第27話 依託と羨望
作者も絶賛中間試験中です(え?)
色々な意味で終了しました。まだ試験終わってませんが。
外から、金属がぶつかり合う音が聞こえる。それだけでは無い。色んな人達の叫ぶ声と、悲鳴、それに魔法が爆発する音。とにかく、怖い音が外から響いてくる。
「おかあさん……こわいよ……」
「大丈夫、ここは安全だから、大丈夫よ」
小さな弟と妹が、外の音を怖がっておかあさんにしがみつく。おかあさんは、それに優しく抱き返しながらも、弟や妹達と同じように何かを怖がる目をしている。
いつも明るい、大きくて広い私の自慢の家。おとうさんが有名な商人だから、お嬢様はお金持ちなんですよってお手伝いさんが笑って言っていたけれど、本心では笑ってない事に、ずっと前から気付いてた。
おかあさんはよく、街の人たちに食べ物を分けてあげなきゃと言っては、私達の料理をほんの少しずつ、質素にしていった。おとうさんは、難しい顔でお貴族様の悪口を言いながら街の人たちの為にって、薬の取り寄せをお医者さんに頼んでた。
でも、おとうさんもおかあさんも頑張って街の人達を元気付けようとしてたのに、寧ろ最近では益々みすぼらしい人が増えてきた。
なんで、外のお家はあんなにボロボロなの?なんで、窓から見える人たちはあんなに痩せてるの?なんで、道路に人が倒れてるの?なんで、誰も助けてあげないの?
日を重ねる程にそれらがより目立っていく。どんなに疑問を抱えても、自分ではその回答が見つからなくて、それがもどかしい。
近づく冬は、やつれきった人達には辛い筈。それを、少しでも楽にしてあげたい。けれども、子供の自分ではどうする事も出来ない。
「何か、私にできる事はないのかなぁ~……」
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そこは戦場だった。
「うぐぐ……何だコレは……」
頭を抱えて唸るメイ。一瞬血の涙を幻視してしまう程やつれきった顔で目の前の難関に挑む姿は、酷く痛々しい。それを哀れむ目で仲間達が見る中、一人僕は突っ込んだ。
「いや何って魔法生物学の問題だって。とにかく暗記。いいからひたすら頭に突っ込め。泣き言は聞かないから」
「リーン君、相変わらずのスパルタですね」
あまりにも覚えの悪いメイに辟易していると横からアルの苦笑が入る。
因みに今は、僕の部屋にあった書類を城に送りつけて空けた後の勉強会。残念ながら女子はこの男部屋の階には8時以降いられないので、残った4人だけだが。
「そー言ったてさぁ……何だよこの点数」
呻く僕の手元にある、メイの実力を図るための軽いテストの結果はそりゃもう酷いものばかりだ。はっきし言って、マジでコイツは舐めてるのかと言いたくなる。
現代文 62点
数学 74点
地理 76点
古語 13点
魔法理論学 17点
魔術歴学 29点
魔法生物学 41点
「これじゃ文系なのか理系なのかもわかんねぇしな……」
現代文と数学、そして地理に関しちゃまだ見られる点数。てかメイにしてはかなりの高得点。が、それをぶち壊す他4つの成績の悪さ。
「昔からメイ君の傾向は、国語力はあれど暗記力が無い、唯一地理は貴族としての幼い頃からの教育の賜物、って感じですからね。まぁここに魔術実技が加わるとある程度は総合得点もマシにはなりますが……」
「去年の最後の実技は97点だっけ?ほんと、何でそんな点数が取れてんのに理論学ボロクソなんだよ」
中等部入学に向けて実技はいつもに増してレベルが高かったのにも関わらず、あの点数だ。恐らく今回も実技だけはトップ7に入るだろう。……残念ながら、最近は僕の体調も良いのでトップは無理だろうけど。
流石に軍属の僕がメイに実技で負けるわけにもいかないんだから、トップは取らせて貰おう。
「……暗記なんて嫌いだ」
「嫌いでもなんでもいいから詰め込め。お前は魔術面に秀でてたから幼等部で入学してたらしいけどな、俺みたいな数少ない外部組はお前が味わってるものの何倍もの時間を費やしてんだぞ」
おお、言葉に凄く重みを感じる。ソルトは天才というより、努力型の秀才だからなぁ。正直、この学園の人達とは出来が(悪い方に)違う。故にこういう言葉はとても響く。
「まぁ、僕としてもソルト君に賛成です。この学園入るのは流石に大変でしたしね。……主に母の所為で」
「最後の一言が余計だよアル。……って言いつつも僕はここ入るのあんま苦労してないからなぁ。しゃしゃり出れる立場じゃないか」
別に入りたくて入った訳じゃないこの学園だが、逆に言えば入ろうと思えばいつでも入れたのだ。だって、この馬鹿みたいな記憶力は覚える気がなくても覚えてしまうから。その点が、皆の苦労を舐めているとエンス達から言われる所以なんだろうけど……
「うっわ、出たよ天才発言。てかお前、何の部門の天才として認められたんだ?」
この学園は様々な分野の天才が集う。そしてその天才達は、個々の最も秀でた部門の試験を通って入学するのだが……
「えーと……一応は魔導理論かな。試験免除の代わりに解毒魔法の強化っていう論文出したから」
「え!?リーン君論文推薦だったんですか!?しかも解毒って、超難関レベルのじゃないですか……なんでわざわざそんな難関を?」
あれ?アルも知らなかったんだ。もしかしたらエンスが学校で騒ぎになるのを抑えたくて意図的に情報シャットダウンしてたか?
