第29話 邂逅の道標
今月の更新速度が凄い……
果たしていつまで続くんでしょうか?(笑)
因みに今日は警報の影響で学校潰れたために急遽執筆時間ができました(喜)
荒れ果てた森がどこまでも広がる場所で。
ひたすらに剣を振り、襲いかかる漆黒の獣たちを霧へと変えていく赤く、長い髪を後ろで一括りに纏めた長身の男。彼が振りかざす剣には紅蓮の炎が纏わり、暗い森の中を明るい軌跡が何度も照らす。単調とも思える程同じ様に走る軌跡だが、逆に言えば単調に見えるほど苦労せず倒していっているのだと、強者が見れば相当の実力者だという事が一目で分かるだろう。
どの位時が過ぎたのだろうか。空が段々と明るさを帯びてゆく頃になり、漸く全ての獣が消えた所で深い呼吸を吐き出す。
その時、誰かが彼の元へとやってくる音がした。
「魔物駆除、お疲れさまです。そして報告致します。‘風の姫君’の気配がヴィレットにて観測されました」
姿が見えない誰かからの報告に男は動じることなく、寧ろ当然の様に受け止めていたが風の姫君という単語に、鋭い目を大きく見開いた。
「アレが見つかったのか!?詳しく報告しろ」
「はっ。観測されたのはヴィレット帝国帝都周辺から。ごくごく微量な気配だったため場所の特定は少々曖昧とのことですが、姫の気配であることは確かだそうです」
さわさわと風に揺れる木々が、まるで彼女の存在に歓喜しているような気がし、男は満足そうに口元を緩めた。
「ヴィレット……そうか、やっぱあそこか。約束の地ってやつを決めておかなかったのが痛手だが、まぁ見つかったならいい。メンバー全員に伝えろ。姫の覚醒に備えておけ、と」
「了解しました」
その言葉を最後に男の後ろにあった気配は消える。それを感じてから、彼は東の空高くを懐かしそうに眺めた。一体、眩しさに細められたその目の先には何が映っているのだろうか。
「……王都に居るなら、もしかしたら今代は王族かもしんねぇな……」
彼の呟いた言葉は、木々の擦れる音ににかき消されて風へと消えた。
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「机に落書きは無いな?中は空にしてあるな?カンニングペーパーなんて姑息な真似はしていないな?カラーペンは出してないな?ちゃんとシャーペンの芯は出してあるな?テストの時間配分は考えて―――」
長い。先生の忠告が長すぎると辟易していた所で、丁度開始のチャイムが鳴った。
「む……仕方ない。始めろ」
仕方ないって、この先生一体どんだけ忠告に時間を費やす気だったのだろう?一瞬どころじゃなく逸れた気を取り戻し、周りに合わせてプリントを捲ればそこには地獄の問題数と難易度を誇る問題の数々。因みにこの教科は魔術基礎。僕の得意科目だ。
初めの方は矢張り基礎的なモノ(但し高校レベル)のためさらさらっと流して書き、さっさと難易度が上がる範囲まで進んでゆく。
が、流石に鬼学園。中間辺りまで解いてゆくと授業でやってない事がザラに出ている。えーと何々―――?
問、四大属性の最高難易度の術を答えよ。また、それぞれの呪文を述べよ。
カリカリというペンが滑る音が響く中、一瞬僕は手に持っていたそれを落としかける。
今年も出る事が予想できていたその問題に、思わず過去を思い出し喉をヒクリと引き攣らせたのは、果たして僕が未だ乗り越えられていないからなのだろうか?
