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Silver Breaker  作者: イリアス
第二章 過ぎた力は害をもたらす
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第21話 知らぬが仏

ああ……明日から学校かぁ……

春休み、ディズニー以外どこもいってねぇな……

 白い。その部屋を統べるたった一つの色に、思わずリトスは固まった。縄で簀巻きにされた彼を引きずってきたアリアも流石に顔を引き攣らせる。たった数日見ていないだけで、こうも白くなるのか……


「ん?どうした二人とも。固まってないでさっさとこっち来い」


 その白さにものともせず首を傾げる部屋の主、エンスにアリアは辟易する。相変わらずこいつも常識が無い。いや、常識から外れた存在である自分が言って良いかと考えると微妙だが。


「……あのねぇ、来いって、この書類の山を崩さずにそっちに行けると思わないでよ……」


「……エンス、流石にワタシも少し手伝おうかなという気になりましたヨ……」


 目前に広がる大草原ならぬ白い巨塔(書類の山)の奥に座り、ハイスピードで書類を捌く国王に思わず流れる涙が禁じ得ない。リーンが居ないだけでここまで違うのか、というほどうず高く積まれたそれらは、部屋を一部以外隙間なく覆っている。

 そもそも彼がどうやって奥の椅子に到達できたのか甚だ疑問を感じつつも抗議する二人にエンスはキョトンと目を瞬かせる。


「ん?崩さずって……?ちゃんとそこは()になってるだろ」


 そこ、と言って指差すのは50㎝ほどの真っ直ぐ伸びた隙間。人が接触せずに通れるとは思えない程小さなそれを通ったであろうエンスに感服しつつ、二人は諦めてこの短距離を瞬間移動(テレポート)で移動した。

 簀巻きにされていたリトスは器用にも、縄を残して移動した為に拘束が取れている。


「で、何故あたし達を呼んだの?仕事手伝わせる為って感じじゃないわね」


 年下なのを良い事に国王相手にぞんざいな態度をとるアリアに内心苦笑しつつ、あくまでも真面目な顔でエンスは頷いた。


「ああ。少しリーンのことで話がな」


 そう前置きして取り出した書類の束を二人に渡すと、受け取ったリトスがパラパラと捲っていく。それを横から眺めるアリアの顔も、捲っていくリトスの顔も書類に書かれている数値やグラフを見てだんだんと険しいものに変わり、そして唐突に捲る手が止まった。


「……コレ……!?」


 驚愕を露わに呟くリトスに、エンスは苦い顔で詳しい事を説明する。


「分かってると思うが、それはリーンが寝てる間にやった簡易健康診断の結果だ。もっとも魔力に関しては機材が用意できなくて量れてないが……素人の私達から見ても酷いだろう?」


 悔しそうに俯く親友を気にかける事が出来ない程呆然としつつ、一番の決め手となるページに目は行き続ける。


「……エエ。確かに、どこもかしこもボロボロですネ……けど、それよりもこれッテ……」


 資料の一部を指してまさか、といった様子で尋ねれば、エンスは真面目な表情を一転させ、虚ろな笑いを浮かべた。


「……この結果、冗談よね?」


「残念ながら、アズル直々に測定した結果だ」


 あははまさか、冗談だ。と言ってくれるのを切実に希望したが、エンスは乾いた笑みで肯定する。その結論にくらりと眩暈がしたのをどうにか抑え込み、アリアは絶望したように呟いた。


「……あの子、まだ声すら変わってないのに成長止まってたの?」


「……そうらしい。結果を見ると、去年の秋の記録から1mmたりとも変わってないからな……いくら成長遅いとはいえ、半年経っても変わらないなら、そうとしか考えられないだろ……」


 書類に記されたリーンの記録をリトスはマジマジと見続けた。小さな頃から見ていた幼子の、ある意味での成長の終わりの結果は今までの常識を大きく覆すもので、彼にとって、最悪な結果だった。




リーンフォース・Y・X・R三佐の診断結果


大陸歴50012.10.13 身長 147.7

                体重 39.0

                視力 左2.0及び右0

大陸歴50013.05.07 身長 147.7

                体重 38.8


結論、魔力による成長遅緩現象と推定。最新の魔力量情報から換算すると、約500年近くの寿命と考えられる。




「……500年、デスカ……」


 タイムリミットの長さと体の状態が釣り合わない彼。果たして、どちらが正解なのかと歯噛みするしか今は出来なかった。

 今にも壊れてしまいそうな身体()と自分たちよりも遥かに永く生きる魔力(中身)。この事を本人に話したらどうなるのだろうか。


 そんな焦燥に駆られていると、唐突にアリアが嫌そうな声をあげた。


「ってことはさぁ、リーン、学校卒業までどーすんの?姿は兎も角、声変える技術なんて無いわよ?」


「「……あ」」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


『溢れろ 純白の光 放て 銀の雫を!』


「ちょ、ちょっとは手加減してくださいーーーーっ!」


 部屋に溢れる光と爆音、そして絶叫。彼此30分はこの状態にも関わらず、誰も助けに来ない。ま、当然だよな、なにせここは「陛下直々の許可なくしては入れない部屋」なんだから。


