戦闘生検(リスク・ゾーン)
激怒した女王蜘蛛をよじ登るというのは、地震の最中にロデオマシンに乗ろうとするようなものだ。もしそのロデオマシンが刃物でできていて、積極的に酸を吐いてお前を溶かそうとしてくるなら、だが。
「Baby, baby, love me more!」
ルナの増幅された歌声が空気を炸裂させ、目に見える衝撃波となって骨の木々を音叉のように振動させていた。
高音がヒットするたびに、女王は物理的なパンチを食らったように身をよじる。蜘蛛は金切り声を上げ、背中に張り付いた騒音と寄生体を振り払おうと巨体を揺さぶった。
俺は登山用のピッケルを黒い甲殻に突き立てた。上空の臭いは耐え難いものだった。濃縮されたアンモニアと、腐った肉の悪臭。
【 浸食警報:スーツ耐久度85%。表面に強酸を検知 】
『アーサー、しっかり掴まってろ!』
頭の中で寄生体の声が叫び、俺の左腕の制御を奪って一時的な「鉤爪」へと変形させ、遠心力で吹き飛ばされるのを防いだ。
『今落ちたら、ただの挽肉だぞ!』
「わかってる!」
俺は口の中に飛び込んできた苔の塊を吐き出しながら怒鳴り返した。
「ルナ! 低音を上げろ! 奴の三半規管を狂わせるんだ!」
遥か下で、ルナが金属バトンのダイヤルを調整した。
「DROP THE BASS(ベース投下)!」
彼女が吠えた。
重く深い周波数、ほとんど超低周波に近い音が、空き地を薙ぎ払った。亀裂の液状化した地面が波打つ。女王蜘蛛がつんのめり、八本の脚が一瞬もつれ合った。
好機だ。
俺はピッケルを手放し、背中から巨大な埋没毛のように生えている毒棘を飛び越えながら、獣の背骨を駆け上がった。
頭胸部に到達した。蜘蛛の本当の「頭」だ。
そして、そいつはそこにいた。《擬態用人体トルソー》。
蜘蛛の頭頂部に融合した青白い女が、俺の方を向く。骨が砕ける音と共に、首が180度回転した。彼女に目はなく、ただ虚ろな眼窩から黒い液体を流していた。
「医者ァ……」
サメのような歯がびっしりと並んだ口を開き、ソレがシューッと音を立てた。
「お前から……裏切りの臭いがする。お前は……我らの同胞を飼っているな」
「俺はただの性悪な宿主だよ」
俺は《空圧式抽出器》――ショットガンほどの大きさがあるチタン製の注射器――を取り出して答えた。
「それとアンタ、根管治療が必要な顔をしてるぜ」
ルアーの女が絶叫した。ルナのような音波攻撃ではない。「招集」の合図だ。
蜘蛛の皮膚のひだから、数十匹の《産卵寄生体》――犬ほどの大きさの子蜘蛛――が這い出し、俺に向かって登ってくる。
「ああ、マジかよ!」
俺は毒づいた。
「こいつの免疫システムは外付けか?」
俺は最初の一匹を蹴り飛ばし、強化ブーツでその胸部を粉砕した。
アーサー(寄生体)が俺の両肘から骨の刃を展開する。
俺は回転しながら、巨大な獣の上でバランスを保ちつつ子蜘蛛たちを切り裂いていった。臓物のバレエだ。緑と紫の体液があらゆる方向に飛び散る。
だが数が多すぎる。奴らは俺の脚をよじ登り、スーツごと噛みちぎろうとしてきた。
「ルナ!」
俺はコミュニケーターに向かって叫んだ。
「オーバーラン(侵略)されてる!」
「Hold on(ちょっと待って)!」
曲が変わった。ポップスから、デスメタルへ。
ルナがマイクを蜘蛛の頭頂部に向けた。
「SCREAAAAM(叫べェェェッ)!」
収束された音のビームが人体トルソーを直撃した。ルアー女の頭部が、腐ったスイカのように破裂する。
主要な感覚器官を失った激痛に、女王蜘蛛が激しく痙攣した。奴は前脚を跳ね上げ、頭部の下側を晒け出した。
毒腺だ。
鋏角(牙)のすぐ後ろにある、ネオングリーンに脈打つ二つの嚢。
「今しかない!」
俺は自分に言い聞かせた。
噛みついてくる子蜘蛛たちを無視し、女王の頭の縁まで走って跳んだ。
逃げるためじゃない。
前へ。巨大な牙に向かって。
空中でブーツのガススラスターを噴射し、軌道を修正する。
俺は左の鋏角の真上に着地した。牙は滑りやすく、木の幹のように太い。
蜘蛛が俺を噛み砕こうとした。もう片方の牙がギロチンのように迫ってくる。
「口を開けろォ!」
俺は咆哮し、空圧式抽出器を毒腺の接合部に突き立てた。
トリガーを引く。油圧ハンマーの勢いでピストンが作動し、硬い甲殻を貫通する。
ドスッ!