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話は一旦過去へと遡る―――
「では問題です~。旧暦136年は何と呼ばれるでしょう~」
「‘神代の大顕現’。地水火風の神たちが人を通して一斉に魔物を滅したとされてて、第一型魔獣形態の物は全て絶滅した浄化の一年だね」
お互いに問題を出し合う席でスゥさんが出した問題に思い出しながら答えればつまらなさそうな顔をされた。
「……リーン君答えるとつまんない~」
酷い言われようだ。僕も学生だから混じって良いはずなのに嫌そうな顔をされるって……
「ええと、じゃあ次は俺からだな。聖痕持ちの特徴を答えよ、とかはどうだ?」
「「ッ!!」」
僕だけではなく、アルの肩もビクリと震える。見事にピンポイントで来た質問にまさかバレていたのかと錯覚をしてしまった程に動揺したが、それはどうやら杞憂だったらしい。
「あれ?リーンもこれは分かんないのか?」
ここ数問連続回答していただけあって黙るとそう解釈されるようになったらしい。それは僕の矜持が許さないので首を振って答えた。
「いや……体のどこかに能力の源となる模様があり、それは本人の意思で皮膚、又は本来の色と同色に変えられるようになっている。また模様自体が能力の発動媒体だと考えられているが、定かではない。聖痕は現在50種類程度が観測されていて、それぞれが全く違う固有の模様、能力である。因みにこの能力はレアスキル認定されているので技術ランクにもある程度影響される。……でいいかな?」
自分の事なので流石に詳しく知ってはいる。が、本来これはあまり知っている人がいないマニアックな知識。流石のソルトでもここまで詳しくは知らなかったらしく、口元が引きつる。
「……えーと、多分間違ってないんじゃないか?詳しくは知らんけど……」
「というか詳しすぎない?貴族ってそんな知識も必要なの?」
「オレに訊くなよ……」
僕と同じ貴族、という事でネリアさんがメイに注目するが、当のメイは疲れた顔で頭を振りかぶる。そりゃメイに知識を求めるだけ無駄だ。
「別に貴族だからって訳じゃないけど……ローゼンフォールに聖痕持ちの記録があるからね。それ読んだことがあるんだよ」
自分の記録だけど。その事は誤解させるような言い方でぼやかしておく。
「へ~。じゃあ昔ローゼンフォールにいたんだね~。あんな超レアスキル保持者」
いえ、現在進行形で貴女の目の前に居ますが。二人ほど。ああ、あと偶にもう一人顔出してるな。……こう考えると僕の周りはつくづく異常だ。
「と、こんな事やってる場合じゃないわね。じゃあ次の問題なんだけど、運良く先輩から去年の問題教えて貰えたのから出題するわよ?問、四大属性の最高難易度の術式四つの呪文を述べよ……はい、これは口頭でいいわね?」
うわ、去年も相当えげつない問題でてたんだなぁ。そんなん普通使えないから誰も覚えないし。
「あー……ヤベ、自分の属性のしか分かんね。オレじゃ使える訳ねぇし」
「え、と~……ごめん~、うろ覚え~……」
おおう、メイはともかくスゥさんもお手上げとは珍しい。二人とも渋面を浮かべているが、アルはどうだ?
「僕もうろ覚えですね……冒頭5詠唱までしか自信ないです」
「同じく。なげぇんだよ、アレ」
困った顔で横に首を振る二人にネリアさんも当然だという態度を示す。そしてここで僕を見た。
「流石にリーン君も?」
「いや、僕はコウが一回使ってるの見たことあるし、一通り覚えては―――」
「「見たことあんのか!?」」
バンッ!!と机を叩いて身を乗り出す二人に思わず仰け反りながら、こくこくと頷き返す。
「見たことあるって言ってもコウの使ってた‘魂清め’だけだよ……?」
「いや、まず使える人と知り合いって所が普通じゃないから」
ネリアさんの呆れたような声に重ねるように肯定する他全員。確かにあの術は最困難と言われるだけあって技術ランク魔力ランク共にSと洒落にならないモノ故にオーバーSですら使えない人がいる位だ。確かアリアは発動できなかった筈。
「で、呪文分かんなら答え教えてくれよ」
「ああ、そうだね。取り敢えず、メイ。地属性はキミがおねがい」
「おう。あー……詠唱だと認識齟齬が起きるかもしんねーから、書くな?」
認識齟齬とは呪文の解釈を間違える事で本来とは違う発動をしてしまう事。稀に起きるからこういう強力な術では危険な事だ。
そう前置きしてメイが書き始めたのは、半端なく長い詠唱。
枯れし大地に広がる玉響の涙
刹那の時に綻ぶ草木
幾千もの嘆きをその場へ宿らせる
決して動じる事なき不動の岩座も
震える地には止まることすらままならず
しかし我は汝に乞い願う
この地で幾星霜を耐え忍び
髑髏すらも埋める覚悟を此処にと
たとえ輪廻の輪すらをも外れようとも
孤高に 孤独に耐え忍ぶ覚悟を今我に
「えーと、こんなだったかな?術式名称は‘魂留め’。用途は知っての通り魂をその場に固定化させるんだったか?」
「……メイ、お前変な所だけハイスペックだよな。何で普通の知識はないのにこんなんだけ知ってるんだよ?」
唖然と10詠唱という破格の術式を眺める皆に、メイはどんなもんだと言わんばかりに胸を張る。いや、確かにすごいけど。でもこれを他でも有効活用してくれたらなぁ……
「凄いな~……リーン君、これ以外は~?」
「ああ、今書くよ」
スゥさんからの催促に、気を取り直してペンを握る。まずは火からでいいかな?
