第22話 計画と不可不
学校が始まりました。
今年の先生イジメの対象は、現代文の先生になりそうです(おい!?)
あ、私はやりませんよ?美しき傍観者を極め込みます(爆)
白が視界を埋め尽くす。一点の曇りも無いように見える、白い世界。
とても眩しくて、目を細めたくなるような綺麗な世界に、一人ぽつんと佇む幼子。
―――やだよ……いかないで……いかないでよぉ……
泣きじゃくり、地面に伏せた銀の髪の子供に掛けられる言葉は全く浮かばない。
慰める為に言葉を紡ごうと思えば唇は震え、安心させる為に抱きしめようと足を踏み出そうとすれば、石像のように固まって動かない。
あの子はこの国で大切な存在だというのに、何かしてやらなければいけないのに、何も出来ない。
そんなもどかしい想いを彼がいつまで続けたのか、そんなことは、もうとっくに―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――
白が視界を埋め尽くす。一点の曇りも無いように見える、白い世界。
とても哀れで、泣きたくなるような汚い世界に、一人愕然と佇む少年。
「…………何ですか、この部屋は」
話しがある、と言われリーンが再び眠りについた後、エンスの後をついて来た先にはうず高く書類が積みあがった部屋。確かエンス本人は自室に行くと言っていた筈だが……
「ああ、汚くて悪いな。私の部屋だ」
………………アルトは認めたくなかった。確かに、国王の部屋として相応しい広さは備えている。山の隙間から見える調度品も、シンプルながらに物はとても良い。解析すれば最高級のものだと出てくるばかりだ。
だが、それら全てが部屋を覆い尽くす白い巨塔によって置いてある価値が半減されていた。
「……陛下、僕としてはせめて自室にまで仕事を持ち込むのは止めた方が良いかと―――」
「……まあ、そうなんだが……ああ、あと公式の場でなければエンスと呼んでくれないか?正直その呼ばれ方は好きじゃないんでな」
手を上げて発言すれば返ってくるのは疲れの籠った苦笑。リーンと言いエンスと言い、何故こうも自室が悲惨な事になる知り合いが多いのか、一瞬浮かんだ疑問を本気で熟考してしまった。が、直ぐに気を取り直し、目の前の銀を見つめる。
「ではエンスさんと。……で、わざわざリーン君が寝たのを見計らって呼んだ、という事は何かありますね?」
まどろっこしいのは好きではない、と直球で訊いたアルトにエンスは一瞬目を丸くし、しかし直ぐに苦笑の色をより濃くした。
「流石リーンが見込んだだけはある、か。とりあえず、本題は新部隊の事だ」
真面目な雰囲気なのを察したのだろう。アルトは真剣な表情で用意された席に着き、無言で先を促す。
それに対し、恐らく長くなるであろう会話の為に口を潤す物を準備しながら説明していく。
「まず、私がやろうとしているのは、彼の空白部隊を再編し、オーバーS全員が隊長となり、魔術的問題の解決を主体とする超精鋭部隊を造ろう、という事だ」
その説明に、アルトは息を呑む。再編成という時点でオーバーSが入る事は予想していたが、まさか全員とは予想の範疇外だ。
そもそも、この国には今現在6人のSランクオーバーが居ると言われている(ただし噂の域を出ない)が、それ自体が異常な事だ。世界の総人口が約60万人。国の数は大小集めても100あるかないか。
そんな世界の中に、人外、化け物、と呼ばれ、畏怖と尊敬の存在と化しているオーバーSが果たして何人居るか。
―――答えはたったの36人。確率にして約17000分の1。そんな少ない人数しかいない人物達の内、6分の1がこの国に集まっている。
その次に多いのがミッテルラント帝国。この世界第一位の総面積を誇るその国ですら、2人しか居ないのだ(ただし2人ともSSだったりするので、結局はレア度で言えば変わらないが)
そんな小人数をフル活用でたった一つの部隊に組み込めば、それは何を意味するのか。
「エンスさん……戦争でもする気ですか?」
呆然と呟いたアルトに、エンスはギョッと目を剥いた。ティーカップの蓋ががちゃりと大きな音をたてる。
「せ、戦争!?やる訳無いだろう!寧ろ他国の警戒を解くためだ!」
あたふたと焦った様子で叫んだエンスに、アルトは更に眉を寄せる。戦争に直結しそうなその行動が、何故に警戒を解く為になるのか?