「っアル君、右だ!」


 ソラがトラップに気付き声をあげれば弾かれるように反応し、横から飛んでくる魔法弾を剣で弾く。すると今度はコウがトラップに引っ掛かり、下からの爆炎を急いで躱す。


「っ、リーン、お前相変わらずえげつないなッ!」


「おほめに預かり光栄でーす。という訳でレベルアップしまーす」


 気の抜けた宣言と共に、床やら結界やらのあちこちに仕掛けたトラップを更に増やす。さっきまでは結界に攻撃してもなんともなかったけれど、今度は場所次第で爆発するように仕掛けて見ました。てへ?


「な、まだ増やすんですか!?」


「アル君、これはまだッ、破っ!序の口だからな!」


 飛んでくるものを時に避け、時に弾き、時に巻き込まれるという行動を繰り返し、既にアルはズタボロだ。ソラは煤が付く程度、コウに至っては息が乱れ始めた程度だというのだからこいつらも存外化け物だと思う。


「はぁ!?これで、ですかッ!」


 コウの助言にギョッとした顔で振り向いてしまうアル。ああほら、顔逸らしたら攻撃が見えないでしょ?


「っ危ない!」


「へ?ってうわ!?」


 バーン!!と破裂音が響き、煙に巻かれて見えなくなったが、筋は良い。咄嗟に最悪な軌道は外していたようだし。


「アルー、生きてるー?」


「っげほっ……生きて、ますけど、それよりなんかリーン君随分顔色良くなってません?」


 咳込みつつも煙の中から見えたシルエットに少しホッとする。いやー良かった。流石に友人殺し(やっ)ちゃたかと思ったから。


「お陰様でね。こんだけ魔力をロスさせまくって発動してれば、回復も早くなるさ」


 そりゃもう、なるだけ無駄に消費するように考えて仕掛けていくという悪質さ。威力は普段の3割増しだが、発動は思考しながらやってるせいで少し遅い。


「そりゃ、良かった、なっ!」


 ガキンッ!!


 結界にソラの魔力を纏わせた剣が到達するものの、普段より固く設定されているそれはその程度では揺るぎもしない。

 ついでに、車椅子に座り続けてその様子をただ眺めてるってのも案外つまらん事だなと再認識。ぶっちゃけて言えば、飽きてきた。


「残念でしたまたどうぞ。っと、アル?ダイジョーブ?」


 ふと目を横にずらせば、かなり息が上がってしまっているアルが見えた。剣の切っ先も少し下を向いてしまっている事からその疲労は推し量れる。


「っはぁ、はぁっ……へ、きです……」


 全然平気そうじゃないその様子に、コウは構えていた槍を下ろし、ソラも発動途中の魔法を解く。これ以上やっても効率が下がるだけだという事なのだろう。それを見て僕も全ての魔法を解除し、キコキコと車椅子をアルの元へと引いていく。……立っちゃダメなのかなぁ?


「終了みたいだね。アル、ここでの訓練はで体力の限界なのに強がると痛い目見るから気を付けてね?主に僕は自分から言い出さないとホント容赦しないから」


「かといってまだ動けるのに弱音言っても無駄だけどな。リーンは自分が無茶してる分、その境界線見つけんのは上手いからな……」


 嫌そうに顔を顰めるソラに苦笑しつつ、アルをその場に座らせる。ソラには徹底的に教えたからなぁ……そりゃもう、トラウマ寸前まで。


「あー……リトスは天才ならではの何で出来ないんだって責める不理解不満足説明教導だが、リーンのはにこやかにもうちょっと頑張れるね?ってタイプの爽やか無茶振り系鬼畜スパルタだからなぁ……」


「そーいうコウは、おらおらもっとやれ!って感じの強制系怒号スパルタじゃん」


「結局、皆さん、っげほ、スパルタなのに、変わりないんですね……」


 これからの訓練の様子を教えるためにもそんな雑談に興じていれば、アルのげんなりした様子が伝わる。軍がスパルタなのは当たり前だ。弱いと死んじゃうし、こっちだって死んで欲しくないから必死に教えるさ。