紅蓮の劫火が薙ぎ払う闇
その燐光に耐えられるものは無く
その灼熱に耐えうるものも無し
時に命を蝕む焔も
流れる水にはかなわず消える
されど我が烈火は決して消失せず
その火炎の名は希望
苦境を超える優しき覚悟
願わくば 総てのものへ 浄化の業火を
「ええと、これが火の‘魂清め’で用途は最上級の呪いとかを強制的に解く術。で、次が水で……」
僕が書いていく呪文を食い入るように、頭に叩き込むように見る全員にちらりと目を向け、再び僕は一旦休めた手を動かす。
万物に流るる浪々たる水のせせらぎ
総ての生命を育む不可欠の流れ
乾く世界を潤し続ける
時に濁流となりて涙をもかき消す村雨は
優しく人々を祝福す
露と消えなまし瞬間すら
儚く見るものの心を動かすだろう
それは刹那の癒し
嘆きの子供をも宥める優然さを
袖の時雨と共に乞い願う
「これが‘魂癒し’。全ての状態異常及び魔力の回復だけど、一番魔力を喰う術だから使える人なんかここ数百年いないらしいよ?」
「あら、なんかリーン君の為にあるような術なのに残念ね」
……アルト君や、そんな端っこで肩を震わせないでくれ。寧ろ僕にこんな術かけたら魔力の消費まで回復されちゃって悪化するのは目に見えてるけどさ。ネリアさんの的外れな回答にそんなに受けられても困る。
ジト目で眺めているのに笑いの発作が収まらない様子のアルはほっとくとして(皆はアルを不思議そうに見ている)最後の術を書き連ねる。
「最後が風の‘魂移し’。他者に自分の魂を明け渡すっていう、禁忌の呪文だね」
「くく……確か、自分の寿命全部と引き換えでしたっけ?」
あ、アルが少し復活した。
「そ。でも受け取った人間も貰ったって感覚わかんないらしいよ?分かる人から見れば魔力が二パターンあるから分かるらしいけど」
魔力はそれぞれに個性があるから、元の魔力を知っていると受け取った後のは少し違う風に感じられるらしい。ま、体験した事ないから詳しくはないけど。
「で、その呪文が―――」
彼方の地へと消え去りし永久
悠久に揺蕩う意志の宿命
塵芥と化す我が悼みを
温もりの朔風に解き放つ
疾風は止まる事を知らず
蒼穹へと終極の先を求め手を伸ばす
緑の向かい風をも物ともせずに
想いのままに耳を傾ける
悠久の時を彷徨うとしても
決して我は 守ることを忘れず漂うだろう
「っていうの……で?」
ふと脳裏を掠めた声に言葉を止める。―――あれ、これって……
「リーン君~?どうしたの~?」
そうだ、これは、あの人が最期に呟いていたものに近い―――え?
自分がふと感覚的に思った事なだけなのに、繋ぎ合わせればまるでバラバラのパズルのピースが集まったようにしっくりと当てはまってゆく。それに、僕は思考の海へと沈んでいく。
「え、おいリーン?おい!?返事しろっ!!」
『フォー、ボクがもしも死んじゃったらね、預けたい人がいるんだ』
『え、それ風ぞくせいのさいこうじゅつじゃん。水ぞくせいのキミじゃ無理でしょ。だいいちにキミ、ころしても死にそうに無い』
『全く、夢が無いなぁ。子供の癖に』
『ユメ以前のもんだいだと思うけど……』
『……ッ、地へと、消え去り―――悠久、揺蕩……!』
『ヤ……待ってっ―――ぐぅっ……ハ……行かないで―――!』
ま、さか。いやけれど、あの呪文がもしも成功していたなら、あの人は誰に魂を明け渡し―――
「リーンっ!?」
「ッ!?あ……メイ?」
強く揺さぶられ、漸く呼ばれていた事に気づいた。ダメだ。熱中すると周りが見えなくなる癖、全然治ってない。
「大丈夫か?まだ体調悪いんだったら……」
「あ、それは大丈夫。ごめんごめん、ちょっと考え事に熱中してただけだから」
ひらひらと手を振ってアピールするが、誰もが不審そうな目を向ける。そりゃそうだろう。顔色が悪い自覚はある。
「本当に大丈夫だって。テスト当日は休みたくないから体調悪ければちゃんと言うよ」
「……昨日黙ってたの誰でしたっけ?」
取り敢えず、アルの冷たい視線は無視することにした。
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キーンコーンカーンコーン。
王道のチャイムが鳴ったのを皮切りに、回答が後ろから集められてゆく。その様子に、僕は長く息を吐きだし周りを眺める。
ネリアさんは次の教科に備え始めたかな?スゥさんと一緒に教科書とにらめっこしている。アルとソルトもそんな感じ。で、メイは……
メイは まるで しかばね のように なった
どこぞのゲームのような事を考えてしまう位、魂が口から抜け出していた。
……今なら魂移し、出来んじゃね?
ここから新章突入しました。
これからはメイ編ってトコですね。