「うーん……解毒の理由は僕がローゼンフォールに居たから、かなぁ……?」
「は?なんだその理由は」
恐らくこれは一般には知られていないローゼンフォールの実情。ウチの中では最早暗黙の了解とされているが、良く考えなくても普通な事ではないんだろうな。
「えーと、ローゼンフォールって基本観光地なのは知ってるよね?」
「当たり前じゃないですか。知らない人はモグリですよ」
そう、僕が言った通り、僕の故郷ローゼンフォールは観光地として栄えている。
理由はまず避暑地となるサフィール湖。貴族がこぞって別荘をこの辺に作るため、夏場は良いカモ―――げふん、お客になってくれる。
二つ目は、その涼しさを利用したアミューズメントパーク。冬場もそこまで寒くならなく、比較的過ごしやすいので避暑を兼ねて子連れで来てくれる。
何故にアミューズメントパークかというと、革命の時に国王側についた家にはかなりの復興金が入ったのだが、ローゼンフォールは被害が甚大で、街中瓦礫だらけ。大半の建物は立て直しが必要だった。それをいい事にその復興金と自分の領の蓄えを使い、何か誰もが平等に楽しめるものを作ろう、という事で出来上がったのだ。
そして工事にその辺に溢れていた無職の人を引っ張りこめば更に一石二鳥。つまりかなり国に役立ったため、あっという間にローゼンフォールの名前は広まったのだ。世界中に。
……いや~、あれに関しちゃ驚いたよ。
僕が軍務で城に籠りっぱなしだった頃に話が出来ていたらしく、久々に実家に帰れば何故か人の量が多いわ、ファンシーな建物は一杯建ってるわ。いったい今度は誰が何をやらかしたのかと思ったね。
が、それらが問題を呼んだのも事実。
「えーと、まぁアルが言うように、めっちゃ有名になったんだけどさ、それを逆に悪用する輩が出てきてさ」
「悪用?」
首を傾げるソルトに参っちゃうよな、という疲れを滲ませながらも頷き、その確信をいう。
「そ、悪用。具体的にはパークのプールに毒まかれたりお土産品に毒塗られてたり恐らく没落貴族の差し金のテロリストが襲ってきたり」
「ちょっと待て!?何だソレ!!」
「何と言われても、これがローゼンフォールの裏事情だよ。これの所為で、ウチの貴族は解毒魔術を強制的に学ばされる訳。だからあんな論文だしたんだけどさ」
ひょいと肩をすくませて見せれば、呆けた三人の顔が揃う。
いや、非常識なのは否定しないよ、あとマジで危険なのも。
「……それでよく死人がでなかったな」
「んー、まぁ無駄にいい医者揃えたからっていうのと、毒に最初に引っかかったのがウチの人だったから。内密に調べたらポコポコ湧いて出たから、これなら徹底的に管理しようっつって。御陰でお客には一度も毒が入ったこと無いよ?」
「…………最早ソレ奇跡のレベルじゃないですか?」
まぁアルの言う事も一理ある。が、ちゃんと影では涙ぐましい努力もあるんだけどね。
「だってウチに生まれた子には、3歳から毒の知識と耐性入れる事にしてるもん」
「耐性……っておい?それって……」
ソルトが考えている事は表情を見れば手に取るように分かる。が、それに僕は笑って首を横に振った。
「別に毒を体内に少しづつ入れるとかいうエグイ真似はしてないよ?ただ解毒剤を常に食事に混ぜてるけど」
「そうか……なら良かったが……」
ホッとした様子で再び机に向かった三人を微笑ましく眺めながら、僕も手元の紙へ目を落とす。まぁ、内容は仕事のでテスト関係ないけど。
そうしているうちに、時刻はどんどん遅くなっていく―――
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真っ白の空間が、僕の視界を埋め尽くす。そしてその白を更に埋め尽くすのは、群がって息を呑む人々。
