第20話 苦境の石
タイトルが思いつかなさすぎる……ッ!
誰だしりとりとか考えたのっ!(お前だよ)
沈黙が部屋を統べている。
薄いピンクで塗られた壁に、ベージュのカバーがかかった布団。最近は使われていなかった為、特に何も活けられていないガラスの花瓶。暖色系で固められた病室に集う全員が、唯一人を凝視して何も言わなくなってから、ゆうに1分は経過しただろう。ズキズキと痛みを発する胸が、だるいと訴える身体が、そして締め付けるように痛む頭がより時間を永く感じさせるが、長年の経験からそんなものだろうと検討をつける。
そう、1分は経ったのだ。なら、そろそろ何か言ってもいいよね?
「……それさ、何処が聖痕なの?」
本音をぶっちゃけた僕に、固まっていた全員が動き出す。そして、呆れたような視線に、リトスは気まずそうに目を逸らした。
「……いーんデスヨ。ちゃんと『聖』であってますカラ。創生神話にも果物は必須ですシ……」
いやまぁ、そこは否定しないけどさ……確かに神が最初に食したものとして果実―――正確にはリンゴがあるけどね?
「随分と使えない聖痕もあるんだなぁ……」
「グハッ!」
あ、リトスが沈んだ。流石エンス、リトスの扱いには慣れてる。膝をついたリトスが面白くて少し布団から身を乗り出せば、アズルからキツイ目で見られる。おお怖い。
仕方が無いので枕を端っこに引っ張ってきて、そこで横になりながら見ている事にする。
「……昔は重宝したんですけどねぇ……」
「ん?アル?どゆこと?」
遠い目でポソっと呟いたアルに視線を向ければ、一瞬肩が揺れた。
「あ、いえ。その昔は飢饉とかも多かったので、果実が手に入るっていうのは正に神からの贈り物、という考えがあったらしいんですよ。果実ならビタミンや糖分等が多くて、当時ではとても貴重な栄養源でしたから」
「成程な。確かにそれなら『聖』で合ってるか。今の時代じゃ分からねぇが、革命前の状況思い出せばそれもそうだって思えるしな」
自分の経験からか納得を見せるソラに、出てきた自虐ネタともとれる仮定に苦笑するアル。それらを見回して、恨めしそうにリトスが睨む。
「……アル君、ワタシの台詞を取らないで下さいヨ……まぁ、あの時代じゃワタシ達高官でもなければ真面なものなんて食べるどころか見る事すら出来ませんでしたしネェ……今思えば、もう少し早く覚醒して欲しかったデスヨ……」
「あー……しかも俺達も食べ物の殆どを一般市民に回してた所為で、結局はロクなもの食べてませんでしたからね。リーン君なんて絶食に近かったんじゃないか?」
当時の、今となっては懐かしいと思える記憶に皆一同思いを馳せれば、その頃の軍の内部状況なんて知らないアルとソラはギョッと目を剥いてこちらを振り返った。
「ちょ、おま、絶食って!?だから今チビなんじゃねぇの!?」
「な、ローゼンフォールの次期当主候補がですか!?」
……チビって、随分と酷い言われようだなぁ。確かに平均身長よりも10cm程低いのは認めるけどさ……(平均156cm、リーンは147cm)
「失礼な。僕は魔力が多いから一月くらい食べなくてもダイジョーブなんだよ。流石に水分無いのはキツイけど」
「基本的にあの頃は魔力をエネルギーに精製して過ごしてましたからねぇ。冬場だったから水は問題無かったデスシ、身体が訴える空腹感さえ抑えられれば、動けはしましたシ」
「ああ、あと強いて言うなら一般兵達が恐縮して中々食べようとしてくれなくて大変だったな。王子が食べてないのに自分達が食べるなんて無理ですって泣きつかれて、アレばかりはどうしようかと思ったぞ」
懐かしいが二度とやりたくはない。そんな切実な気分に浸っていれば、後輩二人組は只々呆然としていた。
そしてその表情のまま、ソラがまるで新大陸を見つけたと思ったら唯の島だったという事に気付いてしまった冒険者のような目で僕を凝視する。男に見つめられる趣味はないんだけどなぁ。
