか昇進早いのはSランクなんだから当たり前だとか言いたい事はいっぱいあるけど、兎に角今は相手の挑発だ。
「いえいえ、そんな事は。ああ、あと僕も一つ言いたい事が。よくもまぁそんな道具探してきてくれやがりましたね」
「……あ」
「敬語、崩れましたね」
後ろの二人が何かごちゃごちゃ言っているが、案外沸点の低い僕の怒りゲージは振り切れ、ペラペラと罵倒ばかりが脳内に続く。ええ、罵詈雑言は特技ですが何か?売られた喧嘩は言い値で買うのが僕の座右の銘ですよ?
「……ほう、私にそのような口をきくか」
「ええまあ。蛆虫と同居するのが仕事な犯罪者さん相手にしてるには十分丁寧だと僕は思うんですけどね」
向こうの米神にも血管が浮かび上がる。正に一食触発な空気は、キィンッ!!というどちらからとともなく動いたことによる武器が激しくぶつかり合う音で幕間を開けた。
随時感想お待ちしています。