第28話 泡沫の天花
そろそろ本格始動を始めたこの作品に、グロの意味でR15をつけようと思っています。
過去編がどんどんグロッキーに書き換えられるもので……
因みにタイトルの「天花」とは雪の意味らしいです。
ちらちらと雪が舞い続ける。先程までのような積もるほどの豪雪ではなく、見るものが笑みをたたえる程度の雪。けれどもそれを歓迎する者は誰もこの場に居ない。だって、それはただ寒さに震え、飢える人々を苦しめるだけだから。
最早動く気力すらもない俺に小雪は容赦なく積もっていく。しかしそれを冷たいと思える感覚すらも薄く、視界は既にぼやけ始めている。
死を覚悟してから一体何日が経過したのだろう?横たわってぼうっとしていても、案外なかなか死ねない。
早く、この苦しみから解放されないのかと溜息をつこうとした所で、サク……と誰かが雪を踏む音が聞こえる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
久しぶりに聞いた人の声に目を向ければ、そこには金髪の子供。身なりは俺らと変わりがないように見えるが、見た目が貴族のようでちぐはぐな奴。それに、俺は疑問を感じ、久方ぶりに口を開いた。
「……お前は、誰だ?」
これが、後に俺を縛り続ける関係の最初。そして、俺がアイツから宝物を奪う、数日前の記憶。
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ここ数日でいつもの風景と化した唸り声とペンが走る音が錯綜する中、部屋にノックの音が響いた。
「誰だ?」
昼前にネリアさんとスゥさんは押しかけてきたので他の来客なんて珍しいとソルトが疑問の声を上げる横で、僕は彼が来たのだと口角を上げた。片付けていた仕事から目を離し、ペンを置く。
「来たか」
立ち上がって扉に近づき、ゆっくりと開ければそこには予測通り無愛想な僕の養い子が立っていた。それに僕は笑って迎える。
「いらっしゃい、ソラ。こっちの準備は済んだよ?」
「ああ、済まないな。任せてしまって」
開口一番に謝ってくるソラに別にいいのに、と苦笑しつつ部屋の中へと招き入れる。大人しく入ってきた彼に、中にいた先客たちが声を上げた。
「あれ、もしかしてその人がソラさん?」
「お久しぶりです」
「マジ!?初めまして!」
誰?という目を向ける女子と目を輝かせる男子達。男子たちには勉強の合間にソラの話を少ししていたからピンと来るのが早かったのだろう。それに軽く驚いた様子のソラに、僕は座るように促した。僕自身は棚に用意してあった茶器一式を机に置く。ノートに零れないようになってる魔道具だから、こんなぐちゃぐちゃな机の上でも一応は安心だ。
「ほら、そこの空いてるとこに座ってて。あ、えっとその山の中に書類入ってる筈だから」
「あ、ああ……」
勢いに呑まれて戸惑いながらも座ったソラに、皆こぞって声をかける。特にキラキラしているのは、言わずもがなでメイだ。
「ソラ先輩!入軍志望科に入るって聞いたんですけど、強いんですか!?あ、オレはメイドリヒ・M・フォロートです」
「落ち着けよ……えっと、リーンの友人のソルト・レーニングです」
「そーいえばリーン君言ってたね~。えっと、セシル・フラムです~」
「いつもリーン君にお世話になってます。コーネリア・デリストと言います」
自己紹介に目を白黒させつつ、ここまで来たら何も言わない訳にもいかず、基本無愛想なソラをも自分から喋らせた。……あれ?でもアルの時は普通に話してたな。珍しい。
「あ、ああ……リーンから話を聞いているようだが、アストロン・エイス准空尉だ―――」
『准空尉!?』
自己紹介を遮って叫んだアル以外の全員に、ソラは面倒くさそうに僕を睨んだ。鋭い目はこう語る。テメエ、話してたんじゃねえのかよ、と。
「くく……皆には黙ってたけど、ソラは僕の養い子兼軍務歴4年目だよ。かなり強いし、頭もいいから勉強とかで容赦なく使ってあげて?」
「おいちょっと待て」
僕が許可を出せば嫌そうに止めてくる。けどもう遅いんだな。
「え!?じゃあ技術ランクAの大技とか使えますか!?」
凄く輝いているメイに、思わず仰け反る様子に思わず失笑してしまう。こんなにエンス達以外の人に翻弄されてるソラ、久しぶりに見た。
「……アル君、助けてくれ」
「えーと……無理、ですかね?」
裏切られたそのセリフにはぁ……と重たい溜息を吐いたと思えば、ソラは唐突にバッと僕の方を振り向いた。
「ん?どうした?」
剣呑そうに目を細めるソラに何かあったかと首を傾げれば、暫く押し黙った後、漸く口を開いた。
「ちょっとこっち来い」
立ち上がって机から少しずれた、本棚とベッドの横に手招きをするソラに質問を浴びせようと画作していたメイも、暴走しようとしていた皆も押し黙る。
「いいけど、何?」
紅茶を淹れていた手を止めて言われた先へ迎えば、その瞬間足を払われた。
「っ!?」
急な事について行けず倒れ掛かるがせめてもと受身を取ろうとすれば、丁度下はベッドで上手く緩衝されたらしい。痛みは特に無かった。
「ちょ、ソラ何を……っ!?」
するんだ!と声を上げようとすれば、何とソラは僕に乗りかかり、鼻が触れそうな程近くに顔がある。―――ってえ!?どーいうことッ!?もしかしなくともこれ押し倒されたッ!?