でもその中に一つ、あってはならない異色がポツリと浮かぶ。
『……フォー……ッお、ねが……あの子……をっ……!』
異色は苦しそうな声をあげて懇願する。目に焼き付いたそれに、喉の奥が引き攣るのを抑えられない。
隠しきれない絶望が覆う感覚。それに耐え切れず、背に広がる紅いモノの事も忘れ、声を、悲鳴を搾り出す。
『なん、で……!?ヤだ……ッ待って!……っは、待って!!』
彼女が最期に残した言葉。その響きは周りにいる人々の理性をも焼き切り、悲鳴の連鎖を巻き起こす。
けれどもそれら全てが遠い。後ろから誰かが僕を呼んでいる事にも応えられない程の絶望感と虚無感が背筋を走る。
早く、早く彼女の傷を塞がなければと焦る心とは裏腹に、自分のカラダはなかなか言う事を聞いてくれない。ズリズリと、腕でカラダを引きずっても、冷たい白が僕の邪魔をする。
そこで彼女はゴボリと嫌な咳をした。それが更に、もうこれ以上はないという程だった恐怖を増幅させ、その恐怖はあらん限りの感情を、叫びで呼び起こす。
『や……オレを…………っ置いてかな……ッ!』
「リーン君っ!!」
ハッと目を開ければ、明るい光と、それよりも真っ先に紫の目が視界に入る。
荒い息を吐き出して、煩く鼓動を刻む心臓を落ち着けようとしてから、そこで初めてアルが僕を覗き込んでいたのだと気づいた。いや、アルだけではない。メイも、ソルトもだ。
「あ……ゆ、め?」
ホッとした様子の三人に、こちらが現実なのだと気付かされ声を上げれば、恐怖の名残でか掠れた音が出た。
「ったく、心配かけんなよ。スゲェ魘されてたぞ?」
「オレらが起こしても中々起きないなんて珍しいから、体調悪いのかと思ったんだが……」
二人のその言葉にごめんと小さく呟き、上体を起こす。汗で張り付いた前髪をかきあげると、目元に眼帯の感触。ああ、三人が泊まるから外してなかったんだっけ。
「体調はへーき……ただちょっと、ヤな夢みてただけ……」
サイドテーブルからペットボトルを取り、口をつければ予想以上に喉が渇いていたらしい。凄い勢いで水がなくなっていく。その様子に苦笑しながら、アルはクローゼットを指さした。
「とにかく、今は平気でもそのままだと風邪ひきますよ?着替えたらどうです?」
「ん……シャワー浴びてくる……起こしてごめん、先寝てていいから」
頭痛のする頭とまとわりつくシャツの不快感に顔を顰めつつ着替えを持ってシャワー室にふらりと立てば、分かったというメイの声。
正直有難い。何も聞いてこない事が。今の僕じゃ、何も言えないから……
分かってる。守ることは、最も難しいことの一つなんだって事くらい、とうの昔に気付いているんだ……
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「……珍しいな」
心配そうな目をリーンの消えた先へ向けるメイに、ソルトは胡乱げに一瞥した。何が珍しいのか?
「ええ、そうですね……」
「何が珍しいんだ?」
どうやらアルも分かるらしい。付き合いの短いソルトでは分からず、辛そうな顔をしたリーンを思い起こしつつアルに訪ねた。
「リーン君、今手が震えてたんですよ」
「アイツ、自分が辛いのとか隠すのマジ上手いからな。あんな風に露にするのが珍しいなって」
全然気付かなかった自分とは逆に、二人はよく見ていると場違いにも関心してしまった。
「いっつもアイツ、ヘラヘラ笑ってるけど本心はどうなんだろうな?」
「昔みたいな無表情も嫌ですけど、今の隠し方も困りますよね」
そして、過去の自分たちと対比する二人を見て、ソルトは少し羨ましくなった。
自分が仲間に入ってからまだ3ヶ月経っていない。その時間差が、いつものメンバーとの差だと思うと、自分はやはり外れた存在なのだと、何故か急に強く意識し始めてしまった。