「あー……ゴホン。詳しくは話せないが、世界会議で大国粗全てにオーバーSを一か所に纏めてくれという要請が来たんだ。あちこちに分散していると有事の際――-まあ悪く言えば戦時中に警戒すれば良い場所が分からないから、と」
思わぬ要請に今度は一転、目を丸くさせた。戦争時にこちらが不利になる依頼をヴィレットが呑んだという事を意味するそれに、仰天する。
「はい!?それ、絶対こっちの方が不利―――」
「それがこの国の現状なんだよ、アル君」
言葉を遮り、ふぅと溜息をつく国王の姿に、アルトは何も言えなくなった。エンスが言っている事はつまり、世界第三位の面積、人口、そしてトップレベルの魔法技術があろうとも、取り返しが効かない程の信頼の無さを前王の時代で作ったという事の表れ。
彼の王が即位していたのは、たったの十年。だが、その間にこの国は一気に荒廃した。
技術は一部の上位階級の独占使用物となり下がった。
―――その代わりに民家から電子機器という物は消えて行った。
食物は質の良い物ばかりがお偉所に運ばれて行った。
―――その分平民階級の人々は、痩せた土地で育った、実など無いも同然の物しか食べられなくなった。
魔法は、貴族が道楽で使う、攻撃系統ばかりが創られていった。
―――平民達は、その恐怖に怯え、普通の魔法ですら教える人はいなくなっていった。
それを、たった7年でここまで元に戻したのが、今ここで憂いに目を伏せる、エインセル王。
技術は広く普及し、食べ物は品種改良を国が指示する元で進められ、魔法は厳しく取り締まりを受けていった。
特に魔法に関しては、国民たちに自分たちも武器を取って良い、自分たちも守れるという意識を固定させる為に攻撃、防御、補助など幅広く教えられるようになっていった。その分増えた犯罪も、騎士団が厳しく取り締まっている。
その並々ならぬ努力ですら回復出来ない、信頼の失墜。
「…………まぁ、いい方に捕えれば正式にオーバーSを動かせるいい機会、といったところでしょうか」
ポツリと漏らした本音に、エンスは苦笑を残したまま頷いた。
「中々に辛辣だな……ま、そういう事にしておこうか。で、詳しい部隊編成はまぁ後々に部隊員予定者への説明会があるから置いておくとして、問題はリーンだ」
苦々しく呟き、カップに口を付けたエンスから直ぐに状況は想像できる。要は、他国にリーンの情報を渡すことになるのが問題なのだろう。彼はローゼンフォール侯爵に拾われる前の詳しい出自が不明だ。この国では十分な信頼があるが、他国にはそうもいかない。
「まず、トップに置くには経験はともかくとして、年齢が問題だ。あと身体もな」
「聖痕持ち、というアドバンテージから優遇には問題ないけれど、幼すぎる、体調面での問題がある、そして呪い持ちという特異体質が尾をひく、と」
「……ああ、特に、3つ目が他国から見てヤバい。幼いながらに魔力が膨大な事が相まって、一部では何かの実験結果なんじゃないかとか言われてるらしいからな」
弟分がそんな風に言われるのは正直耐えられないが、今まではその場について来ていたリトスの制止でとどまってきた。が、こういった事情でそれが浮き彫りになるのも腹が立つ。
「それは……なんというか。で、それが原因で裏ワザですか」
流石にこのまま国王を怒らせておくのは怖かったので、さりげなく話を進めるように持っていく。
「そうだ。ま、裏ワザっていうのも、バレたらかなりヤバい物なんだけどな……」
それはそうだろう。裏ワザ、という時点で正規の物ではない事位目に見えている。
「…………リーンは魔力が多い反面、他のSランクと比べて技術が劣る、というのは知っているか」
唐突に質問に切り替えられ、多少なりとも驚いたがそれを流し、躊躇いながらも一応は頷く。
「アレで劣るっていうのもどうかと思いますがね……AAAですよね?学校ではAって事になってますけど……」
「たしかにAAA指定はされているが、正確に言えば特殊総合AAA。レアスキル判定で少し技術ランクがあげられているんだ。実力だけならAAあるかないかだろうな……」
知らなかった新事実に、アルトは耳を疑った。あのリーンが案外ランクが低い―――いや、十分高いが―――というのが信じられない。
「はい!?あの自分の属性外の術を使いこなすリーン君がAA!?」
自分の属性以外の呪文は、使えるが難易度が上がる。なんとなく、使う時にぎこちなさが出たり、威力が落ちたりするのが普通だ。が、リーンに関していえば、そんな素振りは全くなかった。学園では皆そういう天才なのだという認識なのであまり騒ぎにはならないが、常識的に考えてずれている事は否めない。
「あー……属性外の術については天性の才能だな。あれは。が、アイツ実は術の行使の際に一瞬躊躇う癖があってな。それが原因で少しランクが低いんだ」
「魔術の行使を躊躇う……?」
自分が見ている限りだと一度もそんな素振りは無い。どういう事だと疑問を口にする前に、エンスが言いたい事は分かっていると言わんばかりに説明を始めた。
「と言っても学校で使う様な低ランクのならそんなに抵抗がないらしいから、アル君が知らないのも無理は無いな。アイツは魔力が多い所為で、逆に多くの魔力を放出する術に違和感を感じるんだとさ」