「そ、ソラさん!?」
「な、何やってるんですかーーーっ!」
え、何、どういう事、Why?What?Who?―――は、ソラだよ!えーとえーと、じゃあHow……って違う!どうやっても何も足払いだよ!あとはWhose……も洒落にならねぇ!
「……お前……」
今までに無い程接近したソラが何故か苛立ったような声を出す。え、何に怒ってるのこの人!?
「ちょ、そこをどいて下さ……!」
「アル君、悪いが体温計持ってきてくれ」
『…………はい?』
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「……37度8分。確かに熱だな」
ソルトがそう呟いたと同時に、凄く痛いものが僕に突き刺さってくる。ソラから来る絶対零度の視線が物凄く痛い。そして米神がピクピクと動いている。ああ、そんなに怒ると血管切れるんじゃ……
「おい、この間は体調良さそうだったよな?」
「……うん、まぁ……」
目を逸らしながら嫌々肯定すれば、更に冷たくなっていく視線。怖いです。ソラさん、マジ怖いです。
「それと何故体調悪いのに起きてた?ああ、言い訳はいらんからな」
「それ酌量の余地無くない!?」
事情説明をしろと言うのに言い訳をするな。これって事情説明=言い訳になる感じだよね?なんて無茶苦茶な事を宣ってくれてるんだ。
が、そんな事お構いなしに目が早く話せと語る。けど、僕としては……
「もしかして、こないだ魘されてた時にかなりの汗かいてましたし、それでですか?」
―――ア、アルーーーーッ!!せっかく人がだんまりを決め込もうとしてたというのにーーー!
「魘されてただと?アル君、それはいつだ?」
「い、いやそれは違……」
「一昨日です。夜中にかなり魘されてたんでたたき起こしたんですが……」
なんて事だ。これじゃ全部バラされてしまったじゃないか。って事は……
「…………そうか。……リーン、悪かったな」
やっぱり落ち込んだ。これが嫌だったから黙ってたのに。
目に見えて暗くなったソラに周りが驚く中、僕はその姿に嫌気がさしてため息混じりに抗議する。
「別にキミの所為じゃないでしょーが。てか純粋に疲れだから。そんな高熱じゃ無いんだし、こんなん今に始まった事じゃないのはよく知ってるでしょ?ついでに病人として言わせてもらえば、近くに鬱々とした奴がいるのが辛いんでヤメろ」
「……ああ、分かった」
分かってない。全然分かってないよソラ君や。あーもう、こうなったら荒治療行くか?