「ま、そーいっても僕は教導なんて個人個人にしかした事ないけどね。殆どの人が僕の事知らないし」


「つっても夏になりゃばれんだろ。結構な肩書がお前にゃ付くんだし」


 ひょいと肩を竦めて見せれば横からコウの突っ込み。あんまり突っ込んで欲しくないのが本音な所だけど、事実なんだから仕方が無い。


「ああ……新部隊ですか」


「うん、ホント今はそれで城中大変。元々急な企画だったからあっちこっち綻びだらけでさぁ……」


 はふ、と仕事の疲れに溜息をつくと、くしゃくしゃと頭を撫でられる。子供の頃からやられているので違和感はないのだが、流石にこの歳でやられるのは恥ずかしい。


「お前は特にスペックが高い分扱き使われてるからな。俺なんか書類にサインするだけで終了なのに」


「そりゃコウさんはな。学歴が小学生で終了ってのもアレだけど、その小学校の事すらロクにできてねぇし」


 僕と同じく書類を受け持てる程の頭脳を持つソラは恨めしそうにコウを見上げる。そりゃもう、こういう時は才能というものが恨めしくなるものだ。無い人から見れば欲しい物でも、ある人から見ればいらないものの良い例だ。


「そりゃしょーがねぇだろう?弟の医療費稼ぐために必死だったんだからなぁ」


 さらりと言った言葉に、アルがビクリと反応しギョッとした様子で振り返る。まぁ、今のアズルを見れば健康体そのものだし、僕も信じられないところはある。


「え!?ええ!?」


「ん?あー、アル君には言ってなかったか。子供の頃にアズルが結構な大病で入院したんだが、当時は保険なんてあって無きが如しだったからな、金が足りなくて大変だったんだ」


 ひょいと軽く言うが、当時の医療はぼったくりもいい所という位に横領やら詐欺やらが蔓延していたらしい。その中でお金を稼ぎ、病院に収めるのは半端の無い苦労があっただろう。


「ま、15で士官してからは結構な金が入ったからどうにかなったんだけどな」


 オチは何とも言い難い結論だが、重い話には変わりない。突然な話題に黙りこくってしまったアルに、コウは僕にしたのと同じように頭を撫でまわし、ニっと笑って見せる。


(ここ)に居るヤツなんて皆そんなモンだぞ?いちいち気にしてたら限ねぇからな、適当に「へー、大変でしたねー」程度に受けとっときゃいいんだよ」


 少々乱暴な物言いだが、つまりはあまり気にするな、という事。それを悟ったアルは、素直に一つ頷く。それを満足そうに見て、コウは漸くアルを開放する。


「で、話は戻すけど、僕はその部隊のお披露目の時点で軍入りの件はばれる事になる。だからあんまり僕のいう事に反応してるとばれちゃうかもしれないから、気を付けといてね?」


「へ?え、リーン君暴露するんですか!?あの学校で!?暴動が起きても知りませんよ!?」


「ぼ……ホント、どうなってるんだ?あの学園……」


 鬼気迫った様子のアルにドン引きしながらソラが天を仰ぐ。最近はそう言った愚痴ばかり聞いてた為に、余計あの学園の悪い部分を吸収してしまってるようだ。


「まぁ、悪いトコばっかじゃないから……?多分」


「不安になる回答だな」


 だってー……僕等の代が大いに否定できないしー……


「あ、あの、軍入りを暴露するって……考え直した方が良いんじゃ……」


 僕だって出来れば隠しておきたい、が、何分立場が許さないんだよねぇ……


「いやー……だって僕、隊長補佐だし……」


「……はい?」


 ポツリと漏らせば信じられないといった感じの顔で凝視してくるアル。……年齢から考えれば、異常の一言じゃすまないからな。


「だから、隊長補佐。一時は隊長って案もあったんだけどねぇ……流石にこの歳でってので却下したんだけど」


「…………………てことは、リーン君完全に立場も公開すると?」


 言外に死にたいの?という言葉が聞こえる。僕だって、出来ればそんな事したかないさ……ッ!


「………………………………お葬式、ちゃんと出てね………………………?」


 絶対リンチは逃れられないだろうな……主にメイを筆頭で来るような気がするけど……


「おいおい、随分と物騒な話になってねぇか?」


 引き攣った顔のコウをギギギと振り返り、同じく引き攣った笑いを浮かべて返す。


「……あのさ、ミッテルラントにこーいう諺があるんだって。「知らぬが仏」って」


 どこか遠くを見つめて呟けば、ひゅるるるる……と季節外れの木枯らしが吹く。それが僕の心境を、一番物語っている音なのだろう……きっと。





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