何とも羨ましいが、同時にとんでもない悩みにアルトは絶句する。成程。多くの魔力を消費する事が少ないが故に多量に使うと抜けていく魔力の量が体に負担をかけるのか。正直凄くアホらしい魔力で、それ故のアホらしい悩みだと再認識した。
「……いやー……普通って、何でしたっけね……」
本来なら相当の量がある筈の自分の魔力が少ないように感じてしまうのだからとんでもない。
元々普通を求めてはいけない学校だったが、本当の違う存在というものは考えるだけ無駄なんだと、アルトは一歩大人になった気分になった。
「…………普通、か」
同じくしみじみと遠くを見つめて呟く王に、アルトは妙に親近感を覚える。その一方で、今の状態を学校でバラしたらリンチですねぇ……と現実逃避をする自分も居たが。
「ああそうだ、話を戻そう。部隊説明の途中だったな……と言っても、この資料に目を通して欲しいだけなんだが」
そう言ってエンスは手元の資料をアルトに手渡す。少々厚みがあるその束に一瞬読む気が失せるが、その誘惑をどうにか打ち払い目を通し始める。
内容を簡単に書くと、こうだった。
1、部隊は七つの科に分けられる
2、内五科は隊長をオーバーSと置く
3、副隊長はAランク以上の能力がある事が最低必要レベル
4、一部隊、隊長副隊長含め精鋭50人
5、仕事内容は騎士団の仕事のうち、難易度が高い物を集める
6、以下、現在の部隊状況
第一科 〈違法魔道具取り締まり科〉
隊長 アリア・ローリエ(S)
副隊長
第ニ科 〈違法魔術師取り締まり科〉
隊長 リトス・コーラル(S)
副隊長
第三科 〈危険生物取り締まり科〉
隊長 ソフィア・ベルム(S)
副隊長
第四科 〈特殊護衛科〉
隊長 コウ・シュタット(S)
副隊長
第五科 〈災害救助科〉
隊長 フュズィ・トーレス(S)
副隊長
第六科 〈精鋭医療科〉
隊長 アズル・シュタット(AAA)
副隊長
第七科 〈国王直属特殊科〉
隊長 最重要機密
隊長代理 リーンフォース・Y・X・R(SS)
副隊長 アストロン・エイス(AA)
「……………………………………………………」
色々と突っ込みたいという衝動に駆られつつも、アルトは必死に黙り続けた。
そもそもあと二月だというのに副隊長が第七科以外に決まっていないというのはどういうことなのかとか、第七科が何をするのか何の為に存在するのかとか、普通Sの文字が羅列されるとか無いだろとか、訊きたいことは山ほどあるが、一番の謎は、第七科の隊長が最重要機密で副隊長以下全員にすら知らされないという点だった。
「アル君?どうした?」
書類を捲る手を止め、固まってしまったアルトをエンスが覗き込む。それに寄った眉間を揉み解してから、引き攣った笑いで質問した。
「幾つか質問なんですけど、まずは第七科の隊長は?」
「そのままだ。この国最強の技術ランクを保有する人物に頼んだ。まぁ、それが誰か知ってるのは、この国でも10人居ないな」
「……リーン君の立場は?」
「その人物と精神リンクが可能なのがリーンだけだったからな。丁度良かったんだ。部隊に引き込みつつ仕事をしていても問題ない立場として」
「…………副隊長は?」
「………………目下検討中、とだけ答えておこう」
「……………………第七科の存在理由は?」
「ぶっちゃけて言えば、あちこちに人材を回す口実だな。ヴィレット学園のような場所はどこの部隊から回せばいいか正直分からないからな。そういった所用の部隊と思ってくれればいい」
「…………………………僕の所属予定の科は?」
「第四科だ。アリアが欲しがっていたが、流石にそれは許可出来なくてだな……」
「ありがとうございました」
「…………………………即答とは、切実だなぁ」
「……………………………………はい」
そんな微妙な項垂れた雰囲気の質問と回答は、その会話が途切れるまで続くのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
その不毛な会話が終わりを見せた後。
すっかり冷めてしまったお茶で雰囲気を誤魔化しつつ、エンスはアルトに問いかけた。
「……まぁ、説明は以上としてだな……アル君、学校でのリーンはどんなだい?」
「へ?学校で、ですか?」
突然な会話の移り変わりに目を丸くしつつも、アルトは頭を回転させる。普段のリーン?
「……あー……授業中に書類内職して先生に怒られたりとか、魔術で相変わらずの常識知らずっぷりを披露してくれたりとか、御姉様方にメイ君共々追いかけられてたりとか色々ですけど……」
こうして考えると、学校生活とは全く思えない。一日の大半を仕事で埋めて、勉強をしている素振りは全く無いことに初めて気付いた。
「……仕事かぁ……いい加減減らしてやらないとなぁ……」
頭を抱えるエンスに、アルトは苦笑を漏らす。あそこまで仕事中毒になっていれば、寧ろ仕事をもぎ取って行きそうな気もするが……
とそこで、エンスが躊躇いつつも次の質問を口にする。
「…………じゃあアル君、学校でアイツが半狂乱になった事は無いか?」
顔を僅かにあげ、困ったように訪ねてきたエンスに、アルトは瞠目して応えた。