「じゃあそんな分からず屋なソラに業務連絡です。リトスが軍務から脱走してこの学園に逃げ込んでくる事があるので、その時はお願いします。byヴィレット軍一同」
「……ああ、分かっ―――は!?あの人最近中々見つからんと思ってたらこんなとこに逃げてたのか!?おいどういう事だ詳しく話せ今すぐに!!」
ほら、あっという間に復活した。それに内心ホッと息を吐き出しつつ、求められた事情を周りが疑問を思わない程度に開示していく。
「ローゼンフォールの方経由で要請があったんだよ。リトス少将がそちらに逃げてませんか?って。で、調べたら案の定生徒の相手をするっていう理由で学園に入り込んでたの。だから見つけたら軍に放り込んどいて?」
気怠い頭を傾げて頼めば、先ほどとはまた違った鋭さを持った目で強く頷く。そして、それを見てふっと表情を緩めた。
「じゃ、そこの机の上の書類は終わってるって伝えたし、僕の方はこれで終わりかな。じゃあほら、メイとか聞きたい事あるんでしょ?僕はバレちゃった事だし暫く寝てるから、ソラを好きなようにしてて?但し勉強に響かない程度に」
「あ、ああ。てか寝るなら俺ら出て行った方が良いか?」
心配そうに眺めるソルトに僕は否定の意味を込めて首を横に振った。どうせなら、少し煩い位が精神的に楽で良い。
「んーん。別にここ使っててくれて構わないよ。あ、寝てなかったら僕も質問受け付けるからさ」
そう言って手をひらひら振ってから、少し重くなった瞼を落とした。
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「ソラ先輩、軍って基本どんな訓練してるんすか?」
テスト前だという事もあり、ソラ含めた全員がノート片手になりつつもメイが好奇心を抑えきれず質問すれば、ソラは眉間に皺を寄せて少し考える素振りを見せた。
「訓練か?そうだな……一応は起床後に軽く手合わせと、体力づくりのランニングとかか?但し自分の体重と同じ重りを背負ってだが」
基本的に文官の役割も兼ねているソラは通常の訓練よりも甘いものをやっているため、普通の下士官が何をやっているかは詳しくは知らないのだが、軍の友人がそうぼやいてたのを思い出して教えれば、その場の全員がギョッとした顔をした。
「お、重り付きでランニングですか?因みに何キロ位を走ってますか?」
嫌そうな顔をしつつも興味が湧いたのか質問してきたネリアに、ソラは本気で首を傾げた。
「……さあ?俺がやっている訓練では無いから詳しくは知らん。制限がかけられてる程度に魔力が強い者は訓練するよりも訓練させる方が多いからな。正直俺はまともな訓練経験は余りない」
「それ逆に凄いですよね~」
つまりは昔からそれ程の魔力を持っていた、というのはこの学園の生徒に限らず尊敬を呼ぶ。が、それに対してソラは逆に不機嫌になった。
「……その分軍に入るまでにみっちり仕込まれたからな。普通に訓練受けて上がった方が精神的にも肉体的にも楽だから俺はそっちを断固として勧める」
ようはトラウマを喚起させられたらしい。絶賛正規の訓練を受けていないアルにとっては、真面目に嫌な忠告なのだがまぁ任務上それは致し方の無い事だと諦めた。ソラからの視線に僅かに憐憫が混じっているのはきっと気のせいでは無いだろう。
「へえ、やっぱそーいうのは辛いんですね。だってさ、メイ。軍入りは学園卒業してからの方が良さそうだぞ?」
「えー……あわよくばコウ先生とかリトス先生とかに推薦頼もうかと思ってたんだけどなぁ」
心底つまらないといった様子を見せるメイに、思わず軍人二人は目を見張る。そこまで本気で軍に入ろうとしていたとは考えていなかった。が、それを言えるだけの腕はあるので更にそれが悩みどころになるのは目に見えている。
(……コイツ、たしかフォロートっつってたな。俺の記憶では、あそこは剣の一族。しかもこの坊ちゃんは数世代に一人来る逸材って所か。通りでリーンが目をつけてた訳だ)
参考書に目を落としつつも思考はそんな事を考える。元々この位の内容ならば頭に入っている。別に問題は無い筈だ。それ故に、元々興味があったこの少年を一瞥する。明らかに勉強は苦手だ、というオーラを出すこの少年は、あの絶望の淵に浸っていたリーンを掬い上げた一人と聞いていたからだ。
数年前、次々に慕っていた人物が消え、一部の感情が欠落したようなあの頃。エンスが未だ安定していなかったリーンを学園に入れると宣言したときは目を剥いたものだ。大切なモノを作らないようにして自分を守っていた彼に、人と付き合えという無茶な指令は辛いものだと、まだ早すぎるのではと何度も直訴しに行った。
しかしそれは結局通らず、彼が学園へ足を踏み入れてから数ヶ月経って、大慌てで自分を呼び寄せた王の言葉でその考えは杞憂だという事が分かった。
彼は嬉しそうにまくし立てた。「リーンが微笑んだ」と。
詳しく聞けば、学園で初めて同い年の友人が出来たと、彼らを見ていると鬱々としている事がバカらしくなっていくんだと肩を竦めていたらしいが、それがリーンにとって、初めての仲間を見つけたのだと一瞬で理解できた。
そして、リーンに感情を再び思い出させてくれた張本人が、ここにいるアルトとメイドリヒ。
リーン含め三人は知らないだろう。どれだけ自分たちが彼らに感謝したのかという想いを。彼らへの心からの礼を。
それはつまり、リーンが気兼ねなく付き合える、天才の一人であった事への礼でもある。
自分に命を詰め込んだ幼子が、絶望から浮上したあの瞬間の喜びは、口で伝えられるものでは無いから、言葉で表すつもりは無いが……
(こいつらには多分頭上がんなくなるんだろうな……)
それでも良いやと思える程リーンに心酔している自分に気づき、人知れずソラは口元を緩めた。