第10話 見せ掛けの本気
遅くなってすみませんでした。
今回はバトル―――の筈がその後の方が長めになってしまった……
2012/04/04改訂終了
Sランクという超高位の魔道師に戦いを命じられた僕等が佇む訓練室。壁は緩衝剤が引いてあり、床は空間結界用の魔方陣が薄く書かれている。そんな本格的かつ普通の学校には無いと言われる設備のそこには、戦いならではのチリチリとした空気が漂っていた。
その空気の中で、強者の片割れは僕に話しかけてくる。
「(ああ、リーン君、ヘーカから夏に向けて少しは本気を出すようにという命が下ってますノデ)」
「(いや、小声でそんなこと言われても……ま、逆らうけど)」
「(止めて下サイッ!)」
―――チリチリとした―――
「あ、アルー、基本魔導戦でお願いできるー?」
「え?良いですけど何で―――」
「うん、基本的に僕ひたすら剣で襲いかかって来る奴ばっか相手にして飽きてるから、偶には違う戦いがしたいなーと」
「……一応了解です」
―――訂正します。微塵も漂ってません。アレ、でもこれ僕の所為かな?
「……お前、戦う気あんのか?」
「無いに決まってる。そっちが勝手に決めたこと」
キッパリスッパリと言い放つと、コウは深い溜息をつきながら首を振り、諦めたように準備を促した。
「まあ取り敢えず準備しろー」
その声に二人揃って武器をセットし、剣の状態に戻す。
流石にアルを余裕で倒せるとは微塵も思ってないので少し観察して見ると、どうやら僕と同じ剣でも、パワータイプの物にしていたらしい。前回見たときには気にもしなかったが、自分のよりもずっと太い大剣。斬る、というよりは押しつぶす、という概念の物だ。恐らく大きさからみると3㎏位だろう。小型化するから分かりにくいが、案外重さは普通の武器と変わりない。身長がそこまで高いとは言えない僕には使いづらい類の得物だ。
一方で僕の剣は細身の軽い物。ただし刃の長さは1m程。いわゆる両手用突き剣のサイズだ。……尤も、僕は殆ど突きは使わないからこの説明は意味が無いが。どちらかと言えば、魔法戦の方が有利になるか……?
「この戦いでは相手の急所に得物を突きつけるか、降参させるかが勝利条件となりマス」
そう解説し、リトスは観覧席に着いた他のクラスメイト達に始まる事を示す。
流石にここまで来ると空気も緊張をはらんだものへと変化する。僕等はそれに合わせるように何も言わずに武器を上げた。
「レディ……」
コウの合図に正眼の構えを取るアルと、背中に剣を回す僕。本来の構えではない構えにコウが苦い顔をするが無視して腰を低くする。右手の剣が出しやすいように左足を前に出し、開始宣言を待つ。
そして。
「ファイト!」
ガキン!という金属が合わさる音が木霊する。
予想以上に重量のある打撃に沈みかける体を如何にか持ち直し競り合いに挑む。
そんな一瞬の攻防の後、力勝負ではないという事もあり、相手同士の剣を弾くように後ろへ下がる。そして休む事無くアルは短縮詠唱で術を放った。
『其の輝きは力を欲し 故に死力を尽くす!』
『っ!?全ての守りは知らずとも 此の手に宿るは王の盾!』
呪文の唱え始めで無属性光圧型魔法と認識。それと同時に防御呪文を唱える。
『輝威発!』
『移転盾!』
目の前の爆発を高圧に固めた魔力で防ぐが、爆炎で何も見えな―――っ!?
「はぁぁぁぁっ!」
煙の中から剣を向けて突進してくるアルにギリギリまで気づけず、慌てて躱す。数本髪が宙を舞うのを見た瞬間に、切れ味いいなぁ、なんて現実逃避をしてしまったのはしょうがない事だ。うん。
だけどやり過ごせれば近距離で魔法を食らわせられる!そして無詠唱で起動の呪文のみを叫ぶ。
『粉砕弓!』
「って嘘ぉ!?」
叫びながらも後ろへ跳躍するアルに攻撃は迫る。中距離砲撃を至近距離で放ったんだから、ダメージが無いなんて事は無い筈。
「う……っ痛ー」
そう呻く姿を見て思わず舌打ちする。掠っただけのようで、目立った外傷はナシ。
本気を出すことはこの制限の掛かった身体では敵わず、苦手な剣での攻撃では負けるだろう。さて、どうしたものか……
「リーン君も流石にやり辛そうデスネェ」
「手加減の度合いに悩んでるな、ありゃ」
「この期において手加減を考えるなんて、全くもって困った子デス」
じりじりとお互いに位置を変えていく。
少しでも相手の隙を見逃さないように、自分に隙を作らないようにと緊張していく空気を、突然アルが壊す。
「はあっ!」
視界から消えたと思った瞬間、眼下に紫のナニカが映る。
「っ!」
下段からの振り上げを後ろに跳ぶことで距離を開けようとするも、アルは更に前へ進んで今度は上段からの振り下ろし。体を捻じりながらの攻撃に、丁度いいとこちらは剣の軌道を脇腹へと修正する。
流石に堪ったものではないと判断したのだろう。バックステップの要領で下がる彼に、更に攻撃を畳みかけた。
『地壊砕!』
地面の振動に態勢を崩すアル。しかし僕が迫る前に既に態勢を整え直してしまい、再び魔法を放ってきた。
『行く手を阻むものは 我が手によって滅びる壁のみ! 滅岩球!』
「うおっ!?」
いきなり石の嵐が襲ってくるのに驚きつつも、叩き落としながらその場を離脱する事で回避。数個当たってしまったが、まあ軽傷の部類だし、平気だろう。
(アレを躱しますか……これで手加減してるとか、本気で厄介な相手ですね……)
今のは危なかったなー。流石アル。魔法の展開速度も威力も文句なしだ。……これに聖痕使って戦ったら、すっごいヤな敵になりそー……
またもや距離をとってしまい、膠着状態に陥ってしまったが、この辺りで勝負を終わらせても良いだろうと考え、今度はコッチから攻めさせて貰う。
座標はアルの左斜め後ろ、威力はそうだな……打撲一歩手前くらいか。
その作戦を実行に移すために気づかれないように魔力を練り上げ、一言キーワードを呟く。
『GO』
「っ!?」
急に感知した魔力の方を向くアルに襲うのは収束系の中級呪文。『希望砕』。それを剣で軌道をずらすなんて離れ業をやってるアルが、焦りと言う隙を見せた瞬間、僕はその首へ剣を持っていく。
「チェックメイト、かな?」
ニヤリと笑ってみせると、荒い息をつきながら向こうも苦笑いを返す。
「あーあ、やっぱり負けちゃいましたか」
その一言に、コウからは終了の、クラスメイト達からは、驚喜の声があがった。
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「っだー!なんでオレじゃなかったんだー!!」
「あーもう、落ち着けメイ。少し黙ってろ」
観覧席から降りてきた途端に叫ぶメイに、煩そうに耳を塞いで抗議するソルト。しかし彼の眼もまた僕等の方をある種の憧れのような目で見据えている。
「それにしても、よくもあんなに動けるわよね……リーン君の体力にビックリよ」
「だよね~。私もそこまでリーン君が持つとか思ってなかったし~」
「悪かったね、どーせ体弱いですよー。ネリアさんみたいに一年皆勤とか絶対無理だし」
そして一方で来るのが、病弱だというイメージがついてしまっている僕に対しての驚き。あまり外で遊ぶというたちでも無かったので、僕の体力が並以上にはあるなんて殆どの人が知らない。彼此5年近くの付き合いがあるネリアさんとスゥさん(語尾を必ず伸ばすおっとりさん。なのに火属性の超パワーファイター)でも知らない程だ。
が、そのまた一方で。
「お前体力無くなったんじゃね?」
「息が切れるの、昔より早いデスヨ?」
僕を昔からよく見ていた二人からは思い切り冷たい目で見られていた。
「うっさい。小さい頃みたいにあちこち出歩かされてないんだから、しょーがないでしょ」
何をやってるんだと訴える二人に、事情を知らなければ伝わらない皮肉で返しておく。任務がこの学園の警護になってからというもの、大半は書類仕事なのだから体力が減るのも必然だ。
「そんなことよりリーン!後でオレとバトろうぜ!アルと戦ったなら次はオレでいいだろ!」
いつの間にか立ち直っていたメイがビシィッと指を指して訳の分からん事をのたまいだす。それを苦笑で流しつつ、二人に少し約束を取り付ける。
「メイはちょい黙ってて。ところでコウ、リトス、今晩、ここで夕食食べてかない?勿論、久しぶりに二人に僕が作ってあげるから」
にこにことあくまで他意はないという風に何気なく誘うが、付き合いの長い二人は案の定表情を引き攣らせる。
「……それって、トマトとホウレンソウ尽くめの夕食じゃないですヨネ……?」
「どうだろうね?ちょっと伝手があってそこにyasaiを頼もうと思ってるんだけど」
ほけほけと笑ってさらっと流すつもりの言葉だったが、耳ざといネリアさんが怪訝そうな顔で此方を覗う。
「ちょっと待って、リーン君、今野菜って言った?なんか変な発音が聞こえたんだけど……」
「へ?いやいや、野菜じゃなくてyasaiだよ。アレを野菜と一緒にするなんて、爆弾と核兵器を一緒と考える位おかしいから」
少なくともその辺のスーパーで売ってる野菜を普通と定義したら、yasaiは爆弾だろう。―――リアルに爆発するし。
「リーン君、ワタシ達に何を食べさせようとしてるんデスカ?コウも何か言って―――コウ?」
げっそりとした青い顔をしながらもコウの方に同意を求めるリトスの声が唐突に訝ったそれへと変わる。それ程にコウの表情は何やら逼迫したものだった。
「ちょっとコウ?どうしたのさ」
「いや……なんというか……」
歯切れが悪く、あらぬ方向を見つめる彼が話し出すのを根気強く待っていると、ボソリとリトスに確認のようなセリフを呟いた。
「なあ、今日の夕食作るのって、あの二人じゃなかったか……?」
その言葉に不自然な程の沈黙が続き、全員が目で何の事だと尋ねそうな頃に、漸くリトスが重い口を開く。
「……そういえば、そう、デス。……って、マズくないデスカ!?あの二人ッ!?」
「やっぱりかッ!どーすんだよッ!帰っても帰んなくても地獄だぞ!?」
サーっと顔色がさらに青くなったかと思うや、突然取り乱すリトスに僕等全員が目を白黒させた。
「えーと、どうしたんですか~?御二人とも~……」
勇敢にも声をかけたスゥさんの言葉にハッと我に返った二人は、それでも元に戻る気配のない顔色で曖昧な説明をした。
「そのー、なんと言いますカ。明日の軍は使い物にならなくなるなーって話デス」
ん?ちょっと待て。『夕食』に『二人』に『使い物にならん軍』?―――まさか。
「まさか、『The Worst Cooks』?」
「……その通りだ」
なんてこった。あの二人の料理とか、人間が―――否、生きとし生けるモノが食べていい物ではない。明日は城中で医者が大忙しになるだろう……
「あのー、説明してもらってもいいですか?」
眉を寄せつつも首を傾げるアルに、思わず頭痛を覚える頭を押さえつけつつも要望に応える。
「……軍では料理は当番制って知ってる?」
「は?コックは?」
「料理に毒とか猛毒とか毒魚とか毒酒とか毒水とか劇薬とか仕込んだから殆どクビになってる。城には陛下達数人分のコックしか居ないよ」
恐らく一般人が知ったら幻滅物の事実だが、こんなのまだマシな事実だったりする。その代わり料理の出来ないメイドさんが多いのもあそこの特徴だ。……絶対人選間違ってると思うのは僕だけじゃないだろう。
「……なあ、俺の聞き間違いか?今聞いちゃいけない事サラッと言ってたような気がするんだが」
「で、仕方なく料理は当番制一食500人位で作ってるんだけど、たまーにハズレの人が居るんだよ……主にSランクに二人程。しかも女性」
「おい、無視か?無視なのかリーン!?」
まったくもって、あの人達二人が一日で被るなんてとんでもない。シフト作ったの誰だよ。
「ハズレの人って―――料理が下手って事?」
「ネリアさん、それは料理が下手な人に失礼だよ。アレは外はこんがり中は超レアを地で行くものだから」
一回食べたら川の向こうに父さんやら誰やら死んじゃった人が沢山手を振ってたし。恐らくあれはサラダだけだったからそんなんで済んだんだろうけど、もしスープなんかだったら鍋が化学反応をおこすだろう。少なくともサラダボウルは何故か底が紫に染まっていたし。
「ああ、そーいうことですか」
なにやらなーんだとでも言いそうな表情で頷くアルに、全員が疑惑の視線を送る。
「その位なら大丈夫ですよ。ウチの妹、ココア作るだけで蒸発しますから。底に青い結晶は残りますけど」
『…………………………………ゑ?』
次の話はテラさんの「ぽぽ日記」と繋がってます。一部だけですけど。より詳しく理解するにはそちらを先に読んでみて下さい。ギャグテイスト満載です。