太い針がめり込んだ。
女王が絶叫した。鼓膜から血が出るほどの音だ。奴は狂ったように頭を振り回す。
俺は暴走するバスの手すりにしがみつくように、注射器にしがみついた。
強化ガラスのシリンダーが満たされていく。
緑色の液体。粘性がある。光り輝く。
《隔離神経毒》。この生態系において、最も致死的で、最も価値のある物質。
『50%……70%……』
注射器のデジタルディスプレイがカウントする。
蜘蛛の脚の一本が、俺を自分の顔ごと叩き潰そうと迫ってきた。
「アーサーさん! 危ない!」
ルナの声が途切れた。ショーは終わりだ。マナ切れだ。
迫り来る巨大な脚を見上げる。避ける時間はない。
寄生体が執行判断を下した。
【 質量変換:キチン質シールド 】
俺の右腕が膨張し、皮膚が裂けて即席の黒い骨の盾を形成した。
ドォォォン!
蜘蛛の脚が盾を直撃した。上腕骨にヒビが入るのを感じた。俺は布人形のように地面へと叩きつけられたが、注射器は……。
注射器は左手にあった。満タンだ。
酸性の泥の中に落ち、転がって衝撃を逃がす。
俺は咳き込みながら立ち上がり、折れた腕(寄生体のおかげですでに痛みを伴いながら再接合しつつある)を抱えた。
女王は今や激怒し、そして盲目となり、手当たり次第に脚を叩きつけて周囲の森を破壊していた。
「ルナ! 脱出だ! 急げ!」
俺は叫び、彼女の方へ走った。
ルナは骨の木に寄りかかり、鼻から大量に出血して青ざめていた。俺は彼女の腕を掴み、無事な方の肩に担ぎ上げた。
女王が俺たちの音を聞きつけた。八つの空っぽの眼窩がこちらを向く。最後の一撃を刺す気だ。
俺はベルトから最後のグレネードを抜いた。
爆弾ではない。「ドラゴン用筋弛緩剤(ブラックリスト指定薬物)」と手書きのラベルが貼られたガラス瓶だ。
俺はそれを蜘蛛の開いた口に放り込んだ。
奴は反射的に飲み込んだ。
三秒後、神経化学が仕事をした。蜘蛛の脚が崩れ落ちる。世界を揺るがす轟音と共に奴は地面に倒れ伏し、麻痺し、口から泡を吹いた。
「薬理学を舐めるなよ」
俺は息を切らし、足を引きずりながら亀裂のポータルへと向かった。
ポータルを抜け、廃工場のコンクリートの床に倒れ込む。サンパウロの雨がこれほど心地よく感じたことはない。
俺は仰向けになり、穴の開いた工場の天井を見上げた。
注射器を薄暗い光にかざす。緑色の液体が催眠的に輝いていた。
「やりましたね……」
ルナが隣に横たわり、天井を見上げながら囁いた。
「歌ってる最中、亀裂のハエを飲み込んだ気がします」
「タンパク質の補給だろ」
俺は冗談を言ったが、体中が悲鳴を上げていた。
【 収集完了 】
【 解毒剤の合成を開始…… 】
【 推定所要時間:12時間 】
俺は苦労して上半身を起こした。
武器は手に入れた。計画もある。
だが今、時計の針は現実に動き出した。サニー・ナイトは待ってくれないだろう。
「ルナ」
俺は注射器を冷蔵ケースにしまいながら言った。
「ヴァレリアに電話しろ。ラボを準備するように伝えろ。今夜、俺たちの親愛なる英雄のために、『最後の晩餐』を調理してやる」
立ち上がると、治ったばかりの腕がポキリと鳴った。遠くで街のスカイラインが輝いている。数時間後には、その最大の救世主と最大の悪夢が衝突するという事実を知る由もなく。
そして、その審判を下すのは、ゴミ処理係だ。




