第1話|成功体験
選ばれた経験がある人間は、
自分の価値を疑わなくなる。
少なくとも、
疑わなくていいと思える時間が、長く続く。
*
二十代の頃、
私は「選ばれる側」だった。
地方の大会。
規模は小さい。
それでも、
一度集まった視線は、
離れ方を教えてくれない。
写真は残っている。
記事にもなった。
名前も、肩書きも、
確かにそこにある。
あのときの視線の重さを、
私は今でも覚えている。
覚え続けている。
*
その後、事業を始めた。
運だけではない。
判断と努力の結果だ。
数字は嘘をつかない。
評価され、
選ばれ、
残った。
だから私は、
「見る目がある」側に
回ったのだと、
自然に思っていた。
誰に言われたわけでもないのに。
*
婚活アプリを始めたのは、
余裕ができてからだ。
焦りはない。
時間もある。
妥協する理由が、
一つもなかった。
少なくとも、
そう言えると思っていた。
*
条件を設定する。
年齢。
学歴。
収入。
居住地。
どれも現実的だ。
自分が達成してきた水準と、
釣り合っている。
それ以上でも、
それ以下でもない。
画面は、
その判断を否定しなかった。
*
表示された相手を見る。
若い。
優秀。
将来性がある。
悪くない。
「いいね」を送る。
反応は、
ある。
だが、
それは必ず途中で止まる。
*
最初のうちは、
楽しかった。
褒められる。
興味を持たれる。
話も合う。
私が話すと、
相手はよく聞く。
それは、
昔と同じ感覚だった。
同じであるはずだと、
信じていた。
*
だが、
続かない。
理由は、
はっきりしている。
相手の方が、
まだ選択肢を持っているからだ。
そう理解した瞬間、
胸の奥で何かが、
音を立てずにずれた。
*
それは問題ではなかった。
選択肢が多い人間が、
最終的に選ぶのは、
価値を理解できる相手だ。
私は、
そういう側の人間だ。
そうでなければ、
今までの説明がつかない。
*
条件を、
少しだけ調整する。
より明確に。
より洗練させる。
無駄な表示を
減らすためだ。
無駄だと思える相手が、
増えただけだ。
*
「若くて、優秀で、余裕のある男性」
これは理想ではない。
現実的な基準だ。
私は、
その基準を満たしてきた。
満たしてきた人間が、
同等以上を求めるのは、
自然なことだ。
自然であるはずだ。
*
マッチ数は、
少し減った。
だが、
質は上がっている。
そう感じていた。
そう感じる必要があった。
*
夜、
画面を閉じる。
私は、
まだ選ばれている。
そう疑わなかった。
疑う理由が、
どこにもなかったからだ。
表示されなくなったものは、
理由にならない。




