婚約者が将来、浮気に走る「クズ」と判明しました
◇マーセル
私はマーセル・ルウェインとして伯爵家に誕生した、兄と弟が一人ずついるが唯一の娘として全員からとても愛されていて、私が我儘を言っても誰かから叶えられることが多い。
ルウェイン伯爵家だが、格式高い家だったが一度、血筋が途絶えたことがある。
ルウェイン伯爵家の領地は王室に返還したので今は王領になっているが、ルウェイン伯爵家の爵位はラルジャン公爵家の分家であったので元に戻され名前だけ存在したままでいた。
私の父親はラルジャン公爵家の三男なので余った爵位を継いだというわけだ、ちなみに父親は王宮で文官をしている。
そして私の祖父になる元ラルジャン公爵は騎士団元帥なので本家のお嬢様は王太子殿下の婚約者になり自分は将来、騎士団長になる予定がある騎士団長令息の婚約者兼王妃となられる本家のお嬢様の侍女兼未来の王太子殿下の乳母予定である。
私のこの状況、危うい、危険すぎる。
私は昨夜、恐ろしい夢を見た。
その夢は17歳で学園の三年生を迎える前の休暇にフラン男爵家の庶子が発見されることから始まる。
見つかったフラン男爵令嬢は庇護欲そそる可愛らしい少女だ。
フラン男爵令嬢は平民として育ったので教養も貴族の常識も何も身につけていないのだが貴族になったが故にいきなり貴族の子供達が通う学園に行くことが決定する。
フラン男爵令嬢は学園に通う貴族の子供達から蔑まれながらも持ち前の明るさで、出会った王太子殿下や王太子殿下の将来の側近に当たる貴公子達から所作やダンスといった教養や学問を教わりながら親しんでいる内に彼等から愛されていく。
だが王太子殿下にも貴公子達にも幼い頃から家同士で決められた婚約者がいた。
フラン男爵令嬢は学園や令嬢だけのお茶会やパーティーで婚約者達から酷い仕打ちをされてしまう。
遂に命まで脅かされたフラン男爵令嬢のために王太子殿下が卒業式後の祝賀パーティーで将来の側近の貴公子達の手を借り、主犯の婚約者達が次々に罪を暴かれ断罪される。
まず「取り巻き1」の宰相の令息の婚約者が罪の重さに耐え切れず、いち早く罪を認める、「取り巻き1」の婚約者はそのまま拘束され厳格な修道院にすぐさま送られることとなる。
悪事がバレた王太子殿下の婚約者がフラン男爵令嬢を刺そうとし「取り巻き2」の騎士団長令息がフラン男爵令嬢を守ろうと庇い、それを庇った「取り巻き2」の婚約者が刺されて死亡。
そのまま捕まった王太子殿下の婚約者は投獄され王太子殿下の命を受けた殺し屋の手にかかり暗殺されてしまい、「取り巻き3」の公爵令息の婚約者は王太子殿下の婚約者と共に捕まり罪状を自白、罪が軽かったので釈放されたが家から破門され婚約者は娼婦になる。
後はフラン男爵令嬢が王太子殿下と結婚して終了だ。
浮気したくせに酷い仕打ちをしてくるクズ男共だ。
誕生した時より「取り巻き2」である騎士団長令息ローレンスの婚約者である私は、齢5歳にして婚約者を見限る決断をした。
貴族の子供が自分勝手に動き回ると暗殺や誘拐で早死にしやすいという治安と、礼儀作法を正しく身に付けないと人前には出られない貴族の決まりがあり、当然のことだが齢5歳で優雅な仕草を完璧に習得することは難しく、身内であっても一人で外出や勝手なお出かけや突然の訪問は許されなかったので定期的に見る悪夢に一人で立ち向かうことになった。
7歳で礼儀作法を習得した私は王太子殿下の婚約者で従姉でもある本家・ラルジャン公爵家の姫、バイオレット様に会う許可が下りた。
私は共に婚約解消を目指すべくバイオレット様に繰り返し見るだけということくらいしか証拠のない荒唐無稽な夢を打ち明けた。
だがバイオレット様は既に王太子殿下の虜となっており、王太子殿下に邪険にされながらも「たまには優しくしてくれるので諦めたくない」と泣かれ信じてくれなかった。
私は一人で立ち向かおうかと諦めかけたが三ヶ月後、バイオレット様が私と全く同じ夢を見たことで連絡がきた。
未来の国母としてバイオレット様は既に王太子殿下の友人である宰相令息の婚約者イブリン様や王太子殿下の母の実家である公爵家令息の婚約者キャンディ様とも交流しており、同じ夢をイブリン様は3歳でキャンディ様は6歳で見たのも発覚し、私達は運命共同体として共に事態を乗り越えることを誓った。
当然、クズより女の友情は常に優先されることになった。
私達は既に優雅な立ち居振る舞いができる貴族令嬢なので事前に予定を知らせ合い、被らないように毎日、お茶会や朗読会や発表会、教会若しくは孤児院への奉仕活動の同伴などの予定を組み込んでお互いに助け合い婚約者との接触を回避していった。
恐ろしい運命に立ち向かう筈が幼女では太刀打ちできない私達、8歳になっても10歳になっても15歳になっても婚約解消はできななかった。
運命の序章とも言える学園入学の前日に集まった私達は孤児院に寄贈する品を作っているのだが、宰相令息の婚約者であるイブリン様が泣きながら言った。
「「何度も言いましたが婚約の解消は政略結婚だから無理ですよ。君は三歩、歩くと忘れるのかな?」と、言われましたわ」
三人で溜息を吐く。
三人共、似たような言葉を返されたからだ。
そんなことは承知で言っているのだから自分が心底、嫌われていることに気付いて欲しいものである。
話が始まったのでバイオレット様が全員で仕上げていたパッチワークの布を静かに回収して脇のテーブルに避けた。
「結婚後に形式だけの夫婦になったとしても宰相になられるのなら許せますが、自分は結婚前から他の女に現を抜かすくせにどの口でその発言をしているのか理解に苦しみますッ」
イブリン様が「キーッ」と言って自分のハンカチを噛む。
「皆様、実は私、神に救いを求めてしまい自刃しましたところ、命だけでなく救いを夢で見ましたわ」
「「「自刃なんて……私達の配慮も及ばない程、思い詰められておられたのですね。申し訳ございません、バイオレット様ーッ!」」」
私達は「バイオレット様、自刃」の衝撃を受け三人で泣き叫んだ。
「それにしても自刃され神に救われたなら神は我らの味方ですわね、クソ殿下なんてこっちから捨ててしまいたいッ!天誅、天誅!」
私はハンカチを噛む。
「本当に!どこもお変わりないようですが、そんな選択肢をされるなんて、あのクソ殿下さえ婚約解消を受け入れて下さっていればッ!」
キャンディ様もハンカチを噛む。
「自刃される程、クソ殿下から追い詰められるとは、お痛わしい。バイオレット様が救われて心の底から神に感謝を!よかったですわー!」
イブリン様はハンカチで鼻水を拭いた。
そして一人、冷静なバイオレット様が静かに語った内容は確かに救いだった。
「ああ、神は存在しますのね!」
四人で祈りを捧げ休憩を終わらせた後はパッチワークを極限まで美しく仕上げたのは言うまでもない。
◆ローレンス
ローレンスは騎士団長ブランナ侯爵の後を継ぐ令息として五番目にようやく生まれたせいか母と姉から甘やかされて育ってしまった。
そのせいでローレンスは口を利かずとも常に物品も教育も与えられていたため言葉も遅く、喋らない子供だった。
そして「血」なのか、ローレンスは武術に長けていた。
ローレンスは体形にも恵まれ周りの子供より早く背も高くなり、子供用の剣ではなく大人用を使いこなすことができたし、王太子殿下の剣技習得の相手として呼ばれることになり家族と教師を大いに喜ばせた。
産まれた時から婚約者がいることは知っていたがローレンスが婚約者を確認したのは7歳になってからだった。
しかし、相手のマーセル・ルウェイン伯爵令嬢からローレンスは対面拒否されたので貴族の子供相手の乗馬専用の教室で訓練をしている令嬢を他にも大勢の子供が集う中、目立たないように年長の教室の訓練をしながらコッソリ見るという情けないものだった。
マーセルは貴族令嬢にありがちなポニーではなくサラブレッドに騎乗していた。
マーセルは手綱捌きも慣れていて溌溂と馬を駆ける姿は凛々しくて美しく、ローレンスはマーセルから目を離すことができなかった。
つまり、一目惚れである。
マーセルは茶色い髪に茶色い瞳の優しい色合いだが大きな瞳に長い睫毛、サクランボのような小さな唇は微笑みではなく子供らしい笑みを見せていた。
だがマーセルの笑みは共に学ぶ少年に向けられており、ローレンスは腹が立つだけの嫌な思い出になった。
8歳の誕生日にやっとローレンスはマーセルと正式に対面できた。
だがローレンスはマーセルの唇ばかり見てしまった。
故にローレンスはルウェイン伯爵から娘の敵認定をされてしまい後日、理不尽な婚約期間における追加の契約書が届いた。
それでもマーセルと結婚するためにローレンスは契約書にサインした。
サインした結果、マーセルと定期的にお互いの屋敷を訪問することも始まり、ローレンスは人生薔薇色気分で王太子殿下を訪問すると殿下から詰め寄られた。
「私のバイオレットがお前の婚約者のせいで私と結婚したくないと言ってきたぞ、どうしてくれるんだッ!」
「殿下が婚約者のご令嬢に構って欲しいから近頃、わざと意地悪をしているせいで嫌われているだけなのではないですか?婚約者の名前を他の男に呼ばれるのも嫌なくせに政敵の家だからと意地を張っているからそういう風に変に拗らせてややこしいことになっているんですよ」
完全に他人事でローレンスは答えた。
10歳になった時、初めてマーセルがローレンスを訪ねて屋敷に訪問してくれたので浮かれていたのにローレンスはマーセルから笑顔で言われた。
「私、ブランナ様は名前でお呼びしないことに決めましたわ。だって男性は女性に貞節を求めておきながら自分は好き勝手なさいますから信用できませんもの。私からは節度を保って最低限の接触にいたしますわ。その方がブランナ様も嬉しいでしょう、いつも二人だけになると不機嫌に座ってらっしゃるだけですものね」
マーセルからローレンスに対し初めて向けられた微笑みに釘付けになったが、ローレンスが否定する前にマーセルは婚約者同士の交流を終了させて帰宅してしまった。
「そ、それは誤解だ」
ローレンスは常に奥歯を噛んでいないとニヤニヤした締まりのない顔になるし、腕を組んでいないとマーセルにベタベタ触って嫌われそうだし、何よりローレンスにはルウェイン伯爵と交わした忌々しい契約があるのだ。
(最低限なんて嫌だ、死ねる)
テーブルに付してもマーセルは戻って来なかった。
「腕の力で軽く拘束しているだけなのに早く抜け出さないと誘拐犯に拉致られますよ」
「貴様、この馬鹿力ッ!」
殿下相手に発散したが、ローレンスの状況悪化は変わらなかった。
しかも殿下と一緒に勉強する相手として連れて来られた公爵令息であるディックと宰相令息であるロイドからも苦情が入った。
「僕のキャンディが婚約の解消をしてくれって言ってきたのは殿下とローレンスの婚約者のせいだッ。「家同士の契約だから僕にはどうしようもない」って言って有耶無耶にしたけど、どうしてくれるんだ」
「はあ?ディックが婚約者以外の令嬢と婚約者の扱いを同じにしているから婚約者から嫌われているだけだろうが、この節操なし!」
殿下が叫び返した。
「殿下の言う通りだ。貴様のような奴がいるから男性は下半身が緩いだの、女性に誠実さを持ち合わせず好き勝手にするなどと言われて潔白でも信用をなくすのだ。紳士の姿とは女性に分け隔てなく優しく接することじゃない、敬って接することだ。軽口を紡ぐ舌を切り落としてやろう」
八つ当たり対象を見つけたローレンスが実行しようと剣を抜こうとするのは流石に他の二人から止められた。
だがディックの騒ぎが落ち着いた頃、ロイドが殿下の方を向いて言った。
「私のイブリンが定期的に婚約の解消を願い出てくるのは殿下達の婚約者のせいだったのか、私はその度に深く傷付いている。可愛いイブリンを失ってしまったらどうしてくれるのだ」
「貴様ーッ、バイオレットから顔を合わす度に婚約解消を求められ深く傷付いているのは俺様だッ!」
「二人はその気色の悪い執着が令嬢にバレたんじゃないの?他人のせいにしてないで最低限でも社交性を養ったらどうなんだよ」
殿下がロイドに叫び返し、ディックも冷徹に指摘していた。
「貴様等のような奴は犯罪者になりかねない、剣の錆として名誉ある死を与えてやろう」
「それはいい提案だな」
ディックも加勢してきたので優勢であるが、ロイドはともかく殿下の剣技は研ぎ澄まされてきていてディック程度では足を引っ張られる結果となり、敗戦してしまった。
それでも少しは気分が晴れたので今回は赦しを与えて他の三人と共に婚約解消の回避のための知恵を出し合った。
自分一人では思い付かないので、よくそんな揚げ足取りのような返しを思いつくものだと感心した……きっと性格が悪いのだろう。
ちなみに、三人を宥める羽目になった王太子殿下は「こんなに気を使う必要のある側近は要らない」と思ったのだった。
◇マーセル
邪険にしてくる筈の婚約者達が妙に優しかったり甘えてきたり二人きりになりたがったりと少々おかしかったが、やはり最終学年である三年になって男爵令嬢が学園に現れると婚約者達は彼女の周りに侍るようになった。
私達は周囲を牽制してマリアン・フラン男爵令嬢を被害者にしないようにした。
フラン男爵令嬢が王太子殿下や婚約者達と何回踊ろうと、微笑みを絶やさなかった。
周囲は色々と憶測していたし憐れんでもきたし蔑みすらしてきた、それでも一年だけ我慢すればいいと私達は気品を保った。
貴族令嬢のお茶会は社交なので憂さ晴らしできるのは四人だけで行う慈善品の創作やお泊り会だけだ。
「キーッ!何なのよマリアンめ、クソ殿下に色目ばかり使うなんて」
前に置かれたワンホールのティラミスケーキをとても優雅に切り分けて大きな口で食べるバイオレット様。
バイオレット様はどんなに食べても太らない御身体をお持ちだからこそできる暴挙。
「バイオレット様、お気を確かに!あのクソ殿下は顔だけの男ですわよッ」
ワンホールのイチゴケーキの半分をバイオレット様に差し出しながら慰める。
「マリアンったら私のロイド様に勉強を教わりに来るんですのよ、教師より分かりやすいそうですわ……ウッ、そんなことッ、ウッ、知ってぇ、ますわ……ウッ」
その横でワンホール生フルーツ乗せケーキのフルーツばかり食べるイブリン様が泣きながら呟いた。
残りはバイオレット様行きになるのだろう。
「イブリン様もッ、あの馬鹿眼鏡はイブリン様付きの執事を見習って欲しいくらい何を考えているのか分からない悪党ですわ、涙を流す価値はありません!」
「そうですわよ、イブリン様。執事に比べれば馬鹿眼鏡は狭い世界しか知らない頭でっかちですわ」
私の言葉を受けバイオレット様も非難して下さった。
「でも、どんなに顔が良くて眼鏡で優しくて私を何よりも優先してくれても執事はちっとも好きじゃありませんのーッ」
イブリン様は涙を流しながらケーキをバイオレット様に差し出し、イブリン様の前にはフルーツ皿が置かれている。
優しいだけではなく采配も完璧なバイオレット様には尊敬の念しかない、フラン男爵令嬢なんかより王妃に相応しい御方だと自信を持って言える。
今、フラン男爵令嬢を常に側に置いている殿下達を床に座らせて説教してやりたいほどだ。
「それにイブリン様の婚約者だけに擦り寄ってなどいませんわ、私の婚約者とも共に買い物に行ったそうですもの、ドレスの試着もしたそうですわ。フンッ、あの口だけ男ッ、終始ヘラヘラしていたくせにどこが単なる付き添いですのよ」
鼻を鳴らしたキャンディ様がワンホールチョコレートケーキに何度もフォークを突き刺しながら言った。
「キャンディ様?もしや二人に付き纏いを?!」
バイオレット様の問いかけにキャンディ様がビクッとなった。
「と、と、遠くからですわよ、馬車も借り物で家紋のない物でしたし、図々しくも我が家の店でしたから裏から入店して関係者以外立ち入り禁止区域から隠れて見ていただけですものッ」
キャンディ様も自分の顔を覆い泣きだしたので背中を擦った。
「マーセルは?」
「私は……ブランナ様と接点はありませんもの。ブランナ様がマリアンに優しく微笑みかけていたり、荷物を持つのを手伝ってあげたりしても関係ありッ」
私は涙を我慢できずに、そこまでしか喋れなかった。
バイオレット様が私を優しく抱きしめてくれたのでますます涙が止まらない、他の二人も私達を抱きしめてくれたので四人で泣いた。
18歳になった現在の私達は結局、婚約者が大好きで仕方ない惨めな女に成り果てている。
私とブランナ様は婚約者同士のお茶の席しか交流はないばかりか、そのお茶の席でも一言も喋ってくれない。
ありとあらゆるパーティーではエスコートというエスコートもされずダンスもしたことがない。
なのに私は常に使われもしないブランナ様の家紋を刺繍したタオルを片手に武術練習場で練習する姿を見守り、逞しくなった腕に抱きしめられたいと何度も焦がれている。
ブランナ様とマリアンの噂話を聞く度に乗馬で発散しているのもブランナ様と二人だけで遠乗りに行く日を夢見ているからだ。
こうして四人でやけ食いして発散しているのは「与えられている救いなんてどうでもいいからマリアンを虐げて断罪されたい」という考えになって実行してしまうのを防ぐためなのである。
私達はマリアンを虐げることを唆してくる悪魔の誘惑から打ち勝ち、学生生活の終わりを迎えた。
今、卒業式後の祝宴で王太子殿下は愛する女性に跪いて求婚している。
「永遠の愛を貴女に捧げようバイオレット・ラルジャン公爵令嬢。幼い頃から私にはバイオレットしかいない、どうか私と結婚して下さいッ!」
既に婚約者であるバイオレット様に対しての求婚だった。
彼等から無条件に愛されていた筈のマリアン・フラン男爵令嬢改め、ファティマ・ベイクは身分詐称とバイオレット様の拉致未遂事件を教唆していたのだが王太子殿下によってバイオレット様は守られ、ファティマは母親の虚偽を知りながら貴族籍を取得した罪で鞭打ちのうえ囚人紋を施し、国外追放処分になった。
私は度肝を抜く展開に動揺中であったが、そんな私の肩を抱く手があった。
「マーセル、愛しい人。幼い頃からの約束通り、俺達も殿下の婚儀の後に結婚だな」
婚約者のローレンス・ブランナ様から頭に口接けをされた。
慌てて周囲を見ると宰相令息である馬鹿眼鏡・ロイドは婚約者のイブリン様と、公爵家令息である好色男・ディックはキャンディ様と向き合い、それぞれ指輪を嵌められていた。
救いのお告げ通り、バイオレット様は王太子殿下シャルル様の送り込んだ暗殺者と恋に落ち二人で消え、イブリン様は執事と愛の逃避行をし、娼婦になるキャンディ様は富豪なアーサーに買われて隣国に行き、自分は追放された後に出会う冒険者のブラックと幸せになる予定だったのに。
「なぜ、なぜですのッ?身分を偽っていたとはいえフラン男爵令嬢がお好きだったのでは?一緒に逃げればいいではありませんの、今なら間に合いますのに」
後ろを振り返りながらローレンス様に問うと、婚約者であるローレンス様が笑顔で答えた。
「犯罪者であるフラン男爵令嬢を注視していただけで好いていない、そして政略結婚相手を誰もが嫌うわけじゃない」
答えた後はローレンス様から抱き寄せられた。
「ですが婚約者の義務であった二人でするお茶の時間は一言も喋らず、婚約者をパーティーに同伴もせず、学園ではフラン男爵令嬢と常に行動を共にしていたではありませんの」
離れようとローレンス様の胸を押して突き飛ばそうとしても力が強いので思ったようにはいかなかった。
「喋らなかったのは婚約の契約内容によって天気以外のことを喋ってはいけなかったからだ。マーセルが「いい天気ですね」と言ってしまえば後は「そうだな」くらいしか答えようがない、天気についての内容を膨らませて喋る必要があるとも思えなかったからな。それだけじゃないぞ、伯爵から「うちの娘を邪な目で見る野獣は圏外だッ」と言われ、俺の誕生日が今日なのを利用して18歳未満での男女の触れ合いは一切、禁止されていたし、パーティーに入場する場所も別にしなければ婚約解消になっていて伯爵がマーセルから離れないから近付けもしなかった」
「……お父様が申し訳ございませんでしたわ」
膝から崩れ落ちそうになりそうな事実を知らされた私は思わずローレンス様に謝ってしまった。
そういったことを一切、娘に知らせない父親ってどうなのだろうか。
(お父様とは当分「天気のお話」しかしませんわッ!)
お年頃になってローレンス様に恋をしてからというもの辛い思いをしていた理由が父親のせいなのだから当然だ。
「学園では生徒会役員は行事への参加を禁止されているし、いつまで経っても貴族社会の決まりを覚えないフラン男爵令嬢、じゃなくてベイクだな……ベイクを放置して騒ぎが起これば面倒だし、ベイクの身分の虚偽疑惑も浮上して殿下が調査することになり、殿下から協力したら最優先で大聖堂を使用させると言われたのでベイクに媚びながら尋問しつつ見張っていた。マーセルから全く信用がないのは仕方ないかもしれないがベイクの件を捜査中で守秘義務もあり話せなかった。とはいえ二人でお茶をする度に婚約の解消を申し込まれたのは精神的にかなり堪えた、ベイクの首を折って始末してやろうかと何度も思った」
「ブランナ様?」
色々なことが一度に解決したことで戸惑いと混乱で青褪めながらローレンス様の説明を聞いていたが、ローレンス様は不穏な言葉で締められたので混乱が強くなった。
眩暈までしてきたせいで、足元がフラついてしまった。
「大丈夫か?」
問いかけだけではなくローレンス様に素早く抱き上げられてしまった。
「何をなさいますの」
「顔色が悪い、救護室に行こう」
「そんな必要はありませんわ、夜風に当たるか休憩室で十分ですわよ」
私が慌てて言うとローレンス様の耳が赤く染まった。
私はローレンス様にお手本のような「夜会における情事への誘い文句」を言ってしまったのに気付いたが、言ってしまった言葉は元には戻らない。
「じゃあ休憩室に行こう」
スッカリその気になったローレンス様を私が拒める筈もなく盛り上がってしまった。
途中でお父様が私を呼ぶ声がしていたが、熱烈な口接けをしながらローレンス様に揺さぶられていたので返事はできなかったことと、ローレンス様に連れ込まれた場所がルウェイン伯爵家の控室でもブランナ侯爵家の控室でもなく殿下の控室だったのでお父様に乱入されずに済んだ。
ローレンス様に離されなかったので私がなかなか会場に戻らなかったのもあり、私に起こった事態を察したバイオレット様に頼まれていたのだろう、ローレンス様に殿下から伝言が入り、私達は王宮に泊まることになった。
私達は部屋に移動するためにベッドから起き上がったが、上着を探ったローレンス様が裸のまま跪いた。
「マーセル、順番は逆になってしまったが私と結婚して欲しい」
私達は政略結婚なので婚約した時点で結婚の日取りも決まっていたり、ドレスどころかブランナ侯爵家の王都屋敷内に別邸を建てたので新居も決まっていたりする。
他人から見れば滑稽な姿でもローレンス様の御身体は筋肉もあり彫像のように美しいので私は求婚と差し出された指輪に感動で涙が溢れてしまった。
「……ヒック、うっ……う~~~~~ひゃ、ひゃい~」
涙だけではなくひゃっくりまで出てしまい、私は上手く求婚の返事ができなかった。
「……マーセル……世界一愛らしい返事をしてくれるのはいいが、これ以上、煽るな」
ローレンス様からこれまで見たことのない笑顔で指輪を嵌めて貰われつつ言われたが、私は言われた意味など分からなかった。
この後もローレンス様は優しく衣服を着せてくれたり、用意された部屋まで抱っこで運んでくれたりしたので幸せだったのだが、部屋に入った後は優しくなかった。
ローレンス様は酷い、ハジメテなのだから複数回などアリエナイ。
だが私はバイオレット様のお子様の乳母になるという使命があるのでキャンディ様やイブリン様に先を越される前に授かりたいのも事実、ローレンス様なら叶えてくれそうなので私にとってローレンス様は理想の夫なのかもしれない。
物理で攻略対象者の性格改善するローレンス君