「……お前、そんな状況で食糧配給に街に出てたのか?」
ソラと初めて出会ったのは食糧配給の現場。だから、より強く印象が残っているのだろう。顔色が悪い、明らかに発育不良の僕の姿が。
「あー、うん。ソラと会う二週間くらい前から特に何も食べてなかったかなぁ?あ、でも流石に一回ローゼンフォールの本家に戻った時は無理矢理フィリアにチョコ突っ込まれたけど。しかも砂糖の分量間違えたのかってくらい激甘の」
あー……本当に懐かしい。何もかもが。戻ってきて欲しくて、二度と戻りたくないという二律背反なあの時代が。今の方がずっといいのに、あの頃も未だ捨てがたい。
「……フィリアさん、か」
泣きそうな顔でふいと顔を逸らすソラと、それに苦笑してくしゃっと頭を撫でるエンス。それに何かを感じたのだろう。ここでは隠す必要もないため普通に開かれているアルの眼が、動揺と疑問を雄弁に語る。
「そっか、アルには話したこと無かったよね。フィリアっていうのは、僕の世話役で6つ年上の女の子なんだけどさ」
ニコッと笑ってアルを見上げれば、え?と続きを促すような相槌が来る。
「因みに今はその妹さんを捜索中ね。革命の一年位前にどっかに売られちゃったらしくて行方不明。フィリアが本気で心配してたし、仕事上見逃せない事だから長年探してんだけど、中々見つからなくてさぁ……」
「ええ!?何か行き成り凄い話に飛んでません!?」
「あ、ついでにフィリアは多分僕の初恋の人」
「しかも凄い事サラッとカミングアウト!?」
絶叫するアルが面白くてくすくすと笑ってれば、それだけでズキっと痛む胸。ったく、薬の効きが遅くなってるな……
「全く。リーン君、ふざけてるのも大概にしなさい。顔色がどんどん悪くなる一方じゃないか」
案の定アズルからは渋い顔をされ、ソラは目を吊り上げる。苛々した口調が余計に僕に突き刺さる。
「お前、また魔力増えたな?薬殆ど効いてないじゃねぇか」
その言葉に苦笑すれば、横から差すような視線とブリザードを感じた。とにかくどこぞの吹雪いている王様はスルーしよう。うん。……因みに人はそれを現実逃避と言うらしい。
「魔力は長い事量ってないからどの位か分かんないけど、まぁ増えてるんじゃない?これでも一応は成長期なんだし」
そしてそれに比例するかのように身長体重は変わりがないけれど。
……今年の健康診断も殆ど去年と変わりなかったけど、男子の成長期はこれからだよ、うん……!(多分そのうち番外編でも出ると思うけど、基本健康診断は引っかからないことがないのさー……)アハハ……
「そういう問題じゃないでショウ。魔力の伸びについてはまだ研究途中で何とも言えませんガ、一番は超回復が働かないように大量に使わない事デスヨ?」
サボリ魔の癖に、この国の誰よりも知識人なリトスは理論で攻めてくる。でもなあ……
「それこそ、無理言ってるの分かってんでしょ?魔力を消費するなとか、僕に『死ね』って言ってんのと同じだし」
「……そうなんだよなぁ。何というか、負のループ?」
エンスが呟いた的確に現状を表す言葉に、僕等は揃って顔を顰める。そーなんだよな。謀られてんのかって位手の付けどころが無いこの魔力。一番の解決策は封印具外して自然に体内から魔力を発散する事なんだけど、世界中がそれを許さない。
「……ゴホン。取り敢えず、薬が効いてないってことは、また強いのを調合しないと駄目なんだろう?車椅子出すから、それ乗って兄さんとこで魔力減らして来なさい」
「げ、車椅子ぅ?どこの重病人だよ」
「リーン君、言っときますけど君、十分重病人レベルですからね?」
呆れの籠ったアルの突っ込みには返答できず、とにかく黙りこくる。にしてもコウんとこかー。今の状態じゃ武器持ってとか無理だし、戦うならバトルロワイヤルな魔法戦かなぁ?
そんな事を考えているうちに、あっという間に僕は抱えられて(しかもエンスに。軽いって叱られたけど僕だって好きでそうなんじゃない)、車椅子に移され(文句言っても誰も聞いてくれない)、そしてガラガラと音をたてて部屋を出て行った。
……因みにそれから直ぐ、仕事しろとエンスとリトスに呼び出しがかかり、リトスVSアリアの追いかけっこ第二弾が始まったのは、多分また別の話―――
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「……で、お前はそんなカッコで戦闘訓練室に来たと」
頭を抱えるコウに苦笑いするアル、後ろにいる車椅子を押してきたソラの顔色は分からないが、恐らくアルと同じような顔をしているのだろう。
「そ。アルを鍛えるにも丁度良いし、ソラもコウも手伝ってよ」
それをあくまでにこやかに躱せば、そんなことを企画されていたとはまるで知らなかったアルがえ?と戸惑った声をあげる。
「それは良いが―――お前そんな状態じゃ戦うっつっても完全魔法戦だけ―――あ」
かつて一度やった事のあるあの戦いを思い出したのだろう。コウはポンと手を打ち、ソラは顔色を幾分か青ざめる。それを一瞥して、アルはあからさまに引き攣った声になる。
「あの……何をやるんです?」
「……必ず運動神経が上がる練習?」
間違ってはいない答えだが、実際にどんなことをするか知っているソラはブンブンと顔を振り続ける。まぁ、彼にはトラウマとなる位追い立てたしなぁ……
「……ソラさんは違うと言ってるようですが……」
狼狽を見せるアルを取り敢えず放置しておき、僕はコウにもう一度依頼した。
「で、駄目?エンスからは許可もらってんだけど」
「いや駄目じゃねぇが……まあいいか。アル君、因みに足の速さは?」
「足?」
暫く迷っていたものの、最終的に許可を出したコウはアルにある意味一番重要な事を尋ねる。が、その意図が分かっていないのか首を傾げつつ、去年の記録を記憶から引っ張ってくる。
「そこまで速くはないんですが、確か50mは6秒台でしたけど―――ああ、でも長距離の方が得意ですね」
「いやいや小学生の時でその記録は凄いからな?しかもそんな記録叩き出しておいて長距離向けか……」
首を疲れたように振るソラに、僕は何言ってんだか、という心境を飲み込んでもっと素晴らしい事実を突きつけてみようと思った。
「アルはまだ人類レベルだからそんな凄いって騒げる程じゃ無いんだよ。メイなんか小4でその位の記録出してたし」
「…………なぁリーン、偶に思うんだが、オレは本当にそんな化け物学園に入って大丈夫なのか?」
首を竦めて見せれば上から降ってくる心配そうな声。それにふっと陰のある微笑を僕とアルは浮かべる。
「安心してソラ。そんな化け物ばっかいるの、僕等の学年だけだから……」
「ええ、他の学年は普通に天才しか居ませんから……」
「………………お前らの代、何かに呪われてんのか?」
失礼な。ただちょっと個性と自我と特徴が強いだけだよ。……あと奇人変人たちが多いだけだよ……
むっとして顔を上げれば、憐れむような視線。むぅ……それじゃあまるで僕まで変みたいじゃないか。
「まぁいーや。これからやるのは遺跡ゲームって言うの。ルールは単純ね。遺跡の宝を守る僕は中央に設置する結界の中にいて、そこから動けない。で、キミ達は遺跡を守る結界を壊せれば勝ち。ね、簡単でしょ?」
「はぁまあ。それのどこがそんなに恐怖を煽るんですか?」
ソラの顔を眺めての質問に、コウが苦笑を示した。
「守りが結界だけって訳がないだろ。リーンは守りでありトラップなんだ。ようは、こっちは剣術魔術なんでもアリで結界を壊そうと動けるが、同時に結界の中から攻撃を受ける事になる。ま、リーンがこの状態だから魔法限定だけどな」
肩を竦めたコウにへぇ、と相槌を打とうとし、ピタリと止まるアル。それからギギギ……と壊れたブリキのように僕を振り向いて、まさかと言った口調で質問した。
「……リーン君、因みに、今の魔力は……?」
「ん?AAだよ?3つは外してあるし」
それがどうした?と尋ね返せば、何故か落ち込んだアルにソラがポンと肩に手を置く。おいちょっと待て。ソラだって今はAじゃないか。
「……ああいう大人にはなるなよ。あれは手遅れだから修正は無理そうだが……」
「……はい。ああはなりません」
「ちょい待て!散々人の事子供扱いして今度は何だよ!」
一体何の話だ!と騒いでも取り合ってもらえず。
結局憐れみの目線を向けられたまま、明らかに僕が不利に見える(現在コウAA、ソラA、アルBB。一方の僕はAA)戦いは微妙な空気を保ちつつ幕